2003年11月17日

28*メキシコ旅情・予告編

 間もなく(といっても少し先だろうけど)、新たな旅日記が始まります。
 まぁ古い話ではありますが、以前の原稿を書き直し「メキシコ旅情」と銘打って(byぴょん)連載していく予定。自分で言うのも何ですがね、これが実話見聞録!?って疑いたくなる位に非現実的な旅でした。って、旅をすること自体が非日常なんだけど。後は、それを伝えられる筆力があるかどうかにかかってくる訳だなあ。それは…読んでのお楽しみという事にしといて。
 で、今回は予定を変更して「メキシコ旅情・予告編」なのです。一口にメキシコといっても大方のイメージとは違うので、前知識として読んでいただこうかと。実を言うと、まだこんな発表の場が出来るなんて想像もしなかった1年以上前の文章でして(故に題名も違ってます)。手抜きしたい訳じゃないんだけど、原文ママで載せちゃおうと…。いえいえ本当に、怠けたいとかじゃなくてアレですから何というか。
では以下本文。

「25days of Cancun(&Havana)」
はじめに
 1996年の9月から10月にかけて、僕はメキシコのカンクンに行ったのよ。キューバの首都ハバナにも3泊4日したけど、まぁこっちはオマケの小旅行だね。
 かなり古い思い出話になるんだけども、なかなか面白かった。今になってみて、自分でも(マジで?)と思っちゃうような事ばかり。省略と脚色もあるけど、僕自身の体験に基づいているんで作り話じゃないですよ。別にネタ作りに無茶した訳じゃないのに。
 しかし、なんでまた?
 ハバナは小旅行だから置いといて、なぜカンクンに行ったのかを説明しときます。
 いきさつは、過去に数年さかのぼって、僕が英会話を習いに行ってた頃。そこで、トニーというアメリカ人の先生と知り合いになったの。で、気が合って一緒に遊ぶようになって、メキシコ人のエドベンとも仲良くなったってな訳。
 エドベンは、トニーのルームメイトで、しばらくして実家に帰ったのね。で、忘れた頃にトニーから「今度メキシコ行くんだけど?」と誘われたの。エドベンちに。それが、この年の春先だったんだ。
 トニーは4月に「日本での就労ビザが切れるから」って先に出発、僕は金ないし数カ月遅れて現地入りと相成った次第。でも我ながら図々しいよな、本当に行っちゃうんだから。
 それまでも、トニーは海外行く旅に誘ってくれてたんだけど、やっぱ社交辞令だと思うよね普通。でも今回は洒落で「じゃあ行くよ」って言ってみたんだわ、したらエドベンも「早く来い」って。こういうのってアリなのねー! 信じらんなかったけどバイトして親にも借金して行っちゃった。そんでエドベンちの2階に間借りしてたトニーの部屋に、居候。
 ま、そんな経緯でカンクン。
 それはどこか? と言いますと、メキシコ南部のユカタン半島の先っちょ。最近じゃ日本でもチョイと知られるリゾート地、白い砂浜と青いサンゴ礁でハネムーナーも御用達だとか。ホテル地区だけでもアクティビティ充実だし、近場には世界的なダイビング・スポットや、マヤ文明の遺跡もゴロゴロ。
 当然ながら、暑い! 特に7〜8月は非常に暑い、とトニーが言っていた。秋はジュビアと呼ばれる雨季に入るので、比較的マシなほうらしい。赤道よりは北にあるけど、それでも充分暑いのは確か。
 物価は、観光地だから地方より高いけど、まぁ日本と比べりゃ安いんじゃないかな。高級ホテルにいた訳じゃないから分からないけど。
 治安も、他の町よりは全然良いみたい。貴重な外貨収入の拠点だし。ただ郊外に行くなら覚悟はしといたら? っていうか、暗い夜道だって保障はできませんが。
 それから文化は、北部のメキシコシティとかのとは全然違うみたい。テキーラよりもラム酒、まさしくそんな感じ。スペイン人よりマヤ人の血が濃いから、間違いなく不精ヒゲは嫌われる。というか、怪しまれるので止めましょう。
 あとは読んでみてね〜。
 英語も日本語も堪能なエドベンと,彼の家族の好意に感謝。グラシアス!
 もちろん、トニーにもね。

…という訳で新春大公開! というのはウソ、近日中に(という気持ちで)。

平成15年11月13日
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27*無いが有って生きる物

 台湾で飲んだ烏龍茶は美味かったなぁ。今まで飲んでいた缶のそれとは、まったくの別物だったの。
 急須でいれた茶の味には、広々とした風景があると思う。今までで一番美味かったのは、薩摩琵琶の師匠に出された緑茶。折り込まれた風景の豊かさ、とでも言いましょうか。
「一杯の茶を味わうには、心が今ここに留まっている事だ」…折に触れ思い出す、ベトナムの詩人の言葉。心が遠くにある事に気付かなくたって、いつも感じていると錯覚したまま過ごしていられる。しかしながら本当に(うまい)と思える、そんなコーヒーやタバコが一日にどれくらいあるだろう?
 引きこもり、に関するトークセッションのような番組を観たのね。
 そこにいた多くの人は自身の状態を自覚して、その状態を変えたいと思っている人だった。そんな彼らの一日の過ごし方は、超インドア派の僕と大差ないの。ただ僕がそうする時は好きで選択している訳で、彼らは自身の選択としては選んでないんだな。他の選択肢が分かっていても選べない、と。好きじゃない事をしてると、自分の心を傷つけるよね。
 誰の心にも、不確実な自分自身を定義しようとする意志があるとする。それは外界と自分とを測る、自分自身が便宜的に創造した座標プログラムなの。なのに自分以上の価値を与えてしまい、すべての権限を譲り渡してしまう。方位磁針で包囲自身(…冷)。
 ところで、町なかの傍若無人な人が目立つようになったと思わない? どっちも根っこは同じだったりして。何でも真正面でキャッチして応えようとすれば、誰でもキャパオーバーになってしまうと思う。としたらさ、手前勝手な振る舞いってのは案外「自分のキャパ内で何とかしよう」っていう必死さの一種だったりしないかな?
 ある意味「普通の生活」というのは、心を閉じてないと保てないのかもね。自分にとって関係ない(と思っている)事柄には感覚をマヒさせる、その能力を「健全」と定義してるのかも。だけど何かの弾みで重要性の遠近感が一緒くたになったり、そりゃあ目詰まりを起こしたりもするだろう。
 もしかしたら、現代人(なんか古いね)の心境に「現実に閉ざされるより、心を開け放っておきたーい!」という欲求があるんじゃないかな。つまり社会の窒息状態に対する意思表示・・・というより人の心ってデフォルト設定はフルオープンで、閉じている事の負荷が重いのかも。もしも本当にそうなら、引きこもる感覚が社会に還元されれば相互にとって良いのに。だって部屋の外に出られる人も出られない人も、どちらも広い世界で息をしているとは思えないんだわ。
 もっとも、社会のほうが隔離しようとしているという考え方も出来るかな。この世界の仕組みにとって、機能しない要素は排除しようとする意識。ポジティブである事、結果を出す事を求められる。向上を善とする、その他に選択肢のない空気…。と、突然アテネオリンピックの話に。
 巷の噂では、現地が呑気に準備してて開催が危ぶまれているって? なんか良いなぁ〜、そういう俗に言うローカル・タイムって奴。効率なんかと無縁でさ、GMT(標準時)でキッチリやってる世界とは対極な感じ。必ずしも(楽しく働いてまぁす)って訳じゃないにしろ、使役されてる感てのは少なさそう。もちろんGMTの良さも恩恵も分かってる、だから共存してゆける余地があればと思うんだ。
 最近、面白い話を読んだ。働きアリの中には、まったく仕事をしないアリというのが一定の割合で存在しているらしいのよ。それで思ったのは、老子の「有るというのは、無いがあるから役に立つ」というような言葉。
 もしも健全な人達が変化を恐れないのなら、排除されていた人の彩りを加えてゆけるのなら、この視界は更に豊かになりそうな気がする。そういう余裕が心にあれば。
 一杯の茶を味わう、という困難さ。

平成15年11月17日
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2003年11月11日

26*YFS&NQ

 YFS&NQ。これは僕の造語で、しかも大した意味はないの。YESでもなくNOでもない・・・まさに見たまんまなんですけどね、つまり(肯定する条件には足りないし、否定するには多すぎる)という。
 なんかね、世間ってのは実際そんな感じがするの。まぁ現実って理想どおりいかないけどさ、それにしてもパズルのピースが全部ガタガタなのってのもねえ。
 たとえば社員食堂なんかでTVでも付いてて、あちこちのテーブルで食事しながら話をしているとするでしょ。選挙とか中東和平プロセスとか、身近な犯罪とか事件の裁判とかのニュースをやってたりして。まぁ軽い話題というノリで、割と普通に「クビにしろ」とか「死刑だ」とかいう物騒な言葉が飛び交ったりする。
 だけど、ふと考えてしまうのは(今ここで話されている、無責任なジャッジは何か?)って事。色々な場所で同じように、色々な人達がTVに向かって投げかける言葉。そんな軽々しい言葉でも、総量としては相当なものだろう。町中の空気が、それらの言葉で一杯だとしたら。その中で起こっている、そうした出来事って何なのかな? って。
 というのも「物質の最小単位はエネルギーであり、観察者の期待が物体の動きに反映される」という話を思い出すからなんだ。それが真実かは別問題で、ただ自分の言葉にある力が目に見える事象にリンクしてないとは思わないのね。
 常に暴力的な発言を繰り返す人と、そうでない人は同じ場所にいても別の世界を生きている。初対面で「キライ」と思ったら、相手も同じ印象を持っているらしい。わざと人を不愉快にさせるより、逆のほうが自分自身の居心地も良くなる…。より具体的に言うなら、こんな感じで個人の内と外はリンクしてると思うの。
 反対だけなら動物でも出来る、非難だけなら幼児でも言える。…そんなフレーズが頭に浮かぶんだわ、競争原理に染まった姿勢では「勝ち負けのないゲーム」なんて楽しめそうにないもん。だけど僕も、勢いで口走ってから思わず口をつぐんだりしてるんで、偉そうに言える義理じゃないんだな。で、YFS&NQという訳。
 だって僕には平和とか平等って漠然とし過ぎてリアルじゃないし、暴力を否定する気もないのね。薬も過ぎれば毒になるって段じゃないけどさ、何かと比較して強すぎたエネルギーでしょ? その余計な分の力を打ち消して無力化すれば無駄じゃないだけで。もし仮に暴力を地上から撲滅したとして、それで得られる平和とかが幸福とは思えないんだな。
 暴力に直面するのは苦しいに違いない。でもその状況を強制排除できるチカラは、苦しみ以上に強力な何か…いわゆるパワーかフォースのどちらか。即効性があって目に見えるパワーのほうばかりで、別な要素について語れる人がメディアから消えてしまう現実って残念に思うよ。
 ではYFS&NQを、フィクションとノンフィクションの世界で考えてみましょう。というのは、どこかで読んだ「通貨や時間などは虚構の制度」という文章が引っ掛かっているからなんだけど。
 お金なんかは単なる決まり事で、所詮は社会集団の幻想なんだって。本当は存在しないけど、必要を感じてYESのスイッチを入れているに過ぎないと。それで一本の木よりも、ゼロ(無存在)に価値が生まれてる。なるほど、そう考えて見渡すと日々の暮らしはフィクションの中だ。海に浮かべたボトルシップみたいだ。
 では何がリアルなのか? そこで思い出すのは、ある作家が使っていた「体の言葉」という言い回し。話す人自身が自分の体で身につけた、体験から生まれた言葉。他人の引用や意味ありげな常套句より、理屈じゃなく気持ちに収まるような。言葉が生きている人になんて、滅多に出会えるもんじゃないかもしれないが。
 我想う、故に我有り。始めに音ありき。…そして世界は満ちたり。

平成15年11月11日
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2003年11月07日

25*町の匂い、土の記憶

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 八丁堀のビジネスホテルに泊まったのですよ。
 時代劇の捕り物で知られる町名だけど、東京駅から程近いオフィス街なのね。とりたてて何があるでもない、直線道路に箱を並べたような町。家から銀座までの途中にあるので、車やチャリなんかで通りがかった事は何度もある。まあ、割と見慣れた町並みな訳よ。
 でも面白いもんで、今まで通過点としか思っていなかった場所も、たかが一泊とはいえ宿を取り食事処を選ぶとなると、初めて来た町のように見え方が全然違ってくるのよ。店構えは今風なビルの一階でも、昔ながらの看板を掲げてるのに気が付いたりとか。そういった隅々に染み込んでる、他のどこでもない時間の積み重ねが浮き出て見えてきたんだわ。
 なんかねー、どうも小綺麗な区画にそぐわないんだ。オフィスビル街になってても、なぜか未だに古い家並みの気配がするんだよ。しもたやと敷石と板塀の、ヤツデと苔とイチジクの匂い。八丁堀という土地柄、江戸の門前町として商売や卸売問屋が軒を連ねた頃の名残か? そんなのは、もはや裏通りの道端に、微かな形跡を留める程度なのに。
 それは自分が生まれるより昔の匂いで、本当は知ってる筈がないんだよなぁ。だから実は妄想とか錯覚なんだろうね、でも「土地の記憶」みたいなものが感じられる時ってあるよね? 自分が見ている景色と、感覚的な情報が一致しないような違和感。
…という話題と矛盾しちゃうんだけど、都市近郊の風景って無機質じゃない? 産業道路と安っぽいレストランと中古車センター、みたいな。シアトルでも台湾でも、そういうのって同じなのよ。たとえば北綾瀬とか、国道一号線沿いの眺めと一緒。まるでベタ塗りで、土地の匂いを拭い去ってしまいたいのかって思う。
 こうやって考えるのは目茶苦茶こじつけだとは思うんだけど、やっぱり人が住み暮らしてきた歳月と関連してるのかねぇ? 八丁堀なんかだと江戸時代から500年位は往来の行き来があってさ、それに比べりゃあ町外れの閑散とした場所は人の汗が染み込んでるとは思えない。仮に大昔から道があって家も建ってたにしても、土地の匂いが感じられない場所ってのは昔も寂れてたのかもね。
 そう。僕がいう土地の匂いは、つまり気配みたいなものの事なんだな。人間の息遣いじゃなく、その場所に残っている記憶というか。もしかしたら八丁堀の地面は、ここ30年ほどで作られた風景に未だ順応してないのかもしれない。まだビル街に変わる以前の残り香が、どこか抜け切ってないような。
 ところで、大阪を車で走った時の話。電車とかで行って、現地を歩く目線で見てるのと全然違うのね。運転しながら眺める大阪の町は(東京とは別の文化で成り立っている)って実感したのよ。歩いてても4車線の大通りが一方通行だったり、東京じゃ日本橋近辺の問屋街しか有り得ない光景を見かけるけど。
 車を走らせて感じた違和感は、そうやって説明するのが難しいんだな。変な譬えだけど、トワイライトゾーンに紛れ込んだ感覚というか。SF用語で「パラレルワールド」って言うんだけどさ、過去に別の選択をしたら存在したかもしれない世界に入り込んでしまったみたいな。自分の見知っている、東京と似ているのに何かがオカシイ。
 同じ道路、街路樹、標示板、交差点…。なのに、何か決定的に違う感じがするの。個々のアイテムは共通してるけど、別の知らない発想に基づいて配置されてたような。思うに行政が明治以降に全国統一の道路整備を開始する時、すでにインフラ基盤があった大都市は旧来のフォーマットを活かしたんだろうね。
 だからきっと、その都市の思想みたいなのが違和感を生むんじゃないかな。東京の下町は昔、江戸城の門前町として他藩から侵攻をくい止めるような道路設計にされたそうな。平たく言えば、わざと見通し悪くてゴチャゴチャした道にしてたのね。戦後の区画整理もあって、今は良くなってきたろうけど。
 それから、これは大阪に限った話じゃないんだけどさ、やっぱ関東平野を見慣れていると山が見えるのは不思議な感じ。まだ田園地帯なら平気でも、都会じみた背景に山があるのは圧迫感を覚えるなぁ。とはいえ、ユカタン半島(メキシコ)の果てしなくフラットな光景も異様だったがね。
 なんかオチがないけど、まぁいいか。…って、前にもあったかな?

平成15年11月7日


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