2004年04月18日

44*キャリフォルニアの夢

 70年代の終わりまでは、カリフォルニアは「キャリフォルニア」と呼ばれたりもしていた。まだウェストコーストという響きには意味があり、そこには青い空が拡がってると決まっていたのだ。ヤシの木とサーフィンボード付きで。
 アメリカ西海岸の第一次サーフ・ムーブメントは、東京の団地に住む小学生達にもスケボーを流行させたのでした。もちろん子供だった僕らは、単純に(ローラースルーとかホッピングのようなもの)としてしか認識してなかった訳ですが。
 当時、僕が初めて観に行った洋画は「ボーイズ・ボーイズ」という青春スケボーもので、今になって思えば後々の服の好みにまで影響を与えてるんだなーと思う。アメカジ系の古着が好きなのは、あの映画の男の子達が着てたヨレヨレしたレタードTシャツなんかが原点にある気がするもんなあ。
 服で言うと、あとサープラス(軍の放出品)好きも小6〜中1頃に深夜のTV映画で観た「タクシー・ドライバー」などのアメリカン・ニュー・シネマに影響されたのかも。ベトナム戦争直後という時代の空気、そして何より機能的でいて安いところが良いね。でも最近じゃあ着てるだけで、短絡的にブッシュ派みたく見られてしまうような…。
 ま、今それは関係ないんだ。
 図書館でCD借りて聴いてたんだわ、AORのコンピ盤。「大人向けロック」の略だとか、そうじゃないとか。ジャンル分けなんてどうでもいいんだ、ただ70年代後半から80年代前半の日々に流れてた音楽なのよ。第一次スケボー・ブームからMTVまで、僕の音の趣味も大体その辺で決まっちゃった気がする。AOR、ブラコン、クロスオーバー、ニューミュージック、などなど。
 中学生になったばかりの僕は、いつも学ランの内ポケットに「西海岸ガイドブック」を突っ込んでた。1ドル=何円か知りもしないし、書かれた店や通りどころか内容すべて分からなかったくせにね。それでも構わなかったんだ、僕の精神は常に半分を夢の中に置いていたかったんだ。
 ふと思ったんだけどさ、みんな何かしらあったんじゃないかなあ? 僕だけじゃなくて、成長の過程では誰もが(無自覚な危機的状況)を通過しなければならなくて、そういった一種の象徴的な「よすが」で少年期を乗り切って行くとか…。人によって色々な、あるいはもっと内面的な要素かもしれないけど。表面に出ない、奇妙な習癖みたいなの。
 第二次性徴期ってのと関連するのかもしんない、その位の年齢って親も知らない秘密を持ったりする時期じゃん。エロ本とかタバコなんかを買っちゃったりさあ、カツアゲ食らったりホームレスいじめたりね。いやいや、飽くまで一般論としての譬え話だから。んでまぁ行動半径が拡がって、それまで見知っていた近所の大人子供とは別個の関わりがバンバン生じて。
 そうやって自分の勢力圏外にさらされる、いわば心のヘソの緒が取れる時に僕らは通過儀礼がないでしょ。インディアンにとってのトーテムみたいな、繋がりというか契約は持ってないよね。でもさあ、もしかしたらそういった儀礼は人の心に欠かせない事柄だったりして、そんで無意識に疑似的な行為をしてるとしたら…? たまたま僕の場合は、それが「キャリフォルニア」だったんだろうという気がしたんだ。
 今はもう誰も、そんなふうには呼ばない。カリフォルニア、それは単なる地名だ。しかし不思議な事に「キャリフォルニア」という響きには、僕の要素がギッシリ詰まっている。一粒の種子の中に、いつか大木になる要素が全部あるように。現在から見れば最も孤独が寂しくなかった頃であり、きっと当時の自分から見た今の僕を一言でいうなら「キャリフォルニア」しか思いつかない。
 そうか! 僕の南国志向も、そこに端を発しているんだわ。

平成16年4月10日

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2004年04月01日

43*ベントラごっこ

 先週だったか先々週だったか、妙に苛立ち易い日があった。
 まぁ、そういう日ってのは取り立てて珍しくもないやな。そんでもって苛々オーラを出していると、楽しい事より不愉快な出来事が集まってくるもんだ。こっちの不機嫌なエネルギーが周囲に波及してるのかもしれないし、あるいは荒んだ何かの出す空気に同調しちゃって楽しい事が目に入らなくなるのかもしれない。
 そんな日の数日後、新聞の小さな記事で「地球に大きな流れ星が最大接近していた」というのを目にしたのだ。内容は若干違ったような気もするけれど、まぁそういうのの影響が出たんだと思うと面白かったな。今更だけど、あの日は周りの人がことごとくカリカリしてて振り回される事に苛立ってたんだ、と言えなくもない。
 動物は月の満ち欠けと調和したリズムで生きてるとか言うけど、人間だって月と犯罪の増加率には関連があるっていう話を聞いた覚えがある。だったら(大きな隕石が地球とニアミスしたせいで、人の精神状態が世界的レベルで不安定になった)って言われたって妙に腑に落ちる感じがするな。むしろ生き物らしい感受性に愛着が湧いてくる位。
 そんな予報番組があったら、ちょっと楽しいかもね。たとえば朝の占いコーナーみたく「今夜は満月なので頭に血が上り易そうです」とか「今日から流星雨になりますので、モヤモヤ気分の人が増えそう」とか。「アフリカの皆既日蝕の影響により、一時的な胸騒ぎがありそうです」なんてね、そんで駅で腹立つ人に遇っても(あ、サバンナは今ダイヤモンドリングなのかぁ)なんて牧歌的な気持ちになれたら良いんだけど。
 ところで全然関係ないんだけど、子供の頃UFOを呼ぼうとした事があったなぁ。あれは小学校の1、2年か? クラスの誰かが、どっかで覚えてきたんだな。何人かで輪になって「ベントラー、ベントラー」って唱えながらぐるぐる回ってるとUFOが寄って来るって言われてさ、空き地に行って本当にやったんだよね。子供心でも(そんな訳無いよな)って分かっていながら、でも薄ら怖かった。用もないのに呼び出して怒られたら…って。
 ずーっと回ってるうちに「ベントラ」が「トラベン」になって、しまいに気分が悪くなってきたし飽きちゃって終わり。たった一度の下らない遊びだったのに、大槻〇ンヂのエッセイで同様の話を読んで一気に思い出した。当時は空き地がまだあって、空も今よりは広かったって事も。それにしても、世の中には他にも「ベントラごっこ」経験者がいたんだ。時代だよなぁー。
 UFO、ユリゲラー、ノストラダムス、謎の4次元、心霊写真、ネッシー…。そういう現象が許されていた、というか大手を振ってまかり通ってたんだよね。世紀末を過ぎ21世紀から冷めた目で振り返るのとは違う感覚なのよ、その空気の渦中を生きていた目線ってのは。
 30年後の自分の身長で見渡せば、あの広大だった筈の空き地も実際それほどではなかったりするのだろう。その時の低い視線には荒れ野に映った(誰のものでもない場所)が幻想だったように、今の自分には見えない現実を生きてたんだなって思う。その半分は、時代の見せてくれた幻影だったとしてもね。その事が、なんだか生々しく感じられる。
 情報の質とか量と関係なく、人はそれぞれ世界を定義してるんだ。
 それぞれの人が生きる世界は、そういった事とは無縁の神話のようなものなんだ。
 たとえ子供であっても、子供なりの規範を持って幻想を生きてるし、そして既知の世界は狭く異文化は広い。だからすぐに「冒険だ」とか言って無茶するのかもな、細い塀の隙間を伝ったりとかして。
 すっかり忘れているけど、同じニュースを共有してる人同士の中で生きていると異質さが遠くに感じられてしまうんだよね。あの荒野の向こうまで冒険しに行く勢いで、今は外国だって行けない事もないのに。まだ僕にもその余地はあるのだろう、知らない何かへの好奇心があれば。
 今行ってみたいのは…ベルギー? うーん、熱が及ばないかな。

平成15年3月27日

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