本の持つ質感、インクの感じ…。本は結晶化した知識というか、知のアイコンなんだ。画面の上で一時的に映し出す、そういった情報とは質が違う。それは読むだけじゃなく、書く事にも言えるよなぁ。キーを叩いて文を作っていると、紙に書いていた頃とは微妙なズレが感じられる。
たとえば手紙とメールだと、僕には手紙の方がリアルなのね。メールって全体が俯瞰できないし、手書きじゃなくても紙そのものに感じられる何かが欠けてるというか。頭の中でモヤモヤしてた何かを言葉に換える、その着地点にギャップがあるというか。本にあって画面上には足りない、話し言葉と書き言葉くらいの違いが。
もし本当にペーパーレス社会が現実化したなら、そこに生きる人々と今までの世界は根本的な理解の断絶が生まれるのではないかと思ったりする。というと大袈裟だけどさ、顔も知らないメル友っていう感じ? 慣れの問題かもしれないけどさ。
そうそう、ようやく最近になって(パソコンで検索する)というのを覚えたのよ。そこで何か芋づる式に、田〇ランディという作家に対する非好意的なサイトに辿り着いた訳。彼女のコラムは好きなのね、でも小説は読む気が起こらなくて。そこに飛び交う誹謗中傷が的を得ているのか外しているのか、というか個人に関する便所の落書きなんだけど。
ただ「ある状態の人々から熱狂的に支持されているだけ」というような意見があって、その譬えが久々に行った図書館で急によみがえってきたんだよね。
一時期、この図書館を攻略するよな勢いで色々と読み漁っていたっけ。その頃に借りた「荒野へ」は、表紙のモノクロ写真が印象的だったな。無人のアラスカ山脈、雪に埋もれたマイクロバスの中で見つかった死体。将来を約束された境遇だった青年の、死に至る足取りを辿るノンフィクション。
その孤独な死は新聞の片隅に載り、やはり一般的には「世間知らずの青二才が…」と受け止められたらしい。まぁ結局は理想主義の未熟者だったと、そうだったとしても僕は今も時々、ふと思い出すんだ。最近では、異国で捕らわれた若者のニュースでも。
そりゃあ身勝手で不快にさせる生き方だったのかもしれないし、もう年末特番の「今年の十大ニュース」で思い出すのが関の山か? 確かにそうなんだろうけど…。
人って本来、小さな選択ミスで死に至るものなのだ。それは都市生活でも変わらないが、無自覚のまま過ごしていられるだけで。
遠く離れた出来事に、なぜか僕は(彼は自分だったかもしれない)というような気持ちになってしまう。
荒野で死んだ彼は、致命的な間違いを除けば上手くやっていたそうだ。異国で殺された彼だって、後付けの非難で結論付けるのは簡単な事だ。辺境でクマに襲われたり、地雷を踏んで死んだ写真家達と何が違うんだろう? 政治的に利用されたとか、そんなの命には関係ないのにね。
この社会ってのはさ、割と(人は誰でも過ちを犯す)というのを許さないように出来ている気がするんだ。結果主義って土俵の上で、立派な大人の仲間入りをする人は大抵が一度は鼻っ柱を折られてるんじゃないかなぁ。人によっては、逆転負けとか落選だったりというカタチで。
マホメットは知らないが、キリストも釈迦も辺境に行ったそうだ。色々な部族の社会には、通過儀礼とかクエストがあるという。そういうのって、本質的な旅だと思うのね。多分どんな社会でもそれぞれのクエストを経て、納得ずくで戻ってきて大人の役割を果たすたのだと思う。
旅の終わりは、決めていなくても時が来れば自然に分かる。(あ、戻ろう)という瞬間より先に命を落とす事もあるし、逆に(ここが自分の居場所だ)と見つけてしまったりもするだろう。
旅を終えた人が、その過程で(自分には選択ミスなどなかった)と考えはしないと思いたい。ほとんど命取りな失敗にも気付かずに帰還したからって、その手の旅は必ず誰かが支えてくれた瞬間があった筈なのだから。
D.クープランドの「ライフアフターゴッド」という小説は、あの頃の僕にとっては間違いなく衝撃的だったんだよ。なのに改めて手に取ってみて、あまりの退屈さに愕然としちゃったんだわ。
あの劇的な癒しは何だったの…?! なんだか騙されてたような、美しい夢から醒めた時のセンチメンタルさ。今となっては見当も付かないが、すべての文章が胸に沁みたのに。この本も「ある状態の人々から熱狂的に支持されているだけ」だったのかもなぁ、だとしたら僕は「ある状態」だった訳か。
ものは考えようだけどさ、たとえば(様々な「ある状態」の心にだけ呼応して、そこに書かれている本質を表す)という魔法みたいな本があるとして、そんなのが澄ました顔して図書館に並んでいるんだよ。僕はね、そう思うと愉快になる。今は何も語らなくても…。
そう考えてみると(僕の生きてる世界もまた物語なんだ)と思えたりして。
うん、悪くないじゃないか。そんな気がして笑える今の僕、めでたい事だ。
平成16年11月19日
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