2005年03月20日

73*髪形の自由と不自由

 僕が金髪にしたのは20歳のクリスマス、初ライブの店でのリベンジ3日前の事。
 まだその頃は長髪の兄チャンしか、髪の色を変えている奴は見かけなかったからなぁ。革ジャンとか着てるならまだしも、波乗り系のトレーナー着て長髪でもないのにプラチナ・ブロンドなのだ。ロックンローラーにも見えないし、かといって他のジャンルにも分けようがない人だったと思う。
 初ライブのほろ苦い思い出を持つ店に、別のコピバンで挑む機会が訪れた。しかも今度はギターだ、ほとんど客は10代の女性だし張り切ってメイクまでビジュアル系で弾きまくった。
 しかし女のコ全員、引きまくったね。自分のソロで最前列まで出ると「キャー!」って、後ずさってくの見て「十戒」かと思ったよ、あの海が割れる名シーンみたいでさ。
 店の人には「ウチが始まって以来の盛り上がり方」とまで言われ、リベンジには成功したけど女のコは誰ひとり近寄って来なかった。

 年が明けて成人式、でも…やたら浮いていた。地味なスーツなのに、背伸びしたがる連中の羽織袴より目立っていたらしい。けれども地元の知り合いは、みんな僕だとは気が付いてくれなかった。仲間内で(あいつヤバそうだから目を合わすな)とか言い合ってたとか、いないとか。
 初めてカラオケをしたのも、その時だった気がする。ボックスじゃなくて、飲み放題で順番に歌う店が出てきた時代だ。知らない連中同士が店中で盛り上がって、なかなか快感だったな。
 しばらくカラオケにハマッたが、コピバンの方は解散に向かっていた。せっかくオリジナルを採用してもらったけど、主導権を巡る駆け引きとかになってきたのだ。まぁよくある話だよね、一人で音楽やってるほうが気楽でいいや。

 金髪ってのは、維持してくのが面倒なのねー。伸ばしてみようかとも思ったけれど、ライブの予定も当面なくなったからなぁ。飽きたし夏だしで短髪に戻って、そしてモヒカンになった。いや、正確には罰ゲーム的に「された」のか。
 泳げるようになりたくてプールの監視員になったものの、そこは体育会系ノリで遅刻厳禁の世界。他の連中は皆近所で、僕だけ1時間かけて通っていたのだ。しかも学生じゃないから毎日で体力的にキツくてね…。
 それに当時はまだ(遅刻なんざ、その分の給料が引かれるだけ)としか思ってなかったし。そんな非体育会な僕は「3回遅刻したら坊主」なのに5回も遅刻して、それで会議の結果はモヒカン。そこの管理を任されていた人は元・美容師だったから、決定即実行と相成ってしまったのだ。
 みんな(コイツ、切られる前に逃げて辞めちゃうな)って顔してたから、敢えてモヒカンに。だけど最初から短髪だから、凸っと冴えない感じになっただけだったけど…。情けなさに、ちょっと泣いたね。帰りの電車も、ラッシュアワーなのに人が避けるし。
 その足で、地元の友人に会った。3日後に伊豆でキャンプをする計画だったから、隠す訳にもいかないし。しかも海でナンパは約束事だったから(違うか)。
 浅草海苔状態の頭を見た彼は虚脱してたが、それでも僕にとっての初キャンプは実行してもらえた。ただし「絶対に帽子は脱ぐな」という厳命付きで、だったが。んで一応は頭にバンダナ巻いて海水浴場に行くの、そんで「あっ、波が!」なんつってモヒ丸出しにしちゃってさ。友人的には気分最悪だったそうだ、そりゃあナンパは無理だしなぁ。
 タクシードライバーみたいなグラサンして、モヒカンにブーメランで、しかもエスニック系のネックレスをジャラジャラさせて…。でも横須賀を通過する時なんて、ヤンキー車が道を譲ってくれたりしてね。そういうのも、なんか得意というより複雑な心境だったけど。
 ところで監視員って水着は必ず競泳用なんだけど、割と簡単に抵抗ってなくなっちゃうもんなのよ。

平成17年1月27日
ku73.jpg


posted by tomsec at 22:02 | TrackBack(0) | 空想百景(ALL) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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