2005年04月15日

76*パーソナリティ

ku76.jpg
 ネクタイのセンス、これが分からないんだなぁ。
 洒落で作ってみたようなアート系の柄なんかはともかく、普通のネクタイね。趣味が良いとか野暮ったいとか、言われてみれば(確かになー)とは思うんだわ。だけど、いざ自分が手に取ってみたら区別が付かないんだろうなぁ…って。
 ま、身につける物のセンスって場数だよね。だけど、アクセサリーよりはネクタイ締めた回数のほうが多いのに、どうも分からないんだわ。とはいえ、アメカジっぽい格好が好きだからって「そっちのセンスなら自信あるの?」って問われても…ない訳ですが。
 初めて羽織った背広もネクタイも、親父のお下がりだったのよ。けど、その堅苦しさも(大人っぽさ)だと勘違いしてたっけ。文明開化の時代に舶来好みだった人達も、ひょっとしたら似たような気分だったのかも…なーんてね。

 ところで話は飛ぶけど、FMというのにはフォーマルな印象があるんだ。ま、他の放送メディアと比べたら、の話ね。一昔前の言い方をするなら、ハイ・ブロウな感じ。
 エスニックからハードコアから、ノイズ・ミュージックまでオンエアしてたんだよね。まぁ今じゃ想像できない感もあるけど、あらゆる音楽が流れてた。J〇WAVE以降、やたら喋りが多くなってヒットチャート専門に様変わりしちゃったからなぁ。
 実は最近、珍しくCDを買ったの。それもかつてFMの名番組だった「クロス〇ーバー・イレブン」を再現する企画盤。夜伽話の合間に音楽があるような、当時としても独特なスタイルだった。そして僕にとって、あの番組はFMの代名詞でもあったんだなって思う。
 聴き始めは、小学6年で東京から山口県に引っ越した頃。アニメっ子だった僕にとって、TVの民放が2つしかなかった上に再放送並みに古いアニメしか観られないのは大ショックでさ。そんな訳で読書好きに拍車がかかり、ラジオを聴くようになったんだ。
 ジャズもハードロックも、僕にはFMから与えられたようなもんなのよ。夜更かしして、山の静けさが押し寄せてくるような空気の中でね。ちょうど、背伸びしたくなる年頃でもあったし。だけど部屋の壁は、びっしりアニメのポスターだらけだったりしてね。
 AM放送も、僕にブラック・ミュージックを教えてくれた。それは中学2年で東京に戻ってからで、FENを聴くと常に「ウーマン・ニーズ・ラブ」が流れてきてたんだ。英語のDJだからか、日本人の素っ頓狂な喋りみたく耳障りじゃなくてね。
 ちなみに、FENを知ったのは「ア〇リカン・グラフィティ」にも登場するDJのウルフマン・ジャックから。実際にラジオからウルフマン・ジャックの声が聞こえた時は、なんだか有名人に出くわしたような感動があったもんだ。

 自分の経験と想像だけで作文してると、どうも回顧調な言い回しに寄っちまうな。実際、J〇WAVE以前も「サウ〇ド・ストリート」みたくパーソナリティを看板にした番組はあった訳だし。ただ、選曲は個性的だったと思うよ。
 高校生ぐらいだったかなぁ、当時のハードコア・パンクで筆頭に挙げられるバンドの曲がかかったの。割と品の良い音楽を流すと思ってたFMでだから衝撃だったな、でも同時に、その音楽を別け隔てしない姿勢に共感もしたんだ。
 そして、その初めて耳にしたパンクの詞にも衝撃を受けたんだ。活字にすれば意味不明な「オレはぁ、アザラシー!」が、聴いていて凄く説得力があったのよ。読む事を前提に書かれた詩とは全然違う、歌われるための詞があるんだって知らなかったんだ。
 それはもちろん、ミチ〇ウの声に負う部分が大きかったんだろうけど。ソウルが宿っていた、とでもいうか。だってあの歌詞を、たとえばカラオケで熱唱されてもねぇ…。
 歌う人間によっては、あれは「爆笑ソング」扱いじゃないのかなぁ。

平成17年4月14日

posted by tomsec at 03:05 | TrackBack(0) |  空想百景<71〜80> | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック