2005年05月27日

メキシコ旅情【旅路編・3 束の間のアメリカ】

 ダラス空港に着陸して、トランジット・ルームに案内される。カンクン行きに乗り換える為、ここで二時間待ちだそうだ。分かった顔して英語のアナウンスに耳を立て、単語レベルで何とか見当をつける理解力では不安になる。気安く話しかける連れあいがいないのって、こんなに疲れるものなんだなー。
 それにしても大勢の日本人だ。カンクンなんて耳慣れない土地に行こうとしている日本人が、しかもほぼ全員(ハワイに行くヤング・カップル)みたいな若者ばかり。各々のスーツケースに腰掛けて、仲間同士で楽しそうに談笑している。独りでポツンとして、おっきなリュックを背負った自分は場違いに思えた。
 おぉ、他にも怪しげな男がいるじゃないか。ブルー・ジーンの上下にテンガロン・ハット、ウェスタン・ブーツでキメてる男が。そのバタ臭い感じ、このテキサスに用がある格好にしか見えない(というか真夜中のカウボーイか?)。それともメキシコの格闘技ルチャ・リブレの武者修行を志す、みちのくレスラー……。なーんて他人を嗤える自分じゃないが、妙にほっとする。
 間もなく係官がドアをあけた。退屈しきった旅行客が詰め寄って、口々に尋ねた。トイレはどこだ、喫煙所はないか、水はないか、ずうっとここで待つのか、などなど。そうだそうだ、僕らは難民ではない。ヤングの代表が場を制し、聞き取りづらいスパニッシュ訛りの女性係官と問答している。
 彼は振り向くと、仲間たちとトランジット・ルームを出て行ってしまった。どうやら入国手続きをして、空港内の施設で時間を潰すらしい。そうか、この部屋はアメリカ領土内にあってもアメリカ国内ではないんだな。税関の向こうで飲んだり食ったり買ったりする、というのは悪くない考えだ。
「他に希望者はいないか」係官はそう言っているようだ。僕もひとまず国外脱出を図る。

 搭乗券の半券には[21A]と書かれてあった。入国手続きで、軍人みたいな監査官が書き入れてくれたのだ。若くして態度がXLの白人男性にゃ、海外ドラマの安いセットのような税関がお似合いさ。よそ者をにらみつけて、そうやって番犬役で一生を送りやがれっての。
 そうしてアメリカ入国、ダラス空港は信じられないほど大きかった。国内外の航空便が、六十あまりのゲートを使って離発着している。各ゲート間の移動用に、構内に電車を走らせている程だ。僕は(アメリカ大陸に来たんだ)と実感した。どこまでも伸びる広い通路は、沢山の人々と様々な店と音楽で賑わっている。その合間を縫うように、電気自動車のトロリーバスが走ってゆく。
 あれだけいた日本人は、いつの間にか僕ひとりだ。出発ギリギリになって迷わないよう、先にゲート付近まで移動しとこくのが賢明だろう。21Aは、予想以上に遠かったのだ。着いてからも念のため、案内係に確認しておく。その女性の親切な応答で、やっと緊張の糸がほぐれた。とりあえず、建物の外で一服しよう。
 なまあたたかい風が気持ちよく吹いている。けだるい夏の午前、まさに異国の空気だった。タバコを「旨い」と感じる。それからゲート周辺の店を見て歩き、カードと切手を買って友人にエアメールを送った。思えば大陸初上陸だ。カフェテリアには、ヤング日本人のグループが固まっていた。その光景は(ディズニーランドっぽい)と思った。
 実は行った事なんてないのだが、それは要するにアメリカ文化のエッセンスなのかもしれない。ショッピング・モール、ハンバーガー・ショップ、リゾート・ホテル、そういう類は世界中どこでも同じ臭いがする。地面と切り離されたような。
 成田を朝の9時半に発ち、同じ日のダラスで9時半の便を待っている。なんとも奇妙だ、そんな数字こそ幻想なのに。陽はまた昇り、沈んでゆく。
 案内係の声が搭乗待合室に響き、顔を上げると僕を見つけて手招きしている。あの親切な女性が自分の腰に両手をあてて「君はこれに乗るのよ」と言って微笑んだ。なんだ、搭乗開始を教えてくれたのか。僕が笑いながら「あなたの親切に感謝します。」と応えると、彼女は「一番乗りね!」とウィンクを寄越した。
 そんなやりとりを、日本人の男女が怪訝そうに見ていた。

posted by tomsec at 15:40 | TrackBack(0) | メキシコ旅情2【旅路編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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