2005年05月27日

メキシコ旅情【旅路編・1 助走】

 割といきなり、旅に出ることになった。
 思い立ったように夏場の一ヶ月足らずをバイトして、13万7千円の往復チケットを買い求め、滞在費は拝み倒して親に借りた10万円。これで十月半ばまでメキシコにいる予定なのである。
 メキシコで僕を待つのは、友人トニーと彼の友人エドベン。何年か前に二人は東京で同居していて、その縁を伝って出掛けようという訳だ。こんな機会でもなければ、僕がメキシコになんて行きはしなかったろう。近場のパック旅行を除けば、僕にとっては初めての海外旅行になる。

 トニーがエドベンの住む、カンクンという町に向けて日本を発ったのが四月だった。「君もおいで」と言ってくれてはいたが、半年前の僕にとっては現実味の薄い話でしかなかった。そりゃあ確かに、行けたらいいなぁーとは思っていたけど。
 実際、僕が本気で考え始めたのは夏のバイトが決まってからだった。九月になってバイトが終わると、それから慌ただしくチケットを買ってT/Cを作って、失効していたパスポートをギリギリ再発行してもらって出発の日がやってきた。切羽詰まると騒ぎだすのは相変わらずの事だけど、おかげで「夢みたいだぁー」なんて悠長にほっぺたひねっている余裕もないまま成田に到着。
 台風一過の秋晴れである。なにしろ旅馴れていないから「チケットは空港手渡しで」なんて小さいことでビビッてる。段取りが悪くて不安で一杯になっていると見事に欠航。そう聞いた瞬間、うっかり泣きそうになったけど、そこは格安チケットでも旅行取扱業である。航空会社に掛け合って、空港近くにホテルの手配をしてくれた。頼むよホント、こちとら海外小心初心者なんだからさ。

 飛行機は台風の影響とかで、翌朝九時の便に変更された。タダで一泊できると得した気もするのだけれど、考えてみたら一日分メキシコでの暮らしが減ってしまったのだ。しかも、ホテルでは浴衣でレストランに入ろうとして怒られて散々である。ともかく、出迎えてくれるトニーに連絡しなくちゃ。しかし時差があるので、電話するにはまだ早すぎる。
 にわか仕込みの知識によると、メキシコは南北に細長く、日本とは逆向きに反り返っている。つまり太平洋を隔てて、下手くそが八の字を書いたみたいなものだ。カンクンという聞いたこともない町は、カリブ海に突き出したユカタン半島の先にある。日本との時差はマイナス16時間。サマータイムだと17時間になるのかな、まぁそれぐらい違っているのだ。
 時間潰しを兼ねて、日本の友人に一通目の手紙を書く。まだ日本国内にいるっていうのに、我ながら気の早いことだと思う。それでも、ホテルの便せんで手紙を書くっていうのが、なんだか旅馴れた雰囲気を醸し出してくれる気がして好きなのだ。こりゃまったくの自己満足だな、でもいいや。成田の夜景を見ながら床に就く、なんて滅多にないシチュエーションに浮かれ気味。
 この旅行には、何の目的もない。唯一、自分で決めたのは「友達全員に便りを送る」ということだった。詰まらない土産など買うより安上がりだし、ハズレがないし、しかも荷物がかさ張らない。その上、僕の身に万が一のことがあった場合には、それが最期のあいさつにもなってくれるという寸法だった。まさか危険はないだろうけど、先のことなんて分かりっこない。国境近くでは、ゲリラも追いはぎも出るという話だから。
 ともかく夜も更けて午前一時を回った。部屋の電話は割高なので、ロビーに降りてトニーに電話。
向こうはまだ朝の八時とかその位だろうが、もうこれ以上は起きていられない。やっかいなのは、エドベンの家族に取り次いでもらわなければならない事だ。英語は何とかなるものの、スペイン語なので手に負えない。本と首っぴきで単語を並べ、たどたどしいあいさつでトニーを呼び出してもらう。彼を待つ間にも、カードの度数がするする落ちてゆく。
 トニーが留守だったら、と考えるとドキドキする。エドベンは仕事に出掛けたろうし、そうなるとスペイン語で用件を伝えなければならない。とてもじゃないが、そんなの無理だ。自慢じゃないが、電話代がいくらあっても足らないぜ。寝ぼけ声のトニーが電話に出た、と同時に僕は早口でまくし立てる。余分なテレカを手繰りながら、声のトーンが知らずにはね上がってしまう。
 受話器を置いて、どっと疲れが出てきた。まだ旅はこれからだってのに……。
posted by tomsec at 15:40 | TrackBack(0) | メキシコ旅情2【旅路編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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