2度目の買い物から帰ってから、家の周りをインライン・スケートで滑った。
住宅街の道路は滅多に車が来ないので遠慮なく滑れる。家の周りの景色に、夕暮れ色の陽が差し始めていた。風を感じて気持ちいい。
ジョアンナ(パティの娘)とディエゴ(ロレーナの息子)、もちろんトニーも一緒だ。あと、彼が密かに「ベイビー・ベイブ」と呼んでいる女の子も。つまり滑り慣れてない子供達の補助役だ、一日の疲れが出てきたので先に上がる。
もう夜だ…。というより(やっと昼が終わった!)って感じだ、一日が長過ぎる。
ベイビー・ベイブの家は近所じゃないらしく、どうやらトニーが送って行ったようだ。僕が部屋でポストカード書きをして、MTVを観ながら眠りかけてたら彼が戻ってきた。
「おいおい! まだ寝るなよー、これからダンス大会だぜ」
なぁ、今日はこの辺にしておこうぜ?! 寝不足気味だし、来た早々から飛ばしすぎだよ。
「何言ってるの、まだ9時前だよ。それにもうすぐ女の子がいっぱい来るんだからさぁ」
ちょっと待ってよー! この部屋に? 今から?! この狭い部屋で大会って、出来れば他でやってくんないかしら。
やがてドアが叩かれて、隣のグラシエラとビアネイが来た。
なぁ−んだ!! って思うのは失礼だろうけど、期待を裏切られたな。それから二人やって来て、女性は全員で四人になった。もはや僕の寝床を広げる場所は、ない。
金髪をショートカットにしたティミーは、廊下のお向かいさんだった。頑丈な木の扉の、表通りに面した部屋に住んでる。もう一人はティミーかグラシエラの友人で、たまたま遊びに来てたらしい。トニーが女性達に午前中の一件を話したせいで、それじゃあ早速マカレナを踊ろうよ! てな流れに。
ティミーは踊ることが苦手なのか、表情も動きもこわばっていてぎこちなかった。他の女性はすぐに踊り始めたが、振り付けが各自でバラバラじゃん(昼間の子供達もそうだったな)。トニーいわく「幾つかのバージョンがある」のだそうだけど…? 三人の女性は楽しそうに笑いながら、狭っ苦しい部屋の隙間を動き回っていた。
グラシエラは白い歯と黒い大きな瞳が印象的で、腰を振るような場面では照れ臭そうに踊っていた。対照的にビアネイは、昼間と同じ女性とは思えないセクシー・ダンサーに早変わり。恍惚とした表情と、全身で楽しんでいる感じのグラマラスなダンスには生まれつきのようなセンスがある。それにしても…の迫力に僕はタジタジ。
ダンス・パーティというほど派手々々しいもんじゃなく、とてもアットホームな印象の集いだった。なんといってもトニ−のおかげで、出逢ったばかりの人達に居心地の悪さを感じる事もなかったし。僕が言葉を話せなくても、彼はみんなと仲良くなって楽しく過ごせるように気を配ってくれていた。あるいは最新のネタにされていただけ、かもしれないけど。
普段の小さな楽しみ、そんなふうに更けてゆく夜の気配は心地よかった。いい加減、踊り疲れてお開きになった頃には10時を回っていた筈だ。ティミーと友人は帰り、トニーと僕は隣の部屋に行ってビアネイ&グラシエラとお喋り。僕はスーパーで買ってきた果物のビールを振る舞い、グラシエラの買ったスイカを分けてもらった。それは小振りな俵形をしていたが、色も味も日本の夏そのままだった。
今夜は忘れずにスペイン語会話のテキストとノートを持って来たので、時折メモを取りながら言葉の意味やスペルを教えてもらう。それでも会話は途切れるどころか更に盛り上がり、タコス・チップの大袋も空っぽになってしまった。
トニーはコーラを飲み干すと、「ちょっと遅くなっちゃたネ。ブエナス・ノーチェス、アミーゴ」と腰を上げた。確かにラウンド・アバウト・ミッドナイト、よい頃合だ。僕も缶ビールを手にしたまま「ブエナス・ノーチェス、ムーチャス・グラシアス」と、彼女たち二人に言った。
「アスタ・マニャーナ[また明日]」
二人が応える声を背中に聞きながら、トニーは「マニャーナ!」と言って自分の部屋に入った。僕は一服しに、階段を上って屋上へ。
星空を見上げるようにして缶ビールを飲む。メキシコの夜空は、期待してたほどには星は見えなかった。無論、それは東京の比じゃないが。ちなみに、ビールはスペイン語でサルベッサという。味の違いは解らないけど、まだ冷えていてうまかった。スペリオールという、この辺りでよく飲まれている銘柄らしい。
タバコの煙が、ぬるい夜風にたゆたって流れてゆく。
トニーが部屋から呼んでいる。ビーチサンダルの裏でタバコを消し、ポケット灰皿に押し込む。彼が眠る前に、歯を磨いておこう。さぁて今夜はハンモックにしようか、どうしようか…。簡易ベッドの寝心地よりは、ましかな。
いつの間にか、星空のまんなかに小さなちぎれ雲が浮かんでいた。やけに白っぽくて、逆に穴があいてるみたいだった。
2005年05月27日
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