またセントロまで来た。今度は女性二人と一緒だ。
マカレナ軍団から解放された僕らが昼飯を食べに戻ったところに、グラシエラも帰宅して誘ってくれたのだ。
トニーは「行かない」と言ってから、僕に向かって「行っといで! 彼女達は君に来て欲しいんだからねーぇ」と付け足した。どういう意味だ?
「何言ってんだ、分かるだろう。モテモテじゃないか、さっきから。公園では子供達の人気者だったし、帰ってきたらママが『お昼ごはん食べるか』、女の子は『一緒に行こうよ』って具合にさ」
「トニー、彼女は僕ら二人を誘ったんだぜ?」
冗談だから気にすることはない、行っておいでとトニーは言った。彼はこれから、スペイン語の勉強をするつもりなのだ。
グラシエラは、仕事が休みの日は英語学校に通っている。ビアネイはかなり話せるのだが、スペイン語調の英語発音なので聞き取りづらかった。でもトニーは、彼女たちに訊き返した事がない。それは彼がアメリカ人だからなのか、それとも英語教師の力量なのか判らないが。そもそも僕の英語力はトニーだから通じる程度だし、僕自身もまた日本語訛りがあるようで度々グラシエラとビアネイから訊き返されていた。
スペールメルカドはスーパーマーケットを指すスペイン語で、店の名前ではなかった。さっきトニーと行った所とは違うけど、店先で手荷物を預ける点は同じだ。きっとメキシコのスーパーじゃ、これが当たり前なんだろう。
ビアネイとグラシエラの後ろに付いて、青果コーナーから見て歩く。やはり棚に並んでいるのは、ほとんどが見慣れない顔ぶれ。
「これ、何だか知ってる?」グラシエラが訊いてきた。
「ネクタリンだよね、桃みたいな味のする」
すると彼女たちは「ハポン(日本のこと。おおむねJの発音はHになる)にもあるの?」と、少し驚いた様子だった。輸入しているのかもね。
丸っこい緑色の絵にTUNAと書かれたヨーグルトを見つけて「ツナって、これマグロ味?」と訊ねてみると、二人は笑いながら「ツナ、じゃないよ。チュナ」と言って僕を青果コーナーへ連れ戻し、ピンポン玉より小さい球状のサボテンを摘み上げた。
これは甘いフルーツで、うちわ状の葉を持つ品種は野菜としてソテーするのだとか。確かに、野菜の棚に表皮をむかれたグローブらしきものを見たけれど…。この店では〈ビックリ食文化体験〉の連続だった。
チルドコーナーに並べられていた銀のパレットで、ケーキのような生菓子が切り売りされていた。グラシエラが、パレットの隅を指ですくいとって味見する。
「ンー、サブローサ!」と言って彼女は、僕にも(味見してごらん)と勧めてくれた。ちょっと行儀が悪い気もしたが、彼女の真似してペロリ。一見、それはチョコレートケーキのようだったのだが…。
「うわ、まずっ。」
思わず日本語で叫び、顔を歪めて後ずさった。恐縮ながら激マズですぜ!? カレーのルーに似た粉っぽいスパイスで、漢方薬の味が口に残っていた。グラシエラとビアネイ、二人して大笑い。別に騙されたんじゃなくて、それはメキシコ料理の最高傑作と評されるモーレ・ソースという代物だったのだ(後になって判ったんだけど)。しかしメキシコ人との味覚の差が、これほど異なっているとは!
試飲コーナーでもらった「オチャタ」とかいうジュースも、正直言ってまずかった。お米で作った甘ったるい飲み物で、甘酒に似ていて飲めないこともなかったが。
これからも、ママの作るごはんを美味しく味わうことが出来るだろうか? 一抹の不安を覚えた。
店内の一角に、いかにもメキシカンな格好をした人達が。壁のポスターには「メキシカン・フェスタ」と書かれていて、彼らは特売コーナーの販売員だった。グラシエラとビアネイが麦藁帽子のソンブレロを借りてくれて、スーパーの中で記念撮影。
意外な事に、ここカンクンでは僕が思い描いていた(メキシカンらしき人)を一度も見かけなかった。派手なソンブレロとか、カラフルなポンチョは土産物屋に飾られているだけだ。僕は(メキシコらしく)と思って不精ひげ&ぼさぼさ髪で日本を発ったのに、そいつは外国人がチョンマゲ結って来日する位、とんだ勘違いでしかなかったらしい。同じメキシコでも、この辺はマヤ・インディオの文化圏だから? 男達の髪は短かく整えられ、誰もヒゲを生やしていなかった。
「メキシコ・シティとか、北のほうにはそんなイメージ通りの人もいるよ」
でもみんなが皆、そんな格好はしてない。ビアネイとグラシエラに、そう教わった。そういえばトニーも昨日、エドベンの車のなかで言ってたな。
「どうして急にヒゲを生やしたの? そういうのは、あまり好まれないよ」って。
ママたちや、彼女達ふたりも僕を受け入れてくれているみたいだし、会えばみんなニコニコしてくれる。まさか僕のボサ髪とまだらヒゲが「メキシカンを意識してました」なんて言える訳ないが、そうと知ったらどんな顔をするだろう?
悪意のかけらもないとはいえ。
2005年05月27日
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