2005年05月27日

メキシコ旅情【純情編・9 みんな踊ろう】

 昼食時だからか、住宅街は人影がなく静かだ。
 トニーとセントロから戻ってくる途中、エドベンの家の近所にある公園で子供が遊んでいた。といっても、柵も遊具もない小さな緑地だ。すでに顔見知りだったらしく、トニーは大声で駆け寄って来た連中に僕の事を紹介してくれた。子供達はみんな元気で、僕らを取り巻き一斉に名乗りを上げてくる。こちとら一つ覚えの挨拶文を暗唱した後は、もう何を訊かれても笑うしかない。まったく、誰かに会うたびスペイン語のシャワーを浴びるおもいだ。
 中には運動靴を履いている子もいたが、裸足のほうが目についた。白く照り返すコンクリートの歩道に、陽に焼けた棒のような脚がくっきりと浮き上がって見える。タチアナ、カロリナ、ビクトール、ルルー……。それからそれから、まぁいいや。男の子は、12才ぐらいのビクトールだけだ。女の子たちは見た目で6歳から15歳、ちっちゃい子からおっきい子まで一緒になって遊んでいるのだ。
 年長のタチアナは体格的に高校生でもおかしくないのに、連中のお守り役というより仕切り役だった。はちきれそうなショートパンツとブラウスから伸びる手足が、白っぽくけばだっている。カロリナは、ビクトールとおなじか、少し下だろう。ルルーは整った顔立ちのせいで、小柄な体つきよりも大人っぽく見える。彼女ら以外にも5人位いたが、他の子はトニーとは面識がない様子だった。
 トニーが子供達の誘いに乗って、公園の中へ入って行く。それ自体は構わないんだけど、僕としては買い物袋を置いてこないと落ち着かなかった。もし(子供にありがちな「頂戴あそび」が始まってしまったら…)と考えちゃうと、僕はまだ上手く応対する自信がなかった。自分が納得できるような、子供との向き合い方を身に着けてないし。図に乗って他人の物を取りあげて気を引こうとする、その手の子供気質は苦手なんだよなぁー。そうならない事を祈りながら、神社の鳥居をおもわせる大きな白い門を潜った。
 緑の中に延びた白いコンクリの道は、芝草を丸く刈り取ったような広場に続いていた。円に沿ってベンチがあり、背もたれは深みのある濃い桃色をしている。垂れ下がった枝に付いた小さな木の実は、ベンチとおんなじコロニアル・ピンクだ。草木のグリーンにのぞく青空と、白い小路と大きな鳥居が爽やかなコントラストを生んでいる。
 子ども達はベンチにすとん、と腰をおろした。僕ら二人も、それに従う。
 円の向こう正面に座ったタチアナが、お姉さん顔で一同を見回して「それじゃあ、何して遊ぼうか」という様なことを言ったようだ。各自タチアナに意見を言って、彼女が頷いたりしながら意見をまとめている。やがて歓声が上がり、笑いながら皆で歌い出した。
「ダンス大会だよ。」
 トニーの説明によると、輪の中心で一人が踊って、順に次の踊り手を指名していく遊びらしい。手拍子も加わって盛り上がっているけれど、それは踊るというよりリズムをとっている程度だ。ごにょごにょと、照れくさそうに動いて終わると拍手喝采、次を指名すればまた大騒ぎ。なんだか、おかしいなぁ。
 金髪を短く刈り込んだマッチョ指向のビクトールは、さすがに抵抗があったのか腰を上げるのを渋った。それでも彼は顔をまっかっかにしながら、おどけたボディビルダーみたいな捨て身のダンスを披露して男の意地を見せた。彼に比べるとタチアナは、決して上手じゃなかったが自信たっぷりに踊ってみせた。まるで年下の少女達に(これがオトナの女のダンスよ!)と見せつけんばかりの表情で、彼女のプライドを傷つけない様に笑いをこらえるのは大変だった。
 女の子達は皆、物怖じしないがシャイだ。指名されるとすぐに立って踊り始めるものの、とっても恥ずかしそうにモジモジと体を揺すってみせるだけなのだった。その仕草の奥ゆかしさに、うっかり僕は(子煩悩なパパ)っぽい顔になって傍観していた。まさか自分が指名されるなんて、思ってもみなかったから。
 一人だけスカートをはいてた女の子が、誰を指そうか迷っていた時、タチアナが小声で僕の名前を囁いた。そりゃないぜ、セニョリータ! みんな一気に大盛り上がりで(なぜかビクトールが異様に興奮していて)面食らってしまった。どうやら踊らなければ格好がつかない状況だ。
 トニーも面白がって僕のお尻を押しやがるし、とりあえず輪の中心に進み出たのは良いけど一体何をどう踊りゃ良いんだ? そこでトニーがタチアナに向かって何やら話しかけ、それがいいと決まったらしい。みんな手拍子で唄い始め、分かっていないのは僕だけだ。
「おい、マカレナを知らないのか?」と、トニー。
 それはなんなんだ、メキシコ民謡?
「アメリカでも大統領が踊るくらい流行っているのに!」
 マカレナ…何それ?!
posted by tomsec at 16:56 | TrackBack(0) | メキシコ旅情3【純情編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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