2005年05月27日

メキシコ旅情【純情編・7 贋ペソ?】

 カンクンには、ふたつの顔がある。華やかなリゾート・ホテル街の現代的な顔と、スペイン統治時代の町並みを残す、地方都市の顔だ。前者は「ゾナ・オテレラ」と呼ばれていて、英語で言えばホテル・ゾーンだ(スペイン語では、Hを発音しない)。メキシコ政府が外国人観光客と外貨獲得をねらって、10年ほど前から大規模な開発をおこなってきたという。長さ20q程度の首飾りみたいな形をした珊瑚礁を、外資系ホテルや高級レストラン、ショッピング・モールなどが埋め尽くしている。
 後者は珊瑚礁の北側の内陸にあり、セントロと呼ばれている。英語のセンター、つまり町の中心地区とか繁華街の意味だろう。そこから少し外れた住宅街に、エドベンの家はある。
 トニーも起きたし、セントロに行って買い物だ。その前に、まずはペソに両替しなきゃ。メキシコの銀行では、T/Cの両替が出来るのは午前中までだという話だった。どんなに混んでいても、1時になったら構わずに窓口を閉めてしまうらしい。
 午前の太陽が、コロニアル調の町並みに光を降り注ぐ。鮮やかな色に塗られた家々の樹木に、まだ微かに朝の匂いが漂っている。良い気分だ。幹線道路に出て、広々とした歩道を歩く。空がゆったりと感じられるのは、建物が比較的低いせいだろう。背の高い街路樹が枝を拡げて、所々に木陰を揺らしている。時間がのんびりと流れていて、それがまた開放的な気分にさせる。
「足元に気を付けろよ。特に木の根元は。東京と違って、ここは飼い犬のふんを持って帰る人なん
ていないんだから」
 トニー独特のユーモアだ。こっちの犬はデカウンで、柔らかいから滑って転ぶだの手を着いた所にもあっただの、スニーカーの底に挟まったウンチで足跡スタンプを押しながら帰っただのと、相変わらずの調子で大笑いさせてくれる。
 彼が突然、真顔になって言った。
「今から道路を横切るけれど、先に行って合図するまで待っててくれよ」
 目の前の三叉路には、信号はおろか横断歩道もなかった。にしても大げさな言い方だな。
「横断歩道なんて、ほとんどないんだよ。車はブレーキなしで交差点を曲がってくる。ここで轢かれたら、車道にいたほうが悪いんだ。轢いた車は止まらないだろうし、警察もきちんと調べたりしないだろう。本当だよ!」
 僕は緊張した。(そこまで脅かさなくても良かろうに…)とも思ったけど、そういえばガイドブックにも確かに書いてあった。とはいえ、車通りの少ない、小さな町の道路をひょいっとまたぐだけなのに。しかし彼は、旅の初心者をビビらせて楽しむ人間ではなかった。日本での常識に囚われちゃいけない、歩行者優先なんて大間違いなのだ。

 さて銀行だ。両替の窓口は空いていたが、すぐに行列が出来てしまった。この係員は仕事が嫌で溜まらない様子で、手際が悪いというか結構なマイペース振りだ。僕がお金を数えてレシートと照合していると、トニーが早く窓口を空けろと言う。のろのろしていると窓口の人がコーヒーを飲みに行ってしまって、後のお客さんが待たされるからと言うのだ。それが本当かどうかは別としても(ありそうな話だ)と思った。サービス業という自覚がないのか、異様に腰が高い。でも考えようによっては、こんな気楽な働き方でも成り立つのだから見習っても良いような気もする。
 メキシコの通貨は、ペソという。日本では、どこに行っても両替できなかった。ここでは逆で、円の両替が出来ないようだ(といっても日本円は帰りの電車賃程度しか残ってないけど)。日本で両替してきたUSドルとドル建てT/Cを使い切ったらすべて終わりだ、それだけは旅の中で唯一はっきりしている事だった。
 無駄遣い防止のため、僕は今20ドルを136ペソに両替した。計算はレート通りで合っているのだが、別の疑念が頭から離れなかった。
(資料に載っていた見本と、全然ちがう…)
 メキシコに来る前、僕は旅行センターという場所で情報収集をして、ペソ紙幣とコインのカラー図版を手に入れていた。資料には「三年前('93年)に千分の一デノミが施行された」とあって、旧通貨と新通貨の実寸コピーが載っていたのだ。その図版と見比べても、僕の受け取った金はまったく別物だった。というかコインなんて、ゲームセンターのメダルみたく手が込んでいてウソ臭いし。
 これが贋物だったら笑い事じゃないぜ、だって20ドルぽっちでも僕には限りある貴重な財産だ。トニーに確認すると「本物だ」と言われたけど、それじゃ資料は何だったの? これ使って警察沙汰になったりしないよね…。

posted by tomsec at 16:56 | TrackBack(0) | メキシコ旅情3【純情編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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