2005年05月27日

メキシコ旅情【純情編・4 隣人】

 エドベン家の二階は部屋貸しをしていて、とても他では見た事のない奇妙な造りになっている。ガレージからの階段を上がってくると青天井に3棟の小さな建物が独立していて、通りに面した洒落たベランダの付いた棟と、トニーの部屋から奥に続く棟と、その向かい半分の大きな部屋に分かれているのだ。
 ガレージ上の2部屋には、それぞれ男女が一人ずつ住んでいるらしい。大きな部屋はエドベンの姉サンディと、アントニオの夫婦が住んでいる(ちなみに二人の赤ちゃんもアントニオで、家族にはトニートの愛称で呼ばれている)。そこには屋上へ上がる階段が付いていて、あまりの手作り加減に笑うしかない感じ。震度3でもヤバイと思う、まさに天国への階段。
 屋上はトニーの部屋の棟まで続いているのだけど、正方形に区切ってあるので彼の部屋の上には何もない。屋上は物干しから張り巡らされたロープが金網の四方八方に伸びていて、幻の三階を思わせる太い梁のそこらじゅうから鉄筋が突き出している。周囲の普通すぎる家々を見渡してみて、改めて(独特の造り方をしたんだなぁー)と思う。

 トニーの部屋には、鉄格子にステンドグラスのはめこまれた不思議な扉が取り付けてある。開け閉めのたびにガラスが割れるような音を立てるし、そこには犬のウンチ(ヨーディの置き土産!)が落ちている。すぐにトニーが片付けたので、すでに朝の一発は跡形もない。
 通路には給水タンクが置かれ、その先に流し場がある。突き当たりはサンディ=アントニオ夫妻の部屋の入り口で、左に折れた角にはホーローの丸い筒が置かれていた。ずいぶんレトロな洗濯機だな、未だに現役として活躍しているのだろうか。その先は屋上に空を塞がれて、強い日差しのコントラストで真っ暗の廊下だ。一番奥は空き部屋で、まんなかの部屋に二人の女性が住んでいる。ホーローの洗濯機に並んで窓とドアがあり、ノックすると中から女性の声がした。
 二人は、それぞれビアネイとグラシエラという名前で、看護婦をしているそうだ。今はセントロの別々の病院で働いているが、知り合った時は同じ職場だったので一緒に部屋を借りたと言っていた。部屋の中央に大きなベッドが一つあり、廊下側の角にキッチンがある。トニーの部屋よりも狭いのに、なぜか二人住まいという窮屈さは感じられなかった。
 キッチンの前に置かれたテーブルに、ナチョ・チップスとコーラが並んだ。家具の中でもベッドの次に立派な冷蔵庫は、トニーのコーラが一段を占領している。ちゃっかりしてるなぁ。
「そんなこと言ったって、喉が渇くたびに買いに行く訳にはいかないよ!」弁解口調でトニーが言う。それも一理ある、彼女達さえ良ければ僕も使わせてもらいたい。文明の利器は偉大だ。
「気にしないで、私達は大歓迎よ」と、ふたりは屈託なく笑った。
 ビアネイとグラシエラは英語も話せるので、僕としては気が楽で話しやすかった。というのも、語学レベルが僕と同程度だからだ。かつてトニーの同僚達と遊んでた時なんて、話の流れに付いて行くだけで疲れた。それに比べたらスペイン語訛りで聞き取りづらいのも、言葉に詰まってスペイン語が出てきたりするのだってご愛嬌だ。僕も時々つっかえて、トニーに日本語を通訳してもらったりしたし。
 彼って本当に、生来の語学教師なんだな。自然な会話の流れで巧く言い回しを教えながら、その場をオーガナイズしている。僕にはスペイン語、彼女達には英語を、という具合に。言われたとおりにノートを持ってくれば良かったが、中座する間もないくらいの大盛り上がり。さっきの「きっと彼女達と一緒なら、スペイン語も早く覚えられるさ」って、こういう意味だったのか(ちょいとガッカリ)。しかし笑いすぎて腹いてー。

 夜遅くまで話が弾んで、結局「タコス屋台」は後日になった。

posted by tomsec at 16:56 | TrackBack(0) | メキシコ旅情3【純情編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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