2005年05月27日

メキシコ旅情【風雲編・8 スケート】

 トニーがシャワーを浴びて出てきた。これから子供たちと(というかベイビーベイブと)インライン・スケートで遊ぶのだ。
 彼は貸し出し用にと、安い物だがいくつも持っていた。それでも僕が自分のセットを持って来たのは、やっぱり使い慣れた道具じゃないと物足りないからだ。
 以前、ハワイイの公園をインライン・スケートで走った事がある(偶然レンタルしている店を見つけたからなんだけど)。それが自分のと同じモデルなのにガタガタで、手入れされてないから調子が悪いのなんの! その時、何度も(自分のを持って来れば良かった…)と思ったのだ。
 トニーがダッフルバッグに詰めている、子供達3人に貸す道具を見て(しばらく見ないうちに数が減ったな)と思った。そりゃあ安物だし、この辺は路面が悪いから壊れやすいのは分かる。歩いていてもと気付かない程度の舗装の粗さでもタイヤのゴムは早く減るし、激しい振動でパーツが抜け落ちたりするのだ。ここでは修理しようにも部品が手に入らない上、値段も割高だとか。
 しかし実のところは、この近所で失くした物の方が多いらしい。つまり、トニーが他の家の知らない子供にも貸してやって、そのまま戻ってこないって事。どの子も「トニーに返した」と言うので追求しなかったって、それも人が善過ぎるってもんだ。カモられてどうするのさ。

 夏の夕空は、日本と変わらない色合いをしている。ダイナミックな積乱雲に透き通るような淡い橙色、夕闇へと染まるグラデーション。僕が子供だった頃に見ていた、今の東京で見られるよりも鮮明な空。あるいは空を見る僕の心持ちが子供に近いのか。
 家から左に出ると運動場がある。昼間は、いつ通っても体操服を着た少年たちがバスケに興じている。うまく言えないが、いつ見ても(なんか変)という違和感があるコンクリートの台地だ。
 その手前のL字路を行くとマカレナを踊った公園があって、その先は幹線道路を挟んでメルカドの駐車場だ。最初、僕達はコート前の広い道路でスケートをしていた。ジョアンナ、ディエゴ、ベイビー・ベイブの三人と一緒に。
 そこへ、マカレナ軍団の一味が現れた。マカレナ公園の向かいの家からタチアナ達が走って来て、トニーや子供たちに何やら話しかけている。トニーは少し落ち着かない表情で「場所を変えよう」と僕に耳打ちした。
 子供好きの彼にしては意外な提案、でも僕としては大賛成だった。マカレナを踊ってからというもの、連中は僕を見つけると寄って来ては「マカレナ、マカレナ」と囃し立てるようになっちまったのだ。つられて道端で踊ってる僕も僕だが、心中はうっとうしさに根を上げそうな状態だった。
 こうなる事は、連中と公園に行った最初の時点から分かっていたのだ。今更考えても詮無いけれど、もっと慎重に関われば違っていたかもしれない。子供との間合いを決めるのは、出会いの時が肝心だ。一旦オモチャ扱いされたら、手綱を取り返すには相当な手管が要る。
 子供達と上手に付き合う、その距離感ってのは難しい。僕が言いたいのは(丁度良い関係を作る)という意味で、子供をコントロールする事じゃない。このマカレナ軍団とは初めに仲良くなり過ぎてしまい、もう僕の手には負えなかった。
 トニーは僕に〈脱出作戦〉のルートを指示した。運動場の脇から左に抜ける緑道の先に、連中を引き付けないようにして移動する。家の周りから離れれば追いかけてこない、そう彼は言うのだった。

 トニーは、手際よく3人を緑道へと誘導した。車道と歩道の段差や、緑道のスロープも上手にエスコートして通過させる。呆気なく作戦成功、もう後を追っては来なかった。トニー、見事な手並みじゃん。
 薄紅色の夕陽で光に照らされて染まる、背の低い木々の枝葉をすり抜けてゆく。タイルの継ぎ目でスケートのウィールがかたかた鳴っているが、アスファルトよりは滑らかでスピードが落ちない。どの木の幹も、なぜか根元から胸の高さまでが白く塗られているのが奇妙だ。
 道は、平行する二本の車道を垂直につなぐようにエドベンの家の背後の区画に続いている。緑道が終わりに近づいたところで、反対側からマウンテンバイクが走ってきた。思わぬ伏兵、ビクトールだ。どうする?! それでもトニーはいつもと変わらない調子で、さりげなく子供たちを緑道の向こう側に連れ出した。しばらく付いて来たビクトールも、やがて消えて行った。
 考えてみれば、別に近所の子供に怯えている訳じゃないんだ。今はただ(子供が集まると面倒を見切れない)から、連中から離れて遊んでいるだけだった。スケート初心者の三人に対して、トニーは責任がある。車にひかれたり、大ケガをしないように気を配る必要があった。
posted by tomsec at 17:05 | TrackBack(0) | メキシコ旅情4【風雲編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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