2005年05月27日

メキシコ旅情【風雲編・6 メルカド】

 広い駐車場には、多くの車が並んでいる。しかし、動く気配は一台も無い。
 ピックアップのトラックに、ダッヂ・バン。ボンネットの塗装が焼けた、大振りな古いワゴン車とかセダンとか。それに、日本車を真似たコンパクトなファミリー・カーやワーゲン・ビートルが目立つ。
 この奥にはメルカドがあるけれど、この台数に見合うだけの人が来ているのか、それとも月極駐車場なのか? いいや、それはないな。近所の住宅街は路上駐車が多いし、交通事情も治安の概念も違う。そもそも警察としては駐車禁止で点数稼ぐより先に、まず車泥棒やひき逃げ犯を捕まえようという意識を持つ事が優先する仕事だろう。
 駐車場の先は落ちぶれた土産物屋だが、右手の方には色気があった。ピンク色を主とした小さなビルが軒を連ねている。ややコロニアルな造りも粋だ。雑貨屋とか、ブティックらしい。
 いかにも高級な感じに気が引けるものの、レストランの入り口には「ジャパニーズフード」とか書いてあるメニューが拡げられていて妙に親近感を覚える。「CLOSE」の札がなければ、どんな「スシ」だか一つ、つまんでみたいものだ。
 店の中央に、二階へ上がる階段があった。階上には別のテナントが入っているのだろうが、洒落た造りだ。真上から見て、凹を逆さまにした形をしている。階段の先には青空がのぞいていて、思わず行ってみたくなるじゃあないか。
 急な階段を上がると、二階の店はどれも扉を閉ざして無人だった。天井のない、細い回廊のタイルはワインレッドで壁の色に映える。オモチャの家のようにきれいで、シーンとしていた。それが余計によそよそしく感じられて、落ち着かない気分になる。
 裏手に回ると店々の影になって、細い廊下には直射日光が届かない。静まり返った回廊に吹き抜ける風も、妙に冷たい気がした。現実離れした、シュールな静寂。更に歩くと、階下から人の賑わいが感じられた。
 下から回り込み、アーケードの小路に入ってみよう。建物に囲まれた丁字路の突き当たりは吹き抜けで、可愛らしい噴水が眩しい陽光を撒き散らしている。そんなちょっとした中庭が左手の奥へと続いていて、旅行者ふうの人影がちらほら見えた。
 ここも店の大半は閉まっていたが、くつろいだ雰囲気が感じられる。噴水の水音と窓に映る光の動き、それに人の影があった。あの横道の土産物屋(午前中に子供達の出迎えで通った)に比べると、こちらは少し気取った店が並んでいる。小さなショッピングモール、といってもハワイやグアムにあった巨大モールが誇示していた、あざとい匂いがしない。その分だけ居心地良いけど、どっちにせよ僕には用のない場所だわな。
 ショーウィンドウに飾られたサマードレス。こういった場所には、婦人向けの店が多い。女性は旅行中であっても買い物が好き、というのは世界的傾向なのだろうか。僕は、後でチープな方の土産物屋に行こうと思った。革製品やメキシコらしい民芸品、それにポストカードを眺めていたい気持ちになるのは、割と男性的な欲求なのかな。
 目の前が開けてくると、強烈な光が襲いかかってきた。
 思わず顔を背け、建物の陰に目をやる。まっ白い残像が焼き付いて、舗装タイルもブティックの窓も見えない。僕はサングラスをかけながら右の脇道にそれて、迂回しながら目を慣らそうと考えた。あれは広場の椅子やテーブルが白一色で、思いっきり光を反射していたのだ。
 横道から左に折れ、広場と並行する路地を回り込もうとして足が止まる。数メートル先の路上に、数人の男達がたむろしていたからだ。なんと連中は、全身を白のウェスタン・ハットとスーツで決めているではないか。ちょっと怖いなー。
 他に人通りも無いし、物騒な事になったらお手上げだ。といって、きびすを返すには不自然な間合いだし…。若干ビビリ入りながらも、僕は自然体を装って進む事にした。顔をまっすぐ前に向けながら、凄い横目で様子を探る。
…やばい、目が合った! こうなったら先手を取って、アミーゴ精神で声を掛けてしまえー。
「オーラ! ブエノス・ディアース」
 片手を挙げて、僕は笑いながら歩み寄った。彼らが楽器を持っている事が判っていたので、最悪でも洒落になんない事態には及ぶまいと踏んだのだ。だからって、浅黒く険しいメキシコ男の群れが安全なのかは別だったが。
「何していますか? マリアッチですか? 英語は話せますか?」
 必死のスマイルで、僕は一方的に言葉を浴びせ倒す。思い返せば、その行為自体が不審かつ無礼だよなぁ。けどね、そんな余裕は持っていられなかったのだ。許せよセニョール。

posted by tomsec at 17:05 | TrackBack(0) | メキシコ旅情4【風雲編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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