2005年05月27日

メキシコ旅情【風雲編・4 郵便局】

 あっ!…と、気が付いた時はすでに区画をぐるり一周していた。
 おっかしいなー、確かトニーは「メルカドの並びにある」と教えてくれたが…。などと頭をひねっても仕方ない、これはカタコトでも誰かに尋ねたほうが早い。そして今度は反対廻りに歩きだした。
 「郵便局はどこですか?」というのを、どのようにして伝えたらよいものか…。てくてくと、ひたすら考え続ける。考えるまでもなく、肝心の「郵便局」はおろか「どこ」も言えないのだから話にならないか…。いやいや、人間同士だ分かりあえるさ。
 まずは尋ねる相手を見つけないと…。風はそよとも吹かず、たまに走ってゆく車以外に動くものはない。シエスタにしては少し早い筈だけど、通りは人気が絶えて静かだった。何軒もの店が並んでいるのに、陽気な音楽どころか物音ひとつ聞こえない。
 歩き疲れた頃、やっと人影を発見しダッシュで追いかけると…!? そこが目当ての場所だったのだ、何度も通り過ぎた地味な建物が。こんな郵便局で分かるかよー! 
「オフィシーノ・デ・コレオス?」
 どうやら、これがスペイン語の郵便局らしい。外の看板に書いてあるとはいえ、これじゃ不案内だろ。カラフルで庶民的で、英語表記が当然の日本とは大違いだ。実にそっけない。
 通りに面した前面が総ガラス張りで、奥のカウンターまでは作業テーブルだけ。待合席もポスターもなし、がらんとして色彩の乏しいフロア。おそるおそるドアを開けると、全身の毛穴が(キューッ!)とすぼまる程の冷気だ。これはトニーのクーラーに対抗できる。
 局員とお客が二人ずついるのに、室内はまったくの無音状態だった。すごーく居心地が悪い。こっちもなぜだか足音を立てないようにカウンターへと進み、ポストカードを差し出して「パー・アビヨン、ハポン」と告げる。派手な女性の局員はカードと僕を一瞥すると枚数分の切手を出し、無表情のまま何か言った。小声で早口だったが、おそらく金額だろう。
 トニーから「エアメール・カードは5ペソぐらいだ」と聞いていたのに、女性が出した切手の額面は2ペソ70センタボ。安すぎる。これ、国内向けじゃないの? 僕のスペイン語が通じなかったのかな。もう一度「エアメールを日本に送るのだ」と言ってみるが、彼女は目線で切手を示しただけだった。むかつく。
 まぁいいや、10ペソの硬貨二枚をカウンターに置いた。僕の片言が通じていなくたって、切手が貼ってあれば届くはずだ。仮に着かなくたって、僕にとってひどく不都合な訳でもないしな。
 お釣りをもらって、ロビー中央のテーブルへ引き返す。切手に糊を塗って、貼るのだ。テーブルの上にあるのは、小さい缶が2個。試しに指をなめて、切手の裏を濡らしてみる。おぉ、糊が付いてない。トニーが僕をかつごうとしてるのかと思っていたが、本当に彼の言葉通りだった。
 空き缶を再利用して、糊の容器にしている。それはそれで良いと思うけれど、缶切りで開けた縁をきちんと潰していないので危なっかしい。それに、糊をすくい取るへらの代わりにボールペンを使っているので、非常に塗りにくかった。宛名の上にはみ出して汚くなるわ、指もベトベトになるわで不愉快になる。
 信じられない不親切さだが、他の客は気にも留めない様子だ。白い化粧板のテーブルには、指先の糊をなすり付けた痕跡が無数に残されている。なるほどな。僕は、サービス過剰な日本式に慣れてしまっている。ところが、ここでは郵便業務は政府の仕事であって、商売とは違うのだ。
 以前、トニーから「メキシコに、アメリカや日本から品物を送っても、絶対に届かないんだ」と聞かされたのを思い出した。ここはまだ、横領も不親切も許される役人天国なのだった。
 警察にしても、ちょっとやそっとじゃ相手にしてくれない。だからトニーは僕に「車に注意しろ」と言うのだし、エドベンの家も入口を鉄格子にして自衛しているのだ。ガイドブックにも(警官は権力を持つコワイ存在で、ワイロを強要したりする)とあった。
 うわさを鵜呑みにするつもりは無いが、そんな空気は感じられる。

 郵便局の横の細い路で、露店のおじさんから紙パックのジュースを買った。どういった果物の味なのか想像もつかない、特に美味しそうには見えないパッケージだったけど、ペプシの缶を買うよりもスリリングだ。飲んでみても正体不明の味で、思わず首をかしげたものの、ともかく喉を潤してくれた。
 せっかくカメラを持ってきたのだし、あのだだっぴろい駐車場の景色を写真に収めておこう。短パンのポケットにカメラを押し込んでいるせいで、歩くとすぐにずり下がってしまう。

posted by tomsec at 17:05 | TrackBack(0) | メキシコ旅情4【風雲編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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