2005年05月27日

メキシコ旅情【分水嶺・5 新しい季節】

 昨日は本当にくたびれた。やけに随分と、いろんな事が濃縮されていた気がする。夜遅くまで、見事にムラなく濃かったなぁ。うんうん。
 そうやって未消化の雑多な経験を反すうしながら、うとうとする。今朝は、僕もトニーと同じく10時まで熟睡していた。クーラーの温度も気にならない位、まだまだ眠たい。
 アマカは腰に重心がきてしまい、一晩じゅうV字に折れ曲がってて腰が辛くなる。そんで改めて簡易ベッドに寝てみたものの、寝心地の悪さは同じだった。これからずーっと快眠不可か…なんてこった!
 仰向けになって、寝転がったまま昨日の日記をつける。そして、ちょっと今日はのんびり過ごせると良いな、と思う。

 昨夜の雨は、カンクンに雨季の到来を告げた。
 トニーの話によるとユカタン半島一帯の気候は、だいたい9月から11月に1年分の雨が降り、他の時季はほとんど降らないらしい。こりゃまた運の悪い時期に来ちまったな。
「そんなことないよ、今がベスト・シーズンなんだ」とトニーは言う。
「8月は本当に暑かったんだから! エドベンは仕事で忙しいし、一人で出歩くのも退屈だし、夏場は暑すぎてなんにもする気にならなかった。君が来るまで、いつもこの部屋でスペイン語の勉強していたよ。今はちょうど良い季節だ、雨のおかげで気温が上がり過ぎないから快適な日々を過ごせるだろう」
 夏の暑さに耐え切れず、彼は自腹でクーラーを付けたのだ。思ったより高い買い物になったと言っていた。日本なら最新型が買える額、だったとか。
 12月になると雨季を越して過ごし易い晴天が続くのだが、メキシコじゅうがクリスマス休暇になる。3月から4月頃にもイースター休暇があって観光地は混みあい、料金が高くなるという。
 つまりカンクンは年中観光シーズン、という訳だ。夏にカリブ海の高級リゾート地を訪れる外国人、クリスマスにやって来る国内の上流階級、そのすきまには僕みたいなのがうろちょろする。
「雨季といっても、梅雨のように毎日降り続く様なものではないから大丈夫だよ」トニーは僕にそう言った。
「スコールと同じだよ。違うのは、朝方とか決まった時間に降るんじゃなくて、昼でも夜でも気まぐれにザァーッと来るのさ。すぐ行ってしまうんだけど」
 今朝の空も晴れあがっている。

 ママのコミーダを食べ過ぎてしまった。僕がデリシオーソ[素晴らしい]を連発して、ママを喜ばせ過ぎたようだ。おかわりを勧められ、つい断れなくなり平らげてしまった。消化が進むまで、ちょっと休んでいこう。あまりに苦しくて、身動きも取れない有り様だ。
 ビニールのテーブル・クロスにひじをついて、ママ達と一緒になってTVを見上げる。思い入れたっぷりに「トイジョ〜♪」と歌うテーマ曲が可笑しくて、見入ってる2人に遠慮して笑いを堪える。ト・イ・ジョ=貴方と私、タイトルからしてメロドラマ。
 そこにトニーが来て、ママは彼のコミーダも用意しようと立ちかける。が、彼がやんわりと断ったので機嫌を損ねてしまった。「外食ばかりじゃ体をこわすよ!」とか文句を言っても、彼女の表情には気遣いがある。やっぱ(大家族の肝っ玉かあちゃん)だよなぁ、と思う。
 突然、トニーが僕の肩に手を置いた。「上の部屋に行こう」
 訝しく思いながらも、ママにお礼を言って席を立つ。相変わらず、単語を並べただけの片言スペイン語だ。ママは満足そうに頷いて、トニーに「ずっと勉強してるアンタよりか、よっぽど上手に話すじゃないか」と毒づいた。
「みんな意地悪を言う。君は人気者だけどね」彼は冗談交じりに嘆いてみせ、ガレージを横切って2階へ。

「ねえトニー、何か用でもあるの?」
「子供たちと『トイ・ストーリー』を観るんだ」
 事もなげに言うので、僕は面食らった。だって昨日の晩、子供達はそれを観てたんじゃ…?
「あ!!」
 トニーは部屋に入ろうとして、まんまとヨーディの置き土産を踏み潰したのだ。僕が笑い転げている間に、彼は悪態を吐きながらシャワー室でスニーカーを洗って、外のバケツに溜まったクーラーの水を撒いて入口の痕跡を流した。そして何事もなかったような調子で、部屋を片付けながら話を続けている。なんか…やっぱり不自然だ。
 僕が気にかけていた事を口にすると、トニーはあっさりと言った。「観てないよ」
「だって…」と言いかける僕を遮るように、彼は声を潜めて日本語で話し始めた。昨夜、僕らが出掛けてから部屋に来た近所の子供達は、ビデオを観るどころかママやロレーナに追い返されていたのだ。
 それはちょっと驚きだった。だって連中はディエゴやジョアナの遊び仲間じゃん、それに陽気なママがそんな事をするなんて…?! しかし子供の出歩く時間じゃなかったし、トニー本人が不在なのに大勢の子供があがりこんでいれば無理からぬ話だ。ママ達に話が通ってなければ尚更。
 トニーは、じれったそうに再度「彼女達は、自分の家の子供が、近所の子供達とかかわる事自体が嫌なんだ」と言った。

posted by tomsec at 17:14 | TrackBack(0) | メキシコ旅情5【分水嶺】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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