2005年05月27日

メキシコ旅情【水源編・9 プラジャ・チェムイル&岩場の池】

 昨夜は眠れず、散々だった。
 ビーチに寝転んでみたものの、やけに砂がチクチクして眠れなかったのだ。そこで見回すと白塗りの大きなテーブル、というかエの字型の巨大な糸巻きが目に入った。そこに横たわって、さあ今度こそ…と思ったら四方八方に突き出した金具が体にめり込んで寝るどころじゃあない。
 なかなかロマンチックにはいかないものだ、おまけに雨まで降り出す始末。仕方なくヤシの葉陰に丸まって、雨宿りついでにフテ寝…。すると今度は無数のアリに噛みつかれ、耳元では蚊の羽音がやかましいときた。
 キィーッ! 我慢できねぇ、やおら身を起こすや苛立ち任せに両手両足で身体をバシバシ叩きながら踊り狂った。さながら、独りSMトランス状態。ヤシの木に八つ当たりして、トボトボと波打ち際に近い斜面に戻って寝たのだ。すでに白々と、夜が明けようとしていた。

 遠くから近付いてくる、音…。鈍い衝撃に続く笑い声が、少しずつ寝耳に聞こえてきた。
 これは後になって聞かされたのだが、エドベンが僕の寝顔を的にして石を投げていたらしい。小石からエスカレートして、しまいには子供の頭くらいの石になっていたという。なーるほど、目を開けたら見慣れない石がゴロゴロしてたもんな。それがあの鈍い音の正体だったのかぁ…って、そんな起こし方があるもんか。ひどい話だ。
 駐車場のほうに歩いて行って、小さなスタンドでモーニング・コーヒーと洒落込む。
 夜はカクテル・バーとして営業しているのだろう、わらぶき屋根の下は素通しで楕円形のカウンターになっている。先客が一人、がっしりして日に焼けた体と白い髭を蓄えた男性だ。まるでヘミングウェイだな、彼もキャンプしていたのだろうか。
 僕らも丸椅子に腰掛け、ポットに入ったインスタント・コーヒーを飲む。毎朝ママが作ってくれるのと同じ味だが、つくづく即席とは思えない美味さ。心地良い風が店内を吹き抜け、体の汗を乾かしてゆく。
 エドベンが先に席を立ち、後を追って駐車場へと向かうと見覚えのあるダッヂバン…。おぉーっ、デニムの女のコと思わぬ再会!! 当然ながら草むら君の車にはアレタとスシ男も乗っていたが、それでも嬉しくなる。
 慌しく荷物をまとめて、僕らはゴルフに乗り込んだ。ゲートには係員のオジサンがいて、しっかり料金を徴収された。何やら文句を言われていたが、エドベンは意に介さずに得意の笑顔で切り抜けてしまう。その辺は、まるでディエゴを見てるよう。
「これから、彼らとセノーテに行くからね」
 セノーテって? 僕が聞き返すと、エドベンは面白そうに笑って答える。
「泉だよ。マヤ時代の聖地で、人が放り込まれたりしたんだぜ」
 またまたぁ、そうやって僕をからかってるんだろう。

 途中、トニーが(朝ごはん食べたい)と耳打ちしてきた。同感。一度こじんまりとした店に立ち寄ったが、朝食がわりになりそうな物など売ってなかった。冷えきった店内から出ると、コートをはおるように分厚い空気がまとわりついてくる。
 昨夜の検問所を越えて延々と走り続け、暑さと空腹で一同ぐったり。大きな公園に到着して、バンから降りてきたスシ男と軽くあいさつ。先日のスシ・トークの気まずさからか、お互いにぎこちない笑顔。
 お花畑を尻目に、若者達は草ぼうぼうの小道を進む。岩場の海かと思ったら池だ、インクを混ぜたように蒼く澄んでいる。低い木立の中で、それぞれ上手に着替えると水着姿になって飛び込んでいった。エドベンは気持ち良さそうに水から顔を上げて、僕にも(早く飛び込め)と合図する。しかし僕は知らぬ振りをして周囲を眺めた。
 風はそよとも吹かず、静けさのなかに水音だけが聞こえている。ここがセノーテなのかなぁ、なんとも不思議な光景だ。泉というより、干上がりかけた池だな。小さな岩を挟んだ向こう岸には低木が生い茂っているが、道路沿いの密林と比べたら水辺の割に荒涼としていた。
 デニムのコは、ずっと草むら君と水の中でたわむれている。ガレージ・パーティの夜、草むらに追いかけて行ったほうの男子だ。明らかに二人は親密な感じで、見てると面白くない気分。ただでさえ空腹と暑さと、エドベンに振り回されてる感じで苛立っているのに〜!
 辺りを少し散歩して、気を紛らわそう。雑草に続く小道をフラフラ行くと、岩場の突端に行き当たった。池は遠くまで、まだらに岩を露出させながら続いている。遠くに、白い波しぶきがチラチラと顔をのぞかせていた。
 世の中にはまだ、見知らぬ景色が存在しているのだ。TVや写真で目にする、どんな風景とも似ていない。メディアが地上を覆い尽くしても、まだ僕らにも未知なる世界と出逢う余地はあるんだな。

 気を取り直して泳ごう、苛々の悪循環から脱け出そう…。本当は僕も飛び込みたかったのに、意固地になってただけなのだ。僕が水面に身を踊らせた時はもう海パン一丁、奇声を発して約80s(当時)の肉塊が水柱の下に沈む。
 あー気持ちイイ!
 池は冷たくも温かくもなく、肌の渇きをいやしてゆく。ゴーグルを押さえていた手を離すと、水中の透明度は外から見た以上に澄んでいた。平たい砂底には水草がなく、遠くの小魚までハッキリ見通せる。水深は2m程度で、小さな岩に立てば水面から首を出す事が出来た。
 みんなと泳ぎながら岸辺を離れ、途中の大きな岩で一息いれて対岸に着いた。たいした距離ではなかったので、僕は平気そうな顔で息を整える。みんな、意外に泳げるんだな。岸の上は岩肌が滑らかで、裸足でも平気だった。
 エドベンに「疲れたの?」と言われたのが悔しくて、僕は涼しい顔で答える。
「ははは、ウォーミング・アップになったよ」
 すると彼らは再び泳ぎ始め、僕は一歩遅れて飛び込みクロール。ズレたゴーグルを額に上げて、顔上げ泳ぎで必死に追いついた。すると気づいたエドベンが「競争だ!」と一方的に宣言した、と同時に周囲が一斉に泳ぎを変える。
 僕は軽く舌打ちをしながらゴーグルを直し、水中に潜ると体を大きくうねらせた。息が続く限り加速して、浮上した瞬間ブレスしてクロールに切り替える。ばかばかしいと思いながらも、先頭のエドベンとの距離を詰めてゆく。男の子二人を抜き、エドベンと並んだ。
 明日は筋肉痛だな、これは…。あと少しだけ頑張れ、僕のなまくら筋肉。これからは、エドベンをどれだけ引き離すかが勝負どころだ。岸に近付いて後方を確認し、それから僕は全身の力を抜いて余裕の泳ぎで一等賞。
 順次みんなが泳ぎ着いて、エドベンは「けっこう速かったね!」と笑った。久し振りに全身の筋肉を思い切り動かしたな、おかげで苛々気分も吹き飛んだ。

「ほら、川だよ!?」
 トニーが僕に地面を指さして、珍しい発見でもしたみたいに教えてくれる。小さな流れが、足元の岩盤をうがっていた。
「ここでは、川は地面の下を流れるから、川を見る事は出来ない…わかる?」
 彼が言うには、ユカタンの大地は石灰質なので、雨水は川にならず岩盤の下に滲み込んでしまう。つまり地面の割れ目などから湧き出す泉だけが、貴重な水源だった訳だ。
「だからマヤ時代の人々は、泉を神聖視したのだろうね」

posted by tomsec at 17:24 | TrackBack(0) | メキシコ旅情6【水源編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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