今朝は珍しく、エドベンに起こされた。
勢いよくノックと共に入ってきて、驚いて目を覚ました僕を車屋めぐりに誘った。また藪から棒な展開だ、断ろうとした矢先にトニーが一言。
「行ってくれば? 買い物は午後でいいんだから」
ま、まぁね…。それは別に厭じゃないんだけど、ただ何というか…。やたら多いんだよねー、こうやって急に決められてく感じが。それにしても、今日は仕事は休みなのか? テンション高けぇーな、朝っぱらから。
こないだ、車屋めぐり行ったのは夜だった。
郊外に向かう幹線道路から外れると、街灯のない未舗装の砂利道は真っ暗で、波打つような路面は虫食い状に冠水していた。昼に降ったジュビア[雨]の名残だろう。水没した十字路を何度か迂回して、停車したのは無人の住宅街だった。といっても、エドベン家の近所とは違うヤバめの雰囲気。
ガレージから出てきた小柄の男は、いかつい顔で胡散臭そうな感じだった。その修理工場で立ち話をして、修理工がボンネットの中をのぞいただけで帰ってきたのだ。結局、あの夜は何をしに行ったんだ?
このワーゲン・ゴルフに足りない部品は、あといくつあるんだ? 外に取っ手がないから、内側から開けてもらって乗り込んだ。右ハンドルだから当然なんだけど、左が助手席って慣れないから変な気分だ。
昨日もその前の日も暑かったが、今日は一段と熱い。まだ一度もジュビアが降っていないらしく、空気がカラカラに乾燥している。エドベンの車が飛ばしてくれるので、熱風が感じられるだけマシか。
しかし、この車で結構スピード出してるけど、分解したって驚かないぜ? 信号なしのロータリーに突っ込んで、遠心力で左折しやがる。せめて保安部品ぐらいマトモに装備してからにしてくれ〜!
さすがに郊外の未舗装路では、速度を落とした。土ぼこりで町が霞んだ通りを、焼けた肌にランニングシャツの男達が行き交う。西部劇の「無法者の町」現代版…。おっと砂嵐だ、窓を閉めろー。けれど閉めれば移動サウナという、かなり究極な選択。そう、エアコンもないのだ。
小さな修理工場で車を降りた。この前の夜とは別の工場だが、規模は同じ位だろう。背の高いガレージの中に数台の車と、何人かの修理工が見える。
エドベンがコーラを買ってきて彼らに渡し、僕にも一本くれた。小振りのビンだ、懐かしい! こうした差し入れで修理屋の機嫌を取りつつ、手抜きしない様その場で直してもらうのだ。メキシコ人の事はメキシコ人が知っている…。
もちろん、それなりに待たされる事になる。でも時間はあるし、僕は軒先の日陰で町を眺めて過ごす。
次の店は荒野の一軒家で、悪路の行き止まりにぽつんと建っていた。悪党のアジトとか、特撮ロケの戦闘シーンには好条件だ。実はその店構えの後ろに、広い敷地があるという。確かに天井も高いし奥行きがありそうだったけど、店内は暗くて見当も付かない。
幅のあるショーケースが入り口に置かれていて、中古らしき様々な車のパーツが陳列されていた。どれも少々くたびれて、くすんだ色をしている。何故か僕は、臓器バンクを連想した。
エドベンが買ったのは、小さな箱入りのプラグのような物だった。これ一個だけで待たせ過ぎだろ、他に客がいる訳でもないのに。それより、ここまで来る価値のある店なのだろうか…?
乾き切った荒野を抜けて、車は幹線道路に戻った。
「他にも何軒か回りたかったんだけど、思ったより時間が掛かってしまったので帰ろう」
と、エドベン。名案だ、暑いもの。
車屋めぐりは、体力と忍耐を要するな。でも、誘われたらまた一緒に来てしまう気もする。カンクンには、いろんな違う風景があって興味深い。
同時に、シエスタは(この地に欠くべからざるもの)だと思い知った。
車を走らせながら、エドベンは車検の話をしていた。メキシコの車検は日本と逆で、中古車が2年毎で新車は毎年だ。つまり日本では新車を買える裕福な人よりも、中古車に乗る人の維持費が2倍かかる。
「富裕層が多く負担して、中古車ユーザーの出費を安く抑えないのは変じゃない?」
そうなんだけど、自動車メーカーが黙ってないわな…。
ところで、これは以前にトニーから聞いた話。エドベンは友人のコネで盗難車と知らずに買ってしまい、当局に没収された事があるそうだ。彼まで疑われ、尋問された揚げ句に泣き寝入りせざるを得なかったという。メキシコの警察は怖いので、連行されなかっただけでも不幸中の幸い。楯突こうものなら、それこそヒドイ目に遭うらしい。
しかしエドベンはめげずに、こうして休みのたびにパーツ屋を回って修理工場に行く。最初は冗談だと思っていたけど、実際その未完成車が僕を乗せてびゅんびゅん走っているのだった。
「作る楽しみもある」って、模型じゃなくて実用品だろ!?
2005年05月27日
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