今日は昼前から、ロレーナがディエゴとジョアンナを連れて海に行くという。昼を過ぎて(本当に行くのかねー?)と疑惑が色濃くなった頃、やっとロレーナ達も腰を上げた。南国ペースだ!
よく冷えた部屋から出ると、めまいがしそうな暑さだ。今日の空も、目が痛くなるまでに晴れ上がっている。
こいつぁーやっぱ海だ海! まったく真夏だ。
なぜかタクシーは日本車だった。30ペソ、つまり4ドルとは安いもんだ。メキシコの相場からすれば高いそうだが、約30分は走ったろう。セントロを抜け、ゾナ・オテレッラ[ホテル地区]に到着。
それは、カリブ海とサンゴ礁の湖に架かる橋のような形をしている。これでもかと続く奇抜な高層ホテル群、リゾート姿で賑わう観光客。僕らが降りたのは雑踏を通り越した先で、なだらかなカーブにパームツリーの並木道。ステレオ・タイプな人工美に整形される以前の、もっと粗野で活き活きした自然が見たかったな。
ビーチを遮るように建っているホテル群の脇をすり抜けて、子供達が先頭を切って歩く。目の前が開けると、いかにも南国らしい色をした海が見えた。こいつぁ出来過ぎてるぜ! 沢山の人出、鮮やかな色彩が…って目を凝らせば家族連ればかりじゃないの? 男心は内心がっかり。
建物の影から抜け出すと、一気に汗が噴き出した。ホテルからせり出した壁に沿って、不自然に狭まった砂浜を歩く。せめてプールなんて野暮な物を作らなけりゃ、渚はもっと広かったろうに。けれど世の中には、こんな〈作りモノ〉のほうを好む人が多くて、彼らの方が多額のお金を使うのも事実で。故に商売としては野暮が正義なのだ、まったく。
僕らは木陰に陣取り、子供達は水着の上に着ていた服を脱ぎ捨て波打ち際へ。僕も同様に、だあーっと走り込んでゆく。ぬるい海水が足元を濡らし、細かな砂が背中に跳ね上がる。ザブザブと走れない深さまで達するのに、思いのほか時間がかかった。遠浅すぎて、波の勢いがまるで感じられない。見栄えは良くても、差し詰め(日なたの水溜まり)だな。
はるか沖で、ザブンと白い波が崩れた。
子供達の足元へ素早く潜行し、目の前で浮き上がってみせる。ディエゴは大はしゃぎで、ジョアンナも楽しそうだ。遊び飽きて浜に上がると、交代するようにロレーナが上着を脱いで海へ。彼女は水着姿になる時、一瞬ためらう素振りを見せた。いつも僕らをコケにするくせに!
「ロレーナは意外とシャイなんだョ、マヤ系の人はね。それに、まだ若いし」
そう言うと、トニーは「エレーナを探してくる」と言い残して行ってしまった。彼の家庭教師も、ここに来る予定らしい。まだ僕は会った事がないけど、ブラジル人なのにスペイン語を教えているという。
間もなくロレーナが海からあがって来ると、子供たちは遊び足りない様子で僕を見た。ディエゴが呼んでいるのを、相手にしないで笑って無視する。子供が嫌いって訳じゃなくて(自分を犠牲にしてまで関わらない)と心掛けているだけだ、子供との距離の取り方は僕の課題だった。
しかしそれも、しびれを切らしたディエゴが僕の手を引っ張っり始めるまでの事。こうなると僕のポーカー・フェイスも限界、この甘ったれに目尻を下げたら思うツボだ。結局ジョアンナと三人で水を掛けっこを始めて、つい僕は調子に乗ってしまった。
「ウーノ、ドース、トレースッ!」
3つ数えて、ディエゴを放り投げた。プールでバイト中、空き時間に子供にやってあげるとみんな大喜びの遊びだったのだ。しかし彼は顔を恐怖に引きつらせ、その瞳で僕に助けを求めながらドブンと消えた。辺りの水深は彼の腰までしかないから、すぐに立ち上がると思った。
一瞬の間が空いて僕がすくい起こすと、白目をむいて海水を吐き出した。こういった経験がなくて、息を吸い込むタイミングを間違えたんだな。怯えてしがみついてきた時のディエゴ、それを見つめるジョアンナの不安げな面持ち…。あの時点で止せばよかったのに、僕は悪ふざけが過ぎた。
目の隅で、岸辺のロレーナが半身を起こすのが見えた。
ディエゴの恐怖心を打ち消そうと、僕は抱いた腕で泣きじゃくる彼の背中を軽く叩いてやる。彼は海面を指さして何かを訴えていて、海に落ちた時に付けていたゴーグルを失くしたらしい。ジョアンナの、責めるような視線が突き刺さる。
そっとディエゴを降ろして潜った。波が無いから流される心配はないものの、砂がいっそう舞い上がっていて何も見えない。僕の両腕は無闇に砂底をまさぐるばかりだったが、見つけなければ失われるのはゴーグルだけじゃあ済まなかった。
間もなく、砂をかく手に何かが触れた。いとも簡単そうにゴーグルを差し出すと、ジョアンナの強ばった表情に笑みが浮かんだ。でも、もしかしたらディエゴは僕のせいで〈水恐怖症〉になってしまったかもしれない。うかつだったと、つくづく思う。
ディエゴは鼻をクスン、といわせながらゴーグルを受け取ると、僕の手を握った。
仲直りできて良かった!
2005年05月27日
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