2005年06月23日

84*禁止と提示と9年日記

 友人から、久しぶりに手紙を貰ったのですよ。僕の誕生日ということもあって、贈り物と共に。
 その手紙の初めに、とある女性から彼に「10年前の貴方は、何をしていましたか?」というような質問をされた事が書かれていたの。そうして、僕らが出会った9年前へと話は続いてゆくんだけどさ。なるほどなぁー、と思ったね。
 ひとつには、普通に(そうか、もうそんなに経つのだなぁ)という感慨めいた気持ち。そして思ったのは(こうきたか)という、筋運びの妙に対する感嘆だったんだわ。話を展開していく上での、僕の言い方でいえば「フック」みたいなものですな。
 以前、別の知人が「今やストーリーのパターンは出尽くしています、要は『如何に語るか』という点ですよ」とか言っていたのね。映画についてだったんだけど、これは近頃の音楽シーンにも当てはまる気がするんだよなぁ。
 物語の筋書きってのは、もはや基本要素の組み合わせで生み出されている感じがする。悲劇的、あるいは喜劇的な展開のバリエーションに、新しい舞台や人物を入れ替える手口。それでも人には物語が必要で、つまり内容以上に語り口…ストーリー・テリングの力が重要なんだなって。
 そういえばTV番組の「ト〇ビアの泉」ってのもさ、あれなんか(いかに見せるか)なんだよね。それを言ったら「タ〇リ倶楽部」の空耳アワーなんて、本当に見せ方だけで笑わせられてるもん。同じ内容をラジオで放送しても、あんなに面白くならないでしょ(分からない方、ゴメンナサイ)。

 話を戻して10年前。今までの人生では最悪の数年間だったよ、朝のラッシュで誰かを殴りつけたりして。激情に駆られるまま他人を攻撃して、それですぐ自己嫌悪に落ち込んでね。
 とにかく一般的な勤め人になる以外、大人として生きる選択肢は見えてなかったのよ。自分が何をしたいのか、何か違うと感じながらも立ち止まるには遅すぎた。…と思い込んで、うっかり定年までそうやって生きて行くところだった。父の背中を追うっていうのは、悲しいくらい向いてなかったんだわ。
 で、9年前。彼と僕は出会ったの、他の友人達とも。ついに会社勤めを辞めてしまい、さりとて資格も肩書もなく何をしようというでもない時期に。そして、そこで会った別の人に「10年日記」というのを見せてもらってね。僕も(日記をつけてみるか!)と思い立って9年日記を作ってみたんだよ。
 昔っから注意力散漫と通信簿に書かれ続けただけあって、日記なんて夏休みの宿題が最長記録だったのね。でも長いこと続いたなぁ、我ながら見事に。本当なら今年の5/15で満了していた筈なんだけどねぇ…。でも7〜8年は継続したもん、立派。

 ま、とかくこのように自分に甘い僕なのです。だけど他人にも甘い、と自負してるんだけどね〜。実際どうなの? ってのは置いといて。だって自分に厳しい人ってさー、他人に優しく出来る訳ないって思ってるのよ。僕は自分の味方でいよう、それについての罪悪感も大目に見ようって。
 優しい素振りでオーラが怖い、そういう人っているでしょ。自分を律している人は、無意識に他人も同じルールで見ちゃうんじゃないのかなぁ。逆に言うと、誰かに禁じてしまった事で自分が縛られていたりね。たとえば「〇〇すんなよ」とか言ってると、その言葉が自分の足かせになるような。
 僕は(人に優しくしなくちゃいけない)という規範で生きてる人の側にいると、相手を苛立たせたり自分が参っちゃったりするのよ。だからって、かつての(自分の味方にならない)みたいな人にもエネルギーを吸い取られちゃう感じで。
 なかなか心地よく共鳴できる人っていなくて、それで人込みが苦手なのかもなぁ。すぐ地が出ちゃうというか、気が立ってくるのを抑えてるのも疲れるし。
 そう思うと、こんな今の僕が付き合っていられる友人達って希少種だわ。ありがたいありがたい、お互い絶滅しないよう手を取り合って今後とも末長く宜しく。

平成17年6月22日
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(写真提供=ぴょん)
posted by tomsec at 00:56 | TrackBack(0) | 空想百景(ALL) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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