僕が起きた時にはすでに、エドベンはとっくに仕事に出掛けていた。昨夜、僕らが帰宅したのは深夜だったのに…エライなぁー。
でも仕事してるんだから当たり前なのか、そんな日常が遠く思えた。生活から遊離した気楽さは、時にフッと取り残されているような気持ちにさせられる。人にはやるべき仕事があり、子供たちは昼過ぎに下校してくるのだ。
そして僕は、二度寝する。
昼頃、僕はトニーの現像出しに付き合った。
僕が持って来た使い捨てカメラも、ひとつが撮り終わっていたので出してみることにした。店はすぐ近くだ、途中で初日に訪れたコピー・ショップを見つけた。通りを隔てた向こう側にあったのか…! つい1週間前なのに、すでに初日の記憶は風化している。
それにしても、たった7日とは思えない位すっかり馴染んでいる自分に驚いてしまう。図々しい、もう長い事ここで住み暮らしている気になってやがるんだから。
写真屋は、奥行きはないけど間口は広い。全面ガラス張りだけど、それらしいポスターもノボリもない。得てして観光客向けの商売じゃないと、どの店もこんな調子なのだ。店内ディスプレイも素っ気なく、しかも誰もいなかったりしてね。
声を掛けても一向に出てくる気配がなく、間が持たなくなった頃に別の男が店に来た。と同時に店員も顔を出し、申し合わせたように前後から挟まれる格好に。しかし2人とも突っ立ったまま、黙って僕らを見つめるだけ…。よっぽどヒマな店らしい。
トニーが頼んでいるのを聞いていると、さほど高い値段でもない。ただ現地の感覚では、写真はまだ高価な部類に入るものだ。この辺では、使い捨てカメラを置いている店も少ない。僕が「これを現像できるか?」訊くと、後ろの男が興味深げにのぞき込んできた。
店員は、少し間を置いて「出来るよ」と返事をした。でもこれはパノラマ機能も付いていて、その切り替えスイッチを動かして見せると2人は一様に「ほぉー」と感心する。こんな高性能の使い捨てカメラは、きっと初めてお目にかかったのだろう。
それでも店員は「出来る。多分、問題ない」と請け合った。おいおい本当かよ、感心しながら眺めてたくせに?! 印画紙の大きさに合わせて、縮小して焼く訳ね。この店員自身が作業をするのか、技術的な話には自信がうかがえた。カメラを渡すと「一時間で仕上がる」との事。
一時間仕上げなら別料金が上乗せされそうなものだが、ここではそれが当たり前だという(トニー・談)。もっとも、店で自家現像をやっていて現像本数が少なければ出来なくもないか。とはいえど、カラー現像はフィルムによって工程が違うし、幾種類もの機器と薬剤を揃えておくのは個人営業の店じゃ採算割れしそうだけど…?
振り返ると、さっきの男は店の前でタバコを吸っていた。彼は何だったんだ?
「ついでにメルカドで買い物しよう、ジョアンナに風船を頼まれたんだ」と、トニー。
この界隈は、同じメルカドの中でも反対側にあるレストランやアーケードの活気とは無縁だ。レイド・バックしまくりの開店休業状態、もう基本姿勢からシエスタしてる。とりあえずシャッターは開けているけれど、日陰で伸びてる猫みたいに(文句あっか)と言わんばかりのやる気なさ。
「風船を売っている店なんてあるの?」
「おもちゃ屋さんがあってね、前に来たことがあるんだ」
トニーはそう言って、彼の誕生日の話をしてくれた。僕がカンクンに来る一週間前、みんなが彼の誕生日をお祝いしたのだ。その時の写真は彼に見せてもらっていたので、部屋の飾り付けの様子をすぐに思い出せた。ピーニャだか何とかいう動物型のくす玉や、銀のバルーンにひょろ長い手足のついた人形とか。
「ああいうのは、メキシコの子供の誕生日につきものなんだよ。今日買うのは水風船だけど」
なーんだ、またびしょ濡れで遊ぶのかい?!
その店は、おもちゃ屋というより千代紙と民芸品の問屋みたいだった。子供が来たがるような、楽しそうな雰囲気の店ではないな。薄暗い天井からは気味の悪い顔と手足が吊り下げられていて、整理棚には飾り付けの色紙なんかが用途別に並べてある。
そこには細長い風船しか置いていなかったらしく、トニーは手ぶらで店を後にした。多分その細長いのをねじって花とか小犬を作って飾るのだろうが、それってパーティ・グッズ屋では?
他にそれらしき店が見当たらないので「サンフランシスコ」に行ってみる事にした。メルカドの裏手にあるスペール・メルカドだ、といってもセントロの「コメルシアナ・メヒカーノ」と比べれば(横丁のスーパー)程度の規模だ。店頭で、焼きトウモロコシなんか実演販売してるところがまた庶民的で良い。
トニーは、そこで水風船を買うことが出来た。そしてやはり僕らは、焼きトウモロコシを買い食いしながら帰るのだった。しかしながら言わせてもらえば、焼きトウモロコシは日本の夜店の味に限る。
品種の差だろうか、焼きが甘いのかもしれないし焼き網の違いかも知れない。これはかなり期待外れで、しかも焼き汁が多過ぎで手のひらがベタベタだ。二人はブーブー文句を言って、横丁に見つけた水道で順番に手を洗う。
それから僕達は写真屋さんに戻り、その場で仕上がりを確かめた。悪くない。なぜかハガキサイズにプリントされていて(これも当たり前らしい)、パノラマ写真も画面が大きくて映画みたく上下が黒くマスキングされてるので見栄えがする。
さっきの謎の男がまだいて、一緒になって写真をのぞき込んできた。
だから誰なんだってば。
2005年08月15日
この記事へのトラックバック