2005年11月08日

 メキシコ旅情【郷愁編・3 ダンス・チキン】

 あっ、と気を取られたのがいけなかった。
 野生の猫…つまり彼女が獲物を見定めたように、ストリッパーらしい手招きで誘うものだから、周りは余計に調子付いて僕を花道に押し上げ始めた。こちとらダンスどころかスペイン語も覚束ないってのに、みんなして僕を面白がってやがる!
 こうなりゃヤケだ、僕は腹を括った。エドベンの同僚のオッサン達の異様にヒートアップした声援を浴びながら、彼女の手を取ってステージに上がる。思ったよりも小柄で、黄色いビキニの小猫ちゃんは汗で濡れていた。
 しかし彼女は、まさか僕がダンスのステップを知らないとは考えもしなかったらしい。もはや後の祭りだった、コンテストは始まっているのだ。大音量の音楽の中、耳元で教えてくれるスペイン語は聞き取り不能だった。
 彼女は厭な顔をしたが、リタイヤする気は毛頭ないらしい。単なる負けず嫌い以上に、きっと何かが懸かっているのだろう。スタートでエンコしたF1レーサーみたいな、彼女の苛立ちが伝わってくる。折角リードしてくれても、もつれた足が上手くさばけない。かみ合っていないのは、僕達のペアだけだ。
 僕が照れ隠しでトニーを呼ぶと、彼女にキッと睨まれた。最後まで、勝負を捨てる気はないらしい。その時、僕の座っていたボックス席からマカレナの合唱が起こった。それは(マカレナ・ダンスで起死回生を狙え)という、リング下からのメッセージに聞こえた。
 彼女の腕が弛んだ隙に身をかわして花道の角に立ち、僕はトニーやエドベン達の歌声に併せてマカレナを踊ってみせる。なぜか、これが周囲の客席にも受けた。お、意外に好反応? 最初は呆気に取られた小猫ちゃんも一緒に踊りだすと、笑い声と拍手がさらに大きくなってきた。よーし、こうなりゃこっちのもんだぜ。

 調子づいてきた僕は、勢いに乗って意味不明な行動に出た。もはや勝ち負け無用、気後れと恥ずかしさが突き抜けたスーパー・ナチュラル・ハイ状態。
「おい、何だそれは〜?!」
 トニーがげらげら笑って、僕にやじを飛ばす。
「チキン・ダンスだ!」
 尻を突き出し背中を反らして胸を張り、拳を腋の下に付ける。その姿勢で両腕を激しく上下に動かしながら、腰を左右に振るのだ。こんな事を急に思い付いた自分と、この間抜け過ぎる状況が可笑しくて堪らなかった。
 そして意外にも、このデタラメなダンスで客席じゅうが笑いの渦に。一躍、大ブレイクした僕達は賞レースに浮上したのだ。とんだ番狂わせで、余興のノリが白熱してきた。ステップを踏んでいた男性も足が止まり、口を開けて見ている。しまいには他のペアも真似する始末で、奇妙なダンス・コンテストになってきた。
 早く終わって欲しいのに、結構な時間を踊らされた気がする。とうとう僕達は、チキン・ダンスでショー・タイムを乗り切ってしまった。全身びっしょり汗をかいて、僕は一緒に踊ってくれた小猫ちゃんに礼を言った。
 お道化ながらトニー達のいるボックス席に帰ろうとして、彼女に腕をつかまれた。まだ何かあるのかと思ったら、客席の拍手で優勝ペアを決めるのだそうだ。僕達にスポット・ライトが当たって、中央に進んでポーズを取ると司会者の大声でボックス席が騒ぎ出した。
「おい聞いたか、勝ったぞ!」
 そうかい、そりゃー良かったね。
「いや待て待て、まだだよ。もう一組との決勝戦があるんだって」
 という訳で、また僕はステージに押し返されてしまった。もう勘弁してくれよ〜、不戦敗って事でさぁ。
「この声援が聞こえるだろ? ここだけじゃない、みんなが応援しているんだから」
 ボックス席から始まったコールが、いつの間にか周りの席にも広がっている。しまいには、小屋全体が手を叩いて大合唱に…。なんでだ?!

 音楽がスタートした。さすがに、もうチキン・ダンスは使えない。
 さて、どうしたものか…。と、小猫ちゃんが何事か囁いてきた。ステップを踏めない僕をリードして、腰から上を使ったチーク・ダンスみたいなので勝負するつもりらしい。無論、普通のチークではない。どうやら即興で作られるシナリオに合わせて、当意即妙に(男女の逢瀬)的な演技をしなければならないようだった。
 もう一組の様子は目に入らなかった。というか、周囲の事まで気を回しているどころじゃない。彼女の動きに集中していないと、自分がどう振舞えば良いのか予測できないのだ。ダンス、というよりアドリブ・セッションの掛け合いに近い緊張感。
 次第にそれはエスカレートして、小猫ちゃんは僕のTシャツをまくり上げた。仰天して身を固くすると力づくで脱がそうとするので、仕方なくTシャツをトニーに投げ半裸になった。親密でもない相手に触れるのはためらいがあったけれど、ダンスの性質上ある程度は仕様がないか。
 彼女の方も、ビキニで覆われた部分に僕が触れそうになると避けている気がする。観客に気づかれないよう、二人の間には暗黙の了解が生まれていた。僕は要求されるがまま、時には彼女を持ち上げたり振り回したりした。まるで(お色気パントマイム)だな。派手な動きと色仕掛け、というのが最終決戦の勝機ポイントらしい。
 濡れたカール・ヘアが、僕のほおを弾く。チーズか、けものを連想させる湿った匂いが鼻をふさいだ。香水なのか体臭なのか、こってりとした苦手な匂い。この匂いをムスクと呼ぶのだろうか…? 
 小猫ちゃんの指先が僕の短パンに掛かった時には、さすがに本気で慌てた。真剣に抵抗したのも一瞬、結局は従うしかないと開き直った。主導権は彼女にあったし、もうこうなったらパンツ一丁でも同じようなものだ。
 ますます僕らの踊りは「絡み」の様相を帯びて、客席の視線は僕らに集中していた。文字通り、視線は熱を帯びる性質を持っているのだと初めて知った。背後に回された指が下りてきて僕の尻をこねくりまわした後、一拍置いていきなりパンツまで引きずり下ろした。

(パンツまでとは…やりやがったな?!)
 不意を突かれながらも、条件反射で手で股間を隠しながらコンディションを確かめるのは男の性か。とりあえず平常どおりだ。仕返しに彼女も脱がせてやろうとしたら、その手をピシッと払いのけられた。何なんだよ、男の僕がストリップしてるじゃないか! ギャラも出ないのに?
 それでも場内は大ウケで、僕も妙に意地になって全裸で花道をウォーキングしてやる。腰を振って向き直り、大股開きで尻を突き出すと男どもが顔をしかめて目を背けた。如何ですか、お客さぁ〜ん?!
 彼女が僕に抱きつき、両脚で腰をはさむ。と、思いっきり上半身を反らせ後頭部を床に叩きつける寸前、僕が重心を後ろに倒してバランスを保つ。日本のAVファンなら「駅弁なんとか」を思い出すだろう、あの激しいポーズの発展形だ。
 僕は、逆さになって乱獅子を舞う彼女の腰を支えながら悶え続けた。もしも端から見てたらなら(オイシイ役だ)としか見えないだろうけど、特に体を鍛えてもいないし体力も限界で苦痛の極みだった。なのに小猫ちゃんは延々と僕の腰で暴れ続け、男どもは興奮して二度も三度もアンコールに耐えなければならなかった。
 そしてやっと、長かった決勝ラウンドが終了した。
posted by tomsec at 01:52 | TrackBack(0) | メキシコ旅情8【郷愁編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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