2006年03月06日

 メキシコ旅情【逃避編・12 総集編…じゃないの?!】

 ビアネイとスーパーマーケット「サンフランシスコ」に行き、その店を出たらもう空は暮れはじめていた。気持ちのよい風が吹いていて、どこか〈秋の気配〉を感じさせる。いやだなぁー、ますます刹那さが増してくるじゃんか。
 部屋に帰って財布を見たら、勘定してみてビックリ仰天! 僕は今日だけで300ペソも使っていたのだ。しかしラグを言い値で買っていたと思えば、まぁ観光客気分なら大した額でもないか…。それでもペソ暮らしに慣れた僕には、やはり散財としか考えられなかった。
 いつの間にか帰国後の生活費を考えてしまうのは、旅が終わった先の現実に移行する準備期間に入ったって事だよな。ここが目覚めつつある夢の中だとしても、自分の心が離れていくようで寂しいものがある。

 屋上に上がって一服していると、見たことのない小柄な青年をトニーが連れ帰ってきた。マヤ系の整った顔立ちに、ひとなつっこそうな笑顔。どうやら話をしても問題なさそうだ、簡単なあいさつと自己紹介をして部屋に入った。
 彼はヘア・メイクの仕事をしてると、トニーが部屋を片付けながら教えてくれた。やはり携帯電話の一件とは関係なさそうだった。
「それで、トニーは何してるの?」
 トニーは手を休め、やれやれ、といった顔をした。今からここで髪を切ってもらうので、その場所を空けてるのだという。彼はフリーだから、どこかの店で働いてる訳ではないらしい。あるいは店を通さない小遣い稼ぎでやるのか…?
 アマカをフックから外し、簡易ベッドを畳む。そうして僕の寝床が消えると、空いた場所に椅子を置いて準備完了。床に落ちた髪の毛なんか、軽く掃けばきれいになるからな。今日はヘア・カットしてヘア・ダイだって…えっ、染めてたの?
 トニーは、僕が知らなかったことに驚いていた。「何をいまさら」って言われても、そんなこと思ってもみなかったんだもん。髪を金髪に染めてるからって、そんな弁解がましい口調にならなくてもいいのに…。
 でも言わしておくと、わざわざ10年前の写真まで探し出して僕に見せた。金髪以前の、カラスの濡れ羽色のトニー。
「若いねー、それに清潔感があって良いじゃない。でもちょっと怖そう」
 変われば変わるものだ、と思う。真面目だけど神経質そうな写真の青年と、このお気楽クンが同一人物なのだから…。服装も髪形も、しっかり自分を演出している。どういう人間に見られたいか、あるいは〈なりたい自分〉を装うというのも悪くないね。
 そういえば、いつも仕事帰りのトニーは結構パリッとした格好で、ラルフのマルチ・ストライプのシャツなんか着て上等な腕時計しめていたっけ。それがオフ・タイムでは、言葉は悪いがまるで〈プア・アメリカン〉なのだ。ボサボサの髪に襟元がズルズルに伸びたTシャツ、それがまたMTVアニメ・キャラ柄だったり。
 トニーだけを見て判断するのもなんだけど、そういうのって非常にアメリカ人らしい気がする。少なくとも僕にとっての〈愛すべきアメリカ人像〉を、彼は見事に体現していた。
「写真を撮ってよ」
 床屋青年が持参したゴミ袋のような黒マントを、トニーは腰掛けた椅子の上から首に巻き付けて言った。そして僕が写真を撮って部屋を出ると、小気味良いハサミの音が聞こえてきた。シャリ、シャリ、シャリ。

 僕はビアネイとグラシエラの部屋に行って、そこで写真の整理をしていた。
 出来事の順番を思い出しながらアルバムに挟み込んでゆくが、テーブルに並べた全部を収めるには時間が掛かりそうだった。だって彼女達が待ち切れなさそうな目をして、子供のように写真をいじくり回すんだもん!
 しかしこうやって時系列に沿って見渡すと、まるでドラマの総集編だな。最終回の直前にやったりするやつ。彼女達との共通の思い出、セノーテやビーチの写真は大騒ぎだった。僕のビキニ・ショットとかグラシエラの砂マッチョなどなど、2人とも指をさして大笑いしている。
 グラシエラに付いて行った英語学校や、トゥルム〜コスメル旅行の写真も好評だった。ふと思い出したように、グラシエラが写真をくれた。
「おぉーっ、イグアナだ! ありがとう」
 遺跡に佇む姿が、どアップで写っている。僕が上手く撮れずに苦労していた事を覚えていてくれたのだろう。
「どういたしまして。君の写真もちょうだいね」
「イグアナと交換…かい?!」
 賑やかにお喋りしながら、朝の不思議な治療を思い出して何の気なしに訊いてみた。
「ところでグラシエラ、調子はどうなの?」
 あれ、急に場がシラケたぞ…。女同士で目配せするように、取ってつけたジョークでお茶を濁したりしてさぁ。その話題は、ちょっと触れて欲しくなさそうだった。何を今さら、エドベン一家総出で行ったじゃないの…? OK、ここは聞くまい。彼女達の様子にもまた、何か深いためらいが感じ取れたのだ。

「なぁ、明日はキューバに行こう!」
 僕が部屋に戻ると、いきなりトニーは言った。
 午前中の便で発つから、今のうちに荷物を用意しよう…って、なんだよ突然に?!
 しかし決めると有無を言わさぬところがあるトニーだ、僕が何と言おうと聞いてはくれないだろうけどねぇ〜。
「1泊2日だ、すぐに帰ってこれる」
 いや、そうじゃなくてさぁー。リコンファームしなくちゃ、僕はもうすぐ日本に帰るんだぜ? しかし彼は、そんなのエドベンに頼めばいいと意に介さない。こうなると、あまり言いたくはなかったが一番の理由を言わなくてはならなかった。
「聞いてくれトニー、もうお金がない」
 さすがにトニーの動きが止まり、肩を落として大きな溜め息と沈黙。しかし彼はめげずに形勢逆転に出る。
「往復と宿泊込みで1泊2日、たった300ドルなんだぜ?」
 ペソじゃなくてUSドルかよ、本当に残高ゼロになっちまうぜ。そんなの僕じゃなくて、またエドベン誘って行けばいいのに。
「君と行きたいんだよ! キューバでブレードやったら、もぉー女性にモテモテで…」
 はいはい、その冗談なら覚えてるさ。オチを言おうとしたら大真面目な顔をされて、僕が言葉を詰まらせると畳み掛けるように駄目押しされた。
「よし決まりだ、とりあえずチケット代とは別に200ドル貸す。リコンファームも、僕からエドベンに間違いなく頼んでおく。オキドキ? で、っと。あとは…そうそう!」
 トニーが部屋を引っ掻き回して、ファースト・エイド・キットを取り出した。
 コンドゥムを挟んで、またも男2人の押し問答。
「本当に要らない。持ってると、逆に使いたくなるといけない。銃と同じだ」と僕が言えば「いいじゃない、そうしようぜ!」とトニー。
「余分な金は使いたくない」と言い返すと、彼は「お金を使わなくったって平気だ」だって? またもやトニーに押し切られちまった…!
 もし仮にそうだとしても、やっぱり僕は気が進まない。どうしてなんだろう?
posted by tomsec at 19:59 | TrackBack(0) | メキシコ旅情9【逃避編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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