今朝もアマカ[ハンモック]から叩き落とすような起こされ方で、寝ぼけたまんま車に乗せられた。グラシエラがマッサージを受ける、その付き添いだという。
エドベンの車に乗っているのは彼女と僕の他はトニーとビアネイ、更に今回はパパの車にママとジョアンナとディエゴまで加わっている。たかがマッサージだろ、単にヒマなのか? グラシエラの具合も、それに大勢で来た理由も判然としない。
車は、郊外へ向かって走っている。午前中の空気は気持ちがいい。
診療所らしくない民家とはいえ、わら葺き屋根のバラックなんて初めて見たな。庭先のバサバサに茂った熱帯樹に、汚れた痩せ犬がつながれていた。引き戸の中は真っ暗だが、うっすらと日本家屋的な天井の梁と土間が見えた。
一同は別棟の戸口に集まり、何やら神妙な様子で立ち尽くしている。板張りの隙間から光の筋が差し込んで、部屋の中は黒白の縞模様。タタキにムシロを敷いた上に布団が広げられ、ついたての奥にグラシエラがいるかオバアサンの小声がする。
あのバァサン、白衣は着ているものの医者には見えないな。しかも、マッサージしているようにも思えなかった。治療の真っ最中らしく、助手の女のコがせわしなく出入りするので戸口から離れた。
粗末な住まいで何が起きていたのか、もしかしてシャーマン…? 謎めいた空気と不思議な治療風景…あの老女がメディスン・ウーマンだったとすれば、何となくすべてが納得いく。
しかしまた、そういう突飛な推察は更に謎を深める。グラシエラは何を治したのか、みんな一般的に利用するのか、呪術信仰はあるのか等々。ただ僕は寝呆けていて、帰りの車中さえ記憶にない。事後でもいいから確かめておけば良かった。
午後はセントロに出て、土産物屋を見て回った。
「バーガー・キング」の脇道には、ガラの悪そうな店員が通行人をにらんでいる土産物屋があった。いつも足早に通過していたけれど、勇気を出して一人で踏み込む。狭い入口の割に奥行きがあり、アメ横の高架下みたいに小さな店が連なっていた。
ありがちなダサ土産が目に付くが、なかなか気の利いた小物も潜んでいる。面白い、けど買うには至らない民芸品がゴチャゴチャ並んでいる。その中で、様々な柄を織り込んだラグに目を魅かれた。
布は実用的でかさ張らないし、派手な原色だけでなく中間色で渋めの模様もある。ただ、値段が折り合わない。自分用に欲しくなったラスタ・カラーのアマカに至っては、なんと1万円近い値札が付いてやがるし。
悔し紛れに(ジャマイカでも無いのに狙い過ぎ)とつぶやくと、すかさず店員が聞きつけて寄ってきた。
「旦那、損はさせないヤワじゃないよ。レゲエは好き? アメリカから来たの?」
怖えー。何だか知らないが(いや知りたくもないが)妙に隙がなくて、右頬にザックリと目尻からあごにかけて傷痕が…。これは僕の手に負える相手じゃない、強気を装いつつ身を返して隣の店に。しかし奴は出口の近くで、さり気なく僕をマークしていた。
そこを出ればすぐ通路から屋外なのに…いやだなぁ。
スカー・フェイスから避難した店で、緑と白のシンプルな色遣いがマヤっぽい感じのラグ・マットを買った。店主に値段を尋ねたら「300ペソ」と答えたので、思わずしかめっ面をしてしまった。すると主人は近付いて布を手に取ると、
「あぁ間違えた、こっちは200だ! でも150でいいよ」
そう言い直して実直そうな笑みを浮かべる。これは値切れる、というか言い値で買うべきではないって意味だな。1USドル=7.5ペソのレートだったから、1ドルが120円位だとして…150ペソは2000円ちょっとか。
「お買い得だよ旦那、ウチのは全部ハンドメイドで機械織りとは訳が違う」
口ぶりからして、そんなとこだろう。房飾りをパラパラと見れば、確かに糸の始末が雑だ。このバラつきは、ほつれないうちに根元で縛ったほうが良いだろう。
「…うーん、100ペソ! セニョール、これ以上は勘弁だ」
そう言う店主の背後で、そっと忍び寄ったスカー・フェイスが口を挟もうとチャンスをうかがっている。
「80ペソだ」
僕は気まぐれに値切ってみた。それでも、まぁ1200円程度なら安い買い物だろう。もっと値切れたのかもしれないが、これでまた話が長引くようなら「交渉決裂」という口実にもなる。それにしても、まさかOKするとは思わなかった。
店主は一瞬固まって、大きく息を吐きながら同意した。その時、焦れったそうに首を突っ込もうとしたスカー・フェイスが消えた。奴め、話が終わるのを待ち構えていたのだな。しかし何だかんだ言って、やっぱり持っていると財布の紐がゆるむなぁ。でも衝動買いって楽しい。
家に帰ってから、写真整理のアルバムを買い忘れたことに気が付いた。
すぐ後からビアネイが帰ってきたので、近くで手に入らないか訊いてみたら心当たりがあるという。ちょうど彼女も、その店に行くという。メルカドの奥にあるスーパー「サンフランシスコ」だ、僕も一緒に行く事に。
「じゃあ悪いけど、シャワーだけ浴びさせてね。すぐだから、ここで待っていて」
ビアネイは僕を部屋に入れると、正面に仕切られたカーテンを引いた。
シャワーの水音を聞きながら、女のコ達のベッドに座っているのは妙な気持ちだ。このシチュエーションで、急に彼女がバスタオル一枚で出てきた。彼女は笑って、鏡台に並んだ引き出しを開けた。おいおい! 下着とか出してんのかぁ〜?! ひょー、冷や汗が出てきた。
彼女が再びカーテンから姿を見せた時は、着替えを終えて頭をインド人にしていた。日焼けしたうなじが上気しているのが気になって尋ねたら、やっぱりお湯が出るのだそうだ。トニーの部屋とは大違いじゃん、でも僕は居候の身だから文句は言うまい。
2006年03月06日
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