2006年03月06日

 メキシコ旅情【逃避編・6 島の夕べ 】

 日は落ちて、ゆっくりと淡い闇に包まれてゆく島の黄昏。
 3人で物見遊山を決め込んでいるうちに、気付けば噴水前は祭りの後だ。桟橋から湾岸道路に並んだ店々を眺めて歩くと、寄り添う二人連れがうじゃうじゃしている。何と、こんな所にも「ハードロックカフェ」が…?
 僕が「うへ〜」と間抜けな声を出したので、トニーが勘違いして僕を店内に引っ張った。開け放されたドアから、沢山の人が出入りしている。街灯の真下からは暗い店内の様子が分からなかったが、入口まで行ってみたらゲート・バーにさえぎられた。動物園とか遊園地にあるような、一人ずつ鉄パイプを押して入る要領のものだ。
 店内は人が詰まっていて、押し入ろうにも入れない有り様だった。トニーが中の壁を指して何か言ったが、うるさ過ぎて聞き取れない。彼が指さしたショーウィンドウに、Tシャツだのマグカップだのが飾られていた。店のロゴの下に、コスメルとプリントしてある。
 世界中の系列店のイニシャルグッズを集めている人もいるらしいけど、僕には理解不能だ。集めて何がしたいんだか、と思う。でもこれは、僕がサブウェイに入ったのと似たような感覚なのかもしれない。僕だって、メキシコに来てまで日本で見慣れたチェーン店で食事をしている。とても言えた義理ではないな。
 そこを離れて先に進むと、今度は「ヴァンクリフ&アーペル」のショップが…。信じられない、どうしてこんな高級宝石店がここに? メキシコの中小行楽地くんだりに来て、誰が買おうという気になるのだろう。それとも富裕層の楽しみというのは、結局こうした事柄に尽きるのだろうか? だとしたら(ブランド漁り)をするのは日本人ばかりでもない訳だな。
 貧しい人種は、世界共通の割合で存在するらしい。
 更に先へと歩く。と、歩道が途切れ、唐突に店が雑木林になった。キラキラとしたショーウィンドウは、映画の書き割りみたくスッパリと終わってしまっている。車道だけが、海岸線の奥へと続いている。なんだか、本当に取ってつけた感じがする歓楽街だ。現代的な賑やかさと原始的な山林との、あまりに急激な落差にあぜんとする。
 僕らは来た道をUターンして、桟橋前を通過して逆方向にも歩いてみた。こちらは人気の多い場所から推移して、自然に寂びれてゆく感じになっていた。人の面相は、右と左に気性の表と裏が現れているという。どっちがどっちだか、詳しい話は忘れたけど。この町もフェリーから見れば、桟橋前を挟んで本音と建前に見えることだろう。…それにしたって、と思う。建前側の並びは、ずいぶんと急ごしらえに過ぎる。
 少し戻ると、僕らが宿を取った坂道の通りだ。角を曲がると、メッキがはがれたように〈メキシコの場末〉的な雰囲気になる。他に上手い例えが見つからない、ちょっとヤバめなムードの漂う裏通りだ。知らない道じゃないのに、めっきりと人通りが減って怪しい感じが倍増している。夜は更けても時間的にはまだ早いだろうに、こうなっちゃうには。
 広場からの放射道路ですら街灯は少なく、あらゆる通りが路地裏化していた。さっきまでの観光客が、いつの間にか姿を消してしまっている。散歩ついでのレストラン探しだったのに、のんびりしていて機を逸したようだ。オジサン達が点々と、挙動不審(に僕の目には映る)に揺れ動いている。まだ開いている店は残り少なく、しかも安心して入れそうな感じがしない。このままだと、今夜は空きっ腹を抱いて寝る羽目になりそうだ。
 仕方なく、海沿いに面したKFCに入って夕食にする。ぜいたくは出来ないし、今となっては気の利いたディナーを選り好みしている場合じゃない。静かになった通りとは裏腹に、店の中には観光客が残っていた。蛍光灯の白々しい明るさも、なぜか心地よく感じられる。夜の裏通りを歩き回っていた緊張が一気にほぐれ、どっと疲れが出てきたのだろうと思った。
 空腹感の割には、僕はたいして食べずに足りてしまった。待ちくたびれた胃袋が、縮んでしまったのかもしれない。他の二人も疲れが出てきたのか、食事を終えると誰ともなく口数が少なくなった。窓の外には、明かりの消えた町が見える。なんだかつまんない、肩透かしだな。桟橋に着いた時の盛り上がりようで僕をその気(どんなだ?)にさせといて、陽が落ちたら大人しく消灯かよー。後はホテルで寝るだけじゃないか、これでは。
 広場周辺の、石畳の商店街はどこかに似ていた。道の中央に置かれた花壇とベンチに、地元の若者らしき数人が座り込んで話している。その中にギターを抱えた少年がいて、夜の吉祥寺を思い出した。その途端、怪しげだった街角の空気も親しげな感じがしてきたから不思議なものだ。かと言って、さすがに看板の出ていない飲み屋に飛び込む勇気は起きなかった。…やっぱり、あとは寝るしかないみたい。
 宿に戻ったら、もう一度温水シャワーを浴びよう。そう考えていたけど、部屋に入ってベッドに座ったらどうでも良くなってきた。普段なら、まだおしゃべりに花が咲いている時間だ。しかし今夜はさすがに、もう二人とも眠る体勢になっていた。

 廊下側のベッドに入ったトニーが、部屋の明かりを消す。蒼白く差し込む窓辺の薄明かり。
「グッド・ナイト」
「ブエナス・ノーチェス」
 快適なベッド。そして熱いシャワーに感謝。今日もまた、長い一日だった…。
posted by tomsec at 19:59 | TrackBack(0) | メキシコ旅情9【逃避編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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