遺跡も一通り見物したし、一行は自然と帰途に就いた。
外に出て、今度は僕達もSLふう連結バスに乗り込んだ。楽ちーん。
なんとも心地よい乗り物ではないか、結構々々。木の葉が織り成す、木漏れ陽の模様が乗客の上を流れてゆく。短か過ぎず飽きが来るほど長くもない、ちょうど良い頃合いでバス停に到着。さほど待たずにバスが来たのはラッキーだった。ひんやり、とした車内の空気はまるでプールに飛び込んだかのような肌の感触がある。
しかしシートは窓越しの直射日光で、ムカツクぐらい温まっていた。
あつー。
寝苦しさに目を覚ますと、バスは間もなく経由地に着こうとしていた。
やっぱり、この土地には「弱冷房車」は無縁かも知れない。日差しが強すぎて、これでもまだ効きが弱いくらいだ。僕はまた寝汗をかいていた。
到着間際に、トニーが言った。
「降りよう」
ブシューッ、とドアが開くと一気に温度が上がる。ならず者のように無遠慮な熱気。
僕らはバスを降りた。
プラジャ・デル・カルメンである。
ちっぽけな町の中にあるバス経由地には、海辺の気配があった。
鮮やかな色にあふれた所だ、と思う。けばけばしいネオンや看板ではなくて、自然が持つ色々なグラデーションの事だ。
トニーは勝手知ったる様子で先をゆく。庶民的なビーチ・リゾートの雰囲気は、どこか共通する印象を与える。初めて来た気がしない、すぐに溶け込んでゆける開放的な空気に充ちている。若い男女の旅行者たちが通りを往き交うのは、カンクンのホテル地区と変わらない。しかしここには高いビルもないし、自然に発展してきた港町っぽさが残っている。
海に沿った道に出た。何か食べようという事になり、海から上る坂道をそぞろ歩く。軒を連ねた土産物屋の感じが、下伊豆とか江ノ島あたりにありそうな(ぺんしょん←≠ペンション)っぽい。ヤシの木のキーホルダーとか置物なんか売ってるような、あのまんまな店構えじゃん!
目ぼしい店が見つけられず、僕らは元来た道を引き返す。唐突にトニーが言い出した。
「コスメル島に行ってみないか?」
なんだなんだ、今は食事が最優先だよ。
「あそこからフェリーに乗って、すぐに行けるんだ」
彼は坂の途中から指を伸ばした。海岸の桟橋に、切符売り場の小屋が見える。
「そうだ、今日はコスメルに泊まってゆこう!」
…勝手に話がまとまってやがる。
「大丈夫だよ。安宿はすぐ見つかるし、ママには連絡しておけばいい」
「だってさぁ、そんなにお金を持って来てないぜ?」
我が意を得たりとばかりに、トニーが嬉しそうに答えた。
「考えられない位の値段なんだよ。足りなければ立て替えておくから、何も心配しなさんな」
やれやれ。グラシエラをチラッと見たら、彼女は黙って笑っていた。僕に反論の余地はなく、もうトニーにお任せ状態だ。とりあえず食べよう、何でもいいから。
決まらないままフラフラ彷徨っているうちに、見覚えのあるサインが目についた。SUBWAY…って、あのサンドイッチ屋さん? 有無を言わさず決定である。意見を聞くよりも早く、僕は黄色い看板に最短距離で吸い寄せられていった。二人はハーフサイズを頼んだが、僕が一本でお願いするとトニーが驚いた顔をした。
僕だって初めて頼んだよ、だって本当に腹ペコなんだもの。彼はゲラゲラ笑ったけれど、こっちは構わずサンドイッチに噛み付く。残ったら後で食べるつもりでいたのに、いつの間にか胃袋に消えてしまった。トニーはまた笑い、今度は僕も笑った。グラシエラはまだ食べかけだったので、目だけでニッコリほほ笑んでいた。あー、やっと一息だぁ!
みんな食事を済ませ、飲み物を片手にくつろぐ。
ぼんやりと水平線を眺めていると、小さな点が船の形に見えてきた。トニーの掛け声で僕らは腰を上げて、のんびりと桟橋へ向かう。視線を移してみて、陽が傾き始めていた事に気が付いた。
海の夕暮れは、やはり格別なものがある。桟橋に着けられたフェリーから港町を振り返ると、コバルト色に重ね塗りした茜の光がプラジャ・デル・カルメンの町並みを染めていた。良い気分だ。ゆるい風に吹かれながら、ほんのりと酒に酔った時の感覚を味わう。まだ飲んではいないけど、ほろ酔い気分だ。
出航前のひととき、手すりにもたれて町の色気に見とれてしまう。フェリーのデッキから見る海側からの眺めは、女性を真正面から見つめるような妙な照れ臭さがあった。家々の窓辺に、まだ早すぎる明かりが灯り始めている。海岸の宵のざわめきは、船のエンジンと風の音にかき消されてしまった。そっけない船出が、逆にこの町への愛着をかき立てる。
何の合図もなく、大きく揺れると船は岸を離れた。
後方デッキに立って、水平線の夕闇にかすむ灯をしばらく見送っていた。
2006年03月06日
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