広々とした中央分離帯を挟んで、車道がヘアピン・カーブしてる。幹線道路の起点なのだろうか、青空が見渡せるのは気持ち良いけれど…。郊外行きの「グヮグヮ」が並んでいて、空気は一段と不味い。
大型のトレーラー・ヘッドが黒煙を吹き上げ、開け放った窓にスシ詰めの乗客を隠す。さすがにぶら下がっている人はいないけれど、窓の中は非人間的な密度だ。客車内の熱気で、窓が曇っている。
イダルミもアイザックも、これに耐えて来てくれたのだ。そして帰りも…。
また一台、ものすごい騒音と黒煙を立ててグズグズと走り出した。僕らは逃げ出すようにUターンして、通りの果てに見えるハバナ湾へ。道路は傾斜していないのに、すうっとこのまま海に転がり落ちそうな錯覚を覚えた。(元々は、港町なんだな)と思う。
陽差しは出たり引っ込んだりで、また曇ってきた。空一面、薄いベールに包まれている。
海岸沿いのマレコン通りを、ローラー・ブレードで走る。喉が渇いたのに、売店どころか自動販売機すら見つけられなかった。ホテルに戻る途中に、1箇所ぐらいは見つかるだろうという予想は甘かった。
2人は海側の歩道を走っていた。波に洗われて濡れた所もあるけれど、舗装がコーティングされているし幅も広い。気持ちが良くてスピードが上がる。反対側の歩道を見ると、まるで寂びれた廃墟と合わせたように舗装もガタガタだった。冷たいコーラなど期待できそうにない。
長いカーブを抜けると、ホテルの高い頭が突き出て見えた。思ってたよりも近そうで、そう思ったら余計に喉が渇いてきた。ふいに道路が上り坂になり、ずっと走りっぱなしなので足の筋肉がガクガクしている。普段から運動している訳でもないのに、調子に乗って飛ばし過ぎたせいだ。汗が出にくくなってきて、僕は高熱でハイになりかけていた。もし蛇口を見つけたら、生水かどうかも気にせずガブ飲みしただろう。
どうにかホテルの前までたどり着くと、防波堤で僕らをブロックした若者達は消えていたのでホッとした。
「おい、あれを見て」
そう言ってトニーが指で示したのは、僕らが市街地で(ブラック・マーケット)と呼んでいた店と同じ黒いドアだった。僕はゴクリ、と唾を呑み込む真似だけする。なにしろ口の中で舌が貼り付いてしまうくらい、極度の水不足なのだから仕方ない。
なにしろガラス戸を黒くして看板も出していないし、地元の人間さえコッソリ出入りしているようだ。ここならコーラだって手に入るだろうが、安全という保障はないだけに賭けだった。覚悟を決めて店の入口に立つと、思い詰めたような僕らの横を地元の人間が怪訝そうにすり抜けてゆく。
ためらいながらも踏み出そうとした時、警棒を握りしめた警官が現れて店内に入った。トニーと僕はドキッとして、思わず顔を見合わせてしまう。だがしかし、警官は何事もなく立ち去って行った。トニーは僕に、
「あっちで待っててくれ、そして万が一の時はホテルに走って逃げるように」
真剣な目をして言うと扉の奥に消えた。しばらくは大人しく待ってみたが、結局しびれを切らした僕も突入する。ドアを開けるまでは勇気が要ったものの、そこから先は肝が据わった。ただ、客も店員もジロジロ見るので居心地が悪い。入口の右に商品台とレジがあり、左の壁づたいに狭い通路が続く。トニーはその奥にいた。
「大丈夫?」
僕はヒソヒソ声で話しかける。予想通り、ここは食料雑貨を扱う店だった。何も起こらないうちに、早くコーラを買って立ち去ろうぜ。だけど、どうやって買えば良いのかが判らなかった。レジ上のボードに書かれた一覧が、商品と価格の相場らしい事は見当がつく。トニーが判読できないのだから、僕には尚更ちんぷんかんぷんだ。他の人の様子を見ていても、買い方の仕組みは想像もつかない。
「混んでるから表にいて。まとめて買うよ」
僕は黒い扉を押し開けて出た。すると視界の隅に走る人影が…!?
この町で走っている人間なんて一度も見たことがないだけに、その動きは不自然に思えた。まして、僕が怪しげな店から出てきた瞬間の事だ。消えた影を無防備に追って、公園の角で鉢合わせしそうになってしまった。
防具を着用した長身の男だが、しかしよく見れば着てるのはトレーナー…。そのまま足元に視線を下ろして目を疑った。
インライン・スケート!
この青年は大学のホッキー・チームに所属しているのだそうで、カナダ製の最新モデルを身につけていた。キューバの大学生は、アメリカ・カナダの学生と何ら変わらなかった。というか、むしろ僕のイメージする北米の若者より品があるかも知れない。
彼もまた、イダルミ&アイザックと同様に滑らかな英語を話し、身のこなしには洗練された雰囲気が感じられた。
2006年06月30日
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