2006年06月30日

 メキシコ旅情【ハバナ!前編・12 ハバナの黄昏】

 店を出てからの僕ら4人は、空腹のままオールド・ハバナを歩き回っていた。
 観光客目当ての店が、意外に少ない。民芸市場を別にすれば、土産物屋が何処にもないのが不思議だ。
 博物館の前にそびえていた城塞は、今は警察署として利用されているのだという(見学もできるそうだ)。こうした歴史的建造物を有効活用しているのは賢明な発想だな、ただ警察署にしては高い城壁に掘割もある外観がいかめしい。
 掘割に沿って海岸道路へと回り込むと、最初にタクシーを降りた場所が見えた。そして、その手前には軽食スタンドが! なんと、降りてすぐ後ろを振り向けば食事ができたのだ…まったく皮肉だな。早くも陽が傾きかけているのに、今朝から未だにアイスとコーラだけしか口にしていない。考えてみれば、昨夜もコーラしか飲んでいなかった。
 公園のホットドッグ・スタンドそのものだから、ハンバーガー程度の食べ物はあるだろう。腹の足しになりそうなメニューはホットドッグだけで、仕方なく2つ頼んでベンチで待つ。皆くたびれて無口。
 店員が運んでくると、入れ替わりに物乞いの犬と子供が登場。さすがに今度ばかりは、イダルミも困惑した表情で身を固くしている。いかにも浮浪児な、薄汚れた身なりをしている少年だ。
 しかし、彼にやる分はない。とにかく僕も、空腹の度合いでは良い勝負だったのだ。小僧、何も言わないうちからホットドッグに手を出そうとしやがって。僕が声を荒げたら、すぐに店員が飛んできて少年を追い払った。

 まだ日暮れまでには時間があったけれど、お別れの時だった。これから、アイザックとイダルミは「グヮグヮ」バスに揺られて帰途に就くのだ。そしてトニーと僕は、インライン・スケートに履き替える。少し背が高くなった僕らは、2人と向き合って立っていた。しばしの沈黙。
「逢えて良かったわ、ありがとう。ビアネイによろしく伝えて」
 そう言うと、イダルミは僕の手に木の実で作られた置物を乗せた。ココナツの殻に盛られた、鮮やかな南国風フルーツ・バスケットを模している。それは、僕の手のひらに収まった。
「記念にプレゼントするわ、つまらないものだけど」
 アイザックが僕にくれたカードは、城塞の砲台が写っている絵ハガキだった。観光名所になっているのだと、彼が教えてくれた。
「時間がなくて、こんなものしかあげられないけど…」
 済まなそうな顔をして言われてしまうと、自分の気が利かなさに悲しくなる。
「気にしないで、もらっておきな」
 トニーが、僕の胸中を察して言ってくれた。言い足りない気持ちを込めて、2人を見つめた。素的な心の持ち主に出逢えた事が、この旅の何よりも大切な記念になるだろう。
「それじゃあ」
 僕らは、去ってゆく2人の後ろ姿を見送った。気持ちの良い、束の間の出逢いと別れだ。彼らの贈り物をカバンにしまう前に、僕はもう一度アイザックの手書きのメッセージを読んだ。
「私達を忘れないでね![Don't ever forget us!]」
 …そう書かれていた。
 お互いの住所を交換しなかったことを後になって悔やんだが、きっとこれで良かったんだと思う。
Havana_4byebye




 インライン・スケートでオールド・ハバナを回る。
 路地裏の舗装はガタガタだから走りにくかったけど、それでも徐々に慣れて快調に飛ばす。古い建物の谷間を駆け抜けると、通行人が目を丸くする。好奇心丸出しで声をかけられても、笑顔で手を振って通過。これは気が楽だぁ〜!
 住宅街が開けて、尖塔に白塗りのアラビックな建物が見えてきた。質実剛健なボンネット型のトラック、プロパガンダが色鮮やかに大書きされている塀…いかにも社会主義。
 大広場に出ると、緑の芝生に戦車が横付けされている。台座に固定されてるとはいえ、今にも使えそう。カストロ議長、だてに軍服姿で決めている訳ではないな。この物騒な飾り、妙に実用的すぎ。
 僕が一息いれようと止まった途端、すかさず2人のキューバ人男性から話しかけられた。下手くそなりに礼儀正しい英語なんだけど、態度はやはり馴れ馴れしい。
「チーノ、どこから来たの? ロサンヘルス?」
 どいつもこいつもチーノ呼ばわり…! ムッとした僕が睨みつけても意に介さず、それを見たトニーが急いで間に入ってきた。外国で揉め事を起こすのも厄介だし(というか散々懲りたし)、愛想笑いで握手もそこそこに逃げ出す。
Havana_gigantic_apart




 目の前に、見た事もないアパートが現れた。コロニアル様式に似せた近代建築で、柱が高いと思ったら、回廊の奥が2階建てになっていて、しかも柱の上に3階のバルコニーがあり、それが何十戸も奥に連なっている。バルコニーの窓もむやみに高く、住民の身長よりも3倍くらいある。
 通りの向こうから女学生の注目を浴びて、スタイルいいなぁ…と思ったらまだローティーンっぽい。おそるべし、ボディコンシャスな小中学生。
 トニーの声に振り向くと、彼は減速してアパートの柱の陰に消えるところだった。クイック・ターンで後を追うと、そこには2人の女が立っていた。素肌に張り付いたベアトップの赤いドレスと、見事な脚線美…おぉっ! ナンパですかぁ?
 でも僕の広範な守備範囲から外れる顔立ちだったので、距離を置いて成り行きを見守っていた。しばらくして交渉は不成立に終わったようで、トニーは嘆き交じりの情けないため息を吐いた。
「いいじゃない、元気だしなよ。あれじゃあ、後で悔やんじゃうぜ?」
 神経を逆なでするつもりじゃなかったんだけど、逆効果だったかなぁ。でも、ありゃあ結構スレた目付きをしてたぜ。昨夜のバンビちゃんと比べたら、雲泥の差だ。
「本当に、去年はこんなんじゃなかったんだけどなぁ〜」
 なんだか、ここまでガックリ気落ちしている姿を見ると気の毒になる。
「パラダイス・ロストだねー」
…いけね、また一言多かった。
Havana_street_girks






補足(後知恵)

城塞を含む市街地全体は、ユネスコの世界遺産に登録されている

城砦 モーロ
海賊などに対する砦
総督と知事の住居
宗主国スペイン向け金銀の倉庫
フエルサ城砦・17〜19世紀に造られたハバナ旧市街の、歴史地区内(ユネスコ世界遺産)ハバナ湾入り口水路に面する、アメリカ大陸最古の軍事城砦

参考資料:
「キューバ・ガイド キューバを知るための100のQ&A」著・カルメン・R・アルフォンソ・エルナンデス 訳・神代修、海風書房
「SERIES 地図を読む7 キューバへ カリブ楽園共和国探訪記」著・樋口聡(あきら) 批評社

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