キレイな桜が咲いてるが、明日でいいやと思っていると。
夜、眠っている間に強い風と雨で見ることは叶わないかもしれません。
・・・ま、そんな意味合いでしょうか。
『もし、私が知ってさえいたら』
これは「源 -ミナモト-」という、個人ブログで紹介されてた記事です。
「愛しているよ」といえる別の日がいつか必ずあるのだろう、僭越ながら、10年以上も前に考えていたことがあります。
「何か手伝いましょうか」と言える機会が
またきっとあるのだと思う。
しかし、万一、それが間違いだったら、あなたはどれほど
愛しているのかを伝えられるのは、今日しかないのだ。
そのことを決して忘れないようにしたい。
(どうして死は悲しいのだろう?)
別れの辛さだけでなく、立ち直る事が出来ないほどの深い悲しみ。
「その人との間になされるべきだった何かを終えていないから」
・・・というのが、とりあえずの答えでした。
笑顔で見送りたい、とまでは思いませんが。
『もし今日が自分の人生最後の日だとしたら』
こちらは読み始めると止まらない、「Gigazine」さんから。
アップル創設者スティーブ・ジョブズ氏が述べた有名な言葉、だそうです。
全翻訳文がリンク切れだったので詳しくは分かりませんが、こちらに載ってる「3つ目の、死に関するお話」。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」
「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」・・・侍です。
“生きることは、死ぬことと見つけたり”by13代目石川五右衛門
湯之盤銘曰、苟、日新、日日新、又日新
・・・と、中国は殷王朝の創始者の沐浴盤に刻まれていたそうです。
毎日の如く、
汝の心を完璧に新たにせよ。
それを幾たびも、
幾たびも、
そして永遠に反復せよ。と。
やはり大物の言うコトは違、いや一緒か。笑