2009年05月21日

トラバ雑想記13 思慮の深度計

まずは、例によって「らばQ」さんの記事から。
『ぶつけられた車に謝罪の手紙が添えられていた…その文面を見ての一言』
海外で、駐車スペースに停めていた車に謝罪の手紙が添えられていたという話です。
あなたの車にぶつけてへこませてしまってごめんなさい。隣に停めようとしただけで、ぶつけるつもりは全くなかったのです。本当なら自分の情報を残しておかないといけませんが、あなたは2つ分のスペースにまたがって駐車をしていて、そして私は単に1つ分のスペースに停めたかっただけので、情報は残さないでおきます。

へこんだ部分についている傷は、タオルに砂をつけて塗装を剥がすときに付いたものです。

ビーチは楽しいです。

次から傷とへこんだ部分を見るときには、2つ分のスペースにまたがって駐車しないよう思い返してください。

ごめんなさい。
この文面から察するに、スペース2台分を占領していた車に対して、
車体をへこませてから、更に塗装を擦り落として、
そのようにされてしまった理由を、遠まわしに諭している・・・って事ですよね?

またも海外サイトには愉快なコメントが書き込まれていた訳ですが、目を引いたのがこちらでした。
・これはわざとそう駐車していたのならわかるよ。僕は2つのスペースに駐車したことがあるが、それはその列の最後の車が2つのスペースにまたがっていたので、全員がそれに沿って2つにまたがるように止めなければいけなかった。そして駐車場に戻ってきたら他の車は全部去っていて、自分の車だけがぽつりと最悪のやつに見えたよ。
もしかしたら、このコメントのように仕方なく状況に従ったかもしれないんですよね。

確かに(なに考えてんだ!?)と憤ってしまう光景を目にしたりはしますし、ガツンと思い知らせてやりたくなる事もあります。
とはいえ、現実にそうはいかないからこそ、こういった記事にみんなで溜飲を下げてる訳なのですが。
しかし真相が(思慮が浅いのは自分の方だった!)なんて可能性も、実はあるんですよね?


次は日本国内の個人ブログ、
「14番目の焚火おやじ」
さんの記事にトラバッてみました。
『健康人にマスク』
ついに日本にも上陸した新型インフルエンザ‥当初は豚インフルエンザなどと呼ばれていたけれど、豚肉に関する風評被害を避けるためにも「豚‥」という呼び方をやめたのだとか。
これは知りませんでした。
ちなみに「豚‥」は、早くも一部の小学生の間で(体格のよい児童)を揶揄する呼び名に使われ始めているとも聞いていました。
基本的に言葉狩りのような流れには賛同しかねるのですが、この件は否定もできませんね。

で、本文は。
“是枝裕和監督が新聞に寄せた「マスコミに対する皮肉」”なコラムに絡めたものでした。
新型インフルエンザへの過剰反応に違和感を覚える人、やっぱり少なくはないんですよね。
僕みたいに(この国の病的な清潔依存が爆発している)とまでは、思わないにしても。

実は連休前に、こちらの記事のような「電車内で見かけた健康そうな親子のマスク姿(子供は未就学児)」を見かけたのです。
そして内心、ものすごーく苛々を感じてたのです。
たしかに急速に感染したり突然変異による劇症化の可能性は、なくはない。
けれど現状、その確率はゼロではないのか?
少なくとも、僕が見た時点では国内での感染者はゼロだったんですよ?

でもね。
その親子連れを、自分の想定したカテゴリーで捕らえてしまうと、見えなくなってしまう可能性の広さがあるんですよね。
ひょっとしたら、免疫性の疾患がある子どもにだけマスクをさせるのが忍びないといった理由かもしれない。
そういった確率の方は、限りなく低かったとしても、決してゼロではないものなぁ。

思考停止の罠は、常に自分の内にあると痛感したのでした。


5月13日付読売新聞朝刊『リポーターと「幼児性」ウィルス』是枝裕和
posted by tomsec at 00:03 | TrackBack(0) | トラバ雑想記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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