2005年05月20日

80*Womanity

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「Womanity」というのは、自作曲に付けた僕の造語なの。読んで字のごとく、ウーマン+ヒューマニティって意味ね。
 演奏時間10分のインスト曲で、未だに(これ以上の曲は作れない)って気がしてる。少なくとも、打ち込みではね。もう何年も前に作ったんだけど、以降は同じような打ち込み作業で曲は作ってないもんなぁ。
 やっぱり、満足しちゃった時点で終わりなんだろう。言い換えるなら、創作意欲というか(まだ表現し切れてない)っていう渇きのような部分が充たされちゃったんだね。唄モノに関しては、まだそこまで達してないけれど。
 それはともかく。女性性、というか広く一般に女性的とされるエネルギーについて。
 もう何十年も昔に発表された筒井康隆の小説で「主人公の女性が、神様から引き継ぎを任される」というような話があったのね。(それからというもの、世界は女性化し始めている…)といったオチでさ。さすがにウーマン・リブ運動よりは後に発表された作品ではあるけれどね、時たま思い出すんだよ。
 ニュー・エイジではアクエリアン革命とか、宗教では民間のマリア信仰、それに巷の癒しブームね。環境ホルモンでのメス化、電磁波の影響で男の子が生まれにくくなる…等々。この10年余りで見聞きした話題は、ますます世界が女性化してきてる感じで。
 それに「〜に優しい」なんてフレーズもそうだし、最近ではヒステリックなまでに感情的な事件報道とかもね。
 ひどく男性的だった、古い価値観からの揺り戻しが起きているのかもなぁ。たとえば解き放たれた女性的なエネルギーが、その勢いで歪んだ形に突出して不協和音を生んでいるんじゃないかって気がするのよ。
 だって愛は地球を救わないし、弱者救済というのも両刃の剣じゃない?…なぁーんて大きな声じゃあ言えないけどさ、そういう誰にも反論できない正論を振りかざすのもまた暴力的な匂いが感じられてね。
 こんな言い方だと、まるで環境保護や福祉拡充に反対してるみたいだけど。そうじゃなくて、なんというか、バランスの問題だと思うのよ。男尊女卑から下克上なんて方向じゃないじゃん、やっぱ調和でしょ? そんで、今は過渡期的な状況なのかなって。

 ところで、よく「大和撫子」と形容される(古き良き女性の理想像)ってのは、明治〜大正時代の西洋思想をもてはやす風潮から生まれた一種の輸入品だという説があるらしいのね。詳しくは知らないけど。
 つまり、近代に作られた「女性かくあるべし」といった幻想が、いつのまにか歴史認識っぽくすり替えられてしまって現代に至る…と。
 ちょっと面白いよね、僕らが(というより、僕らにとってのウルサ方が)抱いている民族的オリジナリティの一部が虚構に基づいていたって思うと。
 実際、江戸庶民は男女の身なりが逆転したような、優男と威勢の良い女が流行ったとか(これも詳しくないけれど)。

 まぁこれは勝手な想像で言うんだけどさー。男性優位社会ってのは、人類の長い歴史の中で西欧文明に偶然できた一瞬の産物じゃなかったのかなって。「もののけ姫」に出てくるタタラ場の女衆みたいにね、どんな民族社会でも女性が担う役割って小さくはなかった気がするんだよなぁ。
 だって男性の寿命は短いし、案外ストレスに弱いしさ。女性を抑圧してたというより、それぐらい手加減してもらってやっと男女エネルギーのバランスが取れてただけかもよ?

 余談ながら、僕は田嶋センセイって割と嫌いじゃないんだよな。この頃お見かけしないけど。

平成17年5月19日



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2005年05月11日

79*さらばスーパースター

 僕の格好はTシャツとかトレーナーが基本なので、ほとんどスニーカーしか履かない。で、素材的にはキャンバス地かナイロン。以前はレザー製のも気にせず履いたけど、夏場はムレるし高いからね。せいぜいスウェードかな。色は全部同色じゃなくて多少カラフルな感じで、買い替える度に配色を変えてる。
 服だったら、そりゃあもう着潰す感じなのね。ほつれ、穴あき、首回りや袖のリブ編みが擦り切れてるのも愛嬌だ。ジーパンなんかも縫っちゃうし。でもスニーカーだけは無理で、穴が開けば買い替えるしかない。
 という訳で、また買い替え時になって新しい靴を買って来たの。REDWINGのアイリッシュ・セッターに似た、安物のワークブーツと中古のニューバランス485。いつからか、スニーカーは2足ずつ買うようになったんだよね。別に同じものじゃなくてさ、要は交互に履くために。でないと洗う暇がないし、すぐダメになるでしょ。
 それまで履いていたのは、アディダスのスーパースターとVANSなのにボード系じゃないメッシュのスニーカーだったんだ。スーパースターといえば、一時期はナイキ・エアジョーダンみたいに誰もが履いてるのが厭でさ。でも数年前にヘンプ素材で売り出された、緑地に白い3本線のタイプを見た時には(これだ!)と思ったね。色落ちするってのもジーパンみたいで、意味もなくミンクオイル塗り込んだりして無駄な手入れも楽しかったりして。
 まぁそんな訳で、買う前から気に入っていただけに使用頻度も偏ってしまったのだろうな。同時に買ったVANSのほうは、まだソール・パターンも消えてないもんね。こっちはパトリックの二番煎じみたいな形で昔っぽいデザインなんだけど、やっぱスニーカーは5000円ぐらいで買えないと。
 パトリックにしてもオニヅカ復刻版にしても、あの値段は合点が行かないんだよなー。だからこの2銘柄を買う事はないだろう。実は今回のニューバランスも大抵が自分的相場より高いし、それに巷で無闇に履かれてるイメージがあって敬遠してた銘柄だったんだけどね。でも中古だから。
 古着屋に、よくスニーカーが置いてあったりするでしょ? ああいうスニーカー、別にデッドストックなんかじゃなくて構わないから一度は買ってみたかったんだよ。でもサイズが合った試しがなかったのよ、それが今回は珍しくピッタンコでさー。

 新しいスニーカーを履くと、あちこち出掛けたくなるんだよね。しかも最近はジーパンやらTシャツやら山ほど買ってるから、もう「超インドア志向」じゃいられません! ってな感じで。
 相変わらず休日は遅寝遅起きなんだけど、この(少しでも太陽の光を浴びたい)って感覚は久しぶりだよ。今までは(窓越しの陽気でもOK)なのにね、とにかく外に出たくなるの。
 今日なんか、もう夕方だったのに(陽差しが夏になってる)って分かった。
 なんというか光源に近付いた感じで…。雨曇りだった昨日の間に距離を詰めてきたのか?
 と、ここまでワープロに打ち込んで出掛けたらチャリでコケたんだよなー。近頃「ホッピング」とかいう、前後のタイヤを一緒に浮かせる方法を覚えてね。ちょっと得意になってピョンとやったら、カーブを曲がり切ってなくて車体が傾いてたんだわ…。
 いやー、息が出来なくなるほど体を打付けたのって何年ぶりだろ? 擦りむいたのもさー、なんか笑っちゃうけど童心に返ったみたいで楽しいの。でも腰の辺りが(骨盤ズレた?)って感じが一瞬して、そうなるとイマイチ若くないよねー。
 しかも爪が割れた、というか剥がれたりもしてて。思えば我が人生での初体験なんだけども(僕の知らない事ってまだまだあるんだろうなぁー)なんて、しみじみしちゃったのでした。って、別に「もう一丁こ〜い!」とか言う気はないけどね。

平成17年5月10日
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2005年05月03日

78*大人になりましょう

 僕は、広義での江戸っ子だ…というのは、江戸っ子の定義って色々あるからね。
 狭義では、たとえば「3代前から神田明神の氏子」とか。江戸時代の御城下って、そんなレベルだからね。そうなると浅草も柴又も深川も両国も除外だな、月島方面なんて人足寄場(?)だし。
 戸籍上では日本橋小伝馬町の生まれ、でも実際に育ったのは都電荒川線の沿線ですから。親父も疎開先で生まれ育って、戸籍上の住まいに戻る事はなかった。それなのに一端の江戸っ子気取りで、作務衣なんか着そうな勢いで参っちゃうよ。あれだけは着ないでって頼んでるもん、だってアレ系の年寄りにゃあ気負ってて面倒臭いのが多いからさー。
 まぁ、それは置いといて。「べらんめぇ」って啖呵言葉は、定説じゃあ「べらぼうめ」が訛った(というかスピーキングリダクション?)らしい。しかし我が親父の口癖「馬鹿野郎め」は「べぇろぅめぃ」に聞こえてさ、そのほうが限りなく「べらんめい」に近い気がするし辻褄あってると思うんだけどね。

 ところで、ずいぶん前に読んだ新聞の日本語を考察する記事の話。
 半濁音を使う人は、関東に多いんだそうで。第二音節に使う「ガ行」が、鼻にかかった鼻濁音になるとか。でも最近では人の移動や学校教育などのせいか、減ってきているらしい。で、その話を関西の友人にしてたら、僕も「鼻濁音になってる」と言われてね。ひょっとしたら、最後の鼻濁音世代なのかもなぁ…。
 それと、これも新聞で知ったんだけど「江戸しぐさ」っていうの。
 たとえば狭い道ですれ違う時に目礼したり、避けあって通るとかね。雨の日なら、お互いの傘が当たらないよう外側に傾けるとか。往来も激しく、せせこましい下町で無用の小競り合いを避ける知恵でもあったらしい。西洋でいえば敬礼や握手のように、互いに敵意がない証しを示す暗黙の了解だったのだろうね。
 それって一種の一般常識なのかと思ってた、でも教わったというより生活の中で身についた所作だったんだなぁ。今は目上の人でも滅多に出会わなくなったもんね、そういった大人の仕草には。不遜な態度の相手にも自然に体が動いちゃって、なんだか後から屈辱的な気分になったりしてさ。
 それでも時折、同じようにして誰かと行き交うと嬉しくなる。相手のスマートさを害さなかった、そう出来る自分で良かったと思うよ。別に江戸っ子を気取るつもりはないがね、そんな瞬間に僕は自分の生まれを誇らしく感じるんだ。
 やがて廃れる所作だとしてもね。

 僕は古いものを無条件に有り難がりはしないのね、懐古主義って楽だけど発展性がないというか。そりゃあ温故知新は結構、でも新旧の折衷品は手法として古いじゃん? どこかで聴いたような音楽、たとえばそういった雰囲気の小物とか安心感があるけど心は躍らないっていう感じの…。
 だからって、今更「アメリカで大流行!」でもないよなー。昔は売りやすい宣伝文句だったろうが、やっぱ「他所は他所、ウチはウチ」なんだよね。PL法が施行された辺りから日本も訴訟社会になってきた気がして、なんか一段と不毛になってきたと思う。
 そもそも、コミュニケーションの不在が当たり前になってるからねぇ。お店でも電車でも、みんな知り合い以外には能面みたいで。車内で「ちょっと通してもらえます?」とか、レジで「これ、お願いします」なんて言うと逆に目立っちゃうし。でも海外に行くと違ったりするんだよな…。
 大抵の事柄は、互いを思いやって話し合えば済む筈なのにね。それで解決できない事でもないのに、どこかで掛け違えていく。まぁ日本国内だけの話じゃないか、グローバリズムや個性尊重が取り払った垣根の跡に溝が残ってるのに、気づきもしないでギャップに捕らわれるような。

 いや、批判じゃないつもりよ? 誰かが変わるべきだなんざ、おこがましいって。変わるのは僕自身、ただ情報不足というか。まさか現状に迎合してく気はしないしねぇ…。

平成17年5月1日
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2005年04月26日

77*祝祭の日

 たとえば「スポーツ観戦が趣味」って聞くと、なんとなく(男の子っぽいな)って思うんだよね。でも実際それを趣味に挙げる人って聞かないけど、割と男性一般に共通してると思う。よく夕刊紙を買ってたり、毎晩その手のTV番組を見てたり。
 僕は全般的に興味ないので、よく初対面で(無難にスポーツの話題でも)なんて切り出す相手をシラケさせてしまうんだなー。話に合わせて相槌ぐらいは打つけど、自前のネタがないから間が持たないのね。
 でも小さい頃は父親に連れられて、神宮や後楽園球場でナイター観戦に行ってたんだよ。だからスポーツ観戦の雰囲気は嫌いじゃないんだ、Jリーグ・ブームの時期も何度か行ったし、会社帰りに東京ドームでWデート…なんてのも楽しかったもんなぁ。
 別にルールとか何勝してるかなんて知らなくても、スタジアムのLIVEな感じだけで盛り上がるんだよね。ただTVの前に座って中継を見る気はしないのよ、しかも何でもかんでもダイジェストで結果だけ見ても。

 第一印象で、僕は一見(お祭り野郎)みたく思われがちでさ。見た目だけは体育会系で、しかも口調が割と下町言葉なもんだから仕方ないんだけど。だが実は正反対、室内の一人遊びが大好き野郎なのだ。
 でもさ、人ってのは、相手が自分の受けた印象通りだと安心するんだよね。だから時々、ちょっと仲良くなってから(あ、こいつ見かけ倒し…?)って顔をされる事もある。
 それでって訳じゃないんだけど、たまに「外見そのままキャラ」を演じてるような自分がいるの。無理してなくても自然と(絵に描いたような江戸っ子)になっちゃってたりして。
 まぁ自分としては「ふたご座AB型とか特有の二面性」なんて程でもなくて、なんか引き出されるままの受け答えしてるだけってつもり…なんだけどね。特に仕事や何かで、別に友達付き合いするとか腹を割るような間柄にならない場合なんかに。
 もしかしたら、初めは意図的に演じてたのかな。でも今は気が付かないうちに切り替わるんで、そのテンション上がる感じを内心では(ここまでやったら落語の熊さん八っつぁんだな??)とか思ったりして、結構楽しんでる部分もあるんだよ。
 ところで、実は祭りが大の苦手でさ。何が厭かって、あの人込みね。とにかく大勢がギューギュー詰まってる状態はダメ、気が立ってきちゃうんだわ。特に大きな祭りになると、町じゅうピリピリしたオーラが充満してくるよね。…ま、好きな人は「そこが堪らない」んだろうけど。
 とはいえ、過密してると誰だって一種の興奮状態に陥っちゃうでしょ? 満員電車なんかでも、殺気立って寛容な気持ちじゃいられなくなるじゃん。そこへもってきて、祝祭の非日常な場だからねー。
 集団社会における祝祭儀礼は、どの世界でも「日常のルールからの解放」といった側面があるよね。それが祭りの本質だとしても(もはや現代の日本で「ハレとケ」なんて曖昧なのにねぇ)って思っちゃう。冷静な人間性が失われる、というか無礼講じみてくるのが許せなくなるんだよ…ってなるのもまた、祭りの空気に影響されてる?

 祝祭儀礼というと、とあるイベント的なキャンプの事を思い出すんだ。枯れ枝を集めて火を起こしたり、真夜中の山中を明かりなしで歩いたり、一言でいえばエコ・キャンプ(?)
 そこで、自分で鶏を絞めて食材にしたの。もちろん強制じゃなく、希望者だけね。敢えて僕は、選んだ鶏を日中ずっと可愛がってから殺したんだ。食べるという行為の裏にある、その経験を忘れないために。慣れてないし平気で出来る事じゃなくて、いざとなったら自分でも(ちょっと異常だな)って分かる精神状態になったよ。
「〇獄の黙示録」という映画のクライマックスで、原住民の祭りで牛の首を一刀両断するシーンがあるんだ。僕はもう、その祭りの真っ只中の気分で。鶏を絞めて血抜きして腑分けする間、祝祭の狂乱状態に自分を隔離してなければ耐えられなかったんだろうな。
 祭りって単なる日常の憂さ晴らしじゃなく、そういう厳粛さにも意味がある気がするんだよ。

平成17年4月14日
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2005年04月15日

76*パーソナリティ

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 ネクタイのセンス、これが分からないんだなぁ。
 洒落で作ってみたようなアート系の柄なんかはともかく、普通のネクタイね。趣味が良いとか野暮ったいとか、言われてみれば(確かになー)とは思うんだわ。だけど、いざ自分が手に取ってみたら区別が付かないんだろうなぁ…って。
 ま、身につける物のセンスって場数だよね。だけど、アクセサリーよりはネクタイ締めた回数のほうが多いのに、どうも分からないんだわ。とはいえ、アメカジっぽい格好が好きだからって「そっちのセンスなら自信あるの?」って問われても…ない訳ですが。
 初めて羽織った背広もネクタイも、親父のお下がりだったのよ。けど、その堅苦しさも(大人っぽさ)だと勘違いしてたっけ。文明開化の時代に舶来好みだった人達も、ひょっとしたら似たような気分だったのかも…なーんてね。

 ところで話は飛ぶけど、FMというのにはフォーマルな印象があるんだ。ま、他の放送メディアと比べたら、の話ね。一昔前の言い方をするなら、ハイ・ブロウな感じ。
 エスニックからハードコアから、ノイズ・ミュージックまでオンエアしてたんだよね。まぁ今じゃ想像できない感もあるけど、あらゆる音楽が流れてた。J〇WAVE以降、やたら喋りが多くなってヒットチャート専門に様変わりしちゃったからなぁ。
 実は最近、珍しくCDを買ったの。それもかつてFMの名番組だった「クロス〇ーバー・イレブン」を再現する企画盤。夜伽話の合間に音楽があるような、当時としても独特なスタイルだった。そして僕にとって、あの番組はFMの代名詞でもあったんだなって思う。
 聴き始めは、小学6年で東京から山口県に引っ越した頃。アニメっ子だった僕にとって、TVの民放が2つしかなかった上に再放送並みに古いアニメしか観られないのは「ショック??!」でさ。そんな訳で読書好きに拍車がかかり、ラジオを聴くようになったんだ。
 ジャズもハードロックも、僕にはFMから与えられたようなもんなのよ。夜更かしして、山の静けさが押し寄せてくるような空気の中でね。ちょうど、背伸びしたくなる年頃でもあったし。だけど部屋の壁は、びっしりアニメのポスターだらけだったりしてね。
 AM放送も、僕にブラック・ミュージックを教えてくれた。それは中学2年で東京に戻ってからで、FENを聴くと常に「ウーマン・ニーズ・ラブ」が流れてきてたんだ。英語のDJだからか、日本人の素っ頓狂な喋りみたく耳障りじゃなくてね。
 ちなみに、FENを知ったのは「ア〇リカン・グラフィティ」にも登場するDJのウルフマン・ジャックから。実際にラジオからウルフマン・ジャックの声が聞こえた時は、なんだか有名人に出くわしたような感動があったもんだ。

 自分の経験と想像だけで作文してると、どうも回顧調な言い回しに寄っちまうな。実際、J〇WAVE以前も「サウ〇ド・ストリート」みたくパーソナリティを看板にした番組はあった訳だし。ただ、選曲は個性的だったと思うよ。
 高校生ぐらいだったかなぁ、当時のハードコア・パンクで筆頭に挙げられるバンドの曲がかかったの。割と品の良い音楽を流すと思ってたFMでだから衝撃だったな、でも同時に、その音楽を別け隔てしない姿勢に共感もしたんだ。
 そして、その初めて耳にしたパンクの詞にも衝撃を受けたんだ。活字にすれば意味不明な「オレはぁ、アザラシー!」が、聴いていて凄く説得力があったのよ。読む事を前提に書かれた詩とは全然違う、歌われるための詞があるんだって知らなかったんだ。
 それはもちろん、ミチロウの声に負う部分が大きかったんだろうけど。ソウルが宿っていた、とでもいうか。だってあの歌詞を、たとえばカラオケで熱唱されてもねぇ…。
 歌う人間によっては、あれは「爆笑ソング」扱いじゃないのかなぁ。

平成17年4月14日

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2005年04月07日

75*意地悪(トゲとか毒)

 なぜ僕らの小学生時代は、給食の時間に牛乳を飲もうとすると笑わされていたのだろうなぁ? あるいは、笑わそうとしてたのか。
 そして更に分からないのは、どうして一気飲みしてたんだろう?…ま、今となっては答えが見つかる訳もないけれど。
 だけどさ、みんな習ったと思うんだけど「三角食べ」ってあったでしょ? 無意識の内に、未だにやってる時があるんだよね。あの当時も、そうやって一口づつチョビチョビ飲んでたら「鼻から牛乳??!」みたいなアクシデントは起こらなかった筈なのに…。

 そういえば、クラスには2種類の男子がいた。スカートめくりをする男子と、しない男子だ。僕は「しない派」だったけど、密かに「する派」への憧れを抱いていたな。
 女心は不思議なもので、なぜか「する派」のほうが女子受けが良かったんだよなぁー。とっても嫌がってるくせに、どういう訳だかモテる男子は決まって「する派」なのよ。そんなだから(イヤよイヤよも好きのうち)なんて発想になるんだよな、一種の共犯関係じゃねーか? とか思っちゃったりして。
 きっと(意地悪=自分に好意がある)とかって思考回路が埋め込まれてるんだな、じゃあ僕が受けた仕打ちの数々も…? いや違うな、違うに決まってる(笑)。

 大体において、女性ってのは一般的に誉められるより貶されたい傾向があるんだよね。違うと言われても、実際そうなんだから仕様がない。
 僕は良いと思ったら割とストレートに口に出してしまうんだけど、それより「おっまえバカじゃねぇーの?!」とか言われてるほうが、よっぽど嬉しそうでさ。変なの!
 自慢じゃないが、僕は「相手の良い所にピントが合う」ように出来ているのね。絶対じゃないにしろ、あんまり欠点が目に入らないというオメデタイ性格なのよ。でも、たとえば口説こうと思ってる時なんか、けなすというか低く見る態度に出るほうがノッてくる。
 つまり「モテモテの道を歩むには女を貶せ」ってコトだ。…おかしいでしょ? でも経験的に本当そうなの。
 これは別にナンパ的な状況だけじゃなくて、普通の会話にも当てはまるんだよ。魅力を感じた相手に、思った通りに喋っても受け流されるの。警戒してるのかもしんないけど、素直に受け止めればイイじゃん?! 勧誘トークじゃないんだからさー。
 多分みんな自分に自信がないとか、誉められる事に慣れてないんだろうね。ただ、こっちとしては不本意この上ないんだなぁ。だって、自分の思ってる事と逆に喋るんだもん。
 そういう偽りは無駄にエネルギーを消耗するし、変な優しさと同じくらい不毛な感じでね。まぁ盛り上がったほうが楽しいっちゃあ楽しいんだけど、ふと毒舌トークにくたびれたりもして。

 そうそう、男の考える優しさと女性の言うソレって微妙に違うでしょ?
 好かれたい一心で優しさ全開にしたりして、平気で踏み台にされたりってのも含めてね。そういうのって年齢と共に減ったけど、それが自分サイドの経験値が上がったせいなのか女性の精神的な成熟度によるのかは、分からないなぁ。
 もちろん、すべての女性を十把一からげに語ってる気はないのよ。
 ただ、対象として該当する女性が牛乳一気飲みしてたら…?

 鼻から噴くまで笑わせるね!

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2005年03月27日

74*髪型の自由と不自由2

 前回の続きになるけど、モヒカンにされても同じバイトをしていたのね。
 その頃は「いろんな町で、いろんな仕事」がモットー(?)だったから、どんなバイトでも続いて半年程度だったんだけど…。バイトが任される仕事って限度があるからさ、3カ月もあれば覚える事がなくなっちゃうんだよね。で、ルーティンになってくると飽きるし。
 だから、そのバイトは例外的に長く続いた仕事だった訳だ。仕事もそうだけど、上司(つまりモヒカンにした人)との関係が大きかったと思う。やっぱ人は人のために働く部分があるじゃない? お金のため、以上に。
 まぁそれはさておき、モヒカンの1年後にカツラを買ったのよ。なんでだろう…? 理由はなくて、単に安かったからだと思う。商店街のワゴンセールで、確か2千円だったんだよね。ワゴンにヅラ、というのも阿佐ケ谷らしいよなぁ。
 夏のプールは来場者も多く、毎日ハードだ。仲間内の連携と団結力を維持する名目で飲み会やったり、夜の街に海パン一丁で繰り出したりしてた訳よ。四駆で深夜の東京名所巡りして、雷門や都庁や青学前なんかで写真撮ったりしてね。ブーメラン水着で。
 意味なく買っちゃったヅラが、案外そんな特別な日に活躍したんだな。さすがに安いだけあってダサくてチャチなの、だから洒落で被ったりもしてた。遠方の大学で一人暮らしを始めた友人宅へ行く時なんか、車の助手席に乗せて信号待ちの度に被っては「こんばんわー!」って勢いよく脱いだりしてね。相手が女のコだと、絶叫されたりして。
 あと六本木の路上とか、渋谷ハチ公の上とかでも被ってたっけな。いつも夜中だったけどね(笑)。
 それから何年も過ぎて、すっかりヅラなんて忘れた頃に京都で多くの友人が出来てさ。その一人が上京してくるっていうんで、その時の東京組で出迎えに行ったのよ。新幹線のホームに現地集合、もちろん僕は久々にヅラで。
 そしたら、向こうのほうからアフロのヅラ被ってる男が来る訳よ。よく見たら東京組の一人じゃない、何も打ち合わせてないのにね?! お互いヅラ同士、指さして大笑いだった。しかも両者ともギター抱えてるし…。さすがに他のメンツは、ウケる以前に(どうしたの?!)って顔してたけど。
 結局その時の一人に貰われていって、以降はヅラと縁がない。金髪にもモヒカンにもしないで、風呂場に新聞紙敷いて電動バリカンというスタイルで早10年。自分で切ると言っても丸刈りだからね、大した手間でもないし思いついたら月曜でも夜中でも出来るのが楽でいいんだ。
 ただ、近頃はバリカンも卒業気分なのかな…。僕が、じゃなくて相方のほうがね。充電も効かないし、電源コードを繋いでも歯切れ悪くて。じゃあ伸してみるか、昔の〇リエモンみたいに…? いやいや、それは止めとくわ。買い替える方向で。
 でも安くないんだよな、ネット・オークションで捜してみるかと考えたものの、バリカンは新品じゃないとね。通販で買ってもいいなって思える中古品ってさ、そう多くないかも。古着とか好きだけど、あれも現物を触ってみないと厭だし。
 だけど「ネットで買い物」ってのは、やってみると思ってたより楽しいのね。それで買ったゲームの(もうちょっと悩んでから決めれば良かったかナ〜?)って、買うほど欲しくはなかった筈が思考停止してたのは微妙だけど。楽しいといっても、実際の買い物というよりUFOキャッチャーに近いかも。ダウンロードの快感、みたいな。
 お金はエネルギーだと思うから、溜め込むより流れているほうが良い気がするのよ。でも心にフィードバックする流れを選択しないとね、物だけ増えても涸れてくる気がして。そして、物は増えた分だけ減らさないと。
「部屋は空虚な場所だが、そこを埋めてしまうと、その分だけ動きが妨げられてしまう」
 そんなタオの言葉があったけど、それは比喩であって実際でもあるよなぁ。

平成17年3月26日
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2005年03月20日

73*髪形の自由と不自由

 僕が金髪にしたのは20歳のクリスマス、初ライブの店でのリベンジ3日前の事。
 まだその頃は長髪の兄チャンしか、髪の色を変えている奴は見かけなかったからなぁ。革ジャンとか着てるならまだしも、波乗り系のトレーナー着て長髪でもないのにプラチナ・ブロンドなのだ。ロックンローラーにも見えないし、かといって他のジャンルにも分けようがない人だったと思う。
 初ライブのほろ苦い思い出を持つ店に、別のコピバンで挑む機会が訪れた。しかも今度はギターだ、ほとんど客は10代の女性だし張り切ってメイクまでビジュアル系で弾きまくった。
 しかし女のコ全員、引きまくったね。自分のソロで最前列まで出ると「キャー!」って、後ずさってくの見て「十戒」かと思ったよ、あの海が割れる名シーンみたいでさ。
 店の人には「ウチが始まって以来の盛り上がり方」とまで言われ、リベンジには成功したけど女のコは誰ひとり近寄って来なかった。

 年が明けて成人式、でも…やたら浮いていた。地味なスーツなのに、背伸びしたがる連中の羽織袴より目立っていたらしい。けれども地元の知り合いは、みんな僕だとは気が付いてくれなかった。仲間内で(あいつヤバそうだから目を合わすな)とか言い合ってたとか、いないとか。
 初めてカラオケをしたのも、その時だった気がする。ボックスじゃなくて、飲み放題で順番に歌う店が出てきた時代だ。知らない連中同士が店中で盛り上がって、なかなか快感だったな。
 しばらくカラオケにハマッたが、コピバンの方は解散に向かっていた。せっかくオリジナルを採用してもらったけど、主導権を巡る駆け引きとかになってきたのだ。まぁよくある話だよね、一人で音楽やってるほうが気楽でいいや。

 金髪ってのは、維持してくのが面倒なのねー。伸ばしてみようかとも思ったけれど、ライブの予定も当面なくなったからなぁ。飽きたし夏だしで短髪に戻って、そしてモヒカンになった。いや、正確には罰ゲーム的に「された」のか。
 泳げるようになりたくてプールの監視員になったものの、そこは体育会系ノリで遅刻厳禁の世界。他の連中は皆近所で、僕だけ1時間かけて通っていたのだ。しかも学生じゃないから毎日で体力的にキツくてね…。
 それに当時はまだ(遅刻なんざ、その分の給料が引かれるだけ)としか思ってなかったし。そんな非体育会な僕は「3回遅刻したら坊主」なのに5回も遅刻して、それで会議の結果はモヒカン。そこの管理を任されていた人は元・美容師だったから、決定即実行と相成ってしまったのだ。
 みんな(コイツ、切られる前に逃げて辞めちゃうな)って顔してたから、敢えてモヒカンに。だけど最初から短髪だから、凸っと冴えない感じになっただけだったけど…。情けなさに、ちょっと泣いたね。帰りの電車も、ラッシュアワーなのに人が避けるし。
 その足で、地元の友人に会った。3日後に伊豆でキャンプをする計画だったから、隠す訳にもいかないし。しかも海でナンパは約束事だったから(違うか)。
 浅草海苔状態の頭を見た彼は虚脱してたが、それでも僕にとっての初キャンプは実行してもらえた。ただし「絶対に帽子は脱ぐな」という厳命付きで、だったが。んで一応は頭にバンダナ巻いて海水浴場に行くの、そんで「あっ、波が!」なんつってモヒ丸出しにしちゃってさ。友人的には気分最悪だったそうだ、そりゃあナンパは無理だしなぁ。
 タクシードライバーみたいなグラサンして、モヒカンにブーメランで、しかもエスニック系のネックレスをジャラジャラさせて…。でも横須賀を通過する時なんて、ヤンキー車が道を譲ってくれたりしてね。そういうのも、なんか得意というより複雑な心境だったけど。
 ところで監視員って水着は必ず競泳用なんだけど、割と簡単に抵抗ってなくなっちゃうもんなのよ。

平成17年1月27日
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2005年03月12日

72*L.A.からN.Y.へ

 僕の初ライブは,原宿のL.A.という店だった。高校卒業ライブという事で、中学の同級生から誘われたのが2月。僕はベースで、当時の人気バンドの曲をコピーした。よく覚えてないけど、20曲以上だったと思う。1カ月しかなかったのに。
 ベースを買ったのは中学時代で、コピーバンドを始めたのは高校生になってから。でも、いわゆるフュージョン系しか演らなかったのでピックで弾く事から覚えるようなものだった。ノルマのチケットを友人に買ってもらって、彼らの冷やかしとヤジに緊張しまくりで黙々と弾いたっけ。
 ステージでアガッちゃったのは、それが最後かもしれない。初舞台は中学のブラスバンドで経験済みだったけど、客席から名指しで呼ばれて嘲笑されるのは…最初で最後だと思いたいね。
 ま、それはともかく。そのL.A.という店は、地下でプールバーも経営していた。そう、プールバーとかショットバーなんてのが流行り出した頃だったのだ。
 来てくれた友人達は小粋なステージでも想像してたのか、演奏後の言われようは「金返せ」とか散々だった。実際に下手だった上に、店の音響スタッフがドラムにディレイ掛けてドドンパみたいだったしなぁ。
 相手が友人でも、ライブは無理に頼み込んで観てもらうもんじゃあないよなぁ。

 その頃、僕の住む町にもショットバーがあった。街道筋の、旧宿場町の商店街から外れた辺りに木の看板に手書きのメニューが出ていたのね。そんなの今じゃ珍しくもないが、当時は斬新に思えたのだ。
 で、狭い路地を入ると地味な店構えでねー、それがまた気に入ってさ。地元らしいっていうか、流行の先端とは無縁の外し加減が。テーブル1つに小さなカウンター、なぜかBGMはロシア民謡みたいなので、マスターの後ろ髪は常に寝癖ではねていた。
 それまでウィスキーが飲めなかった僕に、バーボンの味を教えてくれた。ウォッカにジン、ラムにテキーラ…。有名ホテルでバーテンダーをしてた割に、ちょっと気が小さそうなマスターの敷居が低いキャラも好きだった。
 高校を出て広告写真のスタジオで働き始めた僕は、手取りは少なくても学生バイトより自由に使える金が増えて、仕事帰りに足げく通うようになった。そしてある晩、親しくなったマスターが「店を畳む」と打ち明けてきた。確かに経営は厳しかったろう、僕が行くと先客がいた試しがなかったもんなぁ。
 ここを閉めてどうするのか訊くと「六本木でホットドック・スタンドを始めるつもりだ」と言う。これも今では普通に見かけるが、早くもミニバンでの移動式屋台を考えていたのだ。見かけによらず行動力があるというか、そういう発想の拡げ方に社会に出たばかりの僕は驚かされた。
 そして数カ月後、今度は僕が「仕事を辞める」と話した。
 先の当てなんてなかったけれど、結構な退職金が出るので思い切って海外に出ようかとも思ったりしていた。たかが1年ちょっとの青二才に50万だ。当然それには会社側の事情があるのだけど、ハタチなりたての僕が未来を夢見るのに充分すぎる金額だった。
 同僚と2人で「N.Y.に知り合いがいるから、屋台でアートっぽい土産物とか売ろうぜ」…そんな本気とも冗談ともつかない話をして、最後の1カ月は過ぎ去った。もちろん現実には、退職金を無為に食い潰すだけに終わってしまった訳だが。
 それから数年が経ち、僕は西麻布で働いていた。
 そして六本木で飲んだりする度、無意識にホットドック・スタンドを捜してはマスターを思い出していた。
 彼は夢を叶えただろうか?

平成17年1月27日
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2005年03月03日

71*それは理解

 これは「飛蚊症」という奴なのか、時々、小さな埃みたいな影が目の前を横切るのよ。見た感じ、どうやら眼球の裏側にある血管が映り込んでいるみたい。焦点を合わそうとすると逃げてくから、じっと見るのもコツが要るんだけど。
 この(見ないように見る)という物の見方は3D写真に似てるな、あれって交差法だか平行法だか色々あるそうだね。
 ぼんやり見ていると分かるのに、目を凝らすと見失ってしまう。それって何かを思いついた時にも時々あるなぁ。すんごいナイスなアイデアをひらめいて、それを具体的に考え始めると途端に消えちゃうの。
 曖昧なものは視界の外にある…ってか?

 ところで、この宇宙の成り立ちを分化論的に捉えると「クール=冴えてる」って言い回しは絶妙だね。ビッグバンの超高温高圧という状態の塊から冷えてゆく過程で、様々な元素が分かれ出て星になり、更に多種多様な物質へと枝分かれしていった…。
 人の心が、カッとなると全部が一緒くたになるっていう、その逆の仕組みだよね。分かるというのはクールな状態で、言葉というのは切り離す道具なんだ。「アレ」を共有するために、あるいは所有するために「コレ」と違う呼び方をするように。
 ちょっと前、巷では「右脳が偉い」みたく言われてたでしょ。しかしヘソ曲がりは(そうかぁ?)と、ハスに構えてしまうのね。別に右脳は右脳、それ以上でも以下でもない。

 昔読んだ「(スペース)コブラ」というマンガで、視覚と聴覚を入れ替えられてしまう場面があった。…と、いきなり何のコトやら意味不明な話で失敬!
 主人公が、悪役の魔術みたいなのに苦戦するのだ。耳から聞こえる物音や声が図形と色になり、目で見ている筈の物体が様々な音に変換されてしまう…。20年も昔にしては凄い発想だよね、今でも時々ふと思い出してしまう時がある。
 たとえば「脳は脳を知る事ができない」っていう言葉を聞いた時も。

 インターネット上のリンクと検索の機能って、僕が以前にイメージしてた脳内の構造と似てるのね。それは「考え」というのが(頭の中に散らばった情報を、検索条件で呼び出した組み合わせ)じゃないかって思ってたのよ。
 つまり大きな塊としてではなく、小さな記憶が一時的に集合した状態ね。で、検索の号令に呼応する小見出しというか合言葉みたいなのは、いわば招集領域でスタンバってる訳さ。視覚寄りの人間ならアイコンのように、聴覚寄りな人はフレーズみたいな感じで。
 その下に、個人の経験則からリンクの網が関連づけされてるの。つまり、誰かの気持ちとシンクロしても、至るまでの過程は同じ筈がないっていう事。同じ空を見ても同じには記憶されないし(関連付けや比較の仕方が違うから)、同じ歌を聴いても脳の処理は違う流れを辿るって。
 もちろん、そういう僕の想像通りに脳みその仕組みが出来てるって話じゃないよ。でも面白いと思わない? 同じ時間と空間にあっても、君と僕とは孤立した存在だ。共通のルールが、共通の認識で流通している訳じゃない。誰もが、目の前にいる誰とも重なり合わない。
 そんな僕や貴方だけで閉じている回路が、異なる他者を理解する事。その拡がり。まず個であるという認識があり、だからこそ面白がれるのだろうけど。

 しかし、そもそも「考える」という言葉を作った人は、一体どのように物事を理解していたんだろう? あるとき、僕は自分が常日頃「考える」ではなく「考え事をする」ばかりだったという事に気が付いたのね。僕は頭の中で自分の意見をまとめたり組み立てたりしていなかった…と。
 僕の場合、誰かと話すか書くかしないと考えられないのね。誰かに伝えようと言語化して、それを見聞きした時に初めて何かを理解しているんだ。喋ったり書いたりする瞬間まで思いも付かなかった言葉が勝手に飛び出してきて、それが僕を新しい理解へと押し上げてくれるのよ。
 心理学では、人は思考を視覚、聴覚あるいは他の感覚として保存しているものらしい。そして僕の場合は聴覚の比率が高いようで、伝える相手が目の前にいるほうが「クール」になる気がする。

 持論(つまりそれが結論でもある)を他人に押し付ける為に、他人の論理をつまずかせて持論を勝利に導く。それは話し合いとは言えないよね、予定調和のための段取りというか。分からない事柄を分かる事にもならない。
 自分で何が分からないのかを見つけだし、自力でそこを埋めてこそ「分かる」のであって、他の人の意見に誘導されるものであっては意味がないもんね。それじゃあ「分かった事にする」でしかないし。
 そして僕がすでに「分かっている」と思い込んでいる大半は、そのようにして自分自身の心に根付いていない「分かったような」曖昧さの積み重ねで出来ているんだなぁ。

 信じる事は簡単だ、しかし疑う事はもっと容易に出来る(盲信するのは別として)。疑う事と賛同しない事は、大したリスクを負わない、という点で似ているよね。
 どうして世の中は、信じないほうがリスクが小さく出来ているんだろう?

平成17年3月3日
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2005年02月15日

70*毒を制するルール

 腰痛で痛み止めを処方してもらった時の事。
 錠剤2錠に散薬1包、この粉のほうが胃の薬だった。痛み止めを飲むと胃が荒れるから、という訳だ。だから何だと思うかもしれないけど、僕には引っ掛かったのね。(腰痛の薬で胃を悪くする、それって何なの?)って。
 飲まないに越した事はない、しかし腰の痛みとは時に耐え難いものだ。体に良くない、そう分かってはいても早く楽になりたくなる。苦しみから逃れるため、新たな苦しみの種を蒔くとしても…。

 上流にダムを作らなければならない、とするよ。
 それで干潟が涸れるとしても、干潟の魚貝で生計を立ててる人に補償をしたり、適当な場所に人工干潟を造成するとかしてまでダムの必要性に固執する。なぜなら上流にダムを作りたい人にとっては、新たに発生する問題なんて眼中ないから。
 そしてダム作りは上流の子供だけで決めた事で、下流の子供は蚊帳の外なの。他人の損得まで考えてたら、自分達の旨みが減るってね。
 そういう物の考え方と、自分が自分の体にしてる事とは何か似てる気がする。上流の子も下流の子も自分自身なのにね、大事にしてるようで実は粗末に扱ってる。

 実際は、余計な薬を飲むのに抵抗があって、痛み止めだけ服用してたんだわ。僕は胃弱体質なのに、それでも胃薬なしで平気だったのよ。つまりこの胃薬は、ごく稀にいる極めて胃弱な人の為に処方されていたのだろう。なんという無駄!
 でもまぁ、自分が処方する側でも同じように胃薬は出すわな。それより気になったのは(腰痛を抑える副作用が胃に来て、それを抑えると次の副作用はどこに行くのか?)って事。痛みのタライ回し程度の話なのかねコレは?
 もしもそうやって痛みのツケを溜め込んだら、いつか体が思いがけない支払い方をするのだろうか。年金問題みたいに?
 ちょっと関係ない気もするけどさ、でもやっぱ似てると思うよ。貰わなきゃ損とかいう発想って、これからの世代の事なんて考えてないもんね。自分たちが本来負うべき責任と痛みを、子供や孫に押し付けようってんだから…。今の年寄りは昔の年寄りと違うじゃん、こういうのも戦争の後遺症なのかねぇ。
 大人として情けないよ、ここで一旦チャラにしてフェアな仕組みを残そうぜ? 年金制度の仕組みなんてさ、小学校の社会科で習った人口ピラミッドの知識で分かるじゃん。つまり最初から破綻するのが目に見えてたのに、土壇場まで放っておいて今更「払い損」なんて言わせないっての。

 ひょっとしたら、病気ってのは体の毒だしなのかもしれないなぁ。
 たとえば熱が出ても、最近じゃ医者も無闇に薬を使わない方向になってきてるんだってね。熱が出るのは、体が治ろうとする自然の作用だから。むしろ今までは、苦痛を回避する事が優先されていたんだよなぁ。患者が「痛い」と言えば、とりあえず痛み止めを処方しちゃうような。とりあえず、って居酒屋かっての。
 その半分は医者にとって責任回避のポーズで、残り半分は患者の「自己責任」不足だと思うんだ。大体(他人にどうにかしてもらって当然)なんて間違いでしょ、医者なんて単なるアドバイザーかインストラクターなのに崇め奉るし。シャーマンならともかく…。
 病気は心の悪循環から引き起こされるから、苦痛に共感する優しさで緩和されたりもするんだろうけどね。なーんて考えを根拠もないのに口にすると反感を買うかな、でもそんなの(何を信じるか)だけの話だからねぇ。
 アメリカの一部では、今も「神が7日間で世界を創成した」と信じられてるらしいよ。学校の授業で、そう学ぶ権利だかが認められてるとか? でも何を信じるかは自由なんだもん、科学とかデータを鵜呑みにするのも根本的には一緒なのよ。宗教と。
 僕にとってタバコ自体は害じゃないし、電磁波は有害なのね。結果がどうだと言われても、本当に確かだと信じられるのは、唯一(僕が思っている)という想いだけなんだから。正義とか悪を信じるのも、それぞれの自由だし。
 みんな自分のルールを持っている、その最大公約数が常識ってやつだろう。そいつもまた、よくよく見れば個々の幻想なんだけど。

平成17年2月10日
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2005年02月10日

69*昔ながらの

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 僕は案外と食べ物に執着しないほうだけど、なぜかラーメンだけは決まった店に行く。
 いわゆるコッテリ系で、20代の頃は週に一度は食べていた気がする。僕らが「道場」と呼んでいたスタジオの近くにあって、バンド練習の帰りに必ず寄っていたのだ。日本を1カ月位離れた時、このラーメンが風呂や和食よりも恋しかった。
 30代を過ぎてからは、月1ペースに落としている。食べ終わった直後は胃が重くなって、何だか具合が悪くなった感じがするし。だけど風邪を引いたと思ったら、真っ先に食べに行くのだ。
 割と人それぞれ自己流の、風邪の治し方ってあるんじゃないかなぁ。僕の場合、ここのミソネギチャーシュー(+おろしニンニク&豆板醤)が引き始めに効くのだ。さらに熱い風呂に浸かって、布団で大汗かいて寝れば治る。一種の民間信仰かもね。
 まぁそんな訳で、風邪薬の代わりに今年初ラーメンを食べに浅草まで出た。なに、チャリで15分だ。
 コンクリの床が油まみれになっているようなラーメン屋ってのは、どこも独自のやり方を持っているよね。口頭注文の後払いだったり、食券の先渡しだったりさ。言葉にしてみれば大した事じゃないけど、実際その店によって決まりが違うから、初めてだと戸惑ってしまうもんだ。
 その日は馴染みじゃない客が多かった様子で、ことごとく客と店員のやり取りがギクシャクしててね。ここの店員は(常連基準の客あしらいだな)って思ったんだ、決め事を分かってる前提で接客してるって。つまりファミレス応接の対極だな。
 でもラーメン屋の、店ごとのルールって(常連が作るんだなー)って気がしたのよ。店が最初から決めてるんじゃなく、馴染みの客が店の雰囲気を出してゆくのね。店員の無駄のない手順を磨いてるのは、大多数の客の動きなんだわ。だから、その手順を破綻させる客が来ると微妙に間が合わない。
 大抵のラーメン屋は「味で勝負」って感じで、売り物以外のサービスは省略傾向だからね。この店に関しては、接客サービスを向上させる方針に転換したような印象もあるけど。スープも万人受けする味になってきたし、お冷や&おしぼりもセルフじゃなくなったし。
 だからって悪い筈がないんだけど、何か詰まらなくなってきた感じがするんだ。とはいえ、僕は常連を気取るほど執着してないので。ただ、門外漢に丁寧すぎる過剰サービスって鼻に付くんだよなぁ。電車とかのアナウンスにしても、分からない人間に気を遣いすぎだよ。消費者の意見なんて、真に受けてたら「イワンのば〇」になっちゃうぜ?
 自分が他所者の立ち位置だと、そりゃあ便利だし楽だよ。でも方向性が違うと思う。

 ラーメン食って胃を重たくして、またちょっと具合悪くなってチャリで帰る途中(そういえばプラモ屋があったな)と思い出したの。で、久々に寄ってみたら「閉店につき特売」の貼り紙でさ。いつも婆さん2人が店番してたもんな、こんな日が来ると思ってはいたが…。
 ホコリと一緒に山積みだった棚が、あらかた売り切れて空っぽでさ。何も買わずに帰るのも気が引けて、ガンプラのカタログでも買おうと思ったら婆さんが「あげるよ、お金を払ったら忘れちゃうからね」って。
 これを見るたび、この店のオバチャンを思い出してくれれば…。なんて殊勝な事を言われて素直に貰ったが、僕は知っているんだ。客が帰ると、買おうが買うまいが婆2人で悪態付き合うのを。大体、非売品の販促カタログに値段なんてないじゃんか。
 きっと今頃「ナァニが『今までお世話になりました』だよ、たまに来たぐらいでサ!」ぐらいは平気な顔で言っているだろう、その元気があれば店を畳んでも長生きするわな。
 だけど、あの駄菓子屋みたいな店じゃないと、ガンプラ買う気になれないんだ。

平成17年2月10日
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2005年02月04日

68*買えなかった欲しい物

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 はや正月も過ぎ去り、今年も(お年玉を遣る機会がなかったナ)と思う。親戚や友人の子供にも会わなかったし、上の妹の子供にはまだ早い。僕の小父さん的人生は、まだこれからだ。
 僕が子供の時分は、焦れったい正月だったな。貰っても、3が日中は店が閉まってて。やっとオモチャ屋さんに行ったはいいが、欲しかった物を買うには足りなくてガッカリしたりね。そういう思い出も、最近では貴重かもしれない。正月だというのに開けている店の多いこと、有り難みがないっていうか。一年中、街の空気に変化がないのね。

 買えなかった欲しい物といえば、レッドウィングのアイリッシュセッターにフライトジャケットのMA−1。アメカジ全盛期に20そこそこだった僕にとって、それは勇気が要る買い物だったんだよ。何故あの頃に買わなかったのか?…なんて後悔はしてない、時期が来れば手にするだろうからね。
 もっともブーツの方は、今の僕には買えない額でもない。それでも少しためらっちゃうのは、きっとまだその時期じゃないせいなんだろう。MA−1は、ますます値上がりしちゃったから…。現行品と違って、すごくゴワゴワしていて重たいんだよねー。

 ところで中学の時、なぜか周りは僕以外みんなスタジャンを着てた。その時は欲しくなかったのよ、流行への反発とか子供っぽく見えるからって。でも大人になって、ふらりと寄った店で目にした途端、当時の僕が自分自身を欺いていた事に気付いたの。自分だって着たかったのに、もっともらしい理由つけて我慢してただけだったのね。
 で、僕はその店でスタジャンを買った訳。春先に売れ残ってた最後の1着で、上質で割安だった。もう冬物はしまい込む季節だったけどね、それでも僕は大いに満足で、袖を通すと中学生の自分に戻った気がしたなぁ。
 大人になった自分の内側で、当時の自分が喜んでいる…そんな感じが嬉しかった。

 話は変わるけど、何年か前からレトロ玩具の復刻品が目に付くようになったね。ソフビ人形とか超合金といった代物を買ってゆく人は、きっと僕にとってのスタジャンと同じ思い入れを持っているんだろう。
 しかしながら、なんで台湾の地方都市にまで出回っているんだ? その手の専門店(というか、正確には日本のアニメ&特撮のフィギュア全般を扱っていた)に日本でもマイナーで古い番組の商品が置かれているのを見て、首を傾げてしまった。
 ひょっとしたら台湾で何年か遅れて放映されたりして、それを懐かしいと感じる世代が多かったりするのか。でなけりゃ、それを知らない最近の世代にとっては逆に新鮮味があるのかもなぁ。
 これも今じゃ昔の話になるけどさ、一時期、古いアニメ&特撮のSFが如何に有り得ないかを書いた本が売れたんだよ。要するに、怪獣とかロボットのデータを真に受けて検証する内容の。
 僕も笑って読んだ側なんだけど、子供の世界に大人が干渉しちゃったような気もしないでもないなぁ。だって、そういう本が売れてから子供向け番組が不自由になっちゃった気がして。大人気ない検証に耐え得る程度には、破綻が減ってしまったような。
 でなけりゃ破天荒で荒唐無稽で奇想天外な世界が不人気なのかなぁ…。とか言って実際に観た訳じゃないんだけどね。
 沢山のルールや法則を意識して作られるSFより、古い作品のデタラメな世界には希望とかロマンがある気はするんだ。…なーんてさ、こういった話は何も今更なんだろう。僕が思いつく以前に、どこかできっと同じように気が付いた人がいる筈だから。
 僕にとっては新しい発見でも、他の誰かは過去に経験済みだったりね。まぁ所詮は人間の発想だから、類型化できない新しい何かなどないわな。
 でも、レッドウィングで始めて昔の子供番組で終わる話を書いた人はいないんじゃないかな?
…いたりして。

平成17年2月3日

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2005年01月27日

67*健康である事の傲慢さ

 僕が生まれる年に、エチオピアに国立公園を作ろうとしていた。C.W.ニ〇ルさんの目から見た、その現場をエッセイで読んだのね。
 岩盤に薄く積もったような地層だから、残された原生林を伐ってしまったら貴重な固有種も野生動物の生態系も二度と戻らない土地な訳よ。だからこそ国民の共有財産にしてゆこうとするんだけども、それには実際に暮らしている人達に必要性を分かってもらう事から始めなければならなかったそうだ。
 善良で心の暖かな人達ではあるが、貧しさから目先の利益しか見えなかったりする。あるいは「これが先祖代々から我々のやり方なのだ」と、現状を悪化させる事に無頓着なの。もちろん全員じゃないけど、多くの人達がね。
 それから37年が経った今、その計画がどうなったのかは脇に置こう。人の愚かさは、離れて見るほどよく分かる…っていう教訓だよなぁ。そして、ふと(もし同じような事が中国であったとしたら?)と思ったんだ。
 あるいは、すでにそれは現実化しつつあるのかもね。干上がった大河、進行する砂漠化など…一人々々の、善良な人の心ない振る舞いが数億人の規模で何を生むのか? あるいは、何を損なわせるのか。
 僕にとっての中国は、アメリカと大差ないのよ。どっちも自分の目で見てもいないで、イメージだけで言うんだけれど。大国主義って感じ? 文化として好きなところは多い、だけど政治的にはねェ。象の視点で蟻を踏み潰すようで。
 いわば「健康である事の傲慢さ」に似ている…そう思ったりして。

 痛みというのは、喉元過ぎれば忘れちゃうもんだよね。そして他者への共感というか想像力(同情とは違う)もリアルじゃなくなる。何もかも順調で上手くいっている時、それは往々にして陥りがちな傾向じゃないかな。
 いつか自分が挫折して絶望の淵に立ち、その感覚を分かち合えない人から平然と傷に触れられて。じゃなけりゃ眼中にないってな態度を取られた感じがしたりして、そんな時にかつての己の傲慢さを省みるんだよね。
 もちろん、ただ不満を訴え社会を非難するだけの人もいるだろうけどさ。
 どちらにせよ、そこにあるのは「失われた事で気付く何か」なような気がする。
 エチオピアの国立公園は、あと一歩のところで革命に消えたんだ。戦乱の後には一層の貧しさが拡がり、やがては復興の支えとなり資源ともなったろう(そこにしかないもの)は残らなかった訳だ。国立公園に反対していた、貧弱な大地から麦の最後の一粒まで絞り取ろうとする人間は結局、何かを得たのかな?
 それでも歴史は繰り返され、今も似たような(というか同根の)状況が進行してるんだよなぁ。それは文明の発達するパターンが、基本的には自然環境と共生できない流れだからなのかも。
 そういうパターンじゃなくても進展してゆく道はあって、そんな非西洋型に向かった文明は今もある筈。僕らとは異質すぎて見えないだけで…。

 養い切れないほどの国民を抱え、多少の無茶をしてでも経済大国を標榜する。国家の威信を賭けて、破綻する訳にはいかない…。先進国を目指す国なら、いつかは通る道なのかなって気がする。それはそれで、分かる気がするんだわ。
 ただ「健康である」というのは、その(無茶が利く)という思い込みにかかってるんじゃないかな。それはつまり(自分の体だけの問題だ)という考えで、だから周囲を意に介さない。
 でも無茶をする時の心境って、焦りとか意固地に突き動かされてるもんでね。そういった強引な執着心が、すでに「失われた後で気付く何か」を見失わせているっていう。
 もし仮に誰かが己の見失っている加減を教えてくれたとしても、そこで馬耳東風を決め込んじゃうのが「健康である事の傲慢さ」たる所以でもあるのだけど…。
 だからって弱者への大義名分なんぞ担ぎ出したら、それもまた筋が違うじゃん。

平成17年1月27日
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2005年01月17日

66*新年と苦手の話

 今年は、今頃になって年賀状の返事を出した。昨年も自分からは出さなかったと思うが、それでも返礼がこんなに遅れはしなかった。
 実は今年だって、7日には書き終えていたのだ。しかし「寒中見舞い」と書いてしまったので、仕方なく松の内が明けるまで投函を見合わせていたというお粗末…。つまり時節を気にして、書いた返事を10日も放っておいたのだから我ながら呆れる。
 でも、そういう季節感って大事にしたいよね?…って(まーた心ない言い訳をしてるナ)なんて思われそうだなぁ。それに実際、普通のポストカードを年賀状に使っといて季節感もないか。
 これでも数年前までは毎年、気合を入れて年賀状を描いてたのだ。出す人すべてに手描きで違う絵柄を考えていたので、それこそ松の内を過ぎても仕上がらない年もあった。大晦日の夜中に描き終わって、町中の友達に配達して回った年もあったな。
 特に子供の頃は絵を描くのが好きだったし、大人になってからは絵筆のタッチを忘れないようにと思って欠かした年はなかった。つまり、それだけ僕の身内が健康だっていう証拠でもあるんだなー。そう思うと、有り難さに(初詣で行かなきゃ)って気にもなる。
 そう、今年は未だに初詣でも済ませてないの。別に一人でだって構わないんだが、何だろうな…? なんだか気の抜けたような、良く言えば執着のない心境ですかねェ。
 すれば、旧正月を今年の始まりと思って仕切り直すかな。
「あけおめ、ことよろ!」
…って、なんか例年になく見かけたよなぁ。
 その伝でいうと「昨年中はお世話になりました、本年もご厚意の程を賜りたく…」なーんてのも「さくおせ、ほんごこたま!」ですか?
 こういうのって、気が抜けてるっていうよりも間が抜けてる感じがするんだけど。だからって使いたい人に文句があるんじゃなくて、僕にとって良い語感とは思えないっていうだけの話ね。
 これと似たような感じで、外来語のひらがな表記も苦手なんだよなぁー。
 このサイトが、ある日突然「とむず・せくしょん」になっちまったら、もう更新どころか自分を出入り禁止にするね。しかもパステルカラーとかで。とかいうのも趣味の問題だから、飽くまで僕個人の感じ方としてね。

 ところで、食べ物でいうとラッキョウだけは苦手。あの臭いと歯応え、この世で他に食料がなかったら水で飲み下すしかない。クセの強い食べ物って好き嫌いが分かれるのに、ラッキョウ嫌いの人って少ないのが不思議だよなぁ。
 あと昔は、くさやも食べられなかったな。今は、むしろ旨いと思う。でも食べる機会は滅多にないけどね。
 経堂の駅前を通ると、居酒屋の軒先から強烈な臭いがしてきて(客がくさやを注文したな)って一発で分かったものだ。それも17年前の話、さすがに今じゃないだろう。たまに小田急で通過すると、高架になった駅の雰囲気からして様変わりしてるのが分かる。
 場末ムード満点のビリヤード場も、多分なくなってしまったろう。開け放した窓から吹く夏の夜風、コーラの小瓶。朝まで4つ玉をしてた、あの仕事仲間は何をしてるんだろう? くさやを初めて食べた日は、翌朝まで口臭に残ってゲンナリしたっけ…。
 あの居酒屋が今も潰れずにいたって、いつまでも夜毎に悪臭漂う商店街じゃあるまい。
 次に食べたのは、真鶴キャンプでの罰ゲームだったな。
 あれ、旨いじゃん! と思ったのは更に後の事だったが、いつどこでだったのか思い出せない。

 そういや今年も、お節料理を食べなかった。御屠蘇も飲んでないけどさ、あの組み合わせってお供えっぽいと思わない?

平成17年1月16日
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2005年01月06日

65*風の匂い

 あだ名と名前の共通点ってさ、自分以外の誰かに付けらてしまう事だね。僕は友人から「トム」とか「アルト」とか「ジャン」とか呼ばれているけれど、未だに自分からあだ名で名乗る事には抵抗があるなぁ。
 自分の名前を自分で決めるのは悪くないアイデアだけど、そういやヘビメタ全盛期には割と初対面で「ジャッキーです」なんて名乗ってくる人がいたっけ…。やっぱ自分で付けた名前なら気恥ずかしくないのか、それとも実は内心(うわー言っちゃった!)って思ってたりしたのかな?
 気恥ずかしいといえば、作詞というのも一般的にはそういう事らしいね。作曲の話をしてたりして、よく言われるんだよなぁ。別に内面を吐露しなくたって良いのに「臭い台詞なんて書けない」とかって。
 だけど愛着かもしれないけどさ、自分の作った唄って(一番あってるのかも)って思う時があるんだ。他人の歌とか比較的に聴かなくなったし、カラオケに行きたいと思う事も減ったもん…っても自己陶酔じゃないよ! 人様に聴かせられる出来じゃなくても、自分の音楽のほうが和むって事。

 ところで最近、香水を1本捨てた。
 正確には、芳香剤の替わりにして部屋に置いてるんだけどね。トワレとコロンの中間だっけ? それだけ成分が濃いんだわ。買って4年ぐらい経ってるし、いかにも洋モノっぽい匂いに変わった気がしてね。
 甘い香水で、寝る時にちょこっと使うと寝付きが良かったんよ。外に出る時は別の種類と一緒に、付ける場所を分けて使ってた。たまにつける香水は気分転換の効果がある、いわば休日のリラックス用品で。
 学生の頃とか勤め人の時は、意気がったり格好付けで使ってた。それから長らく香水離れしてたんだけど、ある日ふいに(香水って良いな)って思ったんだよね。しばらくクサクサした気分が続いてて、そんな自分を変えたかったんだろう。
 ジュース1本に迷うようじゃ、動きも気持ちも小っこくなってくる。誰かから香ってきた匂いで、そんな状態に気付いたんだ。何かに気が付くって時は、すでにその枠組みから出てるんだよね。匂いが一瞬にして感覚を研いでくれた訳よ、アイスクリームのウェハースみたく。
 それで(香水にはBGMのような効果があるな)って思ってね、香水というよりCDを買うような感覚だったんだ。自分のテーマ曲というか、お気に入りのフレーズみたいなのをさ。…ま、衝動買いの言い訳ってヤツか。
 音が本当に鳴ってなくても、頭の中とか鼻唄で気分を変えたり盛り上げたりするでしょ? 浮かれた気持ちを落ち着かせたり、泣くに泣けない自分を慰めたりね。思い出の一曲、なんて大袈裟な話じゃないけどさ。でも行き詰まっていた時に、何気なく流れてた街頭の唄に背中を押してもらった事が何度かあるんだわ。
 音の力、言葉の力は偉大だね。周囲を変えようとして抗ってた、そんな自分を変えてくれる。それって自分自身で分かってたって出来ないのに、すうっと肩の力が抜けるような感じの力を与えてくれて。
 そこまでの匂いってのは、まだ知らない。でも同じような力があるって思うんだ、たとえば記憶を再現する匂いってあるじゃない? 子供の頃の、工場の臭いとか。商店街の揚げ物の、タクシーの真新しいシートの、古い病院の待合室の、スーパーカー消しゴムの…。嗅いだ瞬間、まるごと当時に戻るもんね。
 近頃、ふいに台湾の雑踏や屋台の匂いがしてさ。刹那くて恋しくなるんだ、戻れない過去じゃないのにね。だからって行けばまた、あの寂しい夜にあるのは孤独と自己嫌悪だったりするんだろうになぁ。そんなの最悪じゃんねー!
 その孤独を、今の自分が必要としてるのかなぁ…?

平成17年1月5日
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2004年12月29日

64*図書館にて

 先日、人違いをしちまった。職場で、事務系の女のコ同士を取り違えちゃって。
 顔も名前も全然違うのに「例の件ですが…」なーんて普通に話しかけて、相手が「?」って顔してても気付かないなんて重症だよなぁ。顔と名前を覚えるのが早い僕にとって、かなりショックだった。しかも女性だぜ、あり得ない…!
 そして翌日、今度は自分が間違えられた。
 図書館で係員に話しかけられてさ、こっちは何の事やらさっぱりよ。でも昨日の今日なんで、すぐ状況は飲み込めたのね。で、どんな人と間違えられたのかと思えば…この係員め無礼千万! っていうか、相手も憤慨するかもしんないけどね。もし知ってたら。
 まぁ確かに、遠目じゃ似たような背格好と色味の服を着てたと思えなくもない。きっと昨日の女のコ達も、僕の人違いに気付いたら同様の不快さを抱くのだろうなぁ。自己イメージは、常に他人の想像以上だって事か。
 それにしても、僕の世界は分かりやすい。

 最近は図書館通いしてるって程じゃないよ、でも借りれば返却に行くからね。すると当然また新しく借りる、これってコンビニ通いと似てる連鎖だな。そしてコンビニの習慣化しやすさは、ジャンクフードにも当てはまるよね。
 買い食いしなくても平気だったのに、一度そういう店に入っちゃうとハマるでしょ? まるでTVドラマを見始めてしまうと欠かさず毎週見てしまう、あれと同じ軽い中毒症状。やっぱ人間は、何かにとらわれてしまうんだなぁ。程度の差はあれ、誰もがオタク化してるのかも。
「人類は常に迷信の中を生きている」っていうのは言い得て妙だな、実際。ただそれは本来、人間の根本的な依存についての言葉なんだけど。古い時代の宗教、現代では科学(あるいは科学っぽさ)を根拠も疑いもなく盲信してるって事ね。
 つまり原子力の安全性もタバコの害も、権威づけされたデータを出されると信じちゃったり反論出来なくなるっていう状態よ。まるで心理学のUFOっていうやつだ、願望とか逃避とか。

 返却時にコピーを取ろうとしたら先客がいて、年寄りの男性二人だったのね。老人で、しかも車椅子付きだ。人任せに慣れているようで、一向に自分達で手を出さずスタッフを見てる訳よ。
 確かに慣れない機械の操作は億劫だろうけど、図書館の人も忙しいし付きっきりで面倒見られないわな。気の毒なのは彼らより罪悪感を募らせるスタッフでさ、僕は思わず「な、教えてやるからやってみな」と声を掛けたの。別に待ってても良かったんだけど。
 手伝うといっても用紙を指定しておけば、後は原本を乗せてボタンを押すだけだからね。98ケ所もコピーする気らしかったんで、彼ら自身で出来るようになるまで立ち会った後は先を譲ってもらった。やればできるんだよ、時間はかかっても。
 慣れない事を覚える、周囲のスピードに臆する、そういったプレッシャーから人任せになってしまうのは、分かるんだ。それは自分が、都会で車を運転する緊張感にも似てると思うから。
 僕がドライブ嫌いなのは、若葉マークの時から交通量の多い街中で、楽しいよりも散々なドライブばかり経験してきたせいだったんだよね。見晴らしのよい海沿いの一本道、軽トラの後ろに付いて走っていた時に気が付いたんだよ。どうして運転が苦痛だったのか、って。
 その年寄り二人組は、僕が新たな本を借りる前に消えていた。さすがに100枚近くコピーするのには、そこは相応しい場所じゃなかった。女性スタッフが「一台しかないコピー機を占有されると、後がつかえて他の利用客に迷惑だから」とか言ってるのは切れ切れに聞こていたから、おそらく別室でプレッシャーから解放されて好きにコピーしてるんだろう。
 今回は図書館ネタで押し通しちゃうけど、もう一つ。
 独り言を言う女のコがいたのね、よく地下鉄なんかで見かける「車内アナウンスを真似る男の子」みたいな感じの。だけど彼女が真似る口調ってば、非常に古い譬えで恐縮だけれど「ねるとん」風の吐息&媚び混じりの声でさー。
 TVでは聞き慣れている女性ナレーションね、でも現実で聞くと凄くシュールだわ。

平成16年12月18日
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2004年12月22日

63*年末のシンボル

 年末の風には、月日に疎い僕にも感じられる独特の慌ただしさがある。
 なんだかバタバタした空気に巻き込まれてると、ふと(誰かが言った大事な言葉を聞き逃してしまったんじゃないか?)というような寂寥感に捕らわれたりして。よく思い出せないんだけど、どさくさの中で有耶無耶にしちゃいけなかった何かがあった気がしてくるの。SI〇Nの「12月」という歌みたく、爽やかな後悔をする。
 ところで、職場の忘年会は「できればスーツで」という話だ。ホテルの宴会場だからか? しかし無い袖は触れぬ訳で、どう頑張ってもボタンダウンとチノパンにサイドゴアのブーツが関の山。僕はスニーカーとTシャツとトレーナーで事足りる、そういう世界なのだ。
 僕は常々、スーツという服装は日本の気候や風土にそぐわないと思っている。しかもスーツには革靴だ、これがまた非常にそぐわない。西欧ならいざ知らず、こんな湿気の多い土地だもの。いくら手入れを怠らなくても、梅雨時なんて靴底の革が悲惨な事になる。大枚はたいて2足も駄目にして、未だに捨てられずタンスの肥やしだ(泣)。

 そして年末と言えば大掃除。誰が言ったか「部屋の状態は、住む人の心の中を反映している」のだそうだ。部屋じゅうに物が溢れ散らかっているのは、その人が集中力を欠いていたり気が散っているからだと。
 逆に言えば、部屋が片付いてれば心も風通しが良い状態になるって事だ。そう考えると「シンプルライフ」という言葉も奥が深いね、シンプルな空間に健全な精神は宿る?
 そこから拡げて考えれば、パソコンというのも所有者の心の中を表しているように思えたりして。ソフトを無闇にインストールし過ぎたり、何がどこのフォルダにあるのか分からない状態になってくると動きが鈍るもんね。そこを解決せず無闇にキャパ拡張してしまえる、ってのも現実のメタファーっぽい。
 己の心を知る方法としての、部屋とパソコン。部屋の譬えでいうと中に自分が含まれている感じだけど、パソコンの譬えだと自分は俯瞰で箱庭を外側から覗き込んでるみたいだ。…なんて、どこかで聞いた「外側に見えるものは、すべて内側の反映である」というような言葉を思い出した。
 そうなると、自分の見てる全方位が己の暗喩って事になる。同じ景色を見ていても、僕と貴方じゃ違って見えてる、と。自分自身にしか見つけられない替わりに、答えは目の前に見出せるって訳だ。
 古代ハワイイのシャーマンは「額縁を後ろ向きに放り投げ、その落ちた場所や様子から未来を占った」だかいう話を、何かの本で読んだっけ。つまり肝心なのは、額縁でも後ろ向きに投げる事でもなく「読み取る力」にあるんだね。
 森羅万象すべては一つのものから生じたとするなら、自分の深層にある無意識から原初の記憶に到達できれば可能なのかもしれない。西の空に鳥が飛ぶ、雨上がりの虹が二つ重なる、知らない他人と何度も目があう…。意味などない、だけど何もかも自分に降り注ぐメッセージには違いないわな。
 主観や願望、あるいは憶測や策略でもない「起こりかけている流れ」を感じ取れるかどうか。結局は水晶玉や紋章やタロットなんかも説得力アップの小道具で、本当は下駄の表裏でだって分かっちゃうんだけど、おごそかでもっともらしいほうが有り難みが増すっていう人情? 要は他者からは理解不能の過程で得た答えの、見せ方でしかないような。
 実際、自分にとって生涯の一大事を、もしも鼻毛を抜いて簡単に言われてしまっちゃあ面白くないに決まってる。

 今年もまた「〇時だよ!全員集合」のコントみたく、どんでんが回るように終わってゆくのだろうな…。願わくば同様に、拍手と笑顔とフルオーケストラで…。

平成16年12月4日
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2004年12月15日

62*サンクチュアリ

 そういえば「パイナップル食べ放題!」なんていう日々があったなぁー。
 その後、妹は謎の乳液ローション作りを止めてしまったのだ。でも最近は栄養士の勉強を始めたらしく、おかずや洋菓子を作ってみては気前よく食わせてくれる。なかなか旨いんだけど、妹自身の舌には合わないようだ。
 言い訳するかのように「栄養のバランス良く作ると、旨いモンなんか出来ないのよ」なんてこぼしてるのを聞いて、かつてバイトしてた先の営業マンを思い出した。というか、彼の何気ない一言をね。
「体に良くない物ってさー、旨いんだよねー」
 当時の僕は健康志向を否定するでもなく、でもそんな世の流れに何かがズレてる感じを漠然と抱いていたのね。そんな言葉にならないもどかしさを、簡単に言い当てられた気がしたんだな。

 しばらく前の話だけど、やたら新商品に「海洋深層水」って謳い文句が並んだ時期があったでしょ。あの時、なんだか僕は引っ掛かりを覚えたんだ。んで、それを友人宛てのFAXに「それは、地球の脊髄液を抜いちゃってる気がする」って書いたの。今も時々、そのフレーズが脳裏をかすめる。
 深い海の、生き物がいないに等しい場所。そこに「豊富なミネラル」だか何だか、生き物に良さそうな栄養素をタップリ含んだ水がある。…うん、ロマンチックな話じゃないか。ただねェ、それが地球の骨髄液なのよ。人間で言うと、免疫系の大本がある場所か?
 それを飲み干しちゃった日にゃー、何も変わらず天下太平平穏無事なーんて筈ないんじゃあありませんか?! って思う。むしろ取り返しのつかない、根本的な地球の生命環境をかき回しちゃうんじゃない? って。それって「パソコンのプログラムが出来る人じゃないと弄っちゃいけないファイル」みたいなモンでしょうが。
 そういった「聖域」ってのは、地球上でも身近にあるんじゃないかな? たとえば(←これ口癖だね)、世界遺産に指定された途端に荒らされる原生林とか。メディアに取り上げらて、希少なウミガメやら動物の営巣地に人が押し寄せるような。色んな健康食が流行る時、それが人の作る物じゃなかったりする度に僕は(同じ行動パターンだ)って思っちゃう。

 最近は定着したせいなのか「癒し」って言葉を聞かなくなったけど、癒される時に自分しか見えなくなっちゃうのって危険だよなぁ。いっぱいいっぱいなんだから仕方ないとしても、そんな柔らかな収奪や搾取が美しく咲く花を絶滅させたら心穏やかじゃ済まされないような。
 間氷期、人間の祖先がベーリンジアを伝って新大陸に拡散していったのと同時に既存の動物種がほとんど全滅したんだってね。アメリカにも象やら虎の祖先なんかが沢山いたのに、一気に狩り尽くされていったらしいの。人間ってば、知能は進歩しても精神的には何十万年経っても一緒なんだろうねー。つくづく思うよ。
 とはいえ、健康食とか自然志向の風潮が良いとか悪いじゃなくてね、そこに僕は業の深さを感じるのでありました。

 時々さ、(体が欲しがってる)っていう感じがするんだよ。
 詳しい理屈は知らないが、実感としてリアルなのね。たとえば柑橘類なんかは、僕がタバコ呑みだってのが関係してるのか、かなりそうなる。他にも梅干しとか納豆とか、別に嫌いって訳じゃないけど普段あんまり食べない物が無性に食べたくなったりする時があるんだわ。
 僕は出来るだけ、そういう(体からのリクエスト)は叶えてあげるようにしてるのね。で、それを口に入れた時の満足さは(味覚が喜んでる)って感じがするんだ。他人に優しくしたような、ちょっと良い気分で。

平成16年10月20日ku62.jpg



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2004年12月08日

61*アート、人の作りし物

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 いわゆる「ネットコラム」ってあるでしょ?…って、これもそうか。
 いわゆるプロの文筆家は、今まで出版業とは切っても切れない間柄だったじゃない(多分これからも)。作品の出版を担当する編集者がいて、半ば共同作業で仕上げていた訳だよね。そんな名編集者との蜜月から生み出された作品を数え上げればきりがないけど、逆に言えば作品に干渉されまくってたんだよなぁ。
 以前、僕の知り合いが大手出版社にアポなしで原稿を持ち込んで本を出したのね。アポなしも持ち込みも普通あり得ないけど、彼女のバイタリティは常識の限界点を超越するから。んで買って読んでみたら妙な違和感があってさ、別人かよ?! って位。
 彼女は昔からニュースレターを発行してたから、独特の文章は良く知っているのよ。なのに読み易く整えられちゃって、本人から聞いたりした感じと一致しないんだよね。内容も(らしくない)感じで、どうも編集者のピントがズレてた気がして仕方ない。
 それはまぁ出版社の都合で、不特定多数に受けそうな体裁にしたかったって事だよな。題名も本人の告知と違ってたし、担当者は相当頑張って手を入れちゃったんだろうね。見栄えのする文じゃなかったかもしんないが、オリジナル原稿のほうが絶対に面白かったに違いないのにねぇ。勿体ない。
 売れそうな素材としての彼女の体験を、分かりやすく編集しなくちゃいられなかったんだろうね。そういうのって、音楽で言えばモータウンのような作り方だよな。それに限った話じゃないし、制作者の意図に合わせて作詞家や作曲家や演奏者や歌手をコントロールする手法は今でも珍しくないが。
 売れたミュージシャンがプロデューサー業に手を出す時も、そういうのって常套手段で使うよね。セルフ・プロデュースなんていっても、常に腕利きのエンジニアと組んでいるし(僕の敬愛するプリンスは例外だけど)。本でも音楽でも、ビジネスとなると作品をコントロールするのは本人よりも売り手の方針だ。

 で、ネットコラムの話。何をやっても売れるような大物文筆家でなくたって、今はインターネット上でなら編集者という他人に邪魔されず作品をコントロール出来るようになってきた、と。
 でもね、何にせよ「全部一人で」ってのは結構しんどいと思うのよ。悩み出すと出口のない八方塞がりになるから、結局は他人からの客観的な意見があったほうが楽だったりもするんだよね。そこら辺の案配が、ビジネスとしての難しさだったりして。

 ところで、アートの世界で「ファイン」と言えば商業主義に染まってない物を指すのね。量産の利く版画を中心とした絵画ビジネスが流行る昨今、ファインの潮流はあんまり元気がない感じ。ま、不景気だし。
 そういう商業経済を逆手に取ったのがポップアートで、いわば絵画におけるパンク・ムーブメントだったのかもしれないね。とすれば、村上某のアニメ・フィギュアをデフォルメしたような作品群とは? と考えると、そりゃ一言で片が付く話でもないわな。もっとも、そうだったら美術が抽象化する意味がない。
 僕は常々(抽象芸術には作者の社会に対する思想がある)と思ってきたのね、だけどコマーシャリズムと入れ子になってるような村上某の作品は理解出来ないままでいる訳。その構造がファインとしての革新なのか、単なるビジネスだからなのか? 実物を観れば、また何か感じられるのかもしれないんだが…。
 美術作品は、じかに見るに限るからな。フランシス・ベーコンなんて、本で観ただけじゃ衝撃は伝わってこなかった好例だもん。映画とビデオの関係と、ファインアートにおけるオリジナルと絵画本を同列に考えたら大間違いなのよ。実物は鑑賞者と直接の関係を持つし、その場には独特のコミュニケーションが生まれているから。
 今や具象画の範疇に入ってしまいそうだけど、モネって作家がいたでしょ? あの人の、印象派の語源となった「印象・日の出」を実際に観た時は凄かったよ。それまで美術関連の本で見てた時は意味不明だったのに、まさか絵を見て泣くなんて思わなかったもん。
 あの茫漠とした淡い色彩に畳み込まれているのは、ある朝モネ自身が体験した意識の覚醒だったの。たとえばニューエイジ本で書かれていそうな(言葉にできない一種の悟り)に近い感覚か…。それを彼は絵画という媒体に変換し、人間に「視界と思考が相関関係にある」という認識をもたらしたんだ。
 もし(それがどうした?)と思うんだったら、それは既にモネによって意識の枠組みが拡がった世界に生きてるからなんだよ。…って事が、言葉なしで僕自身の体験として分かった訳。って言われても全然ピンと来ないかもね。この感覚を伝える言葉自体、まだ存在してないのかもしれない。
 それに実際、言葉は常に発言者を裏切るものだから。

平成16年11月3日

posted by tomsec at 01:19 | TrackBack(0) | 空想百景(ALL) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする