2004年11月29日

60*当たり前の事

 また図書館の話です。「チーズバーガーズ」という本を借りたのね。B.グリーンというコラムニストの。
 あれは10年以上も昔なんだなー、人生で最初で最後の原書体験。原書で読むってのに憧れてね、買った唯一のペーパーバックがこの本だったのよ。タイトルからして堅そうじゃないし、同じ棚には英訳「窓際のトッ〇ちゃん」なんてのがあったから。
 しかし知らない熟語とか言い回しが多すぎたんだ、何とか最初のコラムを訳してお蔵入り。だって一行目から辞書と首っぴきだもの、そりゃもう読書になってないって! だから今回、日本語版を借りて初めて内容が分かったのよ。
 かつて訳したコラムは、読んでいて当時を思い出したね。それは「パーティ・ライン」という題名で、日本語版では「電話でパーティ」とされてたの。もうここから間違ってた! 僕は、これを(気軽な集まりでの気の利いた台詞)などと勝手に解釈しちゃってたのだ。タイトルで誤訳してたら、中身が辻褄あわないのも当然だわ。
 この本には作者が36歳の時に書かれたコラムが収められていて、日本語訳の初版は1986年。約20年前に書かれたコラムなのに古臭くないし、同じ36歳になった僕の文章とは比べ物にならない…。嗚呼!
 ま、それはもう仕方ないとして。
 コラムといっても、ちょっとした短編映画を観ているようなの。一昔前のハリウッドにも、こういった淡々とした映画があったんじゃないかな。そうだな、思いつくところじゃ「カントリー」なんかもそうだ。邦題は「アイオワの大地に」だったかな? ウィ〇ダムヒルが音楽を担当してて、確か'86年頃に観た覚えがある。
 ジャンル的には社会派かな、クライマックスで農家が一致団結してたもんなぁ。高校生の僕には、まだ遠い世界すぎて印象が薄かったけど。そういえば日本では散々なブ〇シュさんを支持してるのも、こういう温厚実直に暮らしてる人々なんだよねー。
 思うのだけど、世界中の9割方は温厚実直といえる人々なのではないかな? そして残り1割の中の、更に9割は(良くない事をしているなー)って思って暮らしてる…。つまり本当にどうしようもない悪党がいるとしても、全体の1%未満じゃないかって気がするの。根拠はないけど。
 これは一つの考えで、一般的には(比率が逆だろ?)と思うのかもね。実際「悪貨は良貨を駆逐する」とも言うし、悪い影響ほど早く深く広がるものだ。そういう大人が1人いれば、それ見た子供はみんな真似するからね。信号無視する人がいると十中八九、そこにいる子供は目で追うんだよ。
 先日、却って新鮮に感じるくらい久々に「近頃の若い人は…」っていう決まり文句を耳にしたのね。それが狭い歩道を塞ぐように立ち話してる、老齢のご婦人方で。こういう光景って当たり前に見るんだけどさぁ、なーんか善悪の縮図? そんな感じがしたな。泥仕合、というか立ち位置の違い。
 温厚実直な9割がたの人々が気付かないでやってる良くない事、そんなの言うだけ詮無いとはいえ「1発の右ストレートよりも、10発のボディーブローのほうが致命的」だったりしないかなぁって。

 ボクシングで伝説となったアリという男性、彼の講演旅行に同行したエピソードは興味深かった(…あ、また先程のコラム本ね)。
 物静かで、神について話し、祈る王者。どこに行っても人々は彼を見逃さないの、もうサインとか握手とか色々と求めてくる訳。その描写で段々と飲み込めてくるのよ、なぜ彼は周囲に人が多ければ多いほど無感覚状態に入っていったのか。
 浴びたパンチの数よりも(絶え間無い注目と一方的な接触)が彼を変えたのだと、コラムニストは書いてるのね。アリの目線で眺める世界って、僕には地獄だわ。彼の日々は己を捧げ出す苦行のようで、チャンプってだけで務まるもんじゃないよ。人々が抱え込んだ憧れや妬みを一方的に投影され、拒まないのは。
 やっぱり自分は(何かの象徴)にだけはなりたくないね。そして誰の事も、そんなふうに扱わないようにしないと。…とか言いつつ、前述の(道を塞いで愚痴る老婦人)に「善悪の縮図」を見たりしてますが。
 先日、こんな投書が新聞に載っていたんだ。地震の被災地を天皇が訪問し、ひざをついて被災者に話しかけるその様子を携帯で写真に撮っている人達がいたとか。そりゃあ天皇陛下が至近距離に存在するんだもん、撮りたい動機も分かる気がする。だけど舞台で浴びる注目とは違う、それはアリが耐えたのと同質の暴力だ。
 そんな光景、今や珍しくないよね? いつの間にか当たり前になりかけているけど、自分が同じ目に遭わないと分からないんだろうな。いや案外、やられたって平気なのかもね。あの注目というか凝視、僕は気持ち悪いんだけど。そりゃあ別に痛くも痒くもないさ、でも…堪えるね。あの、携帯のレンズを向ける人の表情。
 つまり良くない事、10発のボディブローってのはこういうコトなのさ。
 でもきっと9割がた(はぁ?)って思われるんだろうね、それこそが僕の言いたかった事なんだけど。

平成16年11月19日
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2004年11月25日

59*旅の終わり

 久しぶりに図書館に行ったのです。で、誰かが言った「本屋は森だ」っていう言葉は(なかなか言い得て妙だわ)って感じたね。やっぱり人間の感覚として、素材から受ける印象なり影響なりって関係してるのかな。
 本の持つ質感、インクの感じ…。本は結晶化した知識というか、知のアイコンなんだ。画面の上で一時的に映し出す、そういった情報とは質が違う。それは読むだけじゃなく、書く事にも言えるよなぁ。キーを叩いて文を作っていると、紙に書いていた頃とは微妙なズレが感じられる。
 たとえば手紙とメールだと、僕には手紙の方がリアルなのね。メールって全体が俯瞰できないし、手書きじゃなくても紙そのものに感じられる何かが欠けてるというか。頭の中でモヤモヤしてた何かを言葉に換える、その着地点にギャップがあるというか。本にあって画面上には足りない、話し言葉と書き言葉くらいの違いが。
 もし本当にペーパーレス社会が現実化したなら、そこに生きる人々と今までの世界は根本的な理解の断絶が生まれるのではないかと思ったりする。というと大袈裟だけどさ、顔も知らないメル友っていう感じ? 慣れの問題かもしれないけどさ。

 そうそう、ようやく最近になって(パソコンで検索する)というのを覚えたのよ。そこで何か芋づる式に、田〇ランディという作家に対する非好意的なサイトに辿り着いた訳。彼女のコラムは好きなのね、でも小説は読む気が起こらなくて。そこに飛び交う誹謗中傷が的を得ているのか外しているのか、というか個人に関する便所の落書きなんだけど。
 ただ「ある状態の人々から熱狂的に支持されているだけ」というような意見があって、その譬えが久々に行った図書館で急によみがえってきたんだよね。

 一時期、この図書館を攻略するよな勢いで色々と読み漁っていたっけ。その頃に借りた「荒野へ」は、表紙のモノクロ写真が印象的だったな。無人のアラスカ山脈、雪に埋もれたマイクロバスの中で見つかった死体。将来を約束された境遇だった青年の、死に至る足取りを辿るノンフィクション。
 その孤独な死は新聞の片隅に載り、やはり一般的には「世間知らずの青二才が…」と受け止められたらしい。まぁ結局は理想主義の未熟者だったと、そうだったとしても僕は今も時々、ふと思い出すんだ。最近では、異国で捕らわれた若者のニュースでも。
 そりゃあ身勝手で不快にさせる生き方だったのかもしれないし、もう年末特番の「今年の十大ニュース」で思い出すのが関の山か? 確かにそうなんだろうけど…。
 人って本来、小さな選択ミスで死に至るものなのだ。それは都市生活でも変わらないが、無自覚のまま過ごしていられるだけで。
 遠く離れた出来事に、なぜか僕は(彼は自分だったかもしれない)というような気持ちになってしまう。
 荒野で死んだ彼は、致命的な間違いを除けば上手くやっていたそうだ。異国で殺された彼だって、後付けの非難で結論付けるのは簡単な事だ。辺境でクマに襲われたり、地雷を踏んで死んだ写真家達と何が違うんだろう? 政治的に利用されたとか、そんなの命には関係ないのにね。
 この社会ってのはさ、割と(人は誰でも過ちを犯す)というのを許さないように出来ている気がするんだ。結果主義って土俵の上で、立派な大人の仲間入りをする人は大抵が一度は鼻っ柱を折られてるんじゃないかなぁ。人によっては、逆転負けとか落選だったりというカタチで。
 マホメットは知らないが、キリストも釈迦も辺境に行ったそうだ。色々な部族の社会には、通過儀礼とかクエストがあるという。そういうのって、本質的な旅だと思うのね。多分どんな社会でもそれぞれのクエストを経て、納得ずくで戻ってきて大人の役割を果たすたのだと思う。
 旅の終わりは、決めていなくても時が来れば自然に分かる。(あ、戻ろう)という瞬間より先に命を落とす事もあるし、逆に(ここが自分の居場所だ)と見つけてしまったりもするだろう。
 旅を終えた人が、その過程で(自分には選択ミスなどなかった)と考えはしないと思いたい。ほとんど命取りな失敗にも気付かずに帰還したからって、その手の旅は必ず誰かが支えてくれた瞬間があった筈なのだから。
 
 D.クープランドの「ライフアフターゴッド」という小説は、あの頃の僕にとっては間違いなく衝撃的だったんだよ。なのに改めて手に取ってみて、あまりの退屈さに愕然としちゃったんだわ。
 あの劇的な癒しは何だったの…?! なんだか騙されてたような、美しい夢から醒めた時のセンチメンタルさ。今となっては見当も付かないが、すべての文章が胸に沁みたのに。この本も「ある状態の人々から熱狂的に支持されているだけ」だったのかもなぁ、だとしたら僕は「ある状態」だった訳か。
 ものは考えようだけどさ、たとえば(様々な「ある状態」の心にだけ呼応して、そこに書かれている本質を表す)という魔法みたいな本があるとして、そんなのが澄ました顔して図書館に並んでいるんだよ。僕はね、そう思うと愉快になる。今は何も語らなくても…。
 そう考えてみると(僕の生きてる世界もまた物語なんだ)と思えたりして。
 うん、悪くないじゃないか。そんな気がして笑える今の僕、めでたい事だ。

平成16年11月19日

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2004年11月15日

58*ギターorピアノ

 久しぶりに、自分が昔作った唄を聴いている。しばらく曲作りから遠ざかっているせいか、割と客観的に聞けた。
 仕上げの粗さは相変わらずの事、何をやっても作り込みが甘いのが身上なので。絵にしても縫い物にしても、どこか(オレがチョチョイとやってみた)という感じを残したくてね。
 しかし、それにしても(こんな曲がホイホイとまぁよく出てきてたものだ)と我ながら感心したわ。今の自分には、こんなに次から次へと色々な着想が浮かんでこないし。あと温度差ね、こんな事やる熱があった自分もいたのかーって。

 大体は、詞のノート見ながらギター片手に鼻歌で作ってるのね。でも一時期はDR−5という、ギタリスト向けに作られた安価なシーケンサーみたいな機械に音を打ち込んでいたんだよ。そいつ一台で、スコアが起こせなくてもオーケストラっぽい曲だって作ろうと思えば出来ちまうてんだから利口な機械だ。僕的には名機と思うが後継機種も出ずに、今じゃ中古の相場は1万円台ってとこか。
 それはともかく、僕は(作曲なんて誰だって出来る)と思っている訳。みんな思い付きみたく鼻歌が出てくる時ってあるじゃん? それを形にしようって気がないか、手段を知らないだけなんだろうって。
 僕の場合は始めに、心に浮かんだ音のタマゴをギターを使って現実の音階に置き換える。ついでに時間と情熱次第で、それにリズムを付けたり楽器毎に音を振り分けたりして録音してゆくのね。
 唄を作る時は先に詞があって、コードが決まると同時にメロディが浮かんでくる事が多いなぁ。それから色々なリズムを試していく過程で、ベースラインの骨組みができる。やってるうちにベースラインが変わってゆくのは珍しくないし、いきなりフレーズが生まれる事もあるけど。
 まぁつまり内側から外側に音を変換する媒体はギターなんだけど、替わりにDR−5を使うとギターと違った感じの曲に仕上がるから面白い。どう違うかっていうと、ピアノで作った曲みたいな気がするんだよね。

 音楽って、大半がギターかピアノで生まれてくるように思う。というか、作曲者がギター弾きかピアノ弾きかって見当がつく場合が多いのよ。
 ギターはメロディと伴奏を同時にこなすのが難しい楽器だから、どうしても唄声に対する伴奏になりがちでさ。小節毎に和音が鳴るような、印象として整然とした音のカタマリが続いてく感じなの。これがピアノ弾きの発想と大きく違うところだと思う。
 ピアノ弾きは、ギターの仕事を左手だけでやっているのね。そんで空いてる右手で和音の足し引きをして、お手玉みたく両手に分散させてコード感を組み立ててる感じ。だからピアノ弾きの作る曲は、僕の耳には曖昧に流れてゆく和音で特定しにくく聞こえるの。
 そう、考えてみればギター弾きの唄を聴いてると分析してるかも。どっかで無意識にコード進行を比べたり参考にして、自分の曲作りを気にしちゃってて純粋に楽しめてないような…? だからかな、案外ピアノ音楽って好きなんだ。鍵盤の響きも好きだし、ギターじゃ出来ないボイシング(和音の展開)とかも新鮮で。
 ピアノは一種の神秘かもなぁー、自分が弾けないからかもしんないけど。

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2004年11月04日

57*ベースの自由

 道具という物は、目的が同じでも性能の優劣と個性がある。昔は単に(値の張る道具=素材や加工に希少性がある)程度に思ってたけど、実際に高級な楽器を触ってみて初めて分かったんだ。良い楽器は、ちゃんと上手になった気にさせてくれる。
エレキベースを、半永久的に預かった。といっても、あるベース弾きから「もう弾かないが手放すのは惜しい品だから、是非とも弾いてやってほしい」と頼まれたのだ。決して阿漕な理由じゃない。
 さすがにクラシックの楽器とは桁が違うにしろ、ウン十万円の特注品だ。今まで自分が所有したベースに比べれば5〜10倍もする…というか演奏歴20年強で2〜3万の楽器しか知らないんだから、技術的に大した事ないのは想像に難くない筈。それでも託されてしまうのだから、文字通り有り難い話だよなー。
 確かに素材や加工の違いもあるだろう、しかしやっぱ弾き易さが段違いに良いのね。格好つけて言えば「潜在的プレイアビリティを引き出してくれる」という訳だ、そいつが真の実力って奴なのかは置いといて。
 んで改めて、14の時に中古で1万2千円したベースを弾いてみた。これが頑張っても悲しいまでに情けない音しか出ない…。こりゃもう「サヨナラ昔の自分!」って位の気持ちになっちゃうよ、まぁ安物なりに個性があるんで大事にするけどさ(改造してるし)。

 ところで僕はギターも弾くし、中学時代は管楽器も吹いていた。だけど音楽をベースラインで聴いてしまうのは、ベース弾きの習性かもしれない。他の楽器を演奏する人も似たような癖があるのかな? でもピアノやギターはメロディに対して和音的な弾き方が多くなるし、案外そうでもないのかもな。
 和音楽器と違って、ベースが一度に鳴らすのは一つの音だけだ。そこがベースの裏メロ的な面白さで、かなり好き勝手に色合いを添える事が出来る。といっても仮に和音から外れた音を混ぜ込むには、曲の階調を踏まえてないと台なしにする危険があるけど。
 そしてベースは、ドラムと一緒に「リズム隊」なんて呼ばれたりするような役割もあるのね。つまり打楽器的なポジションで、リズムに抑揚を付けるのもベースの隠し味な訳よ。そうやって和音とリズムを調整する(どの音をどのタイミングで鳴らすのか)という案配の、さじ加減次第で同じ曲でも印象が違ってしまう。
 予定調和に外しを加え、一発で全体のニュアンスを変える…。案外、ベース弾きからプロデューサーになる人が多いのも分かる気がするね。バンドとして外から見ると、派手さでアピールする面はないに等しいから(パシリの立ち位置)に見えるかもしんないけど。

 ベースを始めるのは簡単だ、単調に音を鳴らしていても格好がつく。段々と手数が増やせるようになると、小洒落た技を並べ立てる自己満足の罠に陥ったりもする。だけどタイトなベースラインに目覚めると、そこには侘び寂とか禅に通じるような減数美的境地が待っているんだな。そして最初に覚えた単調かつダサいフレーズが(これを思いついた奴ぁ凄いな!)なーんて感じたりして。
 ただ、いかんせん僕にはリズム感が欠けているようだ。プレイするのが楽しくて堪らない時は大抵ズレてるし、リズムに対して正確に弾こうとすると疲れてしまう。そこで基礎練習だ!…といきたいが、それをしない僕は気持ちの良さを優先して弾いている。別に巧くならなくても、それも味だという事で。
 ベースって自由で楽しいなぁ、そう思わない?

平成16年11月3日

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2004年10月24日

56*ロックンロール

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 寒くなってきて、ついバーボンを買ってしまった。バラが4つの、グリーンラベルのほう。何年ぶりかな? 酒瓶を横に置いて、布団でゴロゴロする夜は…。
 僕は元々、外より部屋で飲む方が多いのだ。電車の心配も要らないし、すぐ横になれるもんね。大抵オンザロックなんだけど、今回は珍しくストレートで飲んでたのよ。グラスは手元にあって、氷を取りに行くのが億劫でさ。冷えてないからチビリチビリとね、これが良い感じだったんだわ。高い酒じゃないんだよ、でも味わい深いというか。
 大体、酒の味って不思議じゃない? 苦いような辛いような、舌先を焼くような香ばしさ。口に含むたび、匂いなのか味なのか判別つかない芳醇な感覚に意識が向くのね。これ、何かで割って飲んでた時には気付かなかったなぁ。
 バーボンは、音楽が聴きたくなる酒だ。特に、ジャズとかハードロックを(R&Bとかブラックミュージック全般も範囲内だけど)。そうなると、つい聴き馴れた古い物を選んじゃうんだよねー。最近、新しいのって全然だし。
 なんだか長いこと、巷ではパンク系が流行っている様子。しかもナツメロを荒っぽく演ってたりして、そんでもって楽器は高級品で。曲調も直球というよりは変拍子だったり、ハモリが妙に上手だったりして凝ってるし。ま、色々なんだろうけどさ。
 ラップも、ずいぶん長く続いてるね。でも段々とダレ気味〜ってな感じもして、ややネタ切れっぽくない? それはそれで構わないけど、そういうのって一時期のパラパラって踊りを思い出しちゃう。手先だけ踊ってて腰も表情も動かない、80年代後半のユーロ以上に味気無い感じの。
 当時のユーロビートは、曲によってディスコ毎の振り付けがあったりしたのね。笛吹いて扇動する人に合わせてさ、全員で手旗信号みたいに決めるの。そういう「みんな一緒」的ノリが、昨今のJ−POP内パンク&ラップ部門に感じられたりしてね…。
 ロックンロールは、本来そういう予定調和を指向しない筈なんだが?!
「プラ〇ーン」という戦争映画に「ロックンロール」という台詞が出てくるの。規律第一の軍隊とロックじゃ矛盾してるよね? だけどあの場面はロックしてるんだ。言葉のニュアンスとしては「気合を入れろ」じゃなくて、「魂を奮い立たせろ」とか「クレイジーになりやがれ」という含みを持った使い方なのよ。

「セックス、ドラッグ&ロックンロール」ってフレーズは、ロックンロールの代名詞である前にイアン・〇ューリーの名曲でさ。僕が来日公演を観た時はもう、ブロックヘッズを率いる彼はすでに老人だったの。杖をついてステージ上に立ち、時には椅子に座って。それなのに本当にロックンロールしてたんだよ、あんな年寄りになりたいもんだぜ!
 でもさ、その代名詞に何故アルコールが入ってなかったんだろう? って、ずっと不思議だったの。だってロックのイメージ3大要素じゃん? 伝説的ロッカーに付き物じゃん(尾〇豊はフォークだから除外としても)?!
 だけど最近、それは正解だったのかもしれないって気がしてきた。
 もしも早死にしないで「酒が三度の飯代わり」なんつって酒浸りの日々を送っていると、下手すれば50代を前にアルコールによる痴呆と歩行障害&大小便の垂れ流しになったりするのよねー。糖尿病を併発すれば、更に四肢のマヒ/切断+失明などに至る可能性が高くなるって。実際、そういうのを何人も見ちゃうと(洒落になんねーな)って思う。
 老いてなおロケンロー、そこにはセックスもドラッグもアルコールも必要なかった訳だ。少なくとも、重要じゃない。だから未だ現役を張ってる大物ロッカー達はジム通いとかベジタリアンに転向したりするのか? うーん、それも何だか寂しいけれど。
 ロックンロールにも「継続は力なり」という言葉が当てはまるとして、でもそれじゃあ魂が奮い立つような感じじゃないんじゃないかなぁ…。それより「セックス、ドラッグ&ロックンロール」っていう型にはまらない意味で、ロックには「孤独は力なり」という言葉があってもいいよね。
 ロックンロールという何かは、そこにかかってくるんだと思う。っていうか、思いたい…。

平成16年10月18日


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2004年10月17日

55*裏カワイイ!

 熊が住宅地に出没するようになった(それが社会問題視されるようになった)のは、いつ頃からなんだろう?
 都心に住み暮らす生き物は、人間の営み抜きでは生きてゆけない。そして、そんな関東平野の真ん中で熊に同情する風潮も、浅く薄いよなぁ。
 しかし野生との接点と思われる場所も、今じゃあ都市近郊と変わりないんだよね。タイムカードとレシートで、山野との関わりを持たずに生きている人々に牛耳られている。つまり都市生活者だけでなく、熊の被害に遭っている地域でも、裏庭の手入れなんて荒れ放題になっても知った事じゃないんだ。

 猿の餌付けが問題になっている、そんなニュースがあったよね。問題になってるのは地域住民の間だけで、餌やり目当ての観光客は相変わらず押しかける状態。そこには餌付けで困っている人と儲けてる人がいて、要するに(パワーバランスの膠着)って奴か?
 ところで、病院の患者が屋上で鳩に餌をやるとするでしょ。老い先短い年寄りの楽しみとはいえ、衛生上かなり問題ある訳よ。公園で野良猫に餌付けをする人と一緒でさ、決して自分の家じゃしないんだよね。自分の場所は汚したくない、そんな偽善が見えかくれする自慰行為って何だろう?…思わず胸に手を当てちゃったりして。
 小動物に餌を与えるのと、孫に小遣いを与えるのって感覚的にニアじゃないかって気がするのね。可愛らしさって罪だわ、イイ女に貢ぐのも同じ心理なのかなぁ。それはともかく、可愛らしさを図式にして考えてみたのよ。
[小動物>子供>学生>オトナ人間(?)]
 これは「カワイイ!」の序列だね、つまり可愛い=環境に適合してない存在という仮定の。けど、人間の成熟と保護者的な態度が比例するとは限らなくて、その伝でいえばこういう図式も成り立つんだよね。
[赤ちゃん>オトナ的人間<老人]
 少し説明すると、つまり…「子供は小動物を可愛い対象として見るし、オトナとして成熟すると生意気なガキや年寄りも(カワイイ!)と思ったりする時がある。しかし老人がオトナを可愛い対象として見る事はなく、むしろオトナに反抗的ですらある」て事。
 環境に適合していない不器用さに「可愛い」があるんだとしたら、なんか「他人の不幸は蜜の味」って話みたいだな! って、そういう展開じゃなくて、自分が適合していると感じる状態(=順調で幸福な状態)なら、様々な事柄が愛らしく思えたりしないだろうか?…って事よ。
 たとえば、自分が世界の王様だと思いながら眺めてみると、他人の愚かさや非礼さにも寛容な気持ちになったりしないかなぁ。より高位な存在は無知を笑わないよね、それが無慈悲ゆえの寛大さだったとしても。
 広い日本庭園の池で、鯉に餌を投げてやる。鯉は口をパクパクさせて、互いを押しのけあいながら殺到してくる。それを見て、僕は目を細めながら呟くのさ。「池の鯉でも見やるように、人の世を眺めたいものだ」と。それが出来ればねぇ…。
 関係ないけど、ちっちゃい存在って狭い所が好きだよね。ハムスターも、人間の子供にしても。そういうの見てて、時折ふと(可愛さ余って憎さ二千倍!)とか思っちゃう。無性に意地悪したくなっちゃう、そういった残酷性ってのも不思議。
 キャラグッズの可愛らしい幼児性にも、うっすらと残酷性が感じられたりするよね。まるで色を塗る時に、下地に補色を塗っておくほうが鮮やかに発色するように。ある色をじーっと見て目を離すと、その補色が残像に残るように。うまく言えないんだけど、それも錯覚なんだろうか…?

 猿の群れでボスが交替すると、古いボスの子供は母猿に殺されるんだって。自然界にも子殺しがあり、やっぱ人間も暴力抜きに語れないよなぁ。…って、その辺の事を感情抜きに話し合うのは非常に困難だよね。特に女性に強い傾向だけど、男性でも結構いる気がするな。男性の場合は却って、自分で考えず仕入れた知識に頼るタイプだけど。

「女性性の傾向として、安らぎ(不快でない限り)=充足」
「男性性の傾向として、自由(不快でない限り)=充足」

平成15年2月11日
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2004年09月29日

54*快感の背骨

「男の料理」というと、何か野趣あふれる豪快なイメージがあるね。ジェンダーフリーといわれる昨今ではあれど、男性ならムチャクチャな調理をしたって大目に見てもらえるのは有り難い。
 僕の父親は料理上手だ。単身赴任の自炊に始まり、既に20年近く経った今も派手さはないが旨いものを出す。NOレシピが信条の母親が作る波瀾万丈な献立より手堅いのは、やはり気質というやつか? 僕も料理は作らなくはないが、己の腹を満たすレベルを越えて上達する見込みは薄いな。
(いつまで経っても親父には敵わないな)と思う。散髪なら僕も自分の頭ぐらい(バリカン刈りではあるが)出来るようになった、けど魚を下ろしたり捌いたりする自分なんて想像も及ばない。
 ところで、父がホットプレートで作った広島風お好み焼きを食べながら思ったんだ。(男性の集中力というか凝り性なところは、表れ方として洗練と発展の2方向があるのではないか?)ってね。
 洗練型・指向性は完成と収束。型を極めてゆくタイプ。料理では美味しくなってゆく。
 発展型・指向性は開拓か拡散。型を崩してゆくタイプ。料理では奇抜になってゆく。

 僕が寝不足に陥るのは、夜は集中力が高まるからなのだ。といって、その高い集中力でゲームしたり唄を作ったりしてるので、家族の不眠に貢献する事もしばしば。ゲームに関しては、食事抜きで三日三晩ぶっ通して気を失った事もあったなぁ。
 作曲も同様で、降って湧くイメージを何とか定着させるまで中断できないんだよねー。忘れてしまう前に形に留めなきゃ二度と思い出せなくなるからさ、僕は絶対音感もないし音符も書けないから仮録りしておくんだわ。まずギターでイメージ通りの音を捜して、仮録りできる程度まで練習して録音するうち夜が明ける…。
 唄ってさ、でも実は誰でも作ってるんだよね。知らず知らずに口づさんだり鼻歌にしてる、あのヒラメキを覚えておくのが大変なだけでさ。それを「ドジョウすくい」に例えるなら、五線譜はドジョウを手渡しする手段な訳だ。ドジョウをすくうだけなら、別に安木節スタイルじゃなくても構わない訳で。
 僕の場合は詞が先にある事が多くてさ、昔のヤンソン(歌本)形式で歌詞の上にコード(和音の記号)を書いておくだけなの。伴奏となる和音の展開が決まっていれば、とにかく主旋律は付いてくるからね。ってコトは、僕の唄ってコード進行が背骨なんだなぁ。
 メロディとかビートの善し悪しより、コードの気持ち良さ。たまに歌詞抜きで曲のイメージが出てきたりする時もあるけど、コードさえ覚えていればメロディも思い出せるし。

「E.V.C〇fe」という本で、〇本龍一が「コード感は、100年周期で変わっているのでは」というような事を言っていた。クラシックで(ある年代まではコード進行の中にある快感が分かるんだけど、ある時期よりも古い音楽になるとその感覚が断絶してて、気持ち良さが分からなくなる)って。
 人が音楽から受ける快感というのは、大きな意味での時代の変化に影響されている…。うーん、理屈は判らんけど妙に腑に落ちる感じ。そして時代によってコードに感じたり、リズムに感じたり、メロディに感じたりするというニュアンスも。

 聴覚と味覚の快感には同じような仕組みがある…、そんな気がしない? 味にも時代性があって、料理にも快感の背骨があるんじゃなかろうか。
 食材と調味料と、調理方法…? そんな区分けでもないんだろうけど。

平成16年9月29日
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2004年09月18日

53*ハッピーエンドの分水嶺

 昨夜、家にあった「もののけ姫」のビデオを観たの。封切り時に劇場で観て以来(いつかまた観よう)とは思ってたんだよね、でも最近になって特に脳裏をよぎる機会が増えて気になってたんだ。
 ところで「地獄の黙示録」って映画、あるでしょ? あれは自分にとって思春期から今に至るまで、最も脳裏をよぎる映画なの。近年公開された「完全版」と、どっちもビデオで一度ずつ程度しか観てないのに…。
 そんで「地獄の黙示録」の解説本を読んでみたんだ、単なる戦争娯楽大作じゃないって事は解ってたんだけど。計算された哲学的要素とベトナム戦争の実話に基づいた、戦争という行為そのものの本質を描く作品だったんだよねー。深い、というか情報量が濃い!
 戦いとは勝つために行使される手段であり、そのセオリーを追求してゆくとカーツ大佐という人物像に辿り着く。それは全世界的テロの首謀者とも重なるし、現在のアメリカもまた、未だに四半世紀前の映画を超えていない…。
 話は昨夜の事に戻るけど、実は「もののけ姫」のビデオを観た後で眠れなくて本を読んだのよ。ラフカディオ・ハーン著「怪談・奇談」。別にホラー好きとかじゃなく、南〇坊の「李白の月」と「仙人の壷」で神仙譚や怪異譚に興味を持ってね。
 でも随筆にハッとさせられたの、特に「焼津にて」を締めくくる文章。この新学社の昭和52年版は引用を禁じていないので、その辺の件を転載しちゃおう。

[人生は神々の音楽だという言葉を何処かで聞いたことがある。その説によれば、この世の啜り泣きも笑いも、その歌も叫びも祈りも、歓喜と絶望の生の声も、それらが立ち昇って神々の耳にとどく時分には必ず完全な調和のとれたものになっている。それゆえ神は苦痛の音色を押し消そうとはなさらない。そんなことをすれば天上の音楽は台無しになってしまうから。苦悶の音調を欠いた音の組み合わせは神々の耳には堪えがたい不協和音に聞こえることであろう。
 或る意味では私たち自身が神々のようなものである。なぜならば、生まれる前から続いている記憶を通して音楽の恍惚境を私たちにもたらすのは、数限り無い過去の生者たちの痛みと喜びの総和そのものに他ならないから。死んだ代々の人たちのすべての嬉しい感情と悲しみの感情と同じように私たちが日の光が目に映らなくなるだろう時から百万年経ってから、私たち自身の生涯の喜びと悲しみはもっと豊かな音楽となって他の人々の心に入ってゆくだろう。(森 亮・訳)]

 ソローが「森の生活」で記した言葉と似た眼差しを持ってたんだなぁーって思ったね、この小泉八雲として知られる人。9世代先の子供達を見てるような視点、というか。
 神々の音楽の中では、いわゆる(つい願ったり叶ったりしてるようなハッピーエンド)なんて、壮大な交響曲の小さな節目みたいなもんだ。そんな予定調和で段落を着けてくのも好きなんだけど、全体の眺めは見失わなわずにいたいと思う。
 アシタカは「曇りなき眼で見定め、決める」と言うんだ。森の民と里の民、その二つの力の共存を探るという困難な場所に留まり続けようとするの。それでも争いは避けられず、神は人に殺されてしまったけど、それでも。
 密林の民に神と崇められた男を殺すウィラード大尉は、軍命に従わずに自分の意志で物語を終わらせたのよ。そして新たな神を得た民は、彼に倣って武器を捨てる。でも彼は、コッポラ監督が示そうとした「未来へのヴィジョン」へと闇に消える…。
 たとえば(水の流れが二つに別れる場所)を意味する「分水嶺」という言葉は、決断の時を指したりする。しかし僕はね、この分水嶺からの眺めを見届けたいって思うんだわ。決して優柔不断でなく、流れ落ちるどちらにも身を委ねないような姿勢で。

 最近、仕事で使う薬品のせいで右手が荒れるようになってきたんだわ。よく知らないけどアトピーみたいで、その湿疹が出来るたび「もののけ姫」を思い出したの。でもそれって何の関係もないんだよね、タタリ神の呪いとは。
 それとこれとは話が別、って所に関連性を見いだしたりするのが「個人の神話」なんだな、善くも悪くも。でもそれはひょっとして、ジョーゼ〇・キャンベルの「生きるよすがとしての神話」にも繋がってるような…。
 だからどうだ、という話でもないけどさ。

平成16年9月11日
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2004年09月05日

52*返す言葉

 良くない知らせは、早く遠くまで伝わるものだ。それが生き物の摂理だとは分かっていても、やっぱり(当たり前にバッドニュースが降り注ぐ世の中で良かったのか?)と立ち止まってみたくなる時があったりして。そうじゃない世界なんて、もはや想像もつかないんだけどね。
 巷間を騒がす話題が、非常に身近な危機だった時代とは違う。だけど、ひょっとしたら身近さの範囲が、自分が感じてるより拡大してるのかもしれないなぁ。世界情勢が及ぼす経済的な影響なーんて意味じゃなく「すべては象徴として現れてる予兆だ」として眺めると、この身に迫り来る警告としては相当深刻な気がしてくる昨今。
 世界では色々な事が起こってる、というか主に人同士が争ってる。それを知って思うのは(人間って、心は進歩しないんだよなー)って事。大抵が過去の不満に起因して(あるいは口実にして)てさ、あらゆる文明的な進歩は争いに勝つため生まれたといっても過言ではないくらいだもんなぁ…。
 俗に「9・11」と称される事故か事件があって、勧善懲悪の人と反戦の人が日本じゅうで盛り上がってた頃。コンビニで買い物したら、店員の態度が微妙に刺々しかった事があるのね。その実直そうな青年の目が政治的意図を語ってたんだよ、思い違いでなく誰が見ても明らかに分かるように。こっちがL‐2B(薄手のMA‐1)着てっからってさぁ、アーミー色してたら戦争っていう短絡さかよ…。坊主と袈裟を同じレベルで憎まんでくれ。
 その正義に燃える若さは仕方ない、身の回りに戦争の恩恵を被っていない事柄を捜すほうが難しいんだから。つまり僕らの足元は負け犬の血で濡れてるのに、目の前の脅威だけしか見えてないんだな。誰の日常も、勝ち残るために編み出された技術にまみれてる。そんな事を矛盾に思ってる人間が、彼に何を言えただろう?
 イージー・ターゲットに気を取られがちだけど、問題の根っこは分かりやすい物の中にはないんじゃないかって気がするよ。それは例えば少年凶悪犯罪なら、あの宮崎勤事件の時にそう思ったんだけどね。犯人を糾弾したりオタク文化が犯罪の温床だと見なしたり、毎回その繰り返しで同様の事件は根が深くなる一方に思えるんだよ。オウム真理教の件でも、背景にある社会を探ろうとする論者を「教祖擁護だ」と論壇から引きずり下ろしたりしてさ。
 確かに「被害者の立場になって考える」と言うのは間違いじゃないよ、ただ何もかも感情的に流されてる感じも危なっかしいんだよなー。だって「弱者」って言葉は最強じゃん、圧倒的優位に立ちたい時に使われたら敵わないもん。そして弱者の味方は善意を持ってるし、善意も割と最強に厄介だからね。良かれと思っている人の態度や言葉って、時に他者を容赦なく刺すから。
 ところで「テロは悪だ」という断定表現は、今や常識なのかねぇ。この「テロは悪だ」ってのと「戦争反対」って、なんだか近い匂いがしません? そう言われて何の疑念もなく(当然だ)って思ってる人、やっぱり多いのかなぁ…。てなこと口走ってて要らぬ誤解を招かぬ為にも「私は、あらゆる人殺しに同意しない」と明言しときます。それから「どんな大義名分にも加担しない」というのも明確にしとこうか。
 もちろん悲観はしたくないのよ。小さな声で語られる小さな取り組みが、次の世代を変えてゆくんだと信じてる。それはまだ滅多に聞こえてこないけど、僕は小さなエールを送るのです。それがメディアに騒がれないように、着実に根を延ばしてゆけるようにと。
 大声で語られる言葉に沈黙するしかない昨今、僕に返せる言葉は少ないのです。

平成16年9月2日
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2004年08月19日

51*山と川の思い出

 前回のオチを引きずるようだけどさ、ポストカードで見た水爆のキノコ雲って入道雲に似てるんだよねぇ。
 日曜の昼下がり、表を歩いてたら山のような入道雲が!…というのは見間違いで、どんよりとした雲に薄日が差してただけだった。今日は珍しく雨だったもんね、それにあれは都会の真ん中じゃあ滅多に見られるもんじゃないか(いえ、下町ですがね)。海とか山にでもあるまいし、だからこんな町中だと違和感あるんだ、思い違いにしてもね。
 大体、山みたいな大きなものって見慣れてないんだわ。山が見える場所に住んでたのって、山口県での2年間だけだもんなー。それも低い丘に毛が生えたような山だったから、家並みの向こうにそびえる…って程じゃなかったし。
 あとは関東平野の、どちらかといえば海寄りで育ったからね。大阪近辺の人にとっては、この辺は逆に「山が見えなくて、なんか落ち着かない」って感じらしいけど。
 僕だけかもしんないけどさ、東京の人間から見た関西って印象は東京??横浜みたいなもんなんだよ。だけど案外、というかやっぱ積み重ねられてきた文化の成り立ちが別物なんだね。それ以上に、山の話を聞いて(世界の見え方が違うんだな)って気がしたの。良い悪い関係なしに、ただ同じ眺めを想像もつかない感じ方をしてるなんて面白いじゃん?
 僕だったら、山が覆いかぶさってくる圧迫感の方が却って落ち着かないのね。温泉地とか旧街道の宿場町とか、そういう山の方に行った時の感じは異郷に身を置いてる気分なんだよ。心地よい疎外感がね、僕にとっての山に近い土地の空気。
 そう、山口県にいた時だってそうだった。言っちゃ悪いが実際イナカでさ、建物や道は整備されててもTVが4局しかなくて(番組も古いし)電車は近くに走ってないし(しかも何分も待たされる)お店と平らな道が少なかったのね。学校の給食がなくて、外でパン買って公園行ったりしてたなぁ。
 呑気な土地柄というか、相手にされてなかっただけだとしても僅かに温かい感じ。まぁ教師からも(東京モン)という目で見られてたし、当然そんなガキは他にいなかった訳で、それでも何も言われなかったのは妙だよね。あの時期の記憶だけ、起きぬけの夢みたいにイマイチ中途半端なんだけど…。何かトラウマでもあるのか?
 ところでその公園、そりゃあもう桁外れに広いんだわ。道から外れた子供が迷ったとか、野犬の群れが住んでるだとか聞かされてたけど、代々木公園サイズから数倍の公園があってさ。すでに手の入った自然ではあっても、誰も来ない自分だけの世界を身近に感じられたのは貴重だったと思う。
 時折、ふいに思い出すんだ。誰にも見つからない高台で、学ラン着たまま何するでもなく過ごしてた事を。そんな場所が欲しいから記憶を辿ってしまうのかなぁ、なんて考えてみると山の見えない町には気持ち的に逃げ場がないね。海も見えないし。
 僕は、ずっと川のそばで生きてるなーって思う。友達と一緒に部屋を借りてた頃を別にして、の話だけど。生まれた場所から、ひとつの川を下流に向かって移動してるだけなんだよね。これも何かの縁なのか、二つの川に挟まれて暮らしてる。
 台湾でも、土手に上って川を見た時、妙に安心したんだ。そんで(あー、やっぱり川なんだ)って思ったの、人の気配がある川ね。そういえばハワイイでも、ローラーブレード履いたまま橋の上で放心してたなぁ! って、こうなると結構こじつけっぽいか。
 メキシコは例外で、ユカタン半島の大地は石灰岩だから川がなかったのよ。でも真っ平らで山もなかったから割と馴染めたのかも。ハバナでも川沿いを走ったっけなぁ…(まだこじつけてる)。

平成16年8月15日

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2004年07月30日

50*僕らが旅に出る理由

 最近、パイナップルづいている。それは妹の「パイナップル豆乳ローション」ブームの副産物なんだな。
 というのも「材料に芯の部分を使う」ってんで、作り置きをするたび丸ごと買ってくるんだから気前が良いやね。能書き通り(ムダ毛が生えなくなる!)かは定かじゃないが、彼女がその代物に凝っている間は恩恵に浴する事ができそう。
 まぁ果物全般ストライクゾーンの僕としては棚ボタな展開だ。大体、こんなにパイナップルを食ってる日々なんて人生でも滅多にないね。前世がハワイイ人なら(?)別だろうけど…。なーんて言ったら生まれ変わりを信じてるみたいかな。
 でも輪廻転生ってのは、信じるも何も万物流転の道理だよなぁ。ただ、細胞の塊に生命を宿す(見えないチカラ)ってのは、固定された人格みたく単純なモンじゃないでしょ。もっとさ、空気の中に散らばり漂っている何かの集合? じゃないのかな。
 だってさ、楽しくないんだよー。たとえば偶然の出逢いとか直感めいたひらめきを「前世の縁です」って言われてもなぁ、それじゃ「決められた運命は変えられません」ってのと大差ないじゃんか。 ま、そんなに小難しく考える事でもないか。
 見知らぬ土地に懐かしさを覚える、いわゆる既視感覚ってのもそれかな? としたら、むしろ(きっと前世で良い思い出が沢山あったのねー)って悪い気はしない。けど大抵の眺めって、どっかで見覚えあるもんだよねぇ。そういうのってTVの見過ぎかなぁ、ハバナ旧市街でも感動とかなくて普通にウロウロしてたし。
 しかし色々な人が、色々な所に出掛けてゆくね。北極圏でオーロラ見たとか、アフリカ大陸を回ってきたとか、そんな冒険じみたツアーも出来る時代なんだ。僕らが旅に出る理由、それは人それぞれなんだなって思うよ。つくづく。
 だって僕は未開と呼べそうな土地も、先進的な町並みにも心躍らないからなー。やっぱ僕の楽園は南国で、しかも山岳地よりは海沿いか島だわ。もちろん、そこに人の営みがあるってのも大事だけど。
 そう思えば、自分が知ってる海外って割と共通してる。台湾、メキシコ、キューバ、ハワイイ、グアム…これって前世的な嗅覚だったりして? しかし韓国だけは例外だな、まぁ渡航回数では一番多いけど修学旅行と仕事の出張だから。
 ソウルの中心街がほとんどで、蒸し暑い夏と厳寒の冬しか記憶にない。それでも、場末の古い家並みに迷い込んだ時は前世かと思った。何というか、アジアのギリシャ? 人気のない入り組んだ裏路地は、知らないのに堪らなく懐かしい感じで。妙に胸が鳴って、怖いんだけど帰りたくない気持ちだった。
 外国から届く便り、これも良いもんだよね。洒落たポストカードも好きだけど、売れずに埃を被ってたような間抜けなのが最高。五大陸の様々なカードをさ(南極はないけど)、部屋の箪笥に貼り付けて眺めてんだ。そして、ふと気付くの。
 減ったなぁー、って。
 すっかり手紙も書かなくなって、用件はメールで済ませてるもんな。ただ、手書きとはどうも勝手が違ってんだよね。特に長文になると、スクロールしても内容を俯瞰できなくなるし。それとは別に、便せんなりカードを買い込んだり選んだりするってのも、メールじゃできない楽しみで。
 絵葉書屋さんってさ、妙に心をワクワクさせると思わない? 夢のある仕事だなって思ったりするけど、需要も減ってるのに生計立てられてるのか気になったりもする。池澤夏樹氏の小説に「絵葉書用の写真を撮って旅をしてる、雇われ写真家」が登場するんだけど、そんな人生も良さそうだなぁ。
 そういえば、オンサンデーズで原爆だか水爆のポストカードを売ってたの。買わずにはいられなかった、あれこそ(狂気の美!)ってヤツだ。海面に立ちのぼるキノコ雲、禍々しいのに目が離せなくなる。畏怖という、一種の神々しさに。
…というフリで「もうすぐ終戦記念日〜」なんてオチ、そりゃないわな。

平成16年7月22日

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2004年07月15日

49*明るい町に降り注ぐ雨

 高架下で丸石のようになってる猫。
 夕立が降ってきた。まるで電気を帯びたような、大粒の雨が肌を叩く。
 この懐かしさに似た感覚、ボビー・ブラ〇ンの曲でも耳にしたみたいに(この辺は人によってクワイ〇ット・ライオットだったり、まぁ色々だろう)。だからって、まんま昔に返るとか匂いが甦るとかでもなくて。今にいながら、今の色が抜けてゆく…そんな感じ?
 雨に打たれてると、濡れる程に目の前の雑事の縛りが緩くなってゆく気がする。浄化ってコトバだと少し違う、ただ自分がシンプルになってく。
 僕は川の近くに住んでいる。
 何度か引っ越しをしたけれど、結局は下流へ移動しただけで、ひょっとしたら離れられない関係なのかも? って思ったりして。生まれて物心付くまでは、アパートの窓から見える集積場から落とされるゴミを満載して「夢の島」へと向かうダルマ船が頻繁に行き交っていたものだ。
 堤防を乗り越えると、打ち寄せるゴミから野球のボールが手に入った(どんなに洗っても臭いが消えなかったが)。そういう遊びで溺死する子供もいたし、腐敗した豚一頭が浮いてたりしたなぁ。大昔は荒ぶる川と呼ばれもしたし、父親の世代は泳いで遊んだらしい。でも、僕が知ってるのはコンクリに押し込まれて虚勢された水面だけ。
 当時の悪臭を知っているせいか、今は潮の匂いしか感じられないし、得体の知れない浮遊物も消えた。それを思うと僕は(時間はかかるけど好転してるんだ)って感じるし、何よりも川が立ち直ってゆく経過を実感できる事が嬉しかったりする。
 だからかなぁ、僕的に「千と千〇の神隠し」って大した映画じゃないと思うんだけど、ハクが名前を思い出す場面で必ず涙腺が緩くなる。今こうしてワープロに向かってても、ずいぶん観てないのに胸が苦しくなってくる位。
 ここでの僕は、tomだ。そういったアダ名なんて、引っ越しの回数分かそれ以上は持っている。そしてそれらは、信徒が教父から与えられるように他人が名付けた僕の名前だ。更にいえば、そこに込められた意味どころか理由はすごーく適当なんだよなー。
 もっとも僕は与えられた名前を受け入れているし、受け入れる事でコミュニティ内に存在してるというアダ名の側面も理解してるから全然OKなんだけどね。
 それに僕は、自分で自分に与えた「ひみつの名前」も持っている。
 どこか遠い国の部族は、本名を隠して明かさないんだそうだ。それを知られるとチカラを奪われてしまう、そんなような理由だったと思うけど。確か原キリスト教(つまりユダヤ教か?)でも、全能の神ヤハウェーの名を口にする事は許されなかったという。そして現在では、本当の発音を誰も知らない…。何だか、近頃いわれる「プライバシー(個人情報)の秘匿」に似てるね。
 逆に(名前を奪われる)って考えると、イージーな地名改編が頭に浮かんできたんだ。名前に宿る「土地の記憶」を消す事で、ある種のチカラを支配する…。それって昔は神事に則って行われていたんだよね、場合によっては文字通り命懸けの一大事。現代じゃ一介の不動産業者や、あるいは村おこしを口実に書類の上で片が付くけど。
 この川も、古い名前と一緒にチカラを奪われたのかもしれない。それを取り戻す日が来たら、再び町を呑み込むのだろう。だとしても、立ち直ってゆく感じが好きだな。
 …あ、空が明るくなってきた。
 長田 弘の「驟雨」という詩を思い出して、あの一節の一言でこの空気すべてが語られている事に改めて感動する。

平成16年7月15日

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2004年06月26日

48*銀座の6月

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 確か「パリの4月」というジャズの曲があったなぁ、そう思った銀座の路上。
 たまたま、友人の個展で久々に足を延ばしたんだ。前に来た時も彼の個展で、同じように山チャリ漕いで来た気がする。銀座の外れ、雑居ビルの小さな貸し画廊。誰もいない小さなスペース一面の不可解なオブジェ(というかインスタレーション)を眺め、芳名帳にサインして。
 銀座の画廊は、中学の美術の先生に連れ回されたものだ。あの先生に会わなければ、僕は現代美術なんて判らなかったかもしれない。ジョージ・シーガルに始まってフランシス・ベーコン、大島渚や横井忠則などなど…。キース・ヘリングなんて、まだ出てきたばかりの頃だ(あれは原宿のギャラリーだったな)。
 高校時代は、銀座でビル掃除をしてた。中学の時に親戚の中華料理屋で皿洗いやったのを除けば、これが一番最初のバイト。場所は別にどこでも、地元じゃなければ構わなかったんだ。今と違って(都市のエネルギーを吸収しなければいけない)って思ってたのは、やっぱり美術の先生に影響されてたのかな。
 家で制服を着替えて、毎日2〜3時間程度。銀行とか重厚な建物は、独特の匂いがするって思った。でも未だ鮮明に覚えているのは、窓から見た殺風景な景色だわ。狭い空を囲むように軒を連ねた、古いビル特有の装飾的な造りと不似合いなダクト。今頃の季節は暮れるのが遅いから、残照に染まって外国みたいに見えたっけ。仕事そっちのけで、ずーっと見入ってたりしてた。
 まぁそういった訳で、僕にとっては三越とか和光よりも、銀座っていうと古びたビルの路地って印象のほうが強い。例外なのは、銀四交差点の天気雨だね。勤め人としての生き方を諦め切れず、面接のハシゴをしてる合間に本屋に立ち寄ったんだ。そこで何げなく「イルカのアヌーからの伝言」って本を買ったのが僕の人生に大きく関わってくるんだけど、それは別の話。で、次の面接に向かう途中で一瞬だけ通り雨が来て。
 そんな事は、勿論すぐ忘れてたの。っていうか、実際には起こらなかったのかもしれない。だけど数年前、よしもとばななの短編で通り雨のシーンがあってね。すごく生々しく思い出したんだ、その時点では気が付かなかった細かな点まで。そして(自分が唄いたかったのは、まさにこういう事だったんだ!)って分かちゃったんだよね。
 口はばったいんだけど、簡単に説明すると「僕個人の主義主張や価値観を押し付けるんじゃなく、所詮そんな事は誰でも知ってるんだから、耳にした時にこの天気雨のような気分に浸れたらいいじゃないか」って感じかな。幸せは一瞬でしかなく、だからこそ大切な瞬間を思い出せる事は素直にさせるし良い気持ちを生む…。唄で啓蒙しようなんて勢いなしに。
 ところで、画廊から出た薄暗い廊下に貼ってあったポスター。そうだった! 今週までなんだ、オノ・ヨーコ展。ジョンレノンには興味ないけど、この人の世界はもっと知りたい。天気雨だけじゃなくて、実は彼女がいなければ僕の唄は確立されなかったんだから。
 彼女のアートみたく、触れた人が(YES)を見つけられる唄を。

平成16年6月24日

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2004年05月31日

47*湯と塩

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 今、銭湯から帰ってきたばかりでワープロに向かっている(そう、僕はフロッピーでパソコンに入稿してるのよ)。
 元々この近辺にはまだ銭湯が多く残っているんだけども、利用するようになったのは割と最近になってからだな。彼女が僕の部屋に泊まっていく時、風呂場は家族と共用になるのが落ち着かない感じなので「じゃ、銭湯でも行く?」と提案したのよ。
 で、こうして一人で行ったりもするようになった訳。家でバスクリンなんか入れて雑誌読みながら浸かるのも好きなんだけど、やっぱ時々は(外湯じゃないと)って気分になる。今日は酒も呑んでたし時間的にも億劫だったのね、でも行ったら気持ち良かった。
 まずサッと体を流して温いほうに浸かり、それから洗って熱いほうに入って、最後に桶とイスを流して片付ける。400円もするから長湯して元を取ろうとしたくなるけど、今夜はアルコールが抜ける位で丁度良い。番台のオバチャンに挨拶して外に出ると初夏の夜風、春でも夏でもない季節のね。
「お散歩コーナー」でリンク張らせてもらってるeri−yのサイトに「night cruising」という組写真のコーナーがあるんだけど、たとえて言うならあんな夜の気配だよな。他の季節にも良い瞬間は色々ある、だけど今の時季ほど完璧じゃない。昼間の陽差しも夕暮れ時のゆるかさ加減も、僕の生まれた季節が最高! って、我田引水?
 今夜は深緑色した湯で、違うと思うけど苔のような香りがしてた。田舎の便所みたいでもあり、そこまで言っちゃうと気色悪い? でも目を閉じてると露天風呂のように生々しく感じたの。匂いって過去の一瞬をリアルに再生したりするけどさ、懐かしいようで知らない匂いだったから延々と検索かかっちゃって、そんな自分の心の状態も面白かった。
 何かが浮かび上がってくる、もう一息で(あ、あれは…)って思い出せる寸前で検索から弾かれて別の記憶が出てきて。湯船の下から噴き出す泡みたく、次々と繰り返し思い出しそうになる光景を、僕は目を閉じたまま夢中になって捕まえようとしてたの。子供の遊びだよね、うまく伝わるか自信ないけどさ。
 あと水風呂、あれもいいよね。のぼせそうに暖まった体で、じわじわ浸かるの。じっとしてると周りの水が体温で冷たくなくなるんだけど、少しでも動くとヒヤッとしてさ。そうやって段々と冷まされてゆく時の吐く息が氷のようで、また僕は目を閉じて自分の心で遊んでしまう。誰もいない淵、とか想像して。
 去年の夏頃は塩ブームで、これは自宅の風呂に入る時の話なんだけど塩で体を洗ってた。肌に塩をなすり付ける、そのしみる感覚が海っぽくて。床にべったりと座り込んで、体中を塩まみれにしてね(もちろん頭も)。それを残り湯かぬるま湯で流してく、その時も目をつぶって想像の海岸線で波に巻かれてるのよ。島は浅瀬がないから、たとえばカンクン(メキシコ)の日向水っぽい感じ。
 なんか今回は一本道で勢いに任せて書いてしまったねぇ。コンビニで買ったビールを飲み干すよりも早かったなぁ! タイトルも直球だし…。
 忘れた頃に読み返して、全面的に手直し入れそうな気がするな。
 もう一本、ビール飲んだら寝よ。明日から雨らしい。

平成16年5月31日


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2004年05月21日

46*メガネの色

 もう3カ月も前の、2月の事。春を思わせる陽気のある日、散歩に出て近所の公園に寄ったのね。そこには2組の子供達がいてさ、見るともなしに眺めてて何か妙な感じがしたのよ。遊具に乗ってる女の子同士、縁石に腰掛けてる男のコ同士それぞれが体を密着させて微動だにしないんだもの…。変な勘ぐりじゃないけど、気になるでしょ?
 実は携帯ゲーム機で遊んでいたのだ。しかも一人一台ずつ持ってて、別に通信対戦とかしてる訳でもないの。(家で一緒に遊べば?)って思うじゃん、わざわざ公園で顔を寄せ合ってゲームしなくても…。そう考えると尚更、僕には理解不能な光景で。でも理屈じゃない部分で、なんだか安心したりもして。
 サイバーパンク小説の解説か何かで「ストリートはストリートなりの使い方で云々」という文章があってね、たとえばヒップホップカルチャーの缶スプレーやポータブルプレーヤーは、作り手が思いもしなかった新しい可能性だったんだよ。それと同じような意味合いで、もう大人になってしまった僕の発想で子供達の心配をしなくても大丈夫なんだろうって気がしたの。
 子供らは彼らなりのやり方で、新しい物も古い物も同じ地平で取り込んでゆく。ゲームが屋内の遊びと決めているのは僕のほうでさ、ひょっとしたら目の前の不可解さがストリート・カルチャーの革新の始まりなのかもしれないし(大袈裟かな?)。
 かと思えば、泥棒が冷蔵庫を盗もうとして腰痛になってメーカーを訴えたりもするらしいね。いくら予期せぬ使用法ったって「注意書きに『持ち上げないで下さい』と書かなかったメーカーの責任」という判決が出る事までは、革新と呼びたくないわな。だから乾電池に「食べないで」とか書いてあるんだ、もはや常識なんていう曖昧なルールは通用しない時代とはいえ…。
 誰かが言っていた「アメリカの真似をしてると、日本がバカになる」というのも、妙に説得力を感じるなぁ、しかし単一民族という事になっている日本人同士だってさ、もはや頭の中は全員エイリアンだからねぇ。優先順位が共同体から個人に移った今、利害が一致しない限り(同じ想い)なんざ幸福とか平和より遠い幻想だし。

 本って、他者の視点だと思う。それが映画でもRPGでも構わない、要はストーリーがあるものだね。他人の目に何がどのように見えてるかを知るなんて、日常ではまずあり得ないでしょ。深く突っ込んだ話をする関係を持てたとしても、相手の言葉を自分の経験で読み替えてる程度かもしれないしさ。
 ストーリーという疑似的な経験によって物事の理解を別の角度から捕らえ直す、そんな他者の視点は自分を客観的にさせると思うんだ。自分という主観が、絶対ではなく相対的なものだって教えてくれる。物語は、視点を変えて世界を再体験する事なんだと。
 虹の色が2つに見えるような人の視点を知る事と、自分で2色の虹を体験する事は知る以上の違いがある。つまり「自分の受け入れている現実は、象徴と神話で色づけされている」って事。それを思い込みとか色メガネって呼んでもいいけど、良い悪いじゃなく単なる基準という話。僕らそれぞれが生きてる今は、ゴーグルで確保された視界の中だけにあるって意味で。
 裁判所ってのは、弁護士同士が(いかに裁判長のゴーグルを有利な色に塗り替えるか)を争うゲームセンターなんだよね。正義や真実が、じゃなくて勝訴が1つなだけで。
 陪審員制度になると、きっと弁護士は(いかに泣ける筋運びで、多くのゴーグルを引き付けるか)という手段に出るだろうな。最近ニュースの扇情性が高い気がして、そういうの僕はアンフェアだと思うんだけど。

平成16年5月21日

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2004年05月03日

45*Gショックの寿命

 ずっと使ってきたベビーGが壊れた。
 安価でタフが売りのGショック、確かに液晶やムーブメント(?)は10年近く使っていても全然平気。だが、外殻のプラスチックが耐えられなかったとは。
 ボディボードを始める時に買った、一番最初のモデルだ。ベゼルとベルトのエメラルドグリーンは色褪せて、本体の透明なパーツは黄色く変色してしまった。そして気が付いたら、劣化してひび割れていたのだ。まだ使えない訳ではないけど、気に入ってただけにショック大。
 当時は誰でもしてて、Gショックといえば黒一色だった。だけどカラフルなベビーGが登場した頃から妙な付加価値が付いた限定モデルが頻発して、なんでもない現行品でも当時の倍はするもんね。それでいてデザインは詰まらなくなってるし。
 ともかく、僕のは(これほど汚いベビーGをしてる人は見た事がない)ってくらい使い込んだ。買った当時は毎週のように海行ってたから、日焼けと潮焼けで変色しちゃったんだわ。そういえば買った直後に社員旅行でハワイに行ったんだけど、その時の写真を見ると同じ腕時計とは思えないもん。
 そうだ、勤め人だったからなあ。ボディボードのために、オーダーメイドのシーガル(半袖ウェットスーツ)とボードでローン組んだっけ。初めてグラサンに1万6千円も払ったんだ、ああいう収入が安定してる時期がなけりゃ一生出来ない経験だったんだ…! 向いてなかったし辛かったけど、そう思えば勤め人して良かった気がする(ロレックスも月賦で買えたし)。
 ハワイだって、あの社員旅行がなければ行く機会なんてなかったかもしれない。しかも社員が接待ゴルフしてる最中、僕だけ単独行動でサンディビーチ(最もホノルルに近い、ボディボードのメッカ)に行く事が出来た。みんながワイキキショッピングモールで買い物してる間も、レンタルしたインラインスケートで海辺の公園を滑ってたんだ。自分のどこに、そんな行動力があったのか不思議だけど。
 もし仮に今の僕がハワイに行ったとしても、そんなふうに動き回るなんて想像がつかない。多分あの時は仕事でストレスすごく溜まってて、その反動が出たんじゃないかって気がする。逆に言えば、欲求を何かで抑え込んでいたほうが行動力とか集中力って高め易いって事だよね。そういや確かに勤めを辞めた辺りで、短かった僕のアウトドア時代も終息期を迎えてるんだなぁ…。
 そしてまた長い「超インドア時代」に戻り…。ただ以前とまったく同じではなくて、京都で新しい友人達と出逢い、キャンプをするようになり、メキシコに一人で行ったりしてる。その間も僕の腕にはベビーGがあり、どんどん日に晒されていたって訳だ。うーん、感慨無量じゃん。
 だけど基本的に僕は物に思い出を込めたりはしないのね、結果的に捨てないで残ってる物を見て過去を思い出す事はあるけど。思い出のために取っておく事はしない、だって物は所詮ただのモノだから。つまりこのベビーGだって使えなくなりゃあ捨てるだろうけど、これの替わりに腕に付ける物となると簡単に見つからないんじゃないかなあ。
 ま、携帯を持つようになってから腕時計の必要性って感じなくなってきたからねー。ただ携帯もかなり調子悪い時があってさ、でもこれも機種変更したくないんだわ。二つ折り型には抵抗あるし、この色味も気に入ってるから。
 本当、携帯もパソコンみたくカスタマイズ出来たら良いのに!

平成16年4月30日

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追記

えー、非常に長く人気のある記事のようで・・・。
おそらく皆さん、ご自身のGショックに関して。何か役に立つ情報を求めてらっしゃるのではないかと思ったりするのですが。
この、あんまり役には立ちそうにない記事をチェックしていただく方に申し訳ないような気もしたりして・・・。

で、その後のGショックに関する話を少々。

結局、某デパートの修理コーナーを通じてカシオに交換パーツを探してもらったのです。
しかし時遅く、もはや在庫は残っていないとの事でした。

ああいう、ビニールとプラスチックの合いの子のような素材は経年劣化するものです。
黄ばみは当然だと思うのですが、硬化はしても欠損までは予想外でした。
僕が甘かったですねー、想像力の欠如+メンテナンス不足は認めますが・・・モゴモゴ。

因みに現在使用しているG−ZXというモデル。
照明が暗くなってきたので、近くの時計屋さんで電池交換を頼んだのです。
その場で対応してくれたのは良かったのですけど・・・表示板の内側が曇るようになってしまいました!
まぁ専門の店ではなかったんですけどねー、まさか防水の時計のパッキンを無視するとは思ってもいなくて・・・。

で、某デパートの修理コーナーに持って行ったのでした(ベイビーGの件も、その時に確認してもらいました)。
結露による外装交換+パッキン修理+電池再交換・・・と、高い出費になってしまいました。
たかが電池、されど面倒がらずカシオに出しましょう。
僕の場合、1週間ぐらいで戻ってきましたよ。
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2004年04月18日

44*キャリフォルニアの夢

 70年代の終わりまでは、カリフォルニアは「キャリフォルニア」と呼ばれたりもしていた。まだウェストコーストという響きには意味があり、そこには青い空が拡がってると決まっていたのだ。ヤシの木とサーフィンボード付きで。
 アメリカ西海岸の第一次サーフ・ムーブメントは、東京の団地に住む小学生達にもスケボーを流行させたのでした。もちろん子供だった僕らは、単純に(ローラースルーとかホッピングのようなもの)としてしか認識してなかった訳ですが。
 当時、僕が初めて観に行った洋画は「ボーイズ・ボーイズ」という青春スケボーもので、今になって思えば後々の服の好みにまで影響を与えてるんだなーと思う。アメカジ系の古着が好きなのは、あの映画の男の子達が着てたヨレヨレしたレタードTシャツなんかが原点にある気がするもんなあ。
 服で言うと、あとサープラス(軍の放出品)好きも小6〜中1頃に深夜のTV映画で観た「タクシー・ドライバー」などのアメリカン・ニュー・シネマに影響されたのかも。ベトナム戦争直後という時代の空気、そして何より機能的でいて安いところが良いね。でも最近じゃあ着てるだけで、短絡的にブッシュ派みたく見られてしまうような…。
 ま、今それは関係ないんだ。
 図書館でCD借りて聴いてたんだわ、AORのコンピ盤。「大人向けロック」の略だとか、そうじゃないとか。ジャンル分けなんてどうでもいいんだ、ただ70年代後半から80年代前半の日々に流れてた音楽なのよ。第一次スケボー・ブームからMTVまで、僕の音の趣味も大体その辺で決まっちゃった気がする。AOR、ブラコン、クロスオーバー、ニューミュージック、などなど。
 中学生になったばかりの僕は、いつも学ランの内ポケットに「西海岸ガイドブック」を突っ込んでた。1ドル=何円か知りもしないし、書かれた店や通りどころか内容すべて分からなかったくせにね。それでも構わなかったんだ、僕の精神は常に半分を夢の中に置いていたかったんだ。
 ふと思ったんだけどさ、みんな何かしらあったんじゃないかなあ? 僕だけじゃなくて、成長の過程では誰もが(無自覚な危機的状況)を通過しなければならなくて、そういった一種の象徴的な「よすが」で少年期を乗り切って行くとか…。人によって色々な、あるいはもっと内面的な要素かもしれないけど。表面に出ない、奇妙な習癖みたいなの。
 第二次性徴期ってのと関連するのかもしんない、その位の年齢って親も知らない秘密を持ったりする時期じゃん。エロ本とかタバコなんかを買っちゃったりさあ、カツアゲ食らったりホームレスいじめたりね。いやいや、飽くまで一般論としての譬え話だから。んでまぁ行動半径が拡がって、それまで見知っていた近所の大人子供とは別個の関わりがバンバン生じて。
 そうやって自分の勢力圏外にさらされる、いわば心のヘソの緒が取れる時に僕らは通過儀礼がないでしょ。インディアンにとってのトーテムみたいな、繋がりというか契約は持ってないよね。でもさあ、もしかしたらそういった儀礼は人の心に欠かせない事柄だったりして、そんで無意識に疑似的な行為をしてるとしたら…? たまたま僕の場合は、それが「キャリフォルニア」だったんだろうという気がしたんだ。
 今はもう誰も、そんなふうには呼ばない。カリフォルニア、それは単なる地名だ。しかし不思議な事に「キャリフォルニア」という響きには、僕の要素がギッシリ詰まっている。一粒の種子の中に、いつか大木になる要素が全部あるように。現在から見れば最も孤独が寂しくなかった頃であり、きっと当時の自分から見た今の僕を一言でいうなら「キャリフォルニア」しか思いつかない。
 そうか! 僕の南国志向も、そこに端を発しているんだわ。

平成16年4月10日

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2004年04月01日

43*ベントラごっこ

 先週だったか先々週だったか、妙に苛立ち易い日があった。
 まぁ、そういう日ってのは取り立てて珍しくもないやな。そんでもって苛々オーラを出していると、楽しい事より不愉快な出来事が集まってくるもんだ。こっちの不機嫌なエネルギーが周囲に波及してるのかもしれないし、あるいは荒んだ何かの出す空気に同調しちゃって楽しい事が目に入らなくなるのかもしれない。
 そんな日の数日後、新聞の小さな記事で「地球に大きな流れ星が最大接近していた」というのを目にしたのだ。内容は若干違ったような気もするけれど、まぁそういうのの影響が出たんだと思うと面白かったな。今更だけど、あの日は周りの人がことごとくカリカリしてて振り回される事に苛立ってたんだ、と言えなくもない。
 動物は月の満ち欠けと調和したリズムで生きてるとか言うけど、人間だって月と犯罪の増加率には関連があるっていう話を聞いた覚えがある。だったら(大きな隕石が地球とニアミスしたせいで、人の精神状態が世界的レベルで不安定になった)って言われたって妙に腑に落ちる感じがするな。むしろ生き物らしい感受性に愛着が湧いてくる位。
 そんな予報番組があったら、ちょっと楽しいかもね。たとえば朝の占いコーナーみたく「今夜は満月なので頭に血が上り易そうです」とか「今日から流星雨になりますので、モヤモヤ気分の人が増えそう」とか。「アフリカの皆既日蝕の影響により、一時的な胸騒ぎがありそうです」なんてね、そんで駅で腹立つ人に遇っても(あ、サバンナは今ダイヤモンドリングなのかぁ)なんて牧歌的な気持ちになれたら良いんだけど。
 ところで全然関係ないんだけど、子供の頃UFOを呼ぼうとした事があったなぁ。あれは小学校の1、2年か? クラスの誰かが、どっかで覚えてきたんだな。何人かで輪になって「ベントラー、ベントラー」って唱えながらぐるぐる回ってるとUFOが寄って来るって言われてさ、空き地に行って本当にやったんだよね。子供心でも(そんな訳無いよな)って分かっていながら、でも薄ら怖かった。用もないのに呼び出して怒られたら…って。
 ずーっと回ってるうちに「ベントラ」が「トラベン」になって、しまいに気分が悪くなってきたし飽きちゃって終わり。たった一度の下らない遊びだったのに、大槻〇ンヂのエッセイで同様の話を読んで一気に思い出した。当時は空き地がまだあって、空も今よりは広かったって事も。それにしても、世の中には他にも「ベントラごっこ」経験者がいたんだ。時代だよなぁー。
 UFO、ユリゲラー、ノストラダムス、謎の4次元、心霊写真、ネッシー…。そういう現象が許されていた、というか大手を振ってまかり通ってたんだよね。世紀末を過ぎ21世紀から冷めた目で振り返るのとは違う感覚なのよ、その空気の渦中を生きていた目線ってのは。
 30年後の自分の身長で見渡せば、あの広大だった筈の空き地も実際それほどではなかったりするのだろう。その時の低い視線には荒れ野に映った(誰のものでもない場所)が幻想だったように、今の自分には見えない現実を生きてたんだなって思う。その半分は、時代の見せてくれた幻影だったとしてもね。その事が、なんだか生々しく感じられる。
 情報の質とか量と関係なく、人はそれぞれ世界を定義してるんだ。
 それぞれの人が生きる世界は、そういった事とは無縁の神話のようなものなんだ。
 たとえ子供であっても、子供なりの規範を持って幻想を生きてるし、そして既知の世界は狭く異文化は広い。だからすぐに「冒険だ」とか言って無茶するのかもな、細い塀の隙間を伝ったりとかして。
 すっかり忘れているけど、同じニュースを共有してる人同士の中で生きていると異質さが遠くに感じられてしまうんだよね。あの荒野の向こうまで冒険しに行く勢いで、今は外国だって行けない事もないのに。まだ僕にもその余地はあるのだろう、知らない何かへの好奇心があれば。
 今行ってみたいのは…ベルギー? うーん、熱が及ばないかな。

平成15年3月27日

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2004年03月22日

42*我が心の耳垢

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 春ですな。こう暖かいと、そろそろ屋外でギター弾きながら唄の練習を再開したくなるってもんだ。でも、まだ指先が動かなそうなので後日にしようっと。
 そうそう、このくらいの時季って(冬は終わった!)って油断しがちなんだよね。んで、急に冷え込んで足元をすくわれるっていうか大風邪を引いたりするの。桜が咲いてから雪が降ったりするからなー。特に僕は寒いの苦手なので、ちょっと春めいただけで浮かれちゃう。
 思えば、僕には雪にまつわる思い出って少ないなぁ。
 スキーに初めて行ったのは、ハタチだった。そして金髪。友人Nと夜中の製本バイトして、日銭で懐を温めて出掛けたのだ。彼の車で、当然ながらチープ&ハードな日帰りスキーさね。
 僕はまったくの初心者だから直滑降&転倒専門、安手のウェアじゃパンツまで濡れて冷え冷え。夕闇迫る湖畔の路肩で、持参のガスコンロでインスタントラーメンを煮て食べた。帰り道は迷いに迷って、裏磐梯だった筈が喜多方にいたっけ。
 二度目のスキーは4年後の、初めてのリゾートバイト。別のバイトの冬休みを利用して、八方尾根まで出稼ぎに行ったのだ。バイトの空き時間は滑り放題! という謳い文句に(これで一気に上達!)するかと思いきや、毎晩タコ部屋でバーボン三昧。だってさー、ゲレンデから降りてくると板とブーツをレンタルする時間もなかったんだな。
 そして勤め人となり、先輩の運転で東北の工場を回った時も雪だった。福島から秋田に向けて、夜中の山越えをする羽目になっちゃって。安達太良山の駐車場で休憩してたら、吹き降ろす強風で車が滑り落ちそうになるし、尾根道は更に激しい猛吹雪で(僕は助手席だったんだけど)視界ゼロ&スリップの連続! 秋田側に下る坂道の左右には横転したトレーラーの見本市よ。なのに突然に降り止んだ銀世界は、凍りついたような無音で息を呑むほど繊細だった。
 僕の記憶に焼き付いている雪景色って、なぜかどれも静止画みたいなの。真夜中で、人の気配がなくて、無気質でさ。メタン・ハイドレート、だっけか? 深海の底にある凍ったガスと泥の固まり、まるでそのような感じなのね。忘れた頃に、心の奥底から突然ボコリと浮上してくるイメージ。詞を書こうとしてる時なんかにね。
 最近は全然なんだけど、僕は寝る前に詞を書く事が多い訳よ。でも日記みたく私的だったりはしないんだ、その辺て誤解されがちなんだがね。たとえばラブソングだったとしても、その日TVで観たドラマだったり隣り合ったカップルだったりが折り重なってるもんなの。寝入りばなに見る、一日分の走馬灯っぽい感じ。
 そういう時にね、ボコリと波打つんだ。思い出そうとしても見つからない写真に似てて、どうでもいい時に鮮明に浮かんでくる。だからって、その光景の状況とか人間模様なんかは不思議なくらい飛んじゃってて。精神状態だけ、それを目にした一瞬に戻ってる。
 うまくすると、頭で変換するより早く一行目が書けてるのね。そしたらしめたもので、あとは勢いに任せて考える間もなく歌詞が出来ちゃう。とにかくカタチに置き換える最初の文字が切り出せたら何とかなるの、関係ない他の記憶が詞に足りない要素を何とかしてくれるから。
 たとえば旅をしたとして、面白いもので(その事をモチーフにして書きたい)なーんて思ってるうちはダメなの。耳に詰まった垢がゴソッと削げ落ちる感じで、ある日突然カタチになるんだな。しかも思った通り、じゃない感じでね。ひょっとしたらそれも訓練次第でコントロール出来るものなのかもしんないけどさ、でも案外そうしちゃったら力が弱くなりそうで。
 狙いどおりに作るのって楽しいけど、そういうんじゃあ自分自身を楽しませる力ってのは持ってない気がするな。

平成15年3月21日


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2004年03月03日

41*燃えよ!イイオンナ

 ヘザー・ロックリア。ずっと気になってたハリウッド女優で、最近やっと名前が判明した。演技とか私生活とかは知らない、ただ画面に映る表情や仕草が魅力的なの。若干、トウの立った美人で、笑うとできる目元のシワもまた素的な感じ。年齢が現れる部分がチャーミング、というのは年の取り方として理想的かもしれない。
 しかし考えてみれば、目元のシワに魅力を感じるのって不思議だ。魅力的なシワと、そうでないシワがあるの? と自問してみる。それをいうなら「石庭に侘び寂を見る」という心の主観性と似たようなものだろう。だって、神経質に整えた砂利じゃんね。侘び寂の砂利と、そうでない砂利。
 ところで、僕には「モテモテ願望」がある。まるで絵に描いたみたくカワイコチャンがキャーキャー寄ってくる、そんな単純なイメージへの憧れが。そんな嘘臭い願望を体現してる(と僕の目には映った)青年がいたのね、彼女がいようが関係なくグイグイ迫ってくる女性が後を絶たないような。壮絶な入れ食いラブライフ状態。
 そりゃもう羨ましい! というか、心底あやかりたくてさ。彼の爪の垢ゴクゴク飲む勢いで観察してて、ちょっとした発見をしたの。彼の目元は優香に似てる、って。もちろん性格だってモテモテで当然だったんだけど、そこはやっぱり太刀打ち出来ないし。
 ちょうど(癒し系)なんてフレーズが旬だった頃でさ、すでに優香も巨乳アイドルじゃなくなってて。TVなんかで見かけるたびに僕は、あの半開き気味の瞳がポイントだと思ってたのよ。それから鼻の下を伸ばすような話し方ね(高松しげおかよ)。
 微妙にトロンとした眼差し、そこに彼と優香の共通点を見いだした僕は(これぞモテる秘訣では?)と短絡的に結論付けた。たとえばベティブープの誇張されたアイシャドウね、半開きの瞳ってのは性的な恍惚を連想させると思ったのよ。これが半開きの口となると、知性的にビミョーだけども。
 僕は以前から、瞳に芯がある人を「眼力がある」と呼んでる。メイクで作られた「目ヂカラ」なんてのとは別ものとしてね。優香眼は、そういった一種の緊張を強いる力とは逆の安心効果がある気がしたんだ。でもその効果で引き付けられちゃう人って、不安を多く抱えてるって事になりそう…。おおっ、ノーサンキューだぜベイビー!

 浅草で仕事をしてた頃は、特に(色気は所作)って感じたな。あの界隈は芸事の師匠がとても多くて、今も地元の女の子が普通に稽古通いしてるのが珍しくないんだ。そうすると普段の所作ってのも違ってきてさ、たとえば三社の時期なんて地元以外の神輿担ぎが大挙して祭り装束が入り乱れる訳よ。だけど浅草の女のコって一目で分かるの、きりりとした色気というか所作が自然に決まってるから。帯の締め方がだらしない、なんてのは論外でね。
 背筋や立ち居ふるまいがすっとしている、そういう女性の色気は年を重ねても衰える事はない。ただ、習い事に即効性はないからなあ。もし自分が女性で(イイ女になりたいな)って思ったとしても、結局は目先のダイエットやエアロビに走ったりするだろうけど。服とか小物に金をかけたりね。そういう買い物は、消費という楽しみと(キレイになった自分)という妄想をも与えてくれる。身につければ即座に効果が実感出来る、という満足も与えてくれる。10年、20年で二束三文だろうが。
 そう、長期的なスパンで物事を見れないんだ。これは女性云々じゃなくて、今は「結果を出す」という言葉が象徴するような価値観の時代なんだな。100年後のために木を植える、9世代先の子供達に遺すという考えが根を張る土壌は期待出来そうにないのかも。
 だって所作の色気を絶賛してる僕自身、思い描く「モテモテ願望」のカワイコチャンは外見優先なんだもの…。

平成15年2月11日

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posted by tomsec at 21:41 | TrackBack(0) | 空想百景(ALL) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする