2003年09月30日

20*グリーン・アラベスク

 秋になり、僕はまるで初めて出会ったかのように秋を見てしまう。季節の気配が変わるたびに毎回、僕は同じ手に引っ掛かっているようだ。
 空に射す透明な光に拡がり過ぎて戸惑ってしまう心の中、幾つかの淡い感情が混じり合いながら漂い始める。それらの気持ちが、微風のように吹き過ぎてゆく。離れて眺める東京の空は、深い灰色のあぶくに包まれているのにもかかわらず。
 学生の頃にはまだ見えていた星座が、霞んで見えなくなってきた夜空。昼の青さも常に白っぽく埃がかって、外国で撮った写真に映る濃厚な空と同じには思えないくらい。それなのに、この秋空は美しい色をしていると思う。
 木立に立って、空を見上げる。
 折り重なる葉が木漏れ陽に透けて、僕はそれを(グリーン・アラベスクだ)と思う。隣りあう木々それぞれ、種類によって葉の付き方が違っている事に気付く。枝に対して左右対称なもの、互い違いなもの、節目毎に集中してるもの…。更に枝の付き方も、また違っている。その微妙に異なる、緑の万華鏡が僕の目を奪う。
「人が花を見る時、花もまた人を見ている」…これは、デニスさんというインディアンの言葉だ。
 あえてインディアンと書いたのは、自分にとって自然な言葉だから。一時はネイティブ云々と呼んでみたりしたものの、彼らは自分達を部族ごとに固有の名前で呼んでいるのだし、重要なのは(どんな気持ちで呼ぶか)だと思い至ったので。
 余談だがエスキモーという呼称は、イヌイットの言葉で「生肉食らい」という意味だと聞いた。そうなってくると事情は別で、やはり「人(イヌイット)」と呼びたいと思う。
 話を戻して「花も見ている」という言葉、僕が花や草木を見ていると思い出してしまう。特に、生い茂る葉の中に咲く小さな花を見ていると、それぞれの花が織り成す幾何学的な模様が、何かを語っているように感じられてくる。それは一種の催眠状態のような、うまく言い表せない感覚だ。
 僕は一度だけ、本当に樹木の声を聞いたと信じている。そこは原生林でも何でもない木立の中で、ふと顔を上げた瞬間に、感じるより速く理解するには圧倒的な情報が思考に流れ込んできたのだ。目の前にいるのは(エルダーブラザー)で、大勢の存在感は(ここにいない木々も、常に意識として繋がりあっている)のだと分かった。それは本当に「分かった」としか表現出来ない感覚で、それが何だったではなく僕自身には事実でしかない。
 ま、そんな事もあるさ。
 草木を見ていて、W.モリスの図柄を思い出す事もある。あの人の作品は模様に重点を置くというより、配色とのバランスが絶妙なのだが。自然の色彩を知っていて、わずかに人工的なズレを加えているような。僕が樹々とか花々を見て強く感じるのは、どちらかというと模様のほうに比重がかかっている。
 古代では、文様に力があると考えられていたらしい。波、植物、稲光、巻き貝、蝶々、雨、などなど。世界の様々な民族が考案した文様を眺めていると、そこにある純粋な願いのような感じが伝わってくる。それはひょっとしたら、自分が漢字文化の中で生まれ育ってきたせいだろうか。森羅万象を表した、象形文字の原型を残しているとはいえないにしても。
 同じインディアンの、チェロキーの族長が遺したという「言葉は、比較・分類のメカニズムだ」という言葉がある。その仕組みの中では捉える事の出来ない何かを、族長の言葉は示唆していた。実際、言葉が請け負える仕事は「双方が了解している物体についての伝達だけ」なのかもしれない。
 特に形のない事象にいえると思うのだけど、比較・分類なしに説明するのは困難な上に正確さを著しく欠いてしまう。それは、本来の言葉の領域を越えてしまっているんじゃないかという気もする。しかし今、僕らが何かを話す時は、むしろそんな領域外の事柄ばかりだと思わないでもない。
 話さずにいられない気持ちを伝えるのに、言葉より適切な手段がありそうな気もする。だとしたら、たとえば草花と対話するように、僕は秋空の色彩について語りたい。

平成15年9月30日
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2003年09月07日

19*言葉と文化と路の上 Pt.III

 すっかり秋ですね、では一句。「ケータイの(はぁい)で終わる切れのなさ 嬉し楽しもやがて空しく」…お粗末。特に下の句が。
 ケータイを使うようになって、電話で話した最後が「はぁーい」という符丁じみた終わり方になってる自分に気が付いたんだ。これって何なんだろう?
(さぁ切りますよ)っていう合図かとも考えたんだけど、だったら固定電話しかなかった時代はどうして言わなかったのか? って説明がつかないよね。知らぬ間に使ってるけど、ケータイを使わない人は「バイバーイ」とか「じゃあね」の後に「はい」が付かないのよ(と言っても、一人しか知らないんだけど)。
 以前はそのほうが当たり前だったのに、今はケータイ使ってる人ばかりで「はい付き」に慣れちゃったせいか、唐突に切られたような錯覚をおぼえるんだよなぁ。そうやって気にしてみると、ケータイ同士で話してる人って、最後のほうは「はぁい」を連発してたりするのね。傍で聞いてると適当に受け流してるような気もするけど、海外でも、やっぱり「はぁい」に相当するようなオマケの結句があるのかなぁ?
 それから、日常の受け答えでは「あ、はい」って普通に言うようになったね。勤め人だった時は会社の先輩によく怒られたんだけど、今じゃ多数派になったのか咎める人もいないし。当時は気を付けてたんだけど、今じゃ僕もすっかり言うようになっちゃった。
 あと、非常に当たり前に「あ、〜」っていう言葉遣いをしてるのは僕だけじゃない筈。この意味不明な接頭詞、考えなしに使ってるけど合図のつもりなのかな? 受け答えの両方で使ってたりするよね。
A「あ、これお願いします」
B「あ、分かりました」
 みたいに。無線みたく(さぁ発言しますよ)という確認だったりして(あれは語尾に「オーバー」って言うんだよね)。便利っちゃあ便利だけど、書き言葉に直すと不自然な感じ。
 一昔前の、ちょっと奥ゆかしい女性の言い回しにありそうな気もするけど、呼びかける時の「あの〜」を省略した形と、納得とか了承した意味での「あぁ」を兼ねてるのかなぁ。しかし大勢が行き交う職場で「あ、〜」が乱れ飛ぶのは、さすがに鬱陶しい。
 言葉のついでだけど、女性ファッション誌で目に付く特異な言い回しも、なんか引っ掛かる。僕自身は滅多に雑誌を買わないんだけど、男性誌では見かけない気がする。それに一般的な活字文でも、あまり見ない独特の表現方法だと思うのよ。
 それは、たとえば写真の脇に「〜をプラスして」「〜で颯爽と」「〜で辛口に」といった調子で、小見出しのような(あるいはオマケの一言みたいな)使われ方をしてるケースが多いのね。写真を見れば一目瞭然な訳で、だから最後まで言い切る必要ないんだろうけど、歯切れ悪そうな文章だなぁ…って思っちゃうんだ。
 余計な文字数を減らしたほうが写植は安上がりになるのかも、ってDTPの時代に一字いくらで商売してるとも思えないし。語尾を省略する事で、提案といったニュアンスを装っているのか(つまり「しなさい」ではなく「してみては如何でしょう」)。それともビジュアル効果として、くどさや野暮ったさを軽くしているのか。
 だけど、この中途半端な言い切り方を会話文にすると(やんわりと、確固たる命令)に聞こえそうなんだけどな。耳で聞いたら、かなり「ダサい貴方が垢抜けるように、オシャレ上手の俺様が丁寧に辛口指南してやるぜ」っていう響きになりそうな気もする…。
 そんなオシャレ雑誌のグラビアが、時々えらくビミョーなコーディネートだったりするんだよなぁ。あれってセンスが一歩先なのか、読者の盲信的な虚を突いてるのか、それとも本当にファッショナブルなのか混乱させられる。
 大体、モンペ風パンツにキャバサンもどきが流行中らしいし。そのまま聖子ちゃんカットにでもしたらどうよ?…って、やっぱ「イケてない」のは僕かしら。

平成15年9月7日
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18*言葉と文化と路の上 Pt.II

 何かの本で「構造体とは不安定なものである」というような事を読んだ。
 違っちゃうかもしれないけど、僕の解釈で要約するとこういう話。「どんな物も、完全となった時に崩壊する。人も社会(国)も安定した状態に向かおうとするが、それ故に完成すると同時に滅び始める」んだって。
 うまく伝わんないかもなぁ、でも僕にはリアルな話に思えるんだ。不安定な要素を排除し尽くすと、後はもう発展の余地がなくなっちゃう。それは回路を閉じてしまうんじゃなくて、常に風通しを良く開かれた状態にしておくって事に通じる気がするのよ。
 人間関係でいえば、恋人や夫婦間で完結してしまうような間柄が、僕にはそのように見えるのよ。それは人それぞれだし構わないけど、僕は別れる理由の一つがそれだと思ってるんだ。もう一つは、お互いの精神的な成長の方向や速度の差によるものもあると思うけど。「他に好きな人ができた」とかいう物理的な事情の背景は、どちらかに当てはまるような気がするんだ。まだ他にもあるのかも知れないけどね。
 集団としての閉じた状態ってのは、鎖国みたいなものかな。どうしても集団内で安定してくると閉鎖的になるみたいね、外部から混乱する要素が入り込むのを煩わしく思うようになる。というか、内と外を分けて考える時点で既に閉じてるのか。でも身近な人との関係で、相手を自分と同化しちゃうと喧嘩の素になるけどね。
 どこかの国で、外国人労働者の増加による社会不安が云々…というニュースがあったなぁ。日本でもイラン人が増えた時期に、そういう危険な風潮が感じられたけど。もっとも今は外国人よりも「凶悪犯罪の若年化」が取り沙汰されてるよね、実は戦後間もない頃のほうが多かったらしいのにさ。
 若者はいつの時代も大人から疎まれる、新しい事を起こしたがる存在なんだよね。もっとも(大人)という定義を年齢を基準に考えちゃうけどさ、それもどうかと僕は思うんだわ。人として大きな物の見方を指針に持つには、20歳という年齢基準はそぐわない気がするよ。江戸時代ならともかく。
 ここで一気に話は飛躍します、ゴメンナサイね。
 とあるサイバーパンク小説に、こんな名言があった(あとがきかもしれない)。「ストリートにはストリートなりの使い方がある」って。
 たとえば安価なポータブルレコードプレーヤーは、路上でスクラッチする目的で作られた訳ではないよね。パソコンだって、技術者でもない人間が個人的な娯楽として使うために生まれた訳ではない。だけど、誰かが掟破りの使い方で(壊しちゃったりもするんだろうけど)既成概念を突破した、新しい流れをメインストリームに押し上げてゆく訳さ。
 ある集団の猿が、急に芋を洗って食べ始めたんだって。それを真似するものが増え始めた頃、まったく交流のない遠隔地の集団でも、同じように猿が芋を洗い始めたんだって。僕なんかは人の尻馬に乗るタイプで、せいぜい101匹目の猿なんだけど、一番最初に始める存在ってパワー&フールじゃないと後が続かないだろうなって思う。
 いまだに「美しい日本語を守ろう」という主張を耳にする事がある。だけど言葉は生き物じゃん、文化の変遷と相互に影響を与え合っているのに。それに美しい日本語って言ったって、決して大正言葉や平安時代の言葉まで守る気はないんだと思うのね。単に、自分たちの慣れ親しんだ文化に固執している感じがして困った気分になってしまう。
 若者言葉が美しくない日本語だろうと、彼らのような使い方から流行し定着してゆく言葉が、新しい時代に沿った形へと更新してゆくのだし、現在の「守ろう」派だって同じ事をしてきたに違いないのになぁ。

平成15年9月7日
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17*言葉と文化と路の上 Pt.I

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「最弱だと思ったらかかってこい」
 これ、ウチのすぐ近所の高架下にあったスプレー落書き。見るたびに、何ともいえない可笑しさが込み上げてくる。
 これって、他の人が見ても面白いよね? もしかしたら僕だけなのかなぁ、これで笑えるのって…。そんな不安を抱えつつ、言い訳がましく解説しちゃおう。
 この台詞は、最初に描いた落書きを他のグループに上書きされた事で登場したのね。その場を目撃しなくても、グループ名にバツ印があって、その横に「最弱だと思ったらかかってこい」と書いてあったら事情は分かる。つまりナメんなよ、と。売られた喧嘩は買いますよ、と。
 意味は分からないでもないが、普通に読んだら(誰が最弱を相手にする?)って気持ちになると思うんだけどねぇ。なんだか間抜けな挑発じゃないですか、啖呵を切りながら屁こいてるような。たぶん、文字で書いてあるから尚更アホみたいな感じがするんだと思うけど。
 これを書いた本人は何もおかしいとは思ってないだろう、と思うのね。自分達を侮辱されてカッとなった勢いで、頭に浮かんだ話し言葉のまんま書き付けたんだろう。しかしこれを見て、真に受けて「かかって」いく奴がいたのか? 興味深いところ。
 文章として変でも、これはこれで意味が通じれば一向に構わないんだよね。彼らは自分らの言語で成り立つ世界に生きてるし、僕とは明らかに異なる価値基準&相いれない思考が常識なのだと思う。
 彼らをひとくくりに決めつけるのではないけども、一種独自なルールで生きてる人っているよなって思う。僕から見ればね。もちろん、どんな人も自分流に解釈した上で社会的な規則に従っているから、一部の極端な人々を非難したい訳じゃないのよ。ただ、自分の理解を超越した発想で生きている人は、時として興味深い観察の対象になり得るんだわ。
 最近、ふと思ったんだ。先天的な性格で(俺様ルール)になるタイプが、どんな社会集団にも一定の割合で生まれてくるんじゃないか? って。たとえば信号は「黄色が突っ込め、赤で注意」とか、ふざけてるのかと思うけど実際には当たり前に見かけるんだよな。
 小さい会社のワンマン社長なんて言われる人にも多いけど、良く言えばカリスマ性がある(悪く言えば自己中心的)人間ね。そういう(俺様ルールが顕著な人)って社会集団の整合性を乱す要素ではあるにしろ、ある局面では重要な役割を担うこともあるのかなって考えたりしたんだ。
 ラピュタ人と呼ばれる、太平洋に拡散したモンゴロイドの一部なんだけどさ。なんで海に漕ぎ出したんだろうって思ったの。まぁそれを言ったら、なんで住み慣れた土地を離れて世界中に散らばって行ったのかも不思議だけど、それは食糧不足とか追い出されたとかも考えられるし。
 舟に乗って移動する事を思いつくまでは、分かる。でも陸地があるか見えもしない彼方まで、偶然だけで行き渡るものとは思えなかったんだよ。そこまでリスキーな博奕を打てる人間、言い出しっぺになるような人種が、どの集団の中にもいたんだろうね。理に適った道よりも、自分のルールを信じられる人間が。
 それは単なる想像だから何の根拠もないけれど、彼らには彼らの存在意義がある事が、僕は勝手ながら納得できたのよ。トランプでいうならババのような、神話でいうならトリックスターのような立ち位置といいますか。
 神話でいうトリックスターって、意地悪だったり天の邪鬼だったりする価値のない神様なんだけど、時に無敵の存在として天地をひっくりかえすような事をしちゃったりするんだよね、確か。何の役にも立たない(というか迷惑な)存在でありながら、他の神様が束になっても叶わない力を秘めているの。
 だから彼らが何だとかいう話では、重ねて言うけど関係ないからね。もっと大雑把に俯瞰した感じでの話。

平成15年9月7日


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2003年09月06日

16*最大公約数

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 先日、大阪に行ったの。まったくの私用だったんだけど、帰りの新幹線が某球団の優勝決定直後に! 幸い、濁流のような騒乱に巻き込まれる事もなく帰途に就いたのでした。
 一夜明けてニュースを観ると案の定、フーリガン状態ね。絵に描いたような集団心理って、端から見てるとマヌケ。でもさ、群れてる側の楽しい感じは分かっちゃう。程度の差はあれ、似たような経験ってあるからね。
 前に「ハロウィン・トレイン」なる、一種のシークレット・イベントがあったのよ。最近はどうなんだか知らないけれど、ハロウィンの夜の山の手線を勝手に占拠しちゃうの。どの駅だったかは忘れたけど、確か9時ちょうどの内回りに乗り込んで。
 多分、最初の思いつきは在日外国人の茶目っ気だったんじゃないかな。単に仮装して電車に乗るだけの。でも僕が参加したのは、外国人の友達に初めて誘われてから何年か経ってからだったのね。それだからかな、相当数の日本人も含めて最終的には車内ギュウギュウ。
 当然、何も知らない一般の乗客もいる訳で、停車駅毎に妙な格好の連中ばかり乗り込んでくる異様な事態に愕然としてるの。多勢に無勢で段々とエスカレートしていって、車内で踊るわスケボーするわ、停車するたびにホームを駆け回るわの騒ぎに。
 僕は途中で降りちゃったんだけど、翌日の新聞に逮捕者が出た記事が載っているのを見て頭を冷やしたよ。車内のマナーという点でも、安全な運行の上でも迷惑な行為にまで発展してしまった。おそらくは、最初に始めた誰かの、アメリのようなユーモア精神を大きく外れて。
 そんな僕だけに、サッカーだ野球だ祭りだと口実をつけては暴走する連中って「見たくない自分」を見せつけられているような気持ちになってしまう。
 ところで、勤め人が自分を卑下して「会社の歯車」なんて言い方をしたりする事があるよね。会社に限らず、人間の集団って最大公約数の法則が働くんだって。つまり、その集団に属する人の秘めている願望なり欲求の、一番強い要素が全体の行動を決定するという話。
 人間の脳みそって、進化の過程そのままの3層構造になってるらしいのね。中心に、快or不快だけのトカゲ脳があって、その上に少し高度な動物としての脳、そして外側が人間らしさを司る脳があるんだってさ。
 会社組織には「利潤の追求」という総意の枠があるけど、たとえば停電とかのような「総意も枠組みも何もない」状態によって偶発的に生まれた人の群れは(この激ムカ状態を何とかしてぇ!)って気持ち、共通する「個人的な欲求」を抱えてるんだよね。その集団内の頭数が多いほど、一人一人がまるで(人数分のエネルギーを放つ巨大な人間)のようになっちゃうんじゃないかな。これは理屈というより、経験として思った事なんだけれども。
 それとは反対に「個々の善意が、共通の環境の中で孤立していた人同士を連帯させる」という場合もあるよね。災害などの非常時には(原始的な発想に傾く群衆)だけでなく、同時に(利他のつながり)と呼べるような最小公倍数も生まれてくる。というより、そうなんだと信じていたほうが、僕の人生は楽しいだけかな。
 何かの本で「会社の平均寿命は30年」というのを読んだんだ。優良企業名鑑だか、そういった資料で統計を取った人がいて。長生きしようが短命だろうが、まるで人間のように成長期と衰退期がある…。そう考えると、人って会社という巨人の血となり肉となる素材なんだなぁーと思う。
 会社という、人間の組織。人間という、細胞の組織。
 細胞にも汚職があったり、時には反抗してストをしたりしながらも丸め込まれて、結局は使い捨てられてゆく。僕の意志は、細胞組織全体の最大公約数なのかな〜?
 最小公倍数?

平成15年9月16日


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15*思い出の町

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 新しいパソコンが完成する前の話ですが、久しぶりに真夜中のドライブをしたんだ。
 パソコン作りが深夜に及び、帰れなくなったP氏(このサイトを作ってくれた人・仮名)を送ったのよ。ほぼ東京横断、でも夜中は道が空いてるから片道1時間半程度だったけど。
 その途中、半分くらいまで来た所で懐かしい場所を通過したのね。そこは10年前に、2年間だけ親元を離れて住んでいた町でした。別に当時のつながりは全然ないのに、なぜか時々よく来るんだよなあ。ここを通る用事があったりしてね、ちょうどその夜みたいにさ。
 僕は都内各地で色々なバイトをしてきたし、住んでたからって特別なつもりはないんだけど、この町は通過するだけでもスウィートメモリーズ状態になっちゃうんだな。人気のない真夜中の沿道をトボトボ歩いてた、その頃の気持ちに戻ってしまい刹那くなるのよ不思議と。
 どこかの作家が書いていたけどさ、匂いって生々しく記憶を蘇らせるね。夕飯時の商店街の揚げ物の匂いだったり、夏の夜の草いきれだったり。そして僕の過ぎ去った時代は、この町の空気に残っているんだ。
 今の自分なら、もっと違う選択ができるのに…。そんなふうに心がタイムスリップして、胸が苦しくなっちゃう。でも通り過ぎてゆくしかないし、過ぎてしまえば魔法は解けてしまう。そうやって何かの折に通るたび、古びた記憶が更新され昨日の事みたく上書きされてゆく。なぜかそれは、救いのようにも思えたりするんだけど。
 あの町は僕にとって、今も不思議な磁場を持ち続けているのかな? と思って気が付いたんだけど、10年前と何も変わってないんだよね、景色が。考えてみれば、都内でそれって希有な事だと思うんだ。スクラップ&ビルドの御時世にしては。
 思い出深い場所といえば、竹芝埠頭もそうだったなあ。けれどかつての、うらぶれた倉庫ばかりの風景は消滅してしまった。20代前半の僕の記憶は、変わり果てた竹芝埠頭では証明できないんだ。あれがすべて僕の思い違いや妄想の産物だったとしても、生々しい匂いが失われた以上は、僕にとっても現実味を欠く思い出になりつつある。
 変な話かもしれないけどさ、住み慣れた地元ですら最近は(知らない町)になってきた気がするのよ。行き交う人も町並みも変わってきたし、匂いだって当然のように違ってしまっているもんね。きっと僕が小学生まで暮らしてた団地も、僕の記憶を打ち消す位に変わってしまっているんだろうな。
 2003年というのは、ビル問題の年なんだって。そういう話がTVのニュースであったんだけど、詳しく聞いてなかったから説明できるほど分かってる訳じゃないのね。なので誤解があるかもしれないけど。
 ちょっと前に丸の内辺りで建て替えたオフィスビル、借り手がなくて往生してるんだそうだ。不景気云々て言ってるのに賃料上がれば当然だと思うよね? でもビルの寿命は30年くらいで老朽化してくるので、メンテナンスに追われるより新しくしちゃったほうが安上がりだったりするみたい。だから近頃ばかすか建ってるのか。
 それにしても、たった30年とは驚いた。以前は確か、耐用年数100年とか大風呂敷拡げてなかったっけ? 僕の思い違いとかじゃない筈だけど、やっぱ酸性雨とか紫外線のダメージが加速してるのかねぇ。スクラップ&ビルドの発想って、清貧が流行った時期なんて「環境に優しくない」だか「消費礼賛主義の時代は終わった」って叩かれてたと思ったのに、いつのまにか当たり前になってる気もする。マスコミの言う事って、場当たり的というか、筋が通ってないねホントに。
 解体を前提とした造り方、という点ではパソコンも同じだよなぁ。ウチの場合も、現行品と互換性がないモニターやキーボードまで買い替える羽目になった訳だし。ま、PCは進化が早いから、コンクリの箱と同列で語るのは無理がある気もするけど。
 それに家電製品と比べたら、PCのほうがまだ応用が効くほうかもね。僕のCDコンポ、買って3年で「修理するより買ったほうが」って言われてしまった。まだカセットは聴けるし、CDは壊れてても差し支えなかったので無視したけど。
 あと、つくづく思うのは携帯電話ね。なんでサービスを提供する側のケータイ会社が、製品を仕切ってるんだろう。僕は折り畳み型が嫌なんだけど、今じゃもうそれしか選べないもんなぁ。これ以上の付加機能なんて要らないから、基盤などパーツ交換で長く使えるようにしてほしいよ。
 パソコンでも、旧型マックにこだわる人がいたりするらしいよね。ケータイ端末だってさ、そういうハードへの愛着は湧いてくると思うんだけど? たとえば本体ケースの色を変えられたり、素材を牛骨とかブロンズにできたりしたら良いのに。
 そりゃさぁー、ゆく川の流れを止めようなんてつもりはないよ。時間の中で留まる物はないもの。
 だけど企業の都合で選択の余地がない変化ってのも、何だか不当な扱いを受けてるような気分になったりするんだよなぁ。

平成15年9月6日


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2003年09月02日

14*パソコンの住人

 1カ月ばかり、パソコンの前から離れてました。でも横にはいたけど。
 どういう事かを説明しますと、休日を利用して新しいパソコンを組み立てていたのでした。実際に作ったのはP氏(このサイトを作ってくれた人・仮名)で、僕は傍らで眺めていただけなんだけど。で、その間は古いほうも触らずにいたのよ。平日も忙しかったし。
 僕は自分のパソコンを所有してないので、いつも家族兼用のパソコンを使っているのね。それを「買い替えよう」という話になってさ、だけど我が家は全員素人なんでP氏に登場願ったという次第。それで彼の厚意に甘えて甘えて、こちらの都合で呼び出しては一切合財やってもらっていたんですわ。おかげさまで快適PCライフ! ありがとう、P氏。
 なかなか大変だったけど(て何もしてない僕なのに…)、特に面白かったのは本体の中身をのぞいた事だなあ。空の箱が、基盤を詰め込まれて“神秘の箱”と化してゆく過程。 基盤の上には切手より小さな円柱や板やらがあって、あれはCPUって言うのかな? 御大層なファンで覆われてるのもあるのね。マザーボードっていう一番大きな基盤だって片手に納まるんだから、それらのパーツなんてハナクソ位しかないのよ。それらの間に筋肉繊維のような電源の束が、立体的に組合わさった基盤の四方八方に収まってゆくの。絹糸みたいに細〜いハンダが、狭い隙間にビッシリ張り巡らされていて。
 P氏が本体の箱に手を突っ込んで、細かい作業をしてるのを上から見ていた僕の脳裏に、ダラス上空の光景が正夢のように蘇ってきた。あれは、メキシコ南部のカンクンという町に行く途中だったな。成田から飛んできたジャンボジェットから乗り継ぎ、小型の飛行機でダラス空港を離陸して、みるみる小さく霞んでゆく町並みに目が釘付けになってたんだ。クローバー型に立体交差するハイウェイを過ぎ、建て売り住宅の無機的な区画に薄雲が懸かり…。
 あの時、僕は(集積回路みたいだ)と感嘆したのね。そして実物は、あの都市上空のイメージと同じだったのよ。基盤上の主要なパーツごとに電源は供給され、鈍い銀色の微細な線は碁盤の目のように走り…。
 パソコンて、中身は家電というより都市に近い物なのね。その急速な性能の向上は、いつか頭打ちになって、そこそこのクラスで落ち着くのかと思ってたけど違うんだ。村落が都市へと発展し拡張して利便性を高め、エネルギーを欲しがるのに似て、更に限りなく進化してゆくのだろう。
 しかしなぁ…。人間は、どこまで付いてゆけるのかね? 32から64メガバイト、128〜256〜512?? 音楽のリズムは4拍子から8〜16ビートへ進んできたけど、32より速くなると人間の耳では聞き分けられなくなってくるんだってね。そうすると、64拍子の音楽は果たして音楽と言えるのかなぁ。まず唄うなんて無理だろうけど。
 ギターの速弾きは、どこまでも速く弾けるような気もする。でも、音符の先には出られない。いかなる即興も五線譜に記され、模倣され、更なる技巧に超えられてきた。世界陸上の最速記録も着実に更新されているけどさ、速さを求めてどこまでゆくのか、もっと気になるのは、限界に至ったとして、それからどうするのか? って事。パソコンの、処理速度の事ではなくて「限界まで速いPC」と人間の関係ね。
 もちろん専門的な仕事では、今以上の処理能力が必要とされ続けるのも理解できるんだ。これだって元々は戦争の道具として、ミサイルの弾道計算という役目を担って育ってきた訳だし。今後も色々と難しい仕事があるに違いない、たとえば僕にスノボを覚えさせるとか。頼む気はないにしても、機械や通信機器と連動させれば後はプログラム次第で何とかなるんだろう。
 10年かかって出来るようになる事を一日で可能にする、要はそういう事を望んでしまう人間て…。いや、人間全体の速さへの信仰みたいなのの話よ。速くて良くないのって、早漏と早老ぐらいかな?って。Live&Deathか…。
 やっぱり永遠とか無限に憧れてるのかな。でもそんなの幸福とか平和と同じ概念でしかないんだけどね、解ってても諦めきれないのかも。

平成15年9月2日
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2003年08月01日

13*型くずれ

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 いつのまにか、気が付けば夏休みの季節だなぁ。
 夜、川向こうの団地から盆踊りの音曲が流れてきて、意表をつかれたような気がしたのよね。なんせまだ梅雨明け宣言も聞いてない…。と書いた翌日に明けるとは! 時事ネタってムズカシイねぇ〜、アップ直前で原稿書き直しかよ。とほほ。
 しかし今年の梅雨明けは遅かった、気象庁も「梅雨明けしてるよ」って言っちまいたくてウズウズしてたろう。きっと、なかなか夏らしい気圧配置にならなくて決め手に欠けてたんじゃないかな。
 異常気象ってのも、もうすっかり会話の枕詞みたいになっちゃってるよね。先日の新聞記事じゃあ、世界中の数年来の観測データを統計して(どうやら雷神と風神の気まぐれじゃあなさそうだ)って事がはっきりしてきたみたいだ。感覚的なもんだけじゃなく、数字の上にも出てきたって話ね。で、オチはこんなふうだった。
 これが温暖化の問題と関連性があるとして、それが科学的に立証されたなら、我々は産業の発展や利便性を犠牲にしてでも地球を守らねばならない…云々。
 う〜ん、まどろっこしい! まぁ民主主義だから総意に基づかないとなぁ、それに明確な根拠がないと企業にキレイ事を言わせるだけってのも解る。それに自然災害の復興や抑止に貢献してない訳じゃなし、それもマッチポンプな気もするが大ナタふるって万事解決とはいかないか。
 どこかに悪者がいた(と納得してられた)時代が懐かしいよな、まったく。完全な悪者がいないってコトは、つまり全員が少しずつ間違ってるのか?…なんだか重たい展開になっちゃったなぁ。何が言いたかったんだっけ?
 そうそう、(夏らしい気圧配置って何だろう?)って思ったんだわ。多分、長年の観測結果から四季折々の気象状態に法則性みたいなのがあるんだろうな。その中の典型的な夏パターンが、異常気象か何かで崩れちゃって型どおりじゃなくなってる…のかな? と。
 ここまで考えてて思い出したのは、日本の古典芸能についての話。若手の歌舞伎役者さんだかが雑誌で言ってた受け売りだけど、古典的な芸事は独創性よりも(いかに「型」に忠実か)が重要なんだって。型を極めることが、芸事の「道」って訳だ。ま、作法って保守的な世界には共通してるよね。ある意味、日本語ラップにも感じる時があるけど。
 ずっと、そういう決め事みたいなのって堅苦しいだけだと感じてた。もう若さの勢いなんてない割には、型は破るものだと思い続けてた部分があったのね。でも(案外そうでもないのかも)と考えるようになってきた気がする今日この頃、だからって「こんな時代だから雷オヤジ復権を!」なぁ〜んて思ったりは、まさかしないがね。
 さっき、細い夜道を50〜60代男性の集団とすれ違ったのよ。で、その時に初めて(歩き煙草が怖い)と感じたんだヮ。仲間同士で並んで話しながら、避ける意志も見せずにこっちに火の先ブラブラさせて。向こうさんは分かってるつもりだろうが、通じるように意思表示しなけりゃ向かっ腹も立つってモンよ。
 似たような事で、チャリの夜間無灯にも無神経さを感じたりしない? 街の明るさで自分が見えているからって、ライトを点けないんだろ。自分が暗がりを通過していても、対向車から見えるとでも思ってんのかね。あと四つ角に飛び出しといて非難がましい顔するオバサン、往来を平然とチャリでふさいでたりとか。文句というよりさ、勘弁してよって思うんだけど。そういうの。
 車の運転にも感じる事ってない? 速い側と遅い側って感覚の鋭敏が全然違っちゃうのに、距離間隔や速度で威圧感を与えてくる輩ね。せめて相手に「自分は貴方を認識してるよ」ぐらいの態度を示しているだけで、お互いに日常のイライラが減る気がしたんだな。だからって、単なる世間話としてね。教条的なメッセージじゃなくてさ。
「身勝手な大人」という型が、身勝手な子供を育てる…なぁ〜んてオチは新聞の読者投稿欄だけで充分だわ。たださ、江戸しぐさとか呼ばれてた(見知らぬ人同士のエチケットみたいなの)も一種の「型」だったのかなぁって。そして、そういうのは断魂の世代より以前に崩されちゃったのかなぁって。
 なんか嘆き節って感じになっちまったかな、不快になったらゴメンよ。

 平成15年8月1日

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2003年07月19日

12*脳とゲーム

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 ゲーム脳。やり過ぎるとナニだとか…? 炭酸飲料を飲み過ぎると骨が溶ける、って最近は言われなくなったな。単に、僕がオトナになったからなのかな。
 それよりさ、パソコンやりすぎると男の子が生まれなくなるってね。システム開発の友人に聞いたから、パソコンじゃなくて大型汎用機か。家庭ユーザーが浴びる程度の電磁波なら平気なんだろうけど、男の子を産んだって友人はいないしなぁ。
 この丸2年間、僕はゲーム浸けの日々を送ってました。生まれてこのかた、ファミ○ンもプレ○テも全然やった事なかったのにね。でも33歳にして突如、食事抜き3日徹夜の勢いで目覚めてしまったのよ。そして毎日毎晩、寝ても覚めてもゲーム三昧。
 ゲームにも色々ジャンルがあるけど、男子定番の格闘ものやレースは単調だし勝てないと腹が立つ。それに僕は「ときめき云々」とかの恋愛シュミレーション(略して恋ゲー)がやりたかったんだ。だから周囲は僕に憂慮していたのかしら(自覚なし)。併発するように、ガン○ムのプラモにも熱中時代。でもいいじゃんね、単なる趣味だぜ?
 恋ゲーは、自分のプレイする男子高校生の入学から卒業まで[勉強]やら[部活]やら[バイト]など様々な行動で数値(パラメーター)を上げさせてゆく。更に[デート]の選択で意中の女生徒の[ときめき度]をアップさせて、更に本星以外の女性にも嫌われないよう面倒をみないと評判が下がっちゃう。何という苛酷さ!
 架空の人格全員に気を遣って、これほど報われないとは何事か? 一向にハッピーな結末は訪れない、というか現実よりフラれまくり。やってられっかっつーの。さすがに懲りて、ロールプレイングゲーム(ロープレまたはRPG)に路線変更。
 ザコ敵と戦って主人公を成長させ(パラメーター上げ)、物語の途中に小ボスを倒して最後に大ボスを退治する、といった物語形式のゲーム。選択肢によって物語が進み、画面も賑やかで飽きない。ただ、筋立ては「姫を助け、巨悪を挫く」というハリウッド的なのばっかりだけど。
 小説と映画の中間的な感じで楽しめる、という事で月に何本も買い込んでは途中で煮詰まって…。最初は新鮮味があって面白いんだけど、次第に話が進まなくなってくるのね。数値上げの作業をこなさないと小ボスに勝てないから。結局、やりかけゲームの山を築く事になっちゃった。
 そういうのやってるうち、いつの間にかパラメーターっていう考え方を現実の方にも応用するようになってたんだ。たとえば金貨の数値を上げるのに仕事のコマンドを実行、とか。要するに現実も、自分の数値(実行可能な領域)とコマンド(行動パターン)に置き換えてたんだね。そうかー、こういうのが「現実とバーチャルの区別がつかなくなる」ってコトかと思ったりして。
 だからって、それが何なんだ? 現実だって毎日がルーティンな作業の連続なら、むしろリアリティないじゃん。0か1かで結論が出る、ゲームの理論で成り立ってる現実なんて…。生きてる実感って、もっと非合理的で不条理な要素を求めていると思わない?
 話は飛ぶけど、高校生の僕は学校帰りに本屋で立ち読みに励んでいたのね(漫研だったし)。すると小学5、6年の可愛いコが恐怖コミックってのを好んで買って行く事を発見したのよ。女性心理の不可解さは奥が深い…と申しましょうか。仲間内で「線一本で怖い」と評された不気味なマンガが、少女漫画より人気あったんだ。
 恐怖って、自分では理解できない存在とか、制御できない底知れなさに向き合う時の感情なんじゃないかなぁ。神とか悪魔とかは非現実的だと分かっていても、思わず受け入れてしまう瞬間があるよね。そういうのを理屈で排除するんじゃなく、なんとか折り合いを付けて暮らしてきた筈なのに。
 しばらく前から「癒し」は売れ筋みたいだけど、解消しきれないモヤモヤもそれだけ増えてるって事だよね? 賛成しかねる何事かに、心は気が付いて「NO」を言ってるんじゃないかな。モヤモヤの発生源が見えなくて、余計にモヤモヤしたりして。
 台湾は、まだ信仰心が日常の暮らしに息づいていた。宗教だと相互依存のバイアスがかかるけど、信仰ってのは「理屈じゃないものを受け入れる姿勢」だと思うのね。星空や、壮大な光景に心打たれる感覚…。あの時の気持ちが「癒し」に似てるなら、そういう要素が仕事場や学校や町の行事にあれば、少しは折り合いが付くかなぁって思った。
 ところで僕は、この2年間でゲーム機本体とコントローラー4ヶを壊しました。でもゲームのせいでキレたんじゃなくて、自分の鈍い神経にカンシャクを起こしただけよ。幼少時の性格って、ずっと抑えてきたって直りゃしないのね。
 三つ子の魂なんとやら…。くわばらくわばら。

 平成15年7月19日


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11*太陽風

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 太陽から吹く風って、どんなだろうね?
 もうずいぶんと前だけど、科学雑誌で読んだんだ。太陽風、って言葉があるんだって。同じ記事で、確か(太陽は音を出してる)とも書いてあった気がする。だけど、それ以外まったく思い出せないんだわ。だって普通に考えたら、風も音も真空の宇宙空間じゃ有り得ないもんなぁ。う〜ん、なんでだったっけか?
 真相はともかく、僕は(夢のある話だな)って思えたんだ。理詰めのイメージがある科学の分野で、寂し気な宇宙に風がそよぎ唄が響いてる…なんて。ユーモアがあって良いよね。たとえば他にも「僕らは星たちの子供なんだ」ってのもあったな。材料が一緒なんだってさ、元素とかの話だけど。
 気の遠くなるほど大昔、惑星だか彗星だかの一部だったとして。想像してみるとするじゃない? 太陽みたく惑星を照らしてる自分をさぁ。
 あっちこっちを、小っちゃい兄弟が元気に踊り回ってる訳よ。自分が彼らを照らしてると、その光が自分のとこに返ってくるの。自分から流れ出るエネルギーで、彼らの中に海が生まれて緑が生まれて、その変わりゆく色彩がフィードバックされて…。なんか嬉しいんだな。
 あるいは、みんなが歌ったり踊ったりする様子を離れて見てたりして。実際、僕は輪の中に加わってゆく人の楽しんでる姿を見てるほうが好きだったりするから、そうやって太陽系の外れに浮いてる石っころだったのかもしんない。超新星とか。ブラックホールだった事もあるのかなぁ、あんまりイメージできないけど。
 ブラックホールは、恒星の寿命が尽きる時に爆発できないと生まれるモノらしい。大きくなり過ぎた星が、自分の重力の強さに負けて内側に潰れちゃう事が起こり得るんだって。そんで超高密度に縮んだ重たい何かになって、更に何でもギューギュー引き寄せ始めるんだって(違ったかな?)。うーん、どんな気分なんだろう。
 周りの兄弟も他人も取り込んでしまい、そばには誰もいなくなっちまう。喜びも悲しみも情熱と冷静とその間も、好きでも嫌いでも呑み込んでしまう。光も見える前に消えてしまうから、本当に虚無で闇しかないんだ。なのに自分の中は凄い量のエネルギーでパンパンで…。あー苦しい! もうブラックホールは止〜めた。
 じゃあ話を変えて、8分後の太陽ね。なんか「ふしぎシリーズ・宇宙の不思議」みたい、って知らないか。背表紙が赤銀色の…ま、いいや。
 話を戻すけど、ここから太陽まで光速でも8分かかるって知ってた? 前に聞いた時は「1へぇ〜」程度だったんだけどさ、空を見上げて(えっ、これって8分前?)って思ったら妙にショックで。こんなに毎日会ってて、こっちはフレンドリーな存在だって感じてたのに、なんか裏切られたような。オマエって、そんな奴だったのかよ…。
 って経験、ありませんか? 身近なものへの誤解というか、一方的な思い込み。人間って、つい自分サイドの目線で考えちゃうよなぁ。自分のカラダだって、日々はがれ落ちて生え変わっていくってのに。
 そういえばさ。空も毎日のように見てるけど、その色って(一度として同じ色はなかった)って思わない? 試しに、パッと見上げてグルリと眺めてみてほしい。どうかな。
 僕は、ある時そう気が付いたんだ。子供の頃から雲の写真撮ったりしてたのに、ホントに空見た子とか。見るたびに、どこか見たことない色をしてるんだよ。そうしたら、今度は(僕の人生には、あとどれくらい知らない色が見られるんだろう?)って思って再びガーン! まだまだ知らない、僕にとって新しい事がこの世界には待ち受けてるんだねぇ。
 チベットとかネパールの写真を見ると、誰が撮っても空が濃いのね。やっぱ高度の関係なのかな、飛行機で見る雲の上の空も濃いから。バイトしてた店に来たカメラマンの写真も、一目で日本じゃない色した夕暮れだった。で、訊いたらモロッコだったの。インドの写真も空気が違うし、僕がメキシコで見た空も日本では見られそうにない深みがあった。
 言い出したらキリないけど、夏と冬の夕空も大違いだし、曇り空も表情豊かだよね。
 関係ないけど(丸く架かる虹)って、見てみたいな。まだ一度もお目にかかってない。
 ますます関係ないけど、僕が一番好きなのは天気雨です(オチなし)。

 平成15年7月19日

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10*であい

 僕が初めて関西方面に行ったのは、バブル絶頂の頃でした。
 中学校の修学旅行は京都・奈良だったんだけど、サボったの。集団行動がイヤで堪らなかったし、それに(大人になればクサるほど行けるさ)と高をくくってたのね。でも未だに奈良は行ってないし、京都は駅前の寺で暇つぶした程度。ま、関心ないし。
 そんな訳で、僕の地図では近畿地方っていい加減になってしまってる。神戸の右に大阪、その下に奈良、その右に京都、ってな感じ。もちろんデタラメなのに、どうもイメージで思い込んだのが抜けないんだな。
 子供時代に中国地方で数年間を過ごしているので、四国・九州・中国地方の位置関係は割と覚えてるんだ。東北地方も仕事で回ったりしたせいで大丈夫だけど、名古屋と神戸の中間、が空白のフォッサ・マグナ状態。いやはや、お恥ずかしい話。
 でも、関西の方って逆に関東・東北の位置関係が分かんない人、多いみたいね。新潟・長野の先は奥の細道状態? 青森だけは本州の先にあるから分かるらしいんだけど、では問題:宮城県と秋田県と岩手県と福島県のうち、海に面してない県は? って言ったら考え込んじゃうんだろうな。
 なーんて得意がっている僕も軽井沢の位置が分からないし、横浜と横須賀のどっちが東京湾に近いのか知らなかったりして。
 でも旅はイイヨネ!(…と強引に話題を変えてしまう)
 僕は旅好き、ってほど旅行はしてないのだけど、何度かの経験で「旅は人だ」と思った。旅先で出会う人との関わりが、案外と深く記憶には残るんだね。良くも悪くも。見知らぬ土地で親切にされる事ほど有り難いことはない。(もっと人には優しく接しよう)と、その度に思う。必ずしも優しさからの親切じゃない場合もあるが、それは置いといて。
 特に台湾の田舎では親切すぎて警戒しちゃう位、みんな純朴な人ばかりだったなぁ。彼らにとっての「見知らぬ人への基準値」と同じ尺度で東京の人間を測ったら、どんなに頑張ったって規準以下だよ。町中で偶然、困ってる彼らを見かけたとしても、僕らなりの親切なんて(冷たーい)と感じるのかも…。
 特に昨今の御時世じゃあ、うっかり迷子の子供なんて構っちゃいけない感じだし。思いっきり白々しい演技して、周囲に(安全な若者ですヨ)って見せつけないと、誰にも近寄れそうにないもんな。
 先日、駅の改札で白い杖を片手に迷い歩いてる人がいたの。しばらく様子を見てたんだけど、やっぱり困ってるし誰も立ち止まらない訳よ。で、思い切って声を掛けてみたんだ。僕は目の不自由な人に接した経験ゼロだから、声の掛け方からして迷っちゃって。
 だって自分が何も見えなかったら、急に耳元で男の声がしたらビビるよ。それに、いきなり腕をつかまれたっておっかないし。とりあえず彼に一々尋ねながら、みどりの窓口まで案内する事になった。なにぶん勝手が判らないから、頼りなくて申し訳ない気分。
 みどりの窓口まで来たら、自動ドア入ってすぐから順番待ちの長い列…。まさか一緒に並んでたら自分の用事に遅れちまう、仕方ないから彼の手を取って列の向きと窓口の方向を説明して、後は困ったら周りの人に訊いてもらうように言って別れた。
 正直な感想を言っちゃうと(あーっ、面白かった!)の一言。ちょっと前のCMで「始めるって、ドキドキ」とかいう宣伝文句があったけど、まさにそんな感じって言ったら失礼かなぁ? でもこんな面白いんだったら、もっとやりたいって思ったよ。新しいことを手探りで、教えながらも教わってる。そういうのって、楽しいじゃん。
 全然関係ない事を思い出したんだけど、小学生だった頃の僕は授業中に答えを分かってても手を挙げられなかったんだ。手を挙げるのがカッコ悪いような、場の空気を気にしてたんだね。あれに何か似てる気がしたのよ。声を掛けるのって緊張するけど、でも構わずにやってみたほうが楽しいのかも。
 出会い系? ってのがあるみたいね。よく知らないけど、誰だって出会いたいんじゃないかな。ふと目が会って笑顔を交わしたり、隣り合って話をしたり。旅先で出来る事が、毎日の中で当たり前だったら素敵だよなぁ。

 平成15年7月19日
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09*コトバの関節

 ふと思いついたんだけど。
 花束をプレゼントするのを「切り花をあげる」って言うと、なんだか想像させられる状況がまるで違っちゃわない? 花束をやる、切り花を贈る…にしたら?
 では[鮮やかなキャミソールで街へとお散歩]と[派手なシュミーズで町をウロウロ]だと、後者の表現は非難めいた感じになるよね。
 それだけの事なんだけど、更に(言葉を使って「真実を正確に」なんて伝えられるのか?)って思った。有り得ないよね。たとえコンピューターが喋っても、言葉選びの基準には、それを仕込んだ人の物の見方が反映されてしまうんだから。
 新聞記事は割と、没個性的な表現に感じられる。だけど主語を決めると、目線が特定の立ち位置に片寄ってしまうのは避けられないからなぁ。客観的な記事も、言い回し次第で伝わり方だって違ってきちゃう。偏りのない紙面なんて、せいぜいそれは(政治的に)っていう範囲でフラットなだけじゃないかな。
 控えめな論調の割にバイアス掛かってる新聞記事、これには乗せられそうになる時がある。ニュース番組だと、近頃じゃコメンテーターなんて出してるから、色付けも分かりやすいけど。どんな報道機関だって傾きはあるでしょ、なんてったって「企業は利潤を追求する集団」なんだから。
 ま、そんなこた横道なんだわさ。言い回しってセンスだよなぁ〜! ってのが今回のポイント。って、毎回ポイントなんざ不明瞭なのに、断り入れるのは却って野暮か。
 本を読むのが好きな人なら、お気に入りの作家の一人ぐらいはいると思う。じゃあ、詩人は? 僕は、一人いる。時々、図書館でその詩人の本を借りて読むんだ。女性誌の巻末にコラムニストが紹介してて、その詩に心を打たれたのよ。
 こないだ、彼の自選詩集が文庫で発売されて即買い。残念ながら最初にであった詩は収録されていなかったけど、文庫って詩にはちょうど良いんだな。出先での空き時間にパッと開いて読める、その軽さが。
 小学生の時、誕生日のプレゼントにリクエストして「世界の詩集」という本を買ってもらった事があった。何度も読んだけど、やっぱ背伸びしてたかな。訳された詩の時代背景や文化の違い、あとは格調高すぎたと思うよ。詩は、もっと即効性があるものが良いんだ。視界が、一気に明るくなるような。
 たまたま目にした、詩の論評記事で「言葉の関節を外す」という上手い表現があったんだ。そう、まさに(感じる詩)ってのは、言葉の意味を一段抜かしにして響かせるのよ。だからこそ、かしこまって眺めるより日々のあくせくする時間の合間に、目薬を差すように使ったほうが沁みる。
 もちろん、日常として使う言葉は、大勢の人と通じ合わせる道具でしかないわな。いちいち関節を外されていては、訳分からない事になるだけだし。とはいえど初対面の人とは、どうしても会話が弾まないんだよね。お互いの言葉の使い回し方が、微妙に一致しない…多分そういう事なんだと思うんだけど。
 僕は特に頭の中だけで考えをまとめられないから、相手と共通の言葉(の基準)が作れないうちは自分の話を理解するのも一苦労だったりするんだ。逆にお互いの言う事が通じ合っちゃうと、考えるより速く言葉が口からあふれ出てくるの。それで自分の言葉を聞きながら、逆に考えがまとまったり閃いたりして。
 他の人は、どうなんだろう? たま〜に、なんべん話しても相手の言い回しがつかめなくって苛々する時がある。そんな時は、きっと相手も僕が何を言ってるのか、本当のところは分かってもらえなかったりするんだろう。その辺のギャップって、同性同士よりも男女間のほうが大きい気がするな。
 女性って辞書に載ってる意味では使わないんだよね、言葉を。もっとも、これって男の言い草だけどさ。でも少し前、とあるホテルの中庭で客室からの痴話喧嘩が聞こえてきたんだよね。どうやら急に別れ話を切り出されてるらしいんだけど、逆上した女性が「嫌いよキライ…」って連呼してるだけなんだわ。そんなに嫌いなら話は早いのに。
…って、額面どおりに受け取ってたら、命がいくつあっても足りませんよね?
 僕も少しは賢くなりましたな。

 平成15年7月19日
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08*雨を見くびるな

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 冬のうちから「今年は冷夏か?」とは言われてたけれど、梅雨寒ってのは厄介だな。低温多湿、特に夜は寝苦しくて朝になると眠りが浅くなるから嫌になっちまう。僕は六月生まれだから雨の味方でいたいのに、湿気が多けりゃ不快にもなるってモンだ。
 雨はキライ! って言う人、結構いるよね。特にスーツみたいな格好で通勤してたら、当然そう思うだろうな。僕も経験ある。気張って高価な靴を買ったのに、濡れちゃうと手入れが面倒なんだもん(防水ケアも含めて)。欧米と日本の気候は違うのに、ねぇ?
 メキシコ南部の町、カンクンに行った時の話。
 ちょうど雨季の始まりで、一日一回はスコールがあったんだ。ハワイで浴びたのなんか目じゃないんだから、いきなり集中豪雨でさ。何の前触れもなく、まるで天の水栓が抜けたような怒涛の有り様よ。そんで10分もしないうちに、また何事もなかった顔して雲一つない青空に元通り。
 その日も昼ごはんの最中に、突然やって来たの。「ジュビア!」と叫んで外に駆け出した子供たちとドシャメシャに浴びて、ふざけてお互い水たまりに転がし合って大騒ぎしたんだ。もう完全に子供に戻ってたもんなー。
 それがね、信じられないほど快感だったんだわ。単に(童心に返った)って事かもしんないけど、頭の中に文字が浮かんできたのよ。“雨は浄化する(クレンジング)”ってさ。妙な話なんだけど、本当にそういう感じだった。空から降って来るピュアな水を浴びる行為は、心を洗い流す象徴なんだ…そういう意味のこもった言葉だったの。
 ただ、それを感じられたのは(暑い国だったからだ)っていう気もする。日本だと、真夏でも雨に濡れると鳥肌が立っちゃうからなぁ。それでも確かに気持ちは良いんだけど、段々と捨て犬の心境になっちゃったりして。あんなにスーパー・ポジティブな感覚でいるのは無理だろうと思う。
 今も時々は雨に打たれるんだ。濡れても困らない服で、家まで歩いて帰れる時はね。そしたら少しぐらい寒くても、家に着いたら温かいシャワーが待ってるから。寄り道したり、電車に乗ったりは出来ないけど。
 そういえばプールの監視員してた時も、夕立とか来るとハイになったっけな。暴風雨の中、高笑いしながら排水口にカッパ掛けしてたりした(カッパ=T字型の大きなゴムべら状の道具)。台風とか嵐って、なんであんなにウキウキしちゃうんだろう?
 台風って、大気の状態がカミナリが発生する時みたいなんだってね。空気中の電磁気が不安定になってるとか…? あぁっ、ダメだ詳しい事は忘れた。とにかく荒天で浮かれ気分になってくるのは、そういう理由らしいんだわ。
 科学的かどうかは置いといて、僕は(なんか説得力ある)と思ったんだ。満月の夜になると云々…って話があるじゃない、それに近いんだよね。根拠が大事な訳じゃなくて、感覚的にさ。
 TV中継で、よく岸壁で揉みくちゃになってるレポーターを観るよね。あれ、やってみたいって思ったりしない? 傘は逆に向いちゃうし合羽は脱がされそうだし、とっても危なっかしいんだけど。メガネはすっかり曇ってるし髪形はバーコードになるし、非常にカッコ悪いんだけど…でも憧れちゃうんだよなぁ、ほんのちょっとだけ。
 もしかすると、荒れてる海に行くサーファーも「ビッグ・ウェーブ狙い」だけじゃないんじゃないかな。嵐にワクワク感じてる気がするけど、違うかな。
 僕はとてもじゃないが、大波を乗りこなすなんて無理。サーファーじゃない以前に、ボディボードだって初心者レベルのままだし、それも長い事やってない。
 だけど一度だけ、うねりの強い日に乗った事がある。せっかく来たんだし、台風は沖縄よりも遠かったからって油断して入っちゃったんだ。うねりの底にくると、波の壁に囲まれた気分だったよ。陸がどっちなのか見えなくなるわ、掘れてくる波には巻かれそうになるわでゾッとしたのを覚えてる。溺れる心配はしてなかったけど。
 でも意地になって乗りまくってると、アドレナリンが脳みその隙間(?)に「チューッ」って感じで出てきてね。五感が研ぎ澄まされて出力120%状態、異様にハイになってたと思う。ま、今となっては泳ぎにも自信ないから、そんな気は二度と起きないだろうな。

 平成15年7月19日



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2003年07月17日

07*八重歯の効能

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 ケーブルTVで、たまたま「ドリフ大爆笑’77」を観ちまった。
 1977年といえば昭和52年、僕は9歳だから小学校4年生だ。メンバーは若々しいし、親分さんで知られた小松氏やガチョーンで有名な谷氏も出てるじゃないか。
 世相や流行を取り込んだコントで、ドリフのリーダーが「貸本屋」と「カラオケ」についてコメントしていたのが意外な感じだった。少なくとも、当時の僕の行動半径内に貸本屋なんてすでになかった。そしてカラオケという言葉を聞くのも、まだずいぶんと先の話だ。
 まだコンビニもなかったし、夜中に開いているのは当然ながら飲み屋しかなかった時代の話だ。ゲームも「スペースインベーダー」がアメリカから上陸したばかりで、喫茶店が焼き肉店のようなテーブルに替わってしまったのは印象的だったなぁ。パチンコも、当時の大人は一発ずつ指で弾いて楽しんでいたし。
 それはともかく。当時はドリフのメンツが入れ替わり、人気は天井知らずだった訳さ。彼らが登場する人形劇にはピンクレディも共演し、キャンディーズも小松&伊東両氏の人気番組でバラエティやってたもんな。…ってなんか(昔は良かった)調になってきたな。
 話を戻すと、ふと思ったのは(八重歯が可愛かった時代って過去なのか?)って事なのです。
 今では歯を矯正してる女のコって珍しくもないけどさ、八重歯のコは見かけなくなってきたような気がしたのよ。そういう笑顔を売りにしたアイドルも、最近いないみたいだし。10代の頃に「八重歯って、海外じゃあ吸血鬼みたいで可愛く見られないんだぜ」って話を聞いた事があったけど、本当に減少してる感じがする。
 後天的な社会的性差をジェンダーって呼ぶらしいんだけども、八重歯にドキューン! っていうのもジェンダーなのかね?
 僕は八重歯に弱かった。あの江口寿史「すすめ! パイレーツ」にも登場したアイドル、写真集とか買っちゃってたもんね(ひー!)。当時の女性アイドルは、次々と八重歯を強調した微笑で「明星」にデビューしてきた。昨今では売り出し文句が巨乳になっているように、時代によって移ろう(魅惑のパーツ)の一種に過ぎなかったのか? そんな気もしてくる。
 どこで聞いたか忘れたけれど、キューバでは胸より尻なんだって。実際、彼女達はスパッツか超ミニスカで、明らかに下半身を強調してる。回りくどくない、直球のファッションで男性にアピール。しかし何故かスカートのラインまで、ムダ毛処理をするんだとか。微妙に、内側はしないそうだ(気が付かなかったな)。それがまたキューバの男性にドキューン! なんだってさ。ミニスカに見え隠れする、ムダ毛に? よく分からん…。
 よく、フェチという言葉を耳にするよね。いろんなフェチがあるらしいんだけど、つまり何にせよ(エロティックな要素を収束させた象徴)なんだって気がしてきた。でもって、そういうのって地域や時代ごとの文化による決め事のようなものとして、あらゆる社会にあったんじゃないかってさ。
 中国の纏足も、インドネシア(だっけ?)の首輪も、アフリカの口輪も、最初は身を守る術だったりといった理由から始まった風習が(魅力の対象)として別の意味を持つようになったらしいよ。最初の価値を失って文化に同化してしまうと、文化が変わってしまえば象徴ではなくなって、女性への侮辱と見なされたりもする。
 でもさ、八重歯もムダ毛も奥ゆかしい巨乳のようなものだよなぁ。女性の、男性に対する切り札にしか思えないもん。
 ドキューン! とは来るけど八重歯フェチじゃないからね、僕は。

 平成15年7月17日


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06*青い立方体

 我が家の横を流れる川は、昔から「カミソリ堤防」などと揶揄された、味も素っ気もないコンクリートに挟まれていた。子供の頃なんて本当に臭くて、とんでもない物体が浮いたり沈んだりしてたもんだ。
 さすがに以前に比べれば臭いも消えて、最近じゃ無粋な堤防も取っ払われて親水公園へと変わり始めてる。造船工場や町工場も減ってきて、小洒落た眺めの川べりは見ていて虚しい気もしてくるんだけど。
 この川を少し下った辺りは、吉宗公の時代から桜の名所で知られている。が、同時に見事なホームレス様式の家が川沿いに並んでいるのも一見の余地あり! そういう話です。
 さてホームレス様式(と勝手に命名)の大きな特徴は、
1・木材とブルーシート(工事現場で使われる雨よけ)で作られている。
2・高床式を採用している(おそらく浸水対策)。
3・ほぼ正確な立方体、ないし直方体。
 他にも、流行なのかマウンテンバイク(前後サスペンション付き)を所有している…など生活様式にも一定のパターンが見られる。ママチャリやリヤカー(大抵はチャリを改造した自作品)の場合もあるにせよ、それで一斉摘発を家ごと逃れているのは感動的だ。警察が見回りする日に限って、親水公園からは青い立方体が消滅する。
 モンゴル魂、というか「都市の遊牧民」と呼びたくもなるねこりゃ。
 こないだ、偶然その建築途中の現場を見かけたのよ。数人がかりで、手際よく骨組みを切って組み立てていた。職人の仕事だ。そういう生計もあるのだなぁ。
 もちろんアルミ缶潰しも彼らの一般的な生き方だ。町なかと違うのは、空き地をアトリエ状態で活用している点にある。山積みされたアルミ缶の片隅にコンロと鍋の食堂まで完備、そこに自転車で通勤してきては潰しに励む姿…。青空の下に暮らしていても、生き方は変えられないという事か。形は違えどホームレス以前の生活様式を模倣して暮らしているのかと思うと感慨深い。
 全部が拾い物なのか、発電機を使ってテレビ生活までしている人。小さな菜園にはナスやトマトが、更に犬小屋ならぬ猫小屋まで持つ人もいる。納税者まで、あと一歩か?
 ところで、我が家からそう遠くない所に「ホームレスの町」がある。
 一昔前は日雇い労働者の代名詞だったけど、最近では海外の若いバックパッカー達の町になってきた。簡易宿泊所は安いからね。以前に比べれば路上生活者の数も減ったような気がするし、路肩に散らばるガラスの破片も少なくなった。ワンカップを呑んでは割る輩が多かったのだ。
 昭和が終わる年は、思想もないくせに大騒ぎだった。しかし、その時期を境に町の淀んだような空気は消えて行った。当時は、明らかに独特の匂いに覆われていたんだぜ。
 その町にアーケード街があって、当然のように雨露をしのごうとするホームレスが集まってくる訳。夜はもちろん、昼間でもシャッターを閉めている店があれば遠慮なく段ボールを敷いている。そこからは職安も近いし、いうことないよね。
 その商店街で、福引のイベントがあったのね。引き換え所で振り袖の女のコと人力車が記念撮影に応じていて、買い物客が並んでたのよ。そこに大酔っ払いの浮浪者が寄って来て、スタンプラリーの説明も馬耳東風で女のコに絡んでさ、しつこさに耐え兼ねた町内会の人に突き飛ばされちゃった。
 男は千鳥足で引っ繰り返って、手を貸した仲間が「こんな商店街、潰れちまえ!」と、こう言ったんだよ。がっかり。僕は生き方を否定する気はないんだけど、せいぜい(住まわせてもらっている)という気遣いは持ち合わせていると思ってたんだわ。地元の人に迷惑をかけるような真似をすれば、結果的に自分らの首を絞めるだけなのにね。
 だからといって(川のホームレスは良くて町のホームレスはダメ!)なんて短絡的なオチじゃないよ、でも距離としては近いのにライフ・スタイルが全然違うんだよね。それぞれの環境に順応化してる所に、なんて言うか命の輝きを感じたりして。
 川の人は住居的に閉じてるけど独自の職で暮らしてるっぽいし、町の人はひとつ屋根の下で日銭を稼いだり(アルミ缶潰しもしてるけど)ボランティアに食わせてもらったりしてる。
 この観察を極めれば、ちょっとした文化人類学になりそう。って、僕は遠慮しとくけど。

 平成15年7月17日
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2003年07月16日

05*ふたつの川

 2003年の夏は、電気が足りなくなるかもしれないんだってさ。
 なんで足りないの? といえば、それは原発が動いてないからでしょ。良い話じゃないですか、このまま止めちまえば。
 社会主義がなんで失敗したかってぇと、そこに使い手の事を過大評価したからだ。身にあまる力を適切に使えるほど、人間なんざ賢くないってぇの。原発のニュースを見るたび、その事を思い出すんだよね。所詮は理屈でしかなくて、ヒューマン・エラーは人間が人間である証拠のようなものじゃん。
 でも安全なんかじゃないのに「安全だ」と言い切るのは、電気を欲しがる大都市の要求でもあるとは思うんだ。都庁の横に作れば筋が通るのにねぇ。
 だからって電気がなくても生きて行けるとは思わないけど、電力消費を強制的に減らしても何とかしていけるんじゃないのかなぁ? これが水なら話は別、水がなければ人は死ぬもん。断食には耐えられたとしても、水が飲めなきゃ三日ともたない。
 今年の梅雨は、梅雨らしくなかったから、また水不足に悩まされたりしてね。
 ずいぶん前に「水源税」という言葉を聞いたんだけど、知ってる? 都心で消費される水を賄うための税金を徴収して、水源を確保・整備しようという発想。なるほど言われてみりゃあ当然の事だ、でも実現には至ってないな。惜しい。
 地球規模で水不足なんだとさ。もしかすると、温暖化や食糧危機よりも深刻かもしれない。痩せた土地に水を引いて涸れちゃった湖とか、水はけが悪いのに潅漑して文字通り泥沼化しちゃったりして、世界中の耕地面積は縮小の一途。片や干ばつ、片や洪水。食べ物より飲み水の心配が先みたいよ。
 日本が水に恵まれた国だからって、後先考えないままだと子供や孫の世代でツケが回ってくるに違いない。今の僕らが、古い世代のツケに追われているようにね。
 そんな事を思っていたら、我が家のマンションに「電力停止時の事前知識」みたいな貼り紙が出されていた。黒電話以外の電話も止まるし、エレベーターも止まる。11階の人は大変だ。それどころか水も止まるのだというから驚いた、なんと給水ポンプが動かなくなるのだ! もはや電気なしでは水も飲めない。都会って恐ろしい。
 ところで我が家は、ふたつの川に挟まれた地域にある。思えば引っ越しの度に、少しずつ川下寄りに移動してきただけ(笑)。窓の外には、いつも川が見える。これも奇遇ってやつかしら?
 上流で二つの川は一つになってるんだけど、その分岐点の小島に由来を示した説明板があったのね。読んでビックリ、片方が100年前に作られた人工の川だったのよ。コンクリートの堤防に囲われた(ドブの親分)みたいな川と、緑豊かな河川敷と土手を従えた大きな川。10数年がかりで掘られたのは、さてどっちだ?
 現在は支流の名前となっているけれど、本来はドブの親分こそが本当の暴れ川で、何度も氾濫する水量を調節する目的で支流を造成したのだ。つまり、正解は後者。本流より太い支流を作って、洪水などの災害はなくなったとさ。
 今も、暑い国のどこかが水浸しになってるんだろうな。ここは水を手なずける事に成功し、高度経済成長時代のドブ臭さも懐かしい思い出に変わりつつある。海へとゴミを運び出していたダルマ船も、大人になってから見かけなくなった。
 ベトナムの、メコン・デルタの夕暮れは、この世のものとは思えない程の美しい眺めだそうだ。僕がかつて旅行したカンクン(メキシコ)には川がなかったけど、あそこら辺に降った雨は地面に吸収されちゃうんだ。大隕石の衝突でサンゴ礁が隆起した石灰岩の層、その下から湧く泉(セノーテ)がマヤ人の水源だったそうな。
 川と言っても地下水脈はなぁ…。怖くて見る気も起きないや。

 平成15年7月16日
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04*近場の楽園

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 人によって違う筈だけど、大体「楽園」の枕詞といえば「南洋の…」だよねぇ?
 でもきっと住んでみると案外大変、そんな気がする。嵐に津波、暑い国には猛獣や毒のある生き物も多いし。その土地に暮らすとなると、楽かどうかはハテナに思えたりして。
「ビーチ」という、映画化もされた小説を読んで「地獄の黙示録」を思い出したのは、僕だけだろうか。大航海時代、タヒチを目指した画家たち、その頃と大して変わらない幻想が感じられたんだ。外部から「楽園」と称賛しながら入ってきて、勝手な幻想を自ら破壊するという矛盾。「ビーチ」でも映画のためにヤシの木を植林しようとして問題になってたけど、そういう傲慢さも根っこは同じだと思うんだな。
 だから「楽園」というよりは憧れの場所とか、お気に入りの場所として、ロー・インパクトな姿勢で話しましょう。
 では僕らが「楽園」だと思ってる所の人が憧れる「楽園の楽園」って、どこら辺だろう? …て考えると、たとえば(ニホンは豊かだし便利で良さそうだ)なーんて、思ったりしてくれるのかもなぁ。隣の芝生が青く見えるっていうか、昔話の「鼠の嫁入り」みたいになってきた。

 と、前フリで遠投しといて強引だけど南房総。
 好きなんだなぁ、近いし暖かいし海も山もある。それに、渋滞も少ないし。さすがに夏は避けられないけど、伊豆半島に比べれば余裕。
 ボディボードをやってました。たった2年間、しかも夏場だけ。本当は今でもやりたいんだけどさ、大勢でってのは苦手だし波の取り合いも面倒で。僕は直線ボーダーで充分なのだ。でもさすがに一人では行き帰りが退屈、それに一人で入るなんて失礼過ぎる。地元にも、海に対しても。
 そんな訳で、結構ご無沙汰してる。当時お気に入りのポイントは、南房総の先端にある遊泳禁止エリア。防砂林の向こうに広がる絶景が忘れられず、波乗り抜きで見に行ったりもした。風向きのせいで滅多に良い波が立たないので、わざわざ南下して来るサーファーも少ない。海水浴客もいないし静かなのがまた良いんだ、ただし便所も何もないけれど。
 そこから、しばし北上した所の漁師町も最高。波乗りの後、この町の銭湯に浸かり夕食を食べてた。老人会の入浴施設の隣に苔むした神社があってさ、風呂上がりに涼んでると和む。とある有名な写真家の美術館も近くて、開館と同時に庭先でボーッとしてるのも、午前の和みには最適。
 食べるのは、探求心が薄いので3カ所しか行かないんだな。
 僕の好きなジンジャーエールを置いているレストランでなら、ピザやパスタ。海岸沿いの道路に面した、ごまだれざるうどんの店も良い。駅から漁港に向かう道にある、偉大なる青という小洒落た宿の朝食に出るバナナ・フレンチトーストも絶品だ(主人の言い草は鼻に付くが)。
 ピザとパスタの美味しい店も知っている。町よりは浜に近いし眺めも良いけど、軽自動車でしか行きたくない道の細さと、軽自動車では馬力が不安な急坂なので行く気になれない場所にあるのが難点。
 都会での運転は気が張って疲れるけど、この辺の町から町へと転がすドライブって逆に気がほぐれて気持ち良いんだ。クーラー切って窓全開、時速20キロの気軽さで。BGMは、やっぱビーチボーイズでしょ。古すぎ?
 だからこそ似合うんじゃないの、レイドバックしてて。「パメラ・ジーン」とか「ダーリン」あたり流しながら転がしてごらんよ、だまされたと思ってさぁ。

 平成15年7月16日


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2003年07月15日

03*風物詩

 この時季になると、雨の日はミミズのカーニバルだ。
 子供のころ住んでいた団地では「ドジョウすくい」と称して、消防車がドジョウ入りの雨を降らせる日があったっけ。年に一度、敷地内の道路の広くなった場所にパンツ一丁の子供らが集合して路上のドジョウつかみ取り。ありゃあ何だったんだ?
 雨に踊りだすミミズを見ると、僕はあの(微笑ましくも奇妙な習俗)を思い出す。びちびち撥ねるミミズを、ドジョウのように握り締めたくなる。
…というのは冗談だけど、そろそろ近所では(蛙の干物)が登場する。これも初夏の到来を知らせる、この地区限定の風物詩だ。って、他でも同様なのかもしれないけれど、見聞きした事がないもので。
 どうも蛙って生き物は夜になると出歩くらしく、僕がお目にかかるのは日中のアスファルトで平面蛙と化した状態だけ。車道の隅っこで、二次元の断末魔をあげるヒキガエルだかガマガエルだか。
 そういえば幼稚園に行く時間帯に「アンデルセン物語」ってアニメやってたなぁ。ズッコとかいうキャラが出てくるやつ…。そんで、夜になると魔法で蛙になっちゃう王子の話があったんだよね。おかげで今も(夜+蛙=王子様)っていう妙な図式が残っちゃってて、干物を見るたび何とも言えない気持ちになるんだよなぁ。
 ところで我が家は犬を飼っていて、僕は夜の散歩に同行するのね。ある夜、歩道の真ん中に大きな石ころが落ちてて、危なっかしいと思って蹴ったら蛙でさ。線路脇の草むらに飛んでったけど、あんなデカい蛙が東京の下町に転がっているなんて思わないって。
 近所には良い公園があって、夏の夜になると蝉の幼虫が次々と羽化する貴重な場所だったんだ。約一年前に移転するまではね。小さいながらも木々の植えられた芝生があったし、金網に囲われた運動場もあったし。
 でも、未だに跡地は掘り返しただけで放ったらかし。そこを浄水場にするってんで、L字型の道路の斜向かいに公園を移したってのに。この夏、羽化する筈だった幼虫たちは知らずに重機に押し潰されたんだろう。蝉は7、8年を地中で過ごすというから、2010年分ぐらいまでは根絶やしにされた計算になるかな。諸行無常。
 夏の夜、足元を横切る蝉の幼虫に出くわした驚きといったら! 自分の家の近所でさ、まさか生きて動く彼らに遭遇するとはね。生まれて初めて見たんだけど、本当に健気な動きで精一杯よじ登ってく訳よ。で、木の幹を縦横に走り回る蟻ンコに気が動転して「あわわ〜」って落ちちゃうの。
 でもさ、実は昔ながらの自然とかじゃなかったんだよね。蝉と出会った公園だって、今は小学校の校庭になってる場所から十数年前に引っ越してきたんだって。それがまた役所の都合で移されただけなんだ。元セメント工場跡地で、池も芝生もない、悪い意味で今風の公園に作り直されて。
 蛙にしても、池もないのに一体どこで孵化してるのか不思議でならない。でも毎年、どこからかノソノソやって来るんだよな〜。蝉も、そんなカンジで人の都合より一枚上手で生き残ってきたんだろう。
 先日の夜、公園内を通り抜けてゆく自転車の親子が「デカかったねえ」と話している声を耳にした。昨日の夜は、僕もナマの蛙を見た。公団住宅の管理下におかれている公園の中で。
 そんな訳で、夏なんです。

 平成15年7月15日
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02*夏の夜は炭酸水

 このネタは、ちょっと古いな。
 考えてみりゃあ、あの炭酸水ブームなんて10年近く昔じゃねぇか? タイトル(兼コンセプト)の「空想百景」と一緒に書き込まれ、忘れられていたんだからなぁ。
 ブーム、といっても家庭内の流行だ。しかし、夏が来るたび数年続いたんだから立派なモンだろう。大抵は下の妹が火付け役となり、アイスやスナック菓子といった食品からTV番組まで野火の勢いで一家を巻き込む。そして唐突に、妹が飽きると下火になる。げに恐ろしきは末っ子パワー。
 しかし、この炭酸水は違った。僕が初めてペリエを買ってきた所から始まる。
 いやいや、(たかがペリエ)と呆れるなかれ。当時は今ほどメジャーな代物じゃなかったと思うぞ、僕だって知ってはいるけど知ったかぶりレベルだった。大方の人間は、まさかあの小洒落たボトルの中身が単なる炭酸水とは思ってなかった筈だ。プラスアルファが無い訳ねぇよな、と思い込んでいたのに。飲んでビックリ!
(なぁんだ、こりゃ炭酸水じゃあねぇか)
 味覚というものは面白いもので、期待なり想像なりの先入観があると、たとえ美味くても予想から大きく外れたらアウトなのだ。思い込みが強いほど、ギャップの大きさが味を左右する。
 話はそれるが、初めて食べたアボガドね。あの爽やかなグリーンで、まさかベタな味とは思わないでしょ? アボガドに罪はないけど、まるで騙された気分だったぜ。今も最初の(無垢な裏切り)が味に障る。つまり、出会いの気まずさが後を引いてるってコト。
 ついでに思い出したんだけど。小学生のとき、持ち帰りの鮨を買ってきたのね。僕の好きな赤身の握りが入っていて、楽しみにして最後に食べたら奈良漬けだった事があったのよ。漬物で握るな! ってのもあるけどさ、まさか刺し身と思ったら(ポリッ)なんて歯ごたえ良いなんて罪だよね? 最初から分かってたら、きっと食う気も起きなかったろうけど…。
 ま、それは置いといて。ペリエの話ね、ただの炭酸水にしちゃあ結構な値段だ。
 逆に言うと、普通の炭酸水なら安い事に気が付いたんだ。寝苦しい夏の夜、ビールやコーラみたく飲んだ後に味が残らない。トニックウォーターなんかより口ざっぱりしていて値段も安い。それから毎年、夏になると冷蔵庫には買い置きの500mlボトルがゴロゴロしてるようになったのでした。
 当時、茶の間にあったラタン(籐)のカウチでゴロ寝して、BGMは「ゲッツ/ジルベルト」。夜は自室で池波正太郎と炭酸水だった。
 父親のような典型的サラリーマンに憧れながらも、自分が生きたいと思う、気持ちばかりで見つけ出せない別の方向との間でグルグルだった時代。その後の数年で変換期が訪れるなんて、まさか知る由もなかった・・・。
 そんなターニングポイントを経ても、僕は未だにフリーターなのだけど…。

 平成15年7月15日
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2003年07月14日

01*空想百景

 いきなり昔話から。といっても僕自身の話ね、空想好きだった子供の頃の話。
 川の堤防にボールをぶつけて、よく一人でキャッチボールをしてた。団地の横を流れる川の、コンクリの堤防沿いに続いていた舗装路で。小学生の時だ。
 飽きると、寝っ転がって雲を見ていた。何人か、通りがかりのオバサンが心配して声を掛けてくれたなぁ。いっつも、寝転んでる時間のほうが長かった。一人のキャッチボールよりも。
 空は、まだ青かった。つまり今ほど白っぽくなかった。雲に気持ちを集中すると、まるで空に向かって落ちてゆくような錯覚を覚えたもんだ。なんで地面から振り落とされないんだろう? なーんて、思った。
 それから、部屋の窓から川を見てるのも楽しかった。カモメか何か、白い鳥の群れが堤防の上に集まって、一斉に飛び立つと真っ白になっているの。フンのせいで。(やっぱり飛びながらするのは落ち着かないのか)なんて、真面目に思ったもんだ。
 もちろん仲間と遊びもしたけど、僕は割と空想の中にいる時間が長い子供だったらしいんだわ。親に言わせると「公園デビューの頃から、日が暮れるまで砂場に座り込んで」一人遊びに夢中だったんだと。お絵かきも粘土遊びも好きだったし、基本的にはそういう性分なんだろうね。
 で、小学6年生くらいで詩の授業があったのよ。本を読むのも好きだったけど、自分で詩を作るのが気に入ってさ。中学くらいで洋楽の影響で歌詞みたいになってきて、いつの間にか日記みたいに毎晩書くようになってた。といっても、日記というより夢に近いフィクションね。日々の思いつきや、それこそ空想が一人歩きしたような。それが習慣になって、イイ年をした今も相変わらず続いてるって訳。
 そんな(詞のノート)の端っこにある、詞になり損ねたままの断片的な走り書き。その中に「空想百景」は埋もれてた。数年前に思いついた、エッセイふう読み物のタイトル。名前だけ思いついて、後はネタ考えてるうちに脳内物置行き。つまり忘れてたってコトだ。
 思いつくまま書き連ねてゆくエッセイ百連発!・・・そんな補足説明も付いていた。おかげで(このタイトルが、同時にコンセプトを意味しているのだ)と思い出すことが出来た訳だから、蛇足であっても書いておいて良かったと思う。
 とまぁ、そういう経緯で「空想百景」なのでした。
 第1回目は、そういうコトで。

 平成15年7月14日




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