2008年02月24日

【'05台湾×2】38/あとがき

 台湾を最初に訪れたのは、2002年の12月でした。
 そして、この2005年には2月と12月の2度にわたって、合計で3回の台湾旅行をしたことになります。
 共通しているのは、いつも一人旅で1週間から10日、ほとんどを高雄から南で過ごしていることです。
 初めての時は大改装中だった高雄の駅も新しく広く美しくなり、台北に続いて地下鉄網の工事も始まっていました。
 今では新幹線並みに、台北とを数時間で結ぶ高速鉄道も開通しました。
 これからも、きっとどんどん便利にキレイになってゆくのでしょう。
 しかし、そんな事よりも僕が望んでいるのは唯一つ。

 羽田空港から高雄への直行便を増発して、また格安航空券が出回るようになってほしい! 笑
・・・なんて、勝手言ってスイマセン。
TaiwanMap640pix

 高雄から電車に乗って、小さな駅で降りてみたり知らない町で泊まったり。
 想像するだけでも、それはまだまだ楽しそうではあります。
 でもこれ以上、同じ旅を繰り返すことはない気もしています。
 何か目的を持って行くとか、誰かと一緒に行くとか、僕自身の中で旅が変化しないと。
 あるいは熱帯にこだわらず台南まで行ってみるとか、海寄りの平地にこだわらず台東の方も回ってみるとか。

 僕にとって、行ってみるまで台湾は何の予備知識もない場所でした。
 だから、何の変哲もない家並みや空気感こそが新鮮で、一瞬ごとが楽しかった。
 そういった驚きというのは、慣れ親しんでくるのと引き換えに失われてしまうものです。
 右も左も分からない状態のスリルから、蓄積された経験値で当たり前のことになってしまう。
 どうせ行くなら2,3日じゃあ意味がない、けれど・・・。

 また同じ、かつての旅路をなぞるだけでも行ってみようかなぁ?
 だって気が付けば、もう3年も経ってしまってるんだから。
 とはいえ今からでは航空券もハイ・シーズンだし、やっぱ寒い時期に行ってこそ南国の有難味を満喫できるような。
 ま、年末までに考えとこうっと!
posted by tomsec at 22:23| Comment(2) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月14日

【'05台湾×2】37/旅の終わり・12月

 旗津半島の帰りに夜市を歩いて網咖(ネットカフェ)に入ったりして、夜行列車の時刻まで手持ち無沙汰です。
 コンビニで100元のテレカを買って、日本に電話してみました。
 台湾のテレカは、MRTのICカードと同様に分厚いプラスチックの板です。そして、100元では、あっという間に切れてしまう。
 それから、ケータイには掛けられないみたいですね・・・・・・。
05tw37_1

 7時過ぎ、まともなコーヒーが飲みたくなって「禾田」咖啡風情という店で一服。
 8時近くなり、今朝まで連泊していた儂來旅館の1階にあるK−net林森店で時間つぶしに。
 すっかり顔なじみとなった女主人は、いつものように指を2本立てて見せましたが「いえ、3時間で」と言うと意外そうな顔をしました。
「Tonight is the last night for me」
 しかしバケーション料金(通常より5元UPの15元)は、しっかり上乗せされました。
 この店は基本的に全席自由なのですが、なぜか2ブースだけはコイン式でなくフロント管理しているのです。昨日はB23で、今日は隣のB24に案内されました。



 11時前、女主人の「さよなら」に送り出されて駅前マックで夜食を買い込み、更に駅の売店で台湾ビール32元の350缶を2本。
 駅舎2階にもマックはあったが閉店支度で、先に買っておいて正解でした。
 この時点では改装途中の高雄火車站ですが、すでにエントランスと改札へのエスカレーター周辺は完成してました。きっと今はホームへの連絡橋も新しくなっているのでしょう。
 2月台、つまり2番線ホームでペットボトルのお茶(500ml、20元)も買いました。買い込み過ぎた気もしましたが、まぁ念のため。
 莒光号2両目の、座席番号36号。
 車内はほぼ満席で、隣に座ったオバサンは車窓に向かって手を振っていました。見送りに来ていたのは娘と孫たちでしょうか。
 クリスマス・イブの前夜に、彼女はどこに行くのだろう?



 発車早々、乗客は一斉にシートを倒して眠りに就きました。
 そんな中でも眠れずに、そうっとハンバーガーをビールで流し込む僕です。やっぱり、少しでも冷めた台湾マックは日本の比じゃない味です。
 寝る前にトイレへ、すると便器が横向きで微妙なカルチャー・ショック(その辺は「'05台湾×2・07/続・列車の旅」ご参照くだされ)
 普通、日本では進行方向に対して垂直の配置にはされていない気がしたのですね。記憶が定かではありませんが・・・・・・。
 台湾の車両は横揺れが激しいからなのか、どうも落ち着かない感じでした。



 翌朝6時、まだ暗い台北。
 寝坊して乗り過ごさないようにと緊張してたせいか、眠れたもんじゃありませんでした。
 みなさん台北で降りたので、おそらく熟睡していても騒々しくて目が覚めたでしょうけど。
 それぞれの方角に乗客が散って行き、僕だけが台北火車站前に立っています。
 懐かしいような気がすると思ったら、2月の旅の始まりでも同じ場所に立って思案してたのでした(その辺は「'05台湾×2・02/はじめての台北、そして新北投」ご参照くだされ)



 夜明け前の肌寒い空気、人気の絶えた黒い立方体の駅舎をひと巡りしてみます。
 陸橋の上から周囲を見渡してみましたが、どこにバス乗り場があるのだか見当もつきません。
 戻ろうとしてふと見ると、座して台北駅を拝んでいる托鉢僧が・・・・・・。いつの間に?
 小銭入れから無造作に50元、まさか台湾でも喜捨をするとは。
 これも何かの縁です、黙礼。



 長中距離バスのターミナルは、駅から少し離れていたので夜目には分かりにくかったのでした。近付くにつれ、そこだけに灯った明るさに人が集まっているのが見えてきました。
 中正(現・桃園)機場まで125元とは、バスにしちゃあ割高な感じですが。ともかく、これで空港までは大丈夫。
 國光客運のバスに乗り込むと6時半。



 チャイナエアは第一ターミナルだと書いてあったが、1月半ばからアメリカ・カナダ・オーストラ
リアと日本行きはターミナル2で手荷物検査を義務付けられたとの事。
 早めに着いておいて、よかった!
05tw18_3

 空が明るくなってゆく台北市街から空港へ、そしてターミナル間をシャトルバスで移動します。
 税関を抜け、D4ゲートの脇にインターネットコーナーを発見しました。
 目立たない小さなブースですがPCが3台あって、しかも運良く1台が空いていたので手早く現地最後のルポを書き込み送信。
 搭乗手続きの前に自販機で飲み物を、と思ったら。
 あれ〜、小銭入れがない!?
 まぁ小銭だし諦めもつきますが、ダメ元で捜してみます。通路を逆戻りし、お土産屋さんに訊いてみても見つからない。
 というか、小銭入れを最後にポケットから出したのは・・・・・・税関だな。



 空港職員に頼んでみると、すぐ通してくれて金属探知機の係官に声を掛けてくれました。謝謝。
「I'm sorry but I lost my coin wallet, did you find that?」とか何とか問い合わせるも、即答で「No」と。
 いや、その目の前にあるじゃんか。
 まぁ、確かに一見してコイン・ウォレットとは判別つかないだろうけどさ。ジーパン生地で、手縫いだし。
 何はともあれ、見つかってよかった
 旅の最初で失くしたマフラーも、こんなふうに違う何かと間違えて遺失物に保管されてるのかもしれない。
 ゲートへと、係官に促されて通路をダッシュしながら思ったりしました。
posted by tomsec at 23:59| Comment(2) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

【'05台湾×2】36/旅の終わり・2月

 2月の台湾10日目、最後の夜です。
 長い一日でした〜(よろしければ「'05台湾×2・27/台流親切」辺りから振り返ってみてくだされ)
 銀行と郵局に行き、高山茶を買ってコオ老人と出会い、電気マッサージの後で別れて六合夜市で洋食を食べてフジタさんに揉まれ・・・ようやく商務套房「象財神」に帰ってきました。
 宿の男主人は、明朝5時にコールしてくれると言ってたので安心です。
 ちなみに(どうでもいいんですけど)、ここのTVもエロだけは映らず。


 宿に戻ると、カウンターの向こうでうたた寝してた女主人が「明朝5時に中南客運のバスがある」と教えてくれました。
 わざわざ僕の利用する便を調べてくれていたのですなぁ、ありがたい!
 なのでモーニングコールを4時半に変更して、シャワー浴びパッキングしてるうち1時半。あと3時間だ、格安チケットだから朝が慌しい。
 夜中に着くのは平気だけれど、早朝の帰国便に乗り遅れたら・・・・・・と不安になるのがイヤです。
05tw36_1

 11日目の最終日は、4時前にぼんやり目が覚めました。緊張で寝た気がしません。
 ぼんやり仕度しつつ枕の下に100元札、今回初のチップです。
 4時半に電話が鳴り、15分で駅前の中南客運に。徒歩1分。
 今日も雨らしく路面が濡れていて、ファサードの下に入ったら降り出しました。


 30元の切符買って、待合で朝食。昨夜、帰りに夜市で買っておいたカットフルーツのパックです。
 台湾みかんと小ぶりな桃にしようと思ったんですが、量り売りでも5個ぐらいになってしまうので。キウイ40元とドラゴンフルーツ50元(オマケでもらった酢漬けのスモモは帰り道の途中で食べちゃいました)。
 キウイは美味、ドラゴンフルーツは微妙な味で食べきれず。


 切符の行き先が「小港機場」になっていたので係員に確認すると、国内線と海外便の建物が別なだけで近くなのだそうです。つまり小港機場は国内便も同じ離発着場なのね、あーよかった。
 ちなみに「飛行場は6時以降でないと乗り入れられない」のだそうで、手前で降ろされるけど心配しないように・・・・・・との事。
 英語の説明で足りない部分を日本語で補足してくれたのが、とても親切な感じ。
 乗客は前回よりも多く、国内移動の客で席が埋まってしまったので次のバスを待つことに。
 どうしても前回の悪夢が拭いきれず(その辺は「台湾日記 最終日・1/遠い朝」ご参照くだされ)、ちょっとドキドキです。
 運ちゃんに念押ししたのに空港を通過されるなんて、そうそう起きるアクシデントな訳がない。


 だがしかーし! 今回も通過される寸前だったんです。
 真っ暗な車窓に目を凝らし、地図と首っ引きで所要時間を数えていたんです。
 で、念には念を入れて運転席まで行って、添乗員の女性にも「Could you drop me at A.P. ?」と言ってみた。
 そしたら彼女、初めて聞いたような顔して「Airport ? Domestic ?!」とか訊き返してきたのでした。
 マジ頼んますよー!?
 間一髪でした、しかも5時半なのに乗り入れ全然OKじゃん。
 今度は空港で美味しい粥を食べてる時間もなかった、前回の記憶では100元ぐらいした気がしてたのに80元だったけど。


 高雄国際機場の発着で格安チケットが買えた前回は、まだ楽でした。
 便が少ないのに需要が増えたのか、夜着朝発でも安くは買えなくなってしまったので、今回は帰国便だけを台北で国内便から乗り継ぐようにアレンジしてもらったのです。
 このルートも3度目の12月には接続する始発便が満席でしたから、今後は台北〜高雄間の移動は地上ルートに限定されてしまうのかもしれません。
 もちろん、お金に糸目をつけなければ話は別ですが。


 国内便はマンダリン・エアラインで、チケットに記載されていた中華航空ではなかったけれど問題なく搭乗。
 左2列に右3列の小さな飛行機フォッカー100はメキシコを思い出しましたが、トイレは2つ付いてるしフライトアテンダントが女2名男1名と機体の割に多かったなぁ。
(一人の女性がお化粧すごかった、まつ毛の先に水滴っぽい何かが乗っているという謎メイク)
 それに、たった1時間のフライトでも朝食が出ました。
 といってもオレンジジュースと、日本じゃ食べられないサンドイッチ。
 具体的には、昔っぽい味わいの耳つき食パンに味付けなしの目玉焼きと・・・・・・何故かキナコ!


 いよいよ次回は、12月の台湾も終わりです。
posted by tomsec at 18:25| Comment(2) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月24日

【'05台湾×2】35/ひとり旗津半島

 さて、話は再び12月に。
 コオ老人と、お昼を食べる約束でした。
 11時にチェックアウト、階下の網咖で書き込みしてコオ老人宅へ。
 昼食の後、1時半から奥さんを病院に連れて行くそうなので早々に引き上げました。
 またも熱心に引き止めらましたが、さすがに検診にまで同行するのは気が引けます。
 しかし思えば、昨日の計画は何だったのだろう。あんなに寿山とか台東を勧めてくれたけど・・・・・・。
 彼なりの社交辞令だったりして?
 コオ老人には男女3人づつのお子さんがいて、病院には「近所に住んでる息子が車で迎えに来る」と言ってたからなぁ〜。
 もしや、彼に任せて僕と出かけるつもりだったのかもしれませんが。
 ホッとしつつも、やや拍子抜けではありました。


 銀行で6千円両替。
 実は昨日も5千円分だけ両替したんですが、よくよく計算してみたら足りなかった。
 変なところでしみったれたおかげで、台北までの列車代と宿代を差し引いたら400元しか残らないと判明。
 両替嬢に顔を覚えられたか、心なしか笑っていたような。
 ま、こういうセコい日本人も中にはいるって事で。

 明日はクリスマス・イブ、今日は暖かく気持ちよい日差しです。半日かけて台北に行くには、せっかくの上天気が勿体無い!
 なので夜行列車の切符を買って、1人で旗津半島へ日向ぼっこに行ってみます。
 昨日コオ老人と行ったのでバスの乗り場も分かっていますし、旗津で宿を見つけられたら次に来る機会の余地が拡がるという腹づもりもあったり。
05tw35_1

 フェリーを降りて、周辺の路地などぶらぶら歩き。
 宿は見当たらないですが、K−net旗津店を見つけたので入ってみます。
 チェーン店なのに、小琉球の個人営業店みたいな雰囲気。要するに、下町のゲーセンっぽい。
 フロントの小姐は、絶対にクラブ好きです。丸いオッパイ見せそうな服といい、黒人ラッパーのPVに出てきそうで。っていうか顔も体つきも超ビッチ(←良い意味で)・・・
・・・まさか全身整形? 
 1階が禁煙で「2階ならOK」というので、上に行こうとしたら100元上乗せ要求されビックリ。
 どうも筆談では意味が分からず、オーナーらしき人物ともケータイで話したが要領を得ず。1階で我慢してネットで書き込み。
 どうしても日文が呼び出せず四苦八苦してたら、件の小姐が「ニホンゴ?」と反応してから選択可能になったのは何故だろう・・・・・・? 彼女は触ってもいないのに不思議。
 現地ルポを書き終えるところでブザーが鳴り、しかも追加コインが受け付け不可能で投稿前に消えてしまった。
 まったく運が悪い、ちぇっ。

 港でMTBを借りて、海岸沿いを延々と走り回りました。前後サスの、なんちゃってMTBです。1時間30元。
 ギヤ錆はないけど、ギシギシ揺れまくって乗りにくい。
05tw35_2

 早めに引き上げてフェリーで対岸(高雄側)に戻ったのですが、一向にバスが来ません。
 待ってるうちに日が暮れてしまい、やっと来たらギューギュー詰め超満員です。
 やはり5時過ぎると学生のラッシュに巻き込まれるのだな、っていうか既に6時も過ぎてるんですけどね・・・・・・!
 これからは忘れないようにしよう、以前にも懲りた筈なのですが。

 おそらく学生達は、下校じゃなくて塾へ向かう途中なんでしょう。
 最初の訪台時、夜10時を過ぎた高雄の駅前で大勢の子供達に遭遇した事を思い出しました。
 子供といっても、小学校の高学年から中学生といった年頃でしょうか。1学年どころか全校生徒の行事かという位、周囲は子供達であふれかえっていて。
 その流れに乗って歩いていたら、一緒に塾のビルに入ってしまいそうになって(塾のハシゴをしてるのか?)と、非常に驚きました。
 台湾の勉強熱は、かつて日本でいわれた「受験地獄」の比ではないのですね。
 僕は思わず同情してしまいましたが、それは僕個人の価値観でしかないと思ったりもしました。
 他民族による支配や抑圧が繰り返された歴史を持つ台湾ですから、権力や経済力への強い指向は、その経験がない日本とは違って当然だとも思います。
 日本には緊張感がなさすぎるとも言えますが、同時に日本の国民が弛緩していられる、その根拠なき平和さに思い至って冷や水を浴びせられたような気分にもなったものでした。


 満員バスに耐え切れず、愛河を渡った所で途中下車してのんびり歩いて帰るとします。
 夜行列車に乗るまでの時間を、どう潰そうか考えながら夜市へ。
 でも夜市のゴハンは期待できないので、適当な屋台店で三合火庚麺60元、肉燥飯20元。
 美味いけど、なぜか今日の肉燥飯は脂身の煮込み状。そぼろゴハンが懐かしいなー。
 夕飯を済ませると網咖でネット書き込み再トライ。
 そして、乗車時間までの予定を決める。
posted by tomsec at 19:04| Comment(4) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月15日

【'05台湾×2】34/休養館のフジタさん

 六合夜市の晩ゴハン後、食休みに休養館(マッサージ店)に入りました。
 夜市の屋台店は、シャッターを下ろした店舗の前に露店を出しているのですが、そこは営業中の店内だけでなく外までマッサージ椅子を並べて大繁盛してました。
 それで差配役のオバサンに1時間600元の全身フルコースを頼むと、いかにも面倒臭そうな顔をしたんです。
 その瞬間、アツイ視線が。
「私を指名しなさい!」
 あ、日本語だ。
「すぐ終わりますから、待ってなさい」
 パッと僕に目を合わせてきたのは、奥で別の客をマッサージしていたオジサンでした。
 勝手に仕切られ、声を荒げる差配オバサンを説き伏せ・・・・・・というか相手してる客を半分そっちのけで、彼女を言い負かして僕を自分の客扱い。
 そんなやり取りからして、百戦錬磨のプロっぽい。


 おそらく差配オバサンが経営者で、雇われマッサージ師のオジサンは歩合給で働いているのではないでしょうか。
 だから彼は、他の人に回されないよう「自分の客だ」と言い張って先手を打ったのではないかと。
 実際、彼はマッサージ中に何度も「もし次に来るなら、僕はここにいますから指差してください」と言っていましたからね。
 指名しなければ、手が空いてる順に客を割り当てる決まりになっているようでした。


 百戦錬磨のオジサン(日本名フジタさん)は、70代だけに多少あやふやな日本語の使い手でした。
 しきりに「日本語が話せて嬉しいです」と言っていたから、もしかしたら高額な客だからという理由で僕を自分の客に取った訳ではなかったのかもしれません。
 そういう訳で、マッサージ中ずっと話しかけられてましたが。
 だけどこっちは頭の中なんて真っ白状態になっちゃってるから、会話するのも一苦労でした。
 途中で「休憩しましょう」と言われて、2人で一服していたら他のマッサージ師に何か言われてました。これは中国語の口調がきついせいではなく、表情からして「さっさとやりな!」とか文句つけられてたのだと思います。
 それをいなす余裕というか老練さも、場数を踏んでる感じのフジタさん。
 ちなみに「これは学校や資格があるのですか」と訊いたら。
「ないです」
 打てば響くような即答っぷりに、思わず笑ってしまいました。


 ところで、フジタさんとの会話で気になった点があったんですね。
 それは、他のアジア人に対して差別的な傾向がみられたからなんです(コオ老人にも若干感じられたのですが)。
 本人達は気にも留めずに口にするので、それはきっと彼らが日本語で教育を受けた時代の名残なのでしょう。
 まるで(僕らは日本人同士だからなぁ)と言わんばかりの口調で、同じ台湾人さえも格下扱いするような物言いで話しかけてくるのでした。
 当時の日本が「支配ではなく統治をした」と美文調に語られる歴史を、素直に受け止められなくなってしまいます。
 過去は今の感覚で測れない事ですが、やはり日本人は第二国民という意識で台湾人と接していたのか。
 そう思ってしまうのは、刹那いものがあります。


「貴方は結婚してないのですか?」
 唐突に、フジタさんは僕に尋ねました。
「台湾では『早く結婚しろ』とうるさく言われるが、最近は晩婚化で男性の財力に対して女性は厳しいから、大陸や越南やミャンマーから女性が入ってくるんです」
 確かに僕も(フィリピン系の女性が目立って増えたな)とは感じていたし、たまに「越南新娘○○○−○○○○(電話番号)」という落書きも見かけるようになりました。それにコールガール的な広告でも、越南新娘の四字熟語は普通に載っています。
 そういえばコオ老人の家にも、若くはないけどタイ人の家政婦さんがいますし・・・・・・。


「大陸は、昔『シナ』と言ったよ、知ってますか? シナ」
 そう話す時、フジタさんは日本学校時代の心に戻っていたのですよね。
 あの頃の空気が言葉の端々に見えるたび、僕は複雑な思いにとらわれてしまいました。
 英語で言うチャイナだと分かっていても、今の教育を受けた僕には。
posted by tomsec at 19:25| Comment(2) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月05日

【'05台湾×2】33/高雄の夜・12月、そして2月

 コオ老人宅を後にして、儂來旅館に戻ると・・・・・・。
 なぜか、ユニットバスが水浸しになっていました。少しドブ臭くて、くずかごに小さなゴミが。
 最初は(もしやトイレットペーパーが詰まって逆流したのでは)とも考えたのですが、汚れてるのは風呂の排水溝でトイレ回りはキレイです。
 フロントでキーを受け取る時は、何も言ってなかったけどなぁ?
 でもまぁ、いっか。別に害はないし。
 台湾では、トイレで使った紙は流さずクズかごに捨てるのが一般的らしいんですね。
 ガイドブックにも(古い宿では下水管が細くてトイレが詰まるから流してはいけない)と、書いてありました。
 僕も心では「郷に入っては郷に従え」と思っているのですが、これだけは強い抵抗を感じまして。
 なので非常に節約して、詰まらせないよう気を付けて流してしまっているんです。
 ともかく違ってたようで安心しました(今まで詰まらせてしまった事は一度もない筈)。

 ホテルの1階にある網咖、K−netで2時間かけて現地ルポ。
 ようやく打ち終えて投稿しようとした、まさに寸前で時間切れ〜!!
 普通なら10分前に警告音が鳴るんですよ、運が悪いと諦めるよりありません。
 なんだか六合夜市という気分にもなれず、フライドチキンとビール買い込んで宿メシです。
 明晩が最後の夜です。
 日中に高雄を発って台北泊まりにするか、あるいはコオ老人の言っていた「夜行列車で台北に行き、早朝のバスで空港に」という方法にしようか・・・・・・?
 CATVのチャンネルを延々と変えながら、なかなか心が決まりません。
 なにか落ち着かない気持ちのまま、ビール煽って寝ます。
 12月の台湾は3回の中で一番短い、5泊6日という慌しい旅でした。
05tw33_1

 さて話は2月に戻り、電気マッサージの後です(ややこしいなぁ)。
 初めて会ったコオ老人と別れて宿に買い物袋を置き、六合夜市で晩ごはんに出かけました。
 前回よりも人出が少なく、行きつ戻りつブラブラ食べ歩くには丁度好い混み具合です。
 つくね串焼き1本4元、愛玉冰20元。串焼肉は、ソーセージと肉団子と骨付きカルビの3本で90元。
 案外と腹に溜まってくるんですが、やはり物足りない。
 そこで、たまには(高級そうな店に入ってウマーイ食事でも♪)と思ったんです。
 入り口に立ってるドアマンが「粥もある」と言ってた、明らかに周囲の屋台店とは値段も雰囲気も違う店に。
 でも席に着いたらウェイターには「粥?没有」と言われ、ドアを振り向くと彼は申し訳なさそうに僕を見てる・・・・・・。
 お冷も飲んじゃったし、それじゃあ紐西蘭牛排というのを頼んでみましょう。
 何が出てくるのか楽しみにしてたら、ニュージーランドビーフステーキ!? 要するに、ここって洋食屋さんだったんですかー(ちっ!)。
 仕方なくライスとコーヒーを追加して、ヤケで綜合(ミックスグリル)も頼んでしまいました。
 今時どこのファミレスでも美味い、というか(どこのドライブインだよ)ってレベルです。これで205元は無駄遣いでした。
 でもまぁ腹はふくれたので、食休みを兼ねて「休養館」で揉んでもらいましょう。1時間600元の全身フルコ〜ス♪
05tw33_2

 それからゲーセンも入ってみましたが、みんな網咖でネット対戦してますね。
 あとは昔ながらの博打系コインゲームが主流で、UFOキャッチャーの他にはアーケード型のカーレースが店頭に数台。
 帰りにコンビニで大量に買い込んだ排骨味のポテチは、日本でも屋台店の気分に浸れる手軽なお土産となりました。
posted by tomsec at 17:35| Comment(2) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月26日

【'05台湾×2】32/老人と海辺

 12月、コオ老人と再会して海への散歩に誘われました。毎朝、ひとりで出かけているそうです。
「これを持って行ってください、差し上げます」
 そう言って奥から出してきたのは、水の入ったペットボトル。
 よく見れば濡れているし、しかもキャップが開いていますが?
 ガイドブックによれば(日本人が生の水道水を飲むのは止めたほうがよい)のだそうだけど、それにしてもラベルに「酷の水」・・・って何!?

 アジアの国々では、色々な商品に日本語が使われているようです。それは台湾も同様で、どうやら日本製に似せたイメージで高級感を持たせているらしいのですね。
 そこで見られる不思議な日本語が、稀に言葉の壁というか限界を超える時があって、単に見ていて楽しい以上の面白味があります。
 でもやっぱ「酷の水」ってのは、ちょっとなぁ〜。

 駅前から248のバスに乗り(土日は99)、フェリー乗り場へ向かいます。
 愛河を渡るのは初めてで、港口という貨物駅を見下ろす陸橋の上から旗津半島が見えてきました。
 フェリーの料金は全票(往復)10元、わずか10分足らずで向こう岸に到着。
 人が降りた背後から、1階に待機していたバイクが一気に走り出します。
 すごい排気ガス!

 港の外れまで歩いて行って戻る間に、すっかり僕はここが気に入ってしまいました。
 いいなぁ、このムード!
 港から坂を上って「台湾キリスト教伝来の地」を通ると、もう反対側の砂浜でした。
05tw32_1

 海水浴場なのに「遊泳禁止」の立て札があるのは妙ですが、きれいなビーチです。
 サーファー2人が、ボードにまたがり波待ち中でした。

 旗津半島とはいうものの、実は堤防のように細長く伸びた島です。
 昔は本当に半島だったのですが、内海との海運の都合で外海とつなげるため付け根の陸地を掘り抜いたのだそうです。
 コオ老人の話によれば、この半島から高雄は漁業の町として栄えていったとの事。
 内陸部の開発が進んだのは日本統治時代で、愛河も日本軍が竣工したのだとか。
 そんな旗津も、今は気持ちよくひなびた港町。
 ビーチもあるしK−netもあるし、次回はここで宿を探すのも悪くないかも。それに出租(レンタル)MTBとか、観光3輪車(輪タク)もありました。

「帰りはバスを乗り継いで、海底トンネルの方を通りましょう」
 せっかくのコオ老人の提案でしたが、一向にバスが来ないので断念してフェリーで戻ります。
 空ぶかしをするバイクの音も、2階の客室には聞こえてきません。
 旗津の漁港が夏の夕暮れ色に染まって、対岸の近代的な重工業の港にライトが灯り始めていました。
05tw32_2

 帰路、コオ老人から熱心に
「明日は寿山公園を案内しましょう」
「息子の車で、台東の温泉に行きましょう」
・・・と、例によって強烈に口説かれてしまいました。
 でも明日は最終日ですから、あまり悠長に遠出してる気にはなれないんですよね。
「大丈夫ですよ? 台北には長距離バスで行けば、早いっ! ね、そうなさい」
 はぁー、お気持ちだけ頂戴し丁重にお断りしました。

 しかし今度は夕食の誘いを受け、さすがに根負けしたような気分でご相伴に預かる事となりました。
 家政婦に雇っているタイ人女性の作る、普通の味付けの食事です。
 気を利かせて日本食にしてくれたのか、コオ老人が日本びいきだからなのか。
 玄米ごはんに焼き魚、そして白玉ぜんざい。
 今日は冬至なので、慣習でお団子を食べるのだそうです。

 辞去する際に、また明日の昼食を一緒にする約束をしてしまいました。
 ははは・・・。
posted by tomsec at 21:53| Comment(4) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月16日

【'05台湾×2】31/電気マッサージ!

 2月にコオ老人と出会い、オムツ交換の後で自宅介護の本を送る約束をして、それから届いた旨の手紙をいただいていました。
 12月、僕が再訪する直前に出したカードは、もう着いているだろうか。

 晴れ間が出て、宿からコオ老人の家までは僅かな距離なのに汗をかいてしまいました。
 オムツ交換をした1階にはシャッターが下りていて、途方に暮れていると通りかかった人が部屋を調べて呼び鈴を鳴らしてくれました。
 コオ老人は、僕からのカードを受け取ってすぐ返事を出してくれていたそうですが、それは僕が日本を発つまでに届かなかったので、もう少しで行き違いになるところでした。

 4階の自宅でパパイヤと、そして大根とご飯で作ったという挙げ餅もご馳走になりました。
 そこにアメリカ在住の息子さんから国際電話が入り、後で聞いた話では娘さんもアメリカ人と結婚して向こうで暮らしてるのだそうです。
 つい10日前まで里帰りしていたお孫さんは、アメリカチームのオリンピック選手で、名前はトラさん。
 思ったとおり、コオ老人は「日本語に由来する名前を付けました」と誇らしげに言いました。

 奥さんは、通りに面した日当たりの好い部屋で横になっていました。
 わざわざ起こしてしまうのも、却って申し訳ない気になります。でも奥さんは僕を覚えていて、澄んだ笑みを浮かべました。
 レース越しの柔らかな光の中で、僕は生まれて初めて(天使のようだ)という言葉が自然に感じられました。
 そして同時に、このご夫婦のような老後を迎える自信がない自分への失望感と、しかしそれは不可能な夢物語ではないという安堵を僕に与えてくれる一瞬でもあったのでした。

 コオ老人が思い付いたように「毎朝バスで散歩に行っている海岸まで、是非ご案内しましょう」と言い出し、こうなると断りきれるものではありません。
 まぁ顔見せだけは済まないだろうとは予想していましたし、それにどのみち僕に予定などありませんから。
05tw31_1

 2月のオムツ交換後にも、コオ老人の誘いに負けて一緒に出かけたのでした。
 あの日はクッキーをご馳走になった後、市バスに乗って隣町の鳳山まで行ったのです。
 なぜか「電気マッサージの無料体験」に・・・!

 立派なビルの何階かで降りると、どうやらそこはマッサージベッドの販売会場のようでした。
 大勢のお年寄りが、ワイヤレスマイクを持ったインストラクターの指示でボタン操作しています。
 みなさん常連同士で、無料の娯楽施設と化している様子。
 待合のパイプ椅子が次々に埋まっていく中、スリッパに履き替えると僕までベッドに連れて行かれてしまいました。
 どう考えても僕なんか、販売対象ではないのにな〜?
 確かに気持ちは好いのですが、僕には温熱効果で汗だくです。
 それにボタン操作の指示はともかく、コール&レスポンスまではご期待に沿えません。
 そうやって商品名を連呼させ、覚えてもらうのでしょう。そして何度でも来て試してもらって、気に入ったら買ってくださいという商法のようです。
 コオ老人に言わせれば「台湾では、こうして高額商品を売るのです」との事でした。
 でも最中は、すっかりイビキかいて夢の中でしたが(後日、購入したと手紙にありました)。

 帰る頃には夕暮れで、なかなかバスが来ないと思ったら学生の下校時間と重なってしまったんですね。
 バス停ごとに乗ってきて、ギューギューの満員状態で逆に疲れてしまいました。
 そうしてコオ老人の家まで戻って別れると、ようやく僕は宿に土産を置いたのでした(重いものを買い込んでなくて良かったぁ〜)。
posted by tomsec at 01:58| Comment(2) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月06日

【'05台湾×2】30/オムツ指南・・・?

 2月に出会ったコオ老人の家は高尾駅の近くなので、降りるバス停も僕と一緒でした。
 仕事について訊かれた時、当時の僕が病院の看護補助をしていると知ってコオ老人は驚いたような反応をしました。なので、仕事内容が特殊な技能職ではない事を話したんですね。
 すると彼は少し黙って、そして少し言いにくそうに「オムツの当て方を教えてもらませんでしょうか」と言ったんです。

 奥さんが寝たきりなので世話をしているそうなのですが、いつも紙オムツが上手くいかずに布団を汚して困っているというんですね。
 自宅介護のご苦労に加えて、排尿のたびに布団交換して洗うとなると大変な労力でしょう。
 でもそれより奥さんに申し訳ないのだと許老人は言って、だから思い切って僕に相談したようでした。

 バスの中で説明したところで要領がつかめるものでもなく、結局「どうか実際にやってみてくれませんか」と頼まれて断りきれなくなってしまいました。
 僕はヒマだし構わないけども、当の奥さんにしてみれば
(急に見知らぬ外国人にパンツ脱がされる)
なんてのは好ましいとは思えませんし。
 それに「日本を代表するオムツ交換か」なんて考えちゃうと、責任重大で。
 とはいえコオ老人の熱意も無下にはできず、まぁ軽くレクチャーする感じでバスを降りました。
05tw30_1

 コオ老人の家は客運の裏通りのビルで、1階は店舗貸しだったのか全面ガラス張りです。
 そこで車椅子の奥さんが日向ぼっこしていて、耳が遠いのですがコオ老人の説明にニッコリ微笑みました。日本語で何か言ってくれたけど、もう忘れかけているようで言葉が不明瞭です。
 そしてコオ老人は、車椅子を入り口に置かれたベッドまで動かしました。
 まさかと思ったら案の定・・・。
「ここでオムツ交換を」って、手打ち蕎麦じゃあるまいし面食らってしまいました。
 人通りがないとはいえ、これでは表に見せびらかすようなものじゃないですか?
 しかしコオ老人も、息子さんらしき中年男性も意に介さぬ様子です。自宅の4階まで行くのも大変ですよ、1階にはここしかベッドないですよ、という雰囲気。

 まぁご本人も同意してるというので、仕方なくそこに奥さんを移乗して実演に入りました。
 手を動かしながら説明する背後で、コオ老人が息子さんに通訳しながら感嘆し頷きあっています。
 僕自身、仕事に就いたばかりの頃はオムツ交換が下手だったので、尿漏れを防ぐポイントを強調して知る限り詳しく教えました。オムツの縁の当て方、尿量が多い場合のパッドの工夫についてなど。
 感謝感激されて、これで成果が上がらなかったらと却って不安になってしまいました。
 そういえば自宅介護入門の本を後輩に貸しているので、あれを後日郵送すると約束しました。日文が読めなくても、挿絵が大きいから役に立つはずです。

「クッキーをご馳走しますから」と言われて、4階の自宅にお邪魔しました。
 コオ老人との茶飲み話で、先週末に結婚65周年のお祝いをしたばかりだと聞きました。
 お二人とも90歳で、奥さんは「昭和12年に、台湾大学で産婆さんの資格を取った」のだそうです。
 壁の大きな額縁に世界中の写真が飾られていて、パリ、グランドキャニオン、アラスカ、ナイアガラ・・・どれもコオ老人と奥さんの2人が寄り添って写っていたんです。
 なぜかしら僕はそれに見入ってしまい、目頭が熱くなってしまいました。
 今もご苦労はあれど、お二人の幸せな笑顔はそれでも変わりがないのです。
 こんなにも長くそして同じ気持ちで人を愛すること、それが僕にできるだろうかと。
posted by tomsec at 21:44| Comment(4) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月26日

【'05台湾×2】29/高雄探索

 3時過ぎに遅い昼飯、そして未探査地区だった民生一路の先(つまり駅から奥半分)へと出かける事にしました。
 これまでも高雄の町は散々歩き回っていますが、そこまで歩く気になれないし行く気も起きなかったんです。でも一度ぐらい行ってみておくのも好いかと、市バスに乗りました。
 ルート100の百貨商圏専線、その名前だけで見当はつきますが。
 案の定、デパートのビルが林立する銀座と新宿を足したようなエリアです。駅前周辺よりも人が多く、より華やかな印象ですね。
 でも僕に見るべきものはないですし、バスを降りると風が強まって空が曇ってきました。適当にブラブラして帰りましょう。


 通りがかったスタバで、頼まれていた土産の事を思い出しました。台湾でしか手に入らない、コーヒーの計量スプーンがあるのだそうなんです。
 でも見当たらないので、話しかけてきた店員に訊いてみました。そしたらここでも例によって、英語の話せる客を引っ張ってきちゃいました。
 いつも恐縮しますが、お客さんも迷惑がったりしないのが救いです。
 その女性が更に、一緒にいた女性を引っ張り出しました。大学で日本語を学んでいるとかで、おかげでスムーズに120元と60元のスプーン2種類を購入できました。
 太謝謝您了。
 ひと雨くるかと思ったら、風も収まって薄日が差してきました。同じバスで駅前に戻りましたが、道端で手を挙げてもダメでしたね。
 やはり都会は、林邊のようにはいかないようです。
05tw29_1

 日が暮れて六合夜市へ。
 高雄では夜市の場所は一箇所だけではないのですが、六合二路という大通りを通行止めにする六合夜市が有名で賑やかです。
 初めて来た時は混雑ぶりが激しくて苛々しましたが(その辺は「台湾日記 7日目・4/浪費の欲求」ご参照くだされ)、道の中央にバイクを並べるのを止めてくれたのは正解です。
 縁日気分で賑わいを楽しむ感じで、安くて美味い店がある訳ではありません。あんまり屋台店では見かけないツマミ物が多く、あちこち目移りしながら食べ歩きます。
 といっても小腹に溜まる程度なので、後で夜市を突っ切った先の屋台店で海鮮粥を食べました(70元なのに、よぽど具沢山でボリュームありました)。
 ちなみに下の写真は、れっきとしたペット屋です。絶え間ない夜市の見物人に、寝ててもガラス叩かれては気の休まるどころじゃありませんね。
05tw29_2

 翌朝11時直前にフロントで1泊延長、暖かく眠れる宿は大好きです。
 ついでに昨日もらった早餐券を使ってみると、わざわざホテルマンが部屋に運んできてくれました(といってもトーストとコーヒーですが)。割に美味かったですね。
 台北の早餐券と比べる訳ではありませんよ、あれは味より雰囲気でしたから・・・・・・(その辺は【'05台湾×2】05/「宿泊希望」で触れています)


 土産スプーンを郵送しようと郵局に来たら、絵葉書を売っていたので先に手紙書きをする事にしました。1枚2元を10枚買って、10元の切手はメキシコ同様に糊を自分で塗る式。
 スプーンのEMS代は、なんと55元(安!)。
05tw29_3
05tw29_4

 裏手の中山商場を通り抜けたら屋台店街があったので一休み。
 ダメ元でコーヒーを頼むと、済まなそうに3in1の粉末を振って見せられました。でも「アイスなら出来る」と言うので「好(ハオ)♪」と答えたら・・・・・・。
 やっぱりミルク砂糖入りじゃんか!
 なんなんだ〜?
 蒸篭に入ってる肉圓10元が美味そうなので2ヶ、茹でギョーザと肉まんの中間みたいです。そして魚丸湯とかいうツミレ汁30元、これもシンプルで美味。
05tw29_5

 日差しが強くなったら、一気に気温が上がってきました。
posted by tomsec at 21:56| Comment(6) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月16日

【'05台湾×2】28/新たな出会い

 時々ぱらつく雨の中、六合二路から愛河まで散策です。もうじき帰国ですから、なにか土産になりそうな物でもないかと。
05tw28_2

 その途中、中華三路沿いに「高山茶」の看板を見つけて入ってみました。
 高山茶は、前回ヨウさんに貰ったウーロン茶の銘柄です。たしか標高の高い畑で作られる茶葉の総称だったと思います。
 いくつか薦められるまま試飲させてもらい、一番人気という阿里山の茶葉を1パック買う事にしました。
 900〜2300元と、銘柄によって値段もピンキリです。それにしても2000元って、5千円以上ですから安くないですね。と思ったら、1kg単位の値段ですか。
 結局、そのまま4パックも買ってしまいました。あれば飲むし、土産にするにも悪くないですから。
05tw28_1

 愛河は両岸に堤燈の飾り付けで、小さいねぶたのようなハリボテが展示されていました。正月気分の残る町並みに、親密さと疎外感という矛盾する両方の気持ちが生じてきます。
 土産物屋デパートはガラス戸に「安静〜」の貼り紙がされてますが、人の気配がするので覗き込んでたら受付嬢が招き入れてくれました。
日本の明るさが基準にあるせいか、どうしても室内照明が暗く感じてしまうんですね。それで数年前に初めて来た時は、潰れたのだと勘違いしてました。

 目が慣れれば店内は明るく普通に営業中で、日本人熟年男女の団体が買い物中です。
 観光ツアーに組み込まれてる店のようで、それゆえ日本語が通じるどころか円でも買えるのでした。
 今は分かりませんが2005年現在では、台湾ドルは日本円に換金できなかったんです。なので両替の手間が省ける事は、味気ないけど便利ではあります。

 母に、書道の筆1650元と墨2300元を値引きしてもらって8600円で購入。3950元の2.8倍なら1万1060円だから、22%ちょっと割引してくれたんですね。
 店員が計算機片手に付っきりで、そのまま熱心に勧められて食品コーナーへ。パイナップルクッキー2箱(700元)とメンマ1パック(150元)も2割引で買いました。
 オマケの飴をもらって店を出ると、ようやく空が晴れてきました。
05tw28_3

 宿まで歩いて戻るのも億劫になってバス停へ。
 先に並んでいた老爺に筆談で行き先を確かめると、流暢な日本語で答えが返ってきました。
 日本の政治や経済に関しては僕よりも詳しい位で、バス路線の話から大陸の経済へと語りあいながら同じバスに乗り込みました。
 これが、コオ老人との最初の出会いでした。


 さて、ここで久しぶりに12月の話になります。
 2月の時は屏東から小琉球や墾丁まで行きましたが、12月は5泊6日という半分の日程でしたし、コオ老人と再会するため3日目から高雄に来ました。
 でも会えば長くなるのは目に見えてたので、4日目に訪ねる事にします。

 まず宿を、儂來旅館で決めました。K−net林森店の真上にあって駅も近いし、700元とは思えない上等な部屋です。
 フロントも明るくて広いし、室内だって日本のビジネスホテルと同じ雰囲気。それに早餐券つき。
 そして、ここで荷物を広げてて(マフラーがない!?)と気付きました。
 いくら日差しが弱く肌寒かったとはいえ、トレーナーでも汗ばむのに使う筈がありません。記憶を辿ってみると、台北からの列車移動中は手元にあったんですね。下車時に置き忘れたと思い至って、駅の遺失物取り扱いに。
 あれば御の字でしたけど、やはり届け出の記録はありませんでした。
posted by tomsec at 17:13| Comment(2) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月07日

【'05台湾×2】27/台流親切



05tw27_0

05tw27_1

 夜になって前回の旅で会った女のコ達に写真を渡しに行きましたが、どちらとも会えず(その辺は「'05台湾×2 8縁は気まぐれ?」ご参照くだされ)
 で、夜市に戻って羊肉料理の屋台店で夕食。
 看板メニューを頼むと、肉片こびり付いた太い骨が黒い汁に丼で出されます。つけダレと削りショウガで、熱い骨から削ぎ落として食してみましょう。
 でも何か違う気がして戸惑ってると、店主が太いストローをくれて(骨の中にあるゼリー状のを吸い出すのだ)と身振りで教えてくれました。
 そして何故か、大腿骨1本追加サービス。
 ナイス店主! どんどん客が入って忙しそうなのに目配りも抜からない、しかも気前いい! でも僕は肉類のゼリーは苦手なほうでして・・・・・・。
 周りは家族で食べに来た客ばかりで、地元で人気ある店っぽいです。羊肉と青菜を炒めた、あんかけゴハンとビールで170元。
 店主は1000元札を調べずに釣りをくれたのでビックリでした。チェックしない人って、初めてだったので。


 宿のテレビは一段と映り悪く当然エロなし、MTVも映画も観られないというのは安宿にしても珍しいですね。
 まぁユースホステルとかは分かりませんが、僕は相部屋だと気疲れしそうなので行かないですし。
 TVつけてベッドで日記つけてると、電話が鳴って「風呂のお水、流れてないよ!」とリンさん。そりゃ確かに、フロントで「これから風呂に入る」とは話したけど?
 気が付けば11時半、もう遅いから入るなって意味かと思ったら。
「よーく体、流さないと 、疲れ、取れないよー!」だって。
 そして、何故かレートの質問。なぜ今、そしてなぜ僕に? 誰かに両替でも頼まれたのかな、これも台湾流の親切?
 単なる興味本位?
・・・・・・意味なし?


 真夜中、豪雨に起こされました。
 ベッド際の窓の外が、トタン屋根だったんですね。おかげで山ほど天ぷら揚げてるような、万雷の拍手のような激しい雨音で。
 でも起きてバスルームから外を見ると、なんだよ晴れてるじゃ〜ん・・・・・・という夢を見て、また雨音に起こされて。
 あー信じたくない、でも天気予報は大当たりでした。
 11時にチェックアウトし、並びのコーヒー屋で朝食を。こういう時、台湾のビル下歩道は濡れないから助かります。
 熱咖啡50元と三明治(サンドイッチ)60元、本当に熱いホット・コーヒーが飲みたいです。

05tw27_2

 高雄火車站へ着くまでに雨は止み、薄日が差してきました。
 台輪大旅社のリンさんの言ってたとおり、旧駅舎が工事中の新駅の脇に移築され展示場になってました。日本統治時代の歴史的建築物で和洋折衷の趣があります。
 でも休館日らしく、中は見られず。
 高雄で以前泊まった宿が、駅前の客運から向かいの横道にあります。
 でもその途中に出てた「象財神」という商務套房の看板、そいうえば前回(今度来たら入ってみよう)と思ってたんですよ。
 路地裏のエレベーターで5階に上がると怪しげなフロント、だけど部屋は広くて800元。

05tw27_3

 すぐそこの、前回の宿なら450元なんですけどね。他の町での相場に慣れちゃったんでしょう、こんな広い部屋でなくても平気なのに。


 銀行の場所を女主人に訊くと、わざわざ案内してくれました。一緒に来てもらうほどの場所でもないのに。
 それでも彼女は僕が宿に戻れるか心配そうにしてました(さすがに帰ってもらいましたけど)。
 親切心の受け方と断り方は難しいですよねー。
posted by tomsec at 16:28| Comment(2) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月27日

【'05台湾×2】26/なぜ?の嵐

 台輪大旅社のフロントで、しばしリンさんの日本語会話につきあってました。
 本人いわく昭和5年生まれの70代だそうで、「昭和61年に日本にアルバイトに行った 」のだとか。
「私いなかっぺだから、雪みたことない。お正月の6日、東京に行ったよ」
 そう言って腰をさすってましたが、おそらく雪道で滑ったのでしょう。出てくる地名が下町の、割と僕の地元に近かったので、妙に盛り上がってしまいました。

 日本の長話もほどほどにして、外を歩き回ってきますか。
 少し大回りして夜市の通りから中山公園へと、日が差して暖かな屏東を散策です。
 商店の店先に焚き火と飾り物があって、きっと昨日の祝日絡みなのでしょう。以前にも見た事がありますが、合理主義の台湾で祭祀儀礼が大切に扱われている事にほのぼのとした気持ちになったりします(その辺は「台湾日記 7日目・1/高雄ふたたび」ご参照くだされ)
05tw26_1

 中山公園に近い露店で紅餡餅(1ヶ30元)というのを買うと、大判焼きの袋を寄越しながら「ありがとう」って・・・・・・。
 だーかーらー、なんで分かっちゃうのかなぁ〜!?
 別に日本人だと思われたくないんじゃないのです、ただ一目で見抜かれるのって少しだけ居心地悪いような落ち着かない感じになっちゃうんですよね。それが何度も続くと、さすがに気になったりもします。
 台輪大旅社のリンさん、潮州駅の「謎茶」オバチャン、屏東駅のホームで会った大家族の老婆etc..。
 そしてこの後、高雄で出会うことになる許さんとフジタさんも、みんな日本語で話しかけてきたけれど。
 自分では思い当たる節がなく、特に今なんてリュックも背負ってないしTシャツ1枚というわけでもないんです。でも考えたって答えが出てくるはずもないし、これからも言われるたびに背筋をモゾモゾさせるだけですが。

 公園の前でジュースの露店が出てました。ケースの果物(小さい青みかん)を指差すと、氷と一緒にシェーカーで振ってくれるんです。オバチャンでしたが堂に入った手つき、小で20元。
 公園内は子連れ以外みなオッサン、法輪功の垂れ幕でヨガってる人々もいました。のどかで人の行き来がある、そこそこ広々とした公園です。
 ハト糞で汚れてないベンチを見つけ、先ほどの紅餡餅と青みかんジュースで軽い食事を。袋を開けたら、3ヶの筈が6ヶも入っていてビックリです。冷めてたからでしょうか、それとも日本好きだから?
 すっかり満腹です、しばらく甘いものは要らない気分。
05tw26_2

「台湾光速/奇跡」という網咖を見つけて入ってみると、ここもチェーン展開してる店っぽいのですが日本語が打てませんでした。
 そういえば今朝、潮州でチェックアウト前に向かいのK−netに入ったんですね。そこはコイン投入席とカウンターで席を指定する仕組みが混在していて、前夜と違って日本語入力できなかったんです。
 なので席替えを希望したら、店員は例によって客を引っ張ってきちゃう。話が通じない訳でもないのに変だなと思ったら、その客はなぜだか前夜に僕が座ってた席を覚えてたんですよ!?
 親切でありがたいんですが、ちょっと妙な感じがしますよねー。
 台北の網咖とか鍋料理の「3皇3家」もそうでしたが、店員が客で来てるにしては出来過ぎてますよねぇ。仮に馴染みの客だったにしても、毎回うまくいきすぎて・・・・・・ちょっとコワイっす。
05tw26_3


追記:「台湾でWindows日本語入力選択」に関して

 ところでIME、実はブラウザで日本語サイトに行けば出てくる仕様だったみたいです。ですがこういうのも網咖によって、あるいはPCによって違っているようなんですね。
 というかウィンドウズ98とか2000だし、しかも表記は中国文ですから何がナニやらお手上げです。
 でも日本語入力のアプリケーションがインストールされてる場合なら、およそ以下の方法で呼び出せる事が分かりました。参考までに。

 *****

 画面右下の「CH」と表示されてるであろう箇所を左クリック
 「顕示語言列」というのを更にクリック
 そんで出てきたバー表示の右端にある小さい▼(選項)またクリック
 下から2番目の設定値をクリック

 「文字服務和輸入語言」ウィンドウの設定タブ2段目「己安装的服務」新規ボタンをクリック
 プルダウンされる一覧から「日文」を選んで確定ボタンをクリック
 ウィンドウを確定クリックで閉じ、しばし待つ。
 すると先ほど「中文」しか選べなかった場所に「日文」が・・・!

posted by tomsec at 15:33| Comment(2) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月08日

【'05台湾×2】25/ふたたび屏東



05tw25_1

 なかなか朝食を採れる店が見当たらず、宿の前まで戻ってきたら昨夜の屋台店が開いてる!
 まだ支度中なのか、親父さんは路上に出したテーブルで悠長に朝刊を読んでいます。小柄で、台湾の男性にしては柔らかなご面相。
 粥を頼んでみると、店の奥にいるらしい奥さんに言い付けて僕に話しかけてきました。カタコトながら英語が話せるので、何となくだけど言ってる内容は伝わってきます。
 昨夜の手際よい動きと違った、どこかしら威厳のようなものを感じさせる物腰。それでいて好奇心あふれる眼差しと飄々とした話し振り、なんだか只者ではない感じ。

 さて、粥が出来上がって・・・・・・って、やっぱり雑炊ですか〜。
 僕が「好吃(ハオツー)」と言うと親父さんは「中国話很好!」と紙に書いて腰を上げました。
 漢字の雰囲気からすると「中国語を話すのが上手いね」って意味でしょうか、だけど発音も習った訳ではないし、つまり日本人がいう「日本語うまいですねー」って感じかな。
 少なくとも(通じてるよ)って事なら、そう教えてもらえるのも光栄です。
 50元を払う時、細かいのがなく1000元札を出すとチェックされました。愛想好い親父さんですし、堂々と調べられても厭な気分はしません。
 地方都市で、得体の知れない旅行者で、高額紙幣だもの。よくある事です(僕だけかもしれませんが)。
 こういう手間は、両替の時点で細かくしておけば省けるんですよね。
05tw25_2

 チェックアウトして屏東まで。
 潮州からは、駅数でいえば2,3の距離です。電車(普通車)だと17元で50円以下ですよ、自強号でも26元だった筈です。
 本当に何事もピンキリの幅が広く、その最低ラインの低さに豊かさを感じたりします。
 一般的な物価の基準は日本と大きく変わらないんですが、安上がりに済ませられる度合いが日本とは段違い。

 台湾でもファストフードのチェーン店が多くて、KFCハンバーガーは69元。モスバーガーのチリドッグとレモン&サーモン味(期間限定)のライスバーガーも各65元で、まぁ200円前後なんですね。
 つまり(少々安いかな)というレベルなんですよ。
 ただし、味に関しては微妙ですが・・・・・・。
 作りたては問題ないのですが、しかし冷めた時の食えなさ加減は割り切っちゃってるとしか思えない!
 パンも具も足が速いというか、日本とは明らかに何か違うんですね。台湾の食材が粗悪なのか、日本の食材に混ぜ物が多いのかは分かりませんが。
 熱咖啡は30元、異様に温くて煮詰まった麦茶みたいな味です。そういう飲み物だと思って、ちゃんとしたコーヒーは専門店かスタバを探すしかないですね。
 ひょっとしたら例の「謎茶」も、屋台店などで紅茶を頼むと普通に出されるのかもしれません。(←まさか!)
05tw25_3

 今回の宿は、もう少し駅前から市街に入った台輪大旅社です。
 前にイタメシ屋で夕飯を食べた時、大通りの向かい側に500元のノボリが出てたのを覚えてたので(その辺は「'05台湾×2 08/再会!ヨウさん」ご参照くだされ)。しかし安宿になるほど商売っ気がなくなるのか、ここもひっそり薄暗いフロントです。
 そして、またもいきなり日本人と看破されました。
 やはり「ニーハオ」の発音でバレるのか、それともこのリュックが台湾人には見えないのかな?
「部屋を見せてほしい」と言うと、210と311の鍵を渡されました。
 まぁ部屋を案内してくれるとは限らないのですが、それにしても・・・・・・。
「どちらか気に入ったら、そのまま荷物を置いてきなさい」なんて言われたのは初めて。
 思いっきり日本語で、しかも「100元安くしてあげるから、600元でいいよ」って?!
 いやあの、500元では?

 そしてここでもサザエ巻き!
 潮州の宿に続いて、まったく意味わかんなくて妙に好きだなぁ〜。
posted by tomsec at 00:09| Comment(4) | TrackBack(3) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月29日

【'05台湾×2】24/謎茶とサザエ巻き

 潮州です。
 面白いもので、町の規模で似たような雰囲気になるものなんですね。
 たとえば枋寮で林邊を思い出したように、ここは東港に似た印象を覚えました。内陸なので港町ではないけれど、交通量が多くビルが建ち並んでいます。
 駅と並行して幹線道路が走っていて、それに沿って発展した町並み。陸路の要衝といった地の利でいえば萬丹にも似てますが、活気の質と空気は丸く穏やかな感じがします(その辺は「台湾日記 5日目・3/東港から萬丹へ」ご参照くだされ)

 しばらく歩くと網咖のK−netがあって、この近くに宿を見つけようと思ったら路地の向かいに南峰大飯店の看板が。
 土間のように広く薄暗い入り口(何故か旅社の類いって、1階にフロア・ライトがないんですよね)の奥にカウンターがあり、2人のオバチャン相手に筆談です。
 最初は露骨に面倒くさそうな、胡散臭そうな顔されましたが笑顔で交渉成立。700元で在TV熱湯、もちろん“室内喫煙可能”です(笑)。
 3階の部屋からは向かいのK−netが丸見え、やけに広くて微妙に南国的。
 しかし不思議だったのは布団です。
 枕元に、何故だかサザエみたく巻いてあるんですよ。
 ちょっと笑えました。
05tw24_1

 まずシャワー、というか墾丁で日焼けした肌が真っ赤なので行水です。
 夕食を食べに周辺を歩いて、結局は目の前の屋台店で肉燥飯と担担麺。まったく台湾では、どこで食べても担担してませんなー。
 でもここの親父さん、やたら愛想よくて手際も鮮やかです。
 そして隣のK−net、やっぱり日本語IME入ってて安心しました。墾丁の網咖では散々だっただけに(てゆうか偉いよっ!)って感じ。
 それにしても網咖のコーヒーって、ブラック頼んで「有(ヨー)」って請合うくせに絶対ミルク砂糖入りで生ぬるい・・・・・・。
05tw24_2

 謎茶。
 枋寮で物売りのオバチャンから押し売りされた、ペットボトルに入った何か。
「紅茶、甘くない!」とか、日本語は達者だったんですがね。
 うーん、変な味だよ!
「甘くしたら、誰も飲まないよ!」って言ってたけど、かなーり甘いし。
 しかも、これ紅茶じゃないでしょ。薄めた焙じ茶に、メイプルシロップでも入れたようだとしか形容できないけど・・・・・・?
 それほど美味しくいただけない、子供向けの変わった飲み薬かもしれません。これを土産にしたら、誰からも本気で嫌がられそうです。
 何といっても(このペットボトル、使い込んでるよね)っていうのが印象的。

 ここのTVもエロなし、でもチャンネル数は120くらい。そうそう、どこかで必ずジャッキー・チェンの映画を放送してるんだよなぁ〜。
 今日は旧暦の祝日だったらしく、夜のニュースで各地の様子を見たけど騒々しい祝いっぷりです。まだ小琉球の鳴り物舟は静かな方だったんですね(その辺は「'05台湾×2 15/どんより奇岩トーチカ」ご参照くだされ)
 潮州では爆竹も聞こえなかったし、飾り付けも目に付かなかったなぁ。
 明日の予報は20〜28℃で降水確率10%、ただ明後日はどこも荒天だって〜!?
05tw24_3

 翌朝は曇り空に晴れ間が差し、空を舞っているのは鳥のようだけど・・・・・・。パラグライダー?
 気流のせいか、ほとんど動かない落下傘という感じにしか見えません。
 赤や黄色の小さな斑点が山の頂に散らばってる、そんなシュールな光景で一日が始まりました。

 チェックアウトは12時まで大丈夫、なので軽く周辺の探索に。
 地図の上では小さな町でも、家々は通りをどこまでも連なっていますね。かなり歩き回った気がしますが、朝から開けてる店が見当たらなくて参りました。
 9時前とはいえ、コンビニぐらいしか開いてないとは意外。高雄の屋台店では、とっくに通勤客で賑わっている時間帯なんですけどねぇ。
05tw24_4

posted by tomsec at 01:46| Comment(4) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月19日

【'05台湾×2】23/再見楽園

 屋台店のチビッコをかまいつつ、鍋焼意麺60元を。
 これは麺が選べて(ビーフン、生めん、揚げ麺)、むき身の貝にすり身の魚と肉団子が入った香草風味の五目めん。とにかく薄味で、辛味ソースをレンゲ2杯も足しました。
 香草(シャンツァイ?)とか調味料の味はクセがあるので、ハマらない人にとっては食べられた味じゃないかもしれません。でも個性的な味って後を引きますよね。

 セ○ンイレブンに入って、妹の子供たちに土産を買います。なぜかコンビニ特製の子供用Tシャツがあって、カエルとマンボウ各250元。1枚700円程度なら日本より安い気もしませんが、襟裏のタグにあのコンビニのロゴ入りというのがレアで面白いかなと。
05tw23_1

 宿で荷をまとめ、まだ乾いてない洗い物もビニールに入れてチェックアウト。
 気持ちよい宿だったな、朝に支払った延泊分はチップとさせていただきましょう(ビールのお礼も含めて)。
 帰りのバスはどこまで乗ろう、東港まで戻らずに最寄りの駅からガタゴトと屏東あるいは潮州でも行くとしようか・・・・・・?
 すると女主人が、バス運ちゃんに見せるようカードを書いてくれました。
「私は枋寮火車站で降ります謝謝」
05tw23_2

 隣の店(ホテル・カリフォルニアとは逆の並び)がバス停なので、そこの少年にも女主人は言い含めてくれました。
 乗車券は備え付けの赤い専用レジ(ボタンは黄色)で売買するのですが、160元のところ小銭を足しても159元しかない!
 そしたら少年は気安く1元オマケしてくれました。助かるけど、勝手なコトして大丈夫かぁ〜? お礼に写真を撮って、あとはガムぐらいしかないけど謝謝。
 ひどい中国語訛りでも英語を喋るスケボー少年、瞳が水色だけどカラーコンタクトにしては鮮やかすぎて不思議な印象。
 中南客運の運ちゃんに言付けしてくれた、握手してバイバイ。
05tw23_3


 ふと旅の初めに出会ったバックパッカーを思い出しました(その辺は「【'05台湾×2】04/コーヒーおじさんは何処へ?」ご参照くだされ)
 彼もここまで来てたんだなー、思えばあれから1週間が経って8日目です。
 ここは南の端、あとは少しずつ北上するだけ。という事は時の流れも帰国に向かい始めてるんですね。
 バスに揺られながら、南湾に面した道路から対岸が見えました。地図には三核と記載されてますけど、どう見ても風力発電の大風車ですね(でも実際に原発もあるらしい)
05tw23_4

 帰りは15分足らずで恒春を通過、海沿いの田園風景を眺めて枋寮へ。
05tw23_6
05tw23_5

 バスを下りると十字路を折れて枋寮火車站、駅のある町並みは林邊に似て不思議と郷愁を感じさせます。それは僕の記憶にある、都電の駅に続く商店街を思い起こさせるからでしょう。
 日本のローカル駅と同じような雰囲気で、潮州まで60元の切符を買って駅舎で自強号待ちです。乗客は待合のベンチに10人ほど。
 そこにやってきた、大きな背負子の物売りオバチャン。僕を見るなり、いきなり日本語で話しかけてきました。
 どうして〜??
05tw23_7

 17:26発の便が到着する頃に日が暮れてきて、本当に初夏のようです。この穏やかな暖かさ、日本にいて思い出す台湾の空気そのものです。
 ところで、急行が停車する小さな駅は決まっていないようですね。
 佳冬には停まったけれど林邊は通過で、発着時刻の順番で通過駅を変えているのでしょうか(往路の便は逆だった)。
 どちらにしろ潮州には停車するし、必ず急行が停まる駅って事は、佳冬みたいに宿がないほど小さな町でもないでしょう。
 まぁ見つからなくても、最終列車は夜中まで走ってますからね。ここになくても、屏東に行けば何とかなります。
05tw23_8





原発に関する追記【2009/06/22】3
posted by tomsec at 20:11| Comment(4) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

【'05台湾×2】22/折り返し

05tw22_1

 ・アメリカは美国で、USドルは美金
 ・テレビの音量はチャンネル毎に、更にCM毎に違う

 墾丁でのメモに、こんなことが(気付いた事)として書いてありました。

 しかし台湾でアメリカを「美しい国」と書くのは、なんだか思わせぶりな感じがしますね(きっと中国では有り得ないでしょう)。 その伝でいえば日本がアメリカを「米の国」と書くのは、なんかトンチンカンな気もしますが・・・・・・同じ発音表記とはいえ。
 ちなみに台湾がポルトガルなどの支配下にあった時は、フォルモッサ(麗しい島)と呼ばれていたそうです。

 テレビについては他の町でもそうなのですが、チャンネルごとに基準がないのか本当に音量の差が大きいんです。
 普段は気に留める事もなかったんですけど、昨夜は神経が鋭敏だったのでしょう。電話や足音がうるさいなんて気にしてた位ですからね。

 全身真っ赤に変わりはないけれど、服は着られるようになりました。でも腫れ上がったように皮膚が突っ張っちゃって動きにくい感じではあります。
 海への途中、コンビニで昨夜のイタメシ屋Amy’sの店員を見かけました。
 手を上げて挨拶する、こんな他愛ない事でも心地よく返ってくるのが嬉しい。

 そういえば何故か、墾丁にはタイ料理店が多かったりもしました。
05tw22_2

 風もなく波も穏やか、無論快晴。
 小湾にはパラソルが増え、貸し浮き輪&イス屋の他にバナナボートやらジェットスキーも並んでます。2人乗りのシーカヤックが2艘、波を切って漕ぎ出してゆきました。
 今日も岩陰に腰を下ろし、また日がな一日読書三昧。
 さすがにシンドイのは昨夜だけにしたいので、思いっきり日焼け止めを塗りたくって真っ白に。本当は海水が濁りそうで好きじゃないんですけどね、まぁ気の持ちようなんですけれど。
05tw22_3

 本を読み終え、体の砂を波で洗い流した時には(今日のうちに移動しよう)と決めていました。
 直感のささやくまま、海パンが乾くの待たず宿に戻ります。本のせいか場所のせいか、昨日から頭の中で閃きが多いんですよね。
 とはいえ、それは予知とかいった事柄じゃないので、何か意味があるとは思わないんですが。

 曇り空と雨続きだった旅で、やっと辿り着いた楽園に思えた墾丁ですけどね。
 旅は所詮は行って帰るものですし、ここでの今日は昨日の繰り返しに過ぎない気がしたんです。
 無論それでも全然OKなんですが、だったら思い出にしても好いかなってね。ちっとも上手く説明できてませんが、とにかく気が晴れたといいますか。
 ただ(ここで過ごす時間は終わった)という感覚は、理屈じゃなく腑に落ちるものがあったんです。
05tw22_4

 今日の海は一段と透き通って、名残惜しい景色を味わいながらペタペタ歩いてました。
 すると道端でカップルに「シャッター押してもらえます?」と声を掛けられ、僕が日本人と分かって驚いてました。
 そりゃまぁ、こんなですからねぇ。一人で真っ赤に日焼けして、しかも観光客にしては安っぽい格好してるし・・・・・・! 笑
 彼らと同じ台湾人と間違われたのが妙に照れくさいような嬉しいような、互いのカタコト英語で少し立ち話をしました。

 彼らは、その年の夏に開催される愛知万博に行って日本で数ヶ月も過ごす予定だと言っていました。
 日本人の僕でも国内でそんなに泊まり歩けないし、台湾の物価を考えると結構リッチな旅行なのではないのだろうか?
 もしかしたら彼らは、台北にいるという超富裕層だったのかなぁ〜?
posted by tomsec at 01:18| Comment(3) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月17日

【'05台湾×2】21/真冬の太陽

 なぜか早朝5時に目が覚めましたが、さすがに夜明け前です。
 もう一寝入りで今度は8時、先にフロントで新しいタオルと替えてもらって、ついでに部屋に備え付けの(館内用っぽい)ビーサンを外に履 いて出てもいいと許可をもらいました。
 見た目はちとダサイけど、スニーカーで砂の上を歩くよりましです。

 またスタバに行くと、9時半の開店まで10分待ち。しかも調理パンを2つ買うと、飲み物も1つじゃダメらしいんですね。
 分かったよ2杯頼めばいいんでしょ?
 しかし面倒くせえルールですな、単に店員にカモられてるのか知りませんが・・・・・・。
 どっちにしろ、前からスタバのチャラチャラした感じは気に入らなかったから気にしないっと!
05tw21_1

 岩場の陰に陣取って、早速ひと泳ぎしますか。
 と、先に来てた中年夫妻が岸から呼んでます。旦那さんがクラゲに刺されまくったのを、僕に警告してくれたのでした。
 そこで僕も、昨日の白人カップルが来たので伝達。彼らはビーチパラソルにデッキチェアと、用意がいいなと思ったらそこは貸し浮き輪屋で。
 看板も出さず、誰かが使うのを待ってたように現れた店員に注意されてました。

 ところで僕は、昨日の日焼けが一夜明けて真っ赤です。しかも水着になる前の、中途半端な焼け痕で・・・・・・。
 岩陰にいても体が熱く、クラゲの餌食になるのを覚悟で海に入って冷却。さすがにヤバくなってきたので、惜しい気もするけど早めに帰って冷水シャワーと肌の手当て。
 塩分は肌を引き締めて脱水させるので、水をゴクゴク飲んだりして。
05tw21_2

 フロントにいた看板息子に「果物を買える店はないですか」と訊くと、「もうすぐ売りに来る」んだそうです。買い置きしといてくれるそうなので、頼んで宿を出たら軽トラが。
 オレンジ5個で50元と白と黒のマントウ各1ヶ7元、さすがに地元向けだと安いもんです。

 また大湾に行って、やっと海岸へ抜ける道を発見! けれど地元のオジサンに止められてしまいました。
 理由は教えてもらえなかったんですが、もしや原発絡み・・・・・・?
05tw21_3

 昨日の屋台店で肉絲炒飯(つまり普通に旨いチャーハン)40元と、惣菜の炒め野菜20元を2品。
 向かいの網咖(ネットカフェ)でも懲りずにIMEのインストールを試みたものの、やはり再起動時にリセ ットさせる事が判明しただけでした。やれやれ。

 そして部屋で全身アロエを塗りたくり、だけどもう見るからに「焼け石に水」ってやつです。
 昔にもひどい焼け方をしてるので、それに懲りて日陰にいたのに〜。火照ってるのに寒気で震えがくるし、更に痛みをごまかそうと飲んだ安物のワインで目まいと気持ち悪さも重なって、本当に(死ぬかも)と思いました。
 夜中の10時にフロントの電話が鳴り続けるわ、やたら階段を上がり降りする足音が騒々しくて早寝もできず。
 そもそも服さえ激痛で着られないんだから、横になる事も無理なんですけどねぇ。
05tw21_4

 いつの間にか眠ってたようで、目が覚めると5時。
 うっすらと夜が明けようとしているのを見て、今日も快晴だと思うと妙に嬉しくなりました。
(もう1泊しよっかな)と迷いながら、うつらうつらして9時に。
 全身の痛みも引きはじめたし、どうにか横たわっていられます。夜中じゅう裸同然だったので、体が冷えたせいかダルくなってきましたが・・・・・・。
 さぁ、もう1泊分を払って海だ♪
 どうせ他の町に行ったって何かしたいって訳でもないし。それに思い残さず生きるとしたら、やっぱり今なら海だったんです。



原発に関する追記【2009/06/22】2
posted by tomsec at 22:21| Comment(3) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月03日

【'05台湾×2】20/墾丁

05tw20_1


 小湾への途中にスタバがあったので、「本日のコーヒー」を注文。すると、しきりに店員が「Can you recomend me...?」と言ってきます。
 キャラメル・マキアート、とかいう代物を勧めたいらしい。というか「本日のコーヒー」では都合が悪いのかというくらい申し訳なさそうに繰り返され、それではと言われるがまま頼んでみる。
 70元で済むところが105元、しかも甘ったるい・・・・・・。ま、いいけどね。

 道路から小湾に降りる階段に立て札があって、背後に建ってるシーザー・ホテルのプライベート・ビーチっぽい事が書いてありました。
 でも、ビーチには誰もいない。
 まぁ何か言われたら考えるとして、ロケを見ながら日光浴です(早朝から延々と続いてた)。まだ海に入るには冷たそうな波ですからね。

 昼の1時を回っても、まだ時代がかった衣装で海に叫んだりして、朝っぱらから何時間やってるのでしょう。岩場との間を入れ替わり立ち代り、様々な格好の役者が通りすぎて行きますが。
 目の前はバシー海峡、遠くの海面がキラキラしているけれど、黒雲の下は雨が降っているのでしょう。
 ここも小琉球と同じく、サンゴ礁で出来たビーチなので砂が白い。そして日差しはすでに強く、あっという間に日焼けしそうです。
05tw20_2

 すっかり気温も上がってきたし、(やっぱ泳ぐか〜!)と宿に戻って海パンに着替えました。
 ついでに宿の主人に、大湾の行き方が分からなかった事を訊いてみます。ところが不思議と「入れない」 の一点張り。そして小湾について「プライーベート・ビーチでは?」と問うと、なぜか無言でした。
 ちょっと気になるなぁ。

 海水は入ってしまえば慣れる水温で、鳥肌が立つほどでもありませんでした。
 波打ち際から数メートルで急に深くなっていましたが、それは日光浴しながら波を観察してたので予想通り。
 10分弱で岸に上がって体を乾かすと、もう肌に日に当たるだけで痛くなってきました。

 夕方4時に帰ってシャワーを浴び、ふと(シーザーホテルは大きいから、ひょっとしてネットできるのでは?)と思いつきました。
 気温は真冬と思えませんが、低緯度なので日暮れまでは長く、ホテルの裏手に見えた牧場の牛が点々と長い影を引いていました。
05tw20_3

牛は見えませんね・・・ f(^_^;)"


 客のふりして探して歩くと、地下に「サイバー・カフェ」とあります。しめしめ!
 しかし1時間40元とは、ゲーセン型の2 倍ですなー。それに日本語IMEも入ってない。
 ちょっと癪だから、インストールしちゃおうっと〜♪ って。
 再起動の直前で時間切れ!? 
 それでカウンターに行って延長したら、再起動と同時に削除されてて80元も無駄遣い・・・・・・。
 日本円にすれば300円もしないのですが、これで食事1回分と思うと悔しい限り。
 そもそも日本でネットカフェなんて入った事なかったし、そんな仕様になってるなんて知らなかったのでした(まぁ何でも簡単に入れられたらセキュリティが心配ですが)。

 そこからガランとした遊戯施設を横切って、間道から道路の下を抜けて直接ビーチに出てみました。
 夜の砂浜は真っ暗で、星なんて見えやしない。月が明るいせいなのか、町なかの照明でなのか。
 それとも空気が悪いのか?
05tw20_4

 夕飯は、朝閉まってたイタメシ屋「Amy's」へ。でも宿の人が言ってた粥なんてメニューにはない。
 とにかく腹減ってるのでボローニャ・パスタ(要するにミートソース)にチーズ・ピザ、それとコーヒー(70元もする!)で450元でした。手作りだけあって美味しい、だけど客は僕一人だけ。

 ビールとワインにチップス買って、袋を買わずに抱えて戻ると女主人が驚いた顔してます。
「あなた、ビール飲むの?!」
 えー、タバコ吸うのも嬉しくなさそうだったけど、酒もダメっすかぁ〜。
「ちょっと来て、貰い物なんだけど亭主はウィスキーしか飲まなくって」
 そう言って、冷え冷え350缶を3本もくれましたよ♪
 おー、太謝謝您了!
posted by tomsec at 11:16| Comment(5) | TrackBack(1) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月25日

【'05台湾×2】19/やっとこ南国

 東港から墾丁まで、2時間のはずが30分も早く着きました。夜7時。
 長距離バスを苦手な、もうひとつの理由がこの(飛ばし過ぎ)なんですよね。そりゃあ早く着くのに越した事はないけども、あんな猛スピードではなく安全運転でお願いしたいものです。
 バスが過ぎ去った後の道路は静かで、路肩の崖下は入り江の砂浜です。残照に映える、いかにも南国な景色に嬉しくなってきました。
 ともかく、まずは目抜き通りを引き返して宿を見つけねば。しかし軒並み宿か飯屋の看板だらけ、こんなに多いと逆に迷ってしまいます。

 看板の中に「加州飯店/HOTEL CALIFORNIA」の文字を見つけ、ふと足を止めたら背後から声をかけられました。
 客引きには違いないんですが、あの看板の隣の宿屋の主人でした。700元という部屋を見せてもらうと、今までで台湾で泊まった宿の中で一番上等!
 基本チェック項目(シャワー、トイレ、テレビ、空調、冷蔵庫、それに灰皿)も完璧、それに広々として洒落た内装です。英語も通じるし、館内全体がココナツの香りに満ちているのも気持ちよい。
 東港の件で神経質になってただけに、もうこれだけで(来てヨカッタ〜♪)って感じで。
05tw19_1

 食事の前にネットカフェでも、と思って主人に訊くとバイクに乗っけて案内してくれました。
 目抜き通りを少し戻って海寄りの道に行くとコンビニ「Big Egg」があり、その裏手が網路咖啡(略して網咖、つまりネットカフェ)。
 場所柄、やはりゲーセン型の無人コイン投入式で日本語不可。しかしお金入れても起動せず、困っているうちに10元が無駄になってしまいました。起動ボタンが、まさか足元にあったとは!

 コンビニで酒と食料を買い込み(また1元袋を買う羽目に)、宿でTV観てると明日まで冷え込むとの予報。ここに留まるのが最良の策といえそうです。
05tw19_2

 翌朝9時に起きると、昨日にもまして風が強い。
 宿の女主人が「粥が美味い」と教えてくれたイタメシ屋は閉まってるので、昨日バスを降りた入り江(小湾)まで行く。しかし何かロケ中のようで、浜茶屋も開いてない様子。
 なので引き返して、網咖のある大湾まで行って海岸沿いの屋台店に。海鮮粥を頼んで、水餃子も追加して計110元(350円位かな)。
 ちょっと高くない?
05tw19_3

 リゾート値段なのでしょう、どのメニューも相場の1.5〜2倍という印象です。たとえば林邊の茶店「來來」で20元のコーヒーが30元だし、50元の飯なら 75元といった按配で。
 海鮮粥(というか雑炊)に水餃子、美味い朝ご飯です。でも紙パック入りのジュース、実際のスターフルーツを知らないんですが・・・・・・これは美味しくないですね。
 オバチャンの若い方が、どことなく初恋の人に面影が似てて微妙な気分。
05tw19_4

 大湾のビーチは目の前に見えてるのに、そこまで抜ける道が見当たらず行ったり来たり。
 諦めて小湾へ戻りますか・・・・・・とその時、強風が雲を払ってピーカンに!
 よっしゃー♪
 途中で宿に寄り、延泊料金を先払いして小湾へ。

 日本からサーファー4人が来て、僕の部屋と正反対の通りに面した部屋に入ったそうだ。波乗りポイントとしては北部の方が人気あるのに、やっぱこの辺の雰囲気に惹かれて来たのかな。
05tw19_5

posted by tomsec at 12:08| Comment(6) | TrackBack(0) | '05台湾×2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする