2005年05月27日

メキシコ旅情【純情編・1 真昼】

 トニーの部屋に荷物を下ろすと、息つく間もなく「さあ出かけよう」と言われた。おいおい、ちょっと待ちなよ水の一杯も飲ませなよ! と言いたいところだが、頭が全然まわってない。
「すぐに冷たいコーラと、ウェルカム・ランチを御馳走するから」とトニーに畳み掛けられ、すんなり承諾レッツゴー。
 家の前の道は、左に大きく弧を描いている。幹線道路は別として、住宅街は直線でなく円で区切られてるようで独特の印象だ。ひび割れた歩道、家々の風情はどことなくサンタフェ。動くものは何もない真午の静けさ。う〜んメキシコ。
 トニーが「スペイン語のテキストをコピーしたい」と言うので、仕方なくメシの前にコピー・ショップへ。大通りに面して、デカデカとゼロックスの横断幕を張ったコピー専門店が。今どきコピーなんざコンビニの隅っこでセルフサービス、という日本の常識は通用しない。店内は殺風景な銀行みたく静まり返って、客は黙々とカウンターの用紙に記入して並んでる、原稿を渡して待つこと数分…。効き過ぎの冷房に、巨大なボトルを逆さにした冷水機。喉の渇きは収まったけど、全身の汗が冷えて腹が痛くなってきやがった。
 やがて店員が奥からコピーを両手で掲げて出てきて、そのうやうやしさ加減に笑っちゃってトニーにたしなめられる。ちょっとしたペラ一枚でこの有様とは、日本と大違いなのは気候とか習慣だけじゃないんだな。
 コピー屋を出て延々と歩く。真昼の熱気で腹痛は治まったものの、なんとセントロ[旧市街]まで行くと言う。エドベンの家から賑やかな中心部まで、軽く2qはありそうだ。まともな状態なら近場で済ますよう説得してる所だが、僕は自分がギブアップ寸前という事も判らない状態だった。この間まで屋外プールでバイトしていたので(炎天下には慣れてる)と高をくくってたのが甘かった、旅疲れ&空腹+暑さで完全グロッキーに。
 それでも僕らはガイドブックお薦めの店を捜して、本を片手にセントロをうろつき回った。散々と無駄足を踏んだ挙句、目先のメキシコ料理店で妥協する。客引きのオジサンは胡散臭いし店内はがら空きだったが、こうなったらノ・プロブレマだ。オジサンはウェイターとコックを兼ねていて(ということは店主だったのか)、最初は小悪党顔に思えたが案外と真面目な商売人のようだ。
 先ずはコーラを一気飲み、体内にこもっていた熱が抜けてゆく…。それにしても、やっぱりコーラはこのボトルでこのグラスだよなぁー! もうすっかり僕らは元気になって、笑いながら、もりもりタコスをたいらげた。長いながい一日は、まだまだこれからだ。
 間もなくメキシコは、シエスタ[午睡]の時間に入る。そして日本は今頃、明日の夜明けを迎えようとしているだろう。僕の頭の中に、太陽から見た丸い地球が思い浮かんだ。

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メキシコ旅情【純情編・2 シエスタ】

 カンクン。平均気温27℃で、一年の2/3が晴れている亜熱帯気候の土地だそうだ。
 食事をしたおかげか、やっと息苦しさは感じなくなってきた。トニーに言わせれば「これでも真夏に比べれば過ごしやすい」という話で、八月の暑さに耐え切れずクーラーを買ったらしい。確かに、小さな窓が一つしかない部屋じゃキツイわなぁー。
 トニーの部屋は八〜十畳の広さで、コンクリートの壁はターコイズ・ブルーに塗られている。その夏空のような、サンゴ礁の海のような鮮やかな色を見ていると、コンクリート独特の匂いさえ気にならない。材質的に湿気を吸収しやすいのか、日本で知ってるコンクリートの打ちっぱなしは湿気た空気が感じられる。この土地の湿度が低いせいかも知れないけど、その手の気持ち悪さがないので簡素ながら心地よい部屋だ。
 部屋の間取りは縦長で、最奥から隣室の壁沿いにトニーのダブルベッドがある。まさか一緒に寝るのかと不安に駆られたが、僕の寝床はアマカ(ハンモック)だった。ベッド足元の壁に鉄のフックが埋め込まれてて、窓側にある同じものに差し渡して吊るすのだ。ちなみに2張りのアマカが吊るせるように、この部屋にはフック船長の右腕みたいにゴツイのが全部で3つ付いている。
 窓は便所の換気用みたいにしか開かず、外から格子が嵌められてるのは防犯対策だろうか。窓側にはクーラーとラタンの棚があり、その一角に小物を置かせてもらった。ノートと本がいくつか、あとはT/Cなど色々だ。着替えなどはリュックに入れたまま片隅に。
 トイレとシャワー室は入り口の脇にあり、仕切りになってる大きな布をめくると便座のない洋式の白磁の陶器がある。横のシャワーにはバスタブがなくて、まるで海水浴場のそれみたいだ。お湯も出ないし。ま、南国だから平気なんだけどね。
 奥の壁半分が長方形に引っ込んでいて、ちょうど良い按配にトニーのクローゼット代わりになっている。でも床まで1mも深くなっているのが意味不明だ。彼はそこに板を置いて、下にはガラクタがひしめき合っている。ビデオテープとかインラインスケートの道具なんかが、文字通り放り込まれている状態。
 インラインスケートは、僕もわざわざ持ってきていた。これがなければ半分の目方で済んだろうけど、トニーに何度も念を押されて仕方なく。というか僕も滑りたかったし、やはりスケート仲間がいないと面白みに欠けるって心情も解るから。
 食事から帰って早速、アマカの寝心地を試してみることにした。今日からは、簡易ベッドかアマカが寝床になるのだ。ともかく初ハンモックで初シエスタ。ゆらゆら揺れる編み物に腰を降ろし、そっと両足を上げて横たわる。
 不安定で心許ないのと、重心が腰に掛かってV字になるのが今ひとつ落ち着かない。言ってしまえば単なる木綿の網だ、自重で網目に締め付けられた気分はクモの餌。もぞもそと這い出して、内側に簡易ベッドの布団を敷いてみる。子供用みたく小さくて薄かったが構うものか、しかしメキシコで布団とはねえ。
 今夜はどうしようかなー。簡易ベッドの寝心地と、どっちがましなんだろう?


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メキシコ旅情【純情編・3 初夜】

 目が覚めると部屋は薄暗く、アマカから転がるようにして外に出ると夕方になっていた。
 やがてトニーが姿を見せ、僕らは階下に行って家族のみんなに自己紹介をした。たくさんの人がいて(やっぱりメキシコ人は大家族なのねー)みんな口々にスペイン語で話しかけてくるんだけど、こちとら一つ覚えの「こんにちは、はじめまして、名前はtom、日本人です」ワンフレーズ一点張り。あいだに立って通訳してくれていたトニーも、いい加減うんざりだったみたいだ。彼はスペイン語を話せるとはいえ、僕の英語とどっこいどっこい程度の様子だった。
 エドベンのママと、姉二人に妹二人。それに旦那さんと子供たち。まったく、誰がどれやら。部屋に戻ってからトニーと答えあわせしたのだけど、まだしばらくは名前を間違えそうだ。
「さて、夕飯はどうする?」
 トニーは僕に尋ねた。いつもどうしているのか、そう問い返すと彼は「いつも適当に済ませている」との事だった。日本にいる時と同じように、ここでもジャンクフードの世話になっているのだな。彼らしい、と思う。
 しまった、うっかりしていたなと思った。気が付いてみれば、この部屋にはキッチンがないのだ。彼は料理をしないけれど、部屋にキッチンがないとは予想外だった。これでは僕も毎日、外食三昧を覚悟しなければなるまい。出費を節約するためには、いくら料理が出来なくたって何とか自炊するつもりでいたのだが……。
「君さえ良かったら、ママの作る御飯を食べたっていいと思うよ。ママはいつも『アントーニオ、どうして私の料理を食べないの!』と言ってるからね」
 トニー(アンソニー)をスペイン語読みしてアントーニオ、という訳だ。でも彼だって御馳走になれば良いのに、何でそうしないのかな? そう訊ねると、ちょっと言いにくそうに「自分の口には合わないんだ」と答えた。またそんな事言って、家族に気を遣って遠慮してるんじゃない?
「ママだって、そのほうが嬉しいだろうよ。ウソじゃなくて」
 彼は僕の考えを見透かしたように付け加えて言った。ママは、トニーがジャンクフード漬けの食生活をしているのを心配して「そんな体に悪い物を食べて、どうして私の料理を食べないのか」と怒っているのだそうだ。
 どうして彼は、ママの料理を食べないのだろう? そのほうが安上がりだし、しかもメキシコの家庭料理を食べる機会なんて滅多にあるもんじゃない。それに「胃が悪くて手術したばかりだ」と言っていたのに。
 半年前に日本を離れたトニーは、先ずは同僚だったオーストラリア人とハワイに行き、それから兄弟の住むLAに立ち寄り、そこで入院したと言っていた。そういえば以前から胃の調子が良くないと言っていたが、道理で一向に返事が来ない筈だ。それならベジタリアンにでも転向すれば良いのに、と言うとトニーは冗談めかして「夜、夢の中でチーズバーガー達の歌が聞こえてさ、知らないうちにハンバーガー・ショップに来ちゃうんだよ!」と、こう言うのだ。
 僕がタバコを吸う事よりも、よっぽど体に悪いと思うけどね。って、こういうのを(目くそ鼻くそを笑う)というのか。
 ママの家庭料理に招かれるなんて、僕にしてみりゃ願ってもない話だ。いわゆるタコス系とは違うったって、いくらなんでも「いかりや長介アフリカをゆく」みたいな食べ物は出ないだろう。その土地、風土に交わってこそ(旅の醍醐味)でしょうに。
 ともかく、今夜は止めておく事にした。トニーが「夜中、近所の屋台でタコスを食べよう」という魅力的な提案をしたからだ。まだ時間が早いので、ひとまず隣の女のコの部屋に遊びに行こうということになる。
「きっと彼女達と一緒なら、スペイン語も早く覚えられるさ」
 意味深な彼の言葉に、つい良からぬ期待をふくらませる僕であった。

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メキシコ旅情【純情編・4 隣人】

 エドベン家の二階は部屋貸しをしていて、とても他では見た事のない奇妙な造りになっている。ガレージからの階段を上がってくると青天井に3棟の小さな建物が独立していて、通りに面した洒落たベランダの付いた棟と、トニーの部屋から奥に続く棟と、その向かい半分の大きな部屋に分かれているのだ。
 ガレージ上の2部屋には、それぞれ男女が一人ずつ住んでいるらしい。大きな部屋はエドベンの姉サンディと、アントニオの夫婦が住んでいる(ちなみに二人の赤ちゃんもアントニオで、家族にはトニートの愛称で呼ばれている)。そこには屋上へ上がる階段が付いていて、あまりの手作り加減に笑うしかない感じ。震度3でもヤバイと思う、まさに天国への階段。
 屋上はトニーの部屋の棟まで続いているのだけど、正方形に区切ってあるので彼の部屋の上には何もない。屋上は物干しから張り巡らされたロープが金網の四方八方に伸びていて、幻の三階を思わせる太い梁のそこらじゅうから鉄筋が突き出している。周囲の普通すぎる家々を見渡してみて、改めて(独特の造り方をしたんだなぁー)と思う。

 トニーの部屋には、鉄格子にステンドグラスのはめこまれた不思議な扉が取り付けてある。開け閉めのたびにガラスが割れるような音を立てるし、そこには犬のウンチ(ヨーディの置き土産!)が落ちている。すぐにトニーが片付けたので、すでに朝の一発は跡形もない。
 通路には給水タンクが置かれ、その先に流し場がある。突き当たりはサンディ=アントニオ夫妻の部屋の入り口で、左に折れた角にはホーローの丸い筒が置かれていた。ずいぶんレトロな洗濯機だな、未だに現役として活躍しているのだろうか。その先は屋上に空を塞がれて、強い日差しのコントラストで真っ暗の廊下だ。一番奥は空き部屋で、まんなかの部屋に二人の女性が住んでいる。ホーローの洗濯機に並んで窓とドアがあり、ノックすると中から女性の声がした。
 二人は、それぞれビアネイとグラシエラという名前で、看護婦をしているそうだ。今はセントロの別々の病院で働いているが、知り合った時は同じ職場だったので一緒に部屋を借りたと言っていた。部屋の中央に大きなベッドが一つあり、廊下側の角にキッチンがある。トニーの部屋よりも狭いのに、なぜか二人住まいという窮屈さは感じられなかった。
 キッチンの前に置かれたテーブルに、ナチョ・チップスとコーラが並んだ。家具の中でもベッドの次に立派な冷蔵庫は、トニーのコーラが一段を占領している。ちゃっかりしてるなぁ。
「そんなこと言ったって、喉が渇くたびに買いに行く訳にはいかないよ!」弁解口調でトニーが言う。それも一理ある、彼女達さえ良ければ僕も使わせてもらいたい。文明の利器は偉大だ。
「気にしないで、私達は大歓迎よ」と、ふたりは屈託なく笑った。
 ビアネイとグラシエラは英語も話せるので、僕としては気が楽で話しやすかった。というのも、語学レベルが僕と同程度だからだ。かつてトニーの同僚達と遊んでた時なんて、話の流れに付いて行くだけで疲れた。それに比べたらスペイン語訛りで聞き取りづらいのも、言葉に詰まってスペイン語が出てきたりするのだってご愛嬌だ。僕も時々つっかえて、トニーに日本語を通訳してもらったりしたし。
 彼って本当に、生来の語学教師なんだな。自然な会話の流れで巧く言い回しを教えながら、その場をオーガナイズしている。僕にはスペイン語、彼女達には英語を、という具合に。言われたとおりにノートを持ってくれば良かったが、中座する間もないくらいの大盛り上がり。さっきの「きっと彼女達と一緒なら、スペイン語も早く覚えられるさ」って、こういう意味だったのか(ちょいとガッカリ)。しかし笑いすぎて腹いてー。

 夜遅くまで話が弾んで、結局「タコス屋台」は後日になった。

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メキシコ旅情【純情編・5 異国の朝】

 僕は夜中に何度も目を覚ましてしまった。昨日、昼寝をしたからじゃない。
 慣れないアマカは眠りにくかったので、夜は折りたたみ式トランポリンみたいな簡易ベッドで寝たのだ。しかしそれもサイズが少し小さくて、寝心地が良いとは言えなかった。断続的な浅い眠りで、冬眠中にほじくり返されて狭い穴へ潜り込もうとする虫けらの心境だ。すっかり身体の隅まで冷えきってしまい、諦めて目を開けると薄暗い部屋に朝の気配があった。
(なんでこんなに凍えるんだ? まだ9月なのに…っていうか今はメキシコじゃなかったっけ…?)
 壁のクーラーが妙にやかましい、見れば温度設定が21℃まで目一杯下がってやがる! トニーの仕業だな。やれやれ、朝の7時じゃねぇか…。電源を切って、室温が上がるまで外に逃げよう。そおっとドアを開けたが、やはりガタピシと音を立てた。刺すような光と熱気が、固まりになって押し返してくる。一気に解凍され、爽やかな空気を吸い込むと新たな一日が始まってしまった。空は一点の曇りもなく晴れている。
 メキシコだ! 目に映るすべてに興奮し、身震いするような感動を覚えた。
 日差しは強いけれど、夜の空気を残した風が気持ちいい。階段下の流し場で顔を洗うと、鈍い頭痛も徐々に薄らいでいった。部屋に戻るとまだ冷蔵庫並みの温度で、これならコーラも充分に冷える。毎晩この調子かと思うと気が滅入るぜ、かといって、まさかトニーのベッドに入れてもらうのもゾッとしない。僕は常に微熱寸前で、それ以下の体温では動かないのだ。これだけは改善してもらねば、体がもたない。
 一服つける。今まで吸った(起きぬけの一本)の中で、最高に旨い。気分は渋めに藤竜也。

 ふと階段を見上げて、上ってみたい誘惑に駆られる。ちょっと迷うが、ここは起き抜けの大胆さがモノを言う。雰囲気あるんだけど、その無責任な日曜大工っぽさが曲者だ。見るからにコンクリのブロックを積んで、ちょいっと塗り固めただけの素人仕事だ。ひょっとしたら誰も使っていないかもしれない、そう思いながらも上ってしまうのだった。
 さすがに、石橋を叩いて渡る慎重さで足を進める。右の手すりの向こうは隣家の敷地、なるだけ左に寄って転落だけはしないように。見下ろした感じ、とても二階建てとは思えない高さだ。各階の天井が、日本の建築基準より高めに造られているに違いない。
 案外と見た目より丈夫な階段で、何事もなく屋上へ。視界はすこぶる良好、眺めを遮る建物なし。三方向を金網に囲われていて、中央に物干し竿が幾つか渡してある。そして無数のロープが竿から金網へ滅茶苦茶に張り渡されていて、ちょっとしたインスタレーションというか宇宙グモの巣みたい。打ちっ放しの床に寝転んで日光浴&朝寝と決め込みたかったが、やたらと落ちてる犬のウンチに断念。またこれが野太いんだ!

 トニーが10時に起き出す前に、僕は空腹に耐えられなくなってきた。
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メキシコ旅情【純情編・6 ジェスチャーの嵐】

 空腹は堪え難く、もはやトニーが起きるのなんて待ってられない。意を決して階下へ。
 昨夜に続いて今朝まで食事を? まったく、我ながら図々しい! だけど「社交辞令じゃない」と、トニーは言っていた。僕が食べたいと言えばママは喜ぶ、彼が食べないせいで文句を言われてる位だ、と。

 1階の木の扉は今日も開け放たれていて、僕はおずおずと声をかけた。
「ブエノス・ディアス、ママ…?」
 奥から怪訝そうに顔を出したママが、僕を見て弾けたような笑顔で叫んだ。
「○×△◎☆◇!」
…案の定、何を言っているのか全然わからん。しかし、その仕草で「中に入れ」と言っているのは分かった。でも僕は何て言ったら良いんだろう、そこまで考えてなかったよー! 焦って引き返そうかと思ったけれど、メキシコの肝っ玉母さんの迫力に釣られて機を逸する。頼みの綱のエドベンは、すでに仕事に行ってしまったようだ。妹のロレーナも英語が話せるので通訳してもらう事は出来るだろうけど、この場には寡黙な姉のパティとママしかいなかった。
 ともかく身振り手振りで乗り切るしかないよな、とはいえ唐突に「食べ物、頂戴」なんてジェスチャーをするのも不躾すぎるし。うー、弱った。何かを察したママが矢継ぎ早に質問を浴びせてくるし、ますます僕はたじろぐ一方。部屋から「スペイン語会話集」を持ってきたものの、旅行者向け実用会話の例文を応用できる訳もない。食堂の店員を相手にするのとは違うのだ。
 2人は僕の用件当てクイズを面白がって、あれだこれだと言い合ってるうちにママが「コメール?」と言って食べる真似をした。おおビンゴ! 思わず小躍りしちまった。単なる食い意地野郎かよ、ともかく通じたからOKで。ママは得意そうに何か言うと、嬉しそうな顔でキッチンに消えた。それは意思伝達の成功を意味してるのか、自分の料理がリクエストされた自慢なのか…? まぁ何であれ、友好的に朝食の合意に達した訳で。めでたし、めでたし。

 パティが冷蔵庫から1リットルのコーラを出して、コップに注いでくれる。「ムーチャス・グラシアス!」と礼を言って、僕はテーブルの席に着いた。業務用の冷蔵庫か、仰向けになった片開きの冷凍庫みたいなタイプだ。
 カウンターの奥で、深胴のナベが温め直されている。出てきた料理は、レストランでは食べた事のないメキシコの家庭料理だった。大納言みたいな赤い豆と豚肉を煮込んだスープと、一緒に出された小瓶には細かく刻んだ野菜が入っている。これはサラダじゃなくてサルサ[ソース]だそうだ。ママが身振りで(スープの味が薄かったら、足しなさい)と教えてくれる。確かに薄味だったのでスプーン一杯加えようとすると、二人は慌てて「ピカンテ[辛い]!」と叫んだ。その時の、ママの(ヒーヒーするわよ)というジェスチャーがおかしくて三人で笑った。
 テーブル上には、わらを編んだような丸い入れ物が乗っている。リボンの付いたフタを開けると、トルティーヤが入っていた。具のないワンタンの兄貴みたいな、柔らかいタコスの皮だ。ママたちは、それを「トルティージャ」と発音した。これが主食に相当する。そのまま食べてみると、油っ気はなくトウモロコシの甘みがあっておいしい。焼きたてだったら、もっと香ばしいだろう。
 食後に出てきたコーヒー、これは感激だった。ここまで美味しいコーヒーなんて、そうそう出合えるもんじゃない。ぬるかったのは舌をやけどしないようにと、ママが気遣ってくれたからだった。絶句したままの僕に、2人は「サブロー?」と言った。三郎ではなく、口に合うのか訊いているのだ。
「シー、サブロー!」おうむ返しの僕。
「ノ。サブローサ、サブローソ」ママは自分達を指さして訂正し、それから僕を指した。スペイン語の動詞は男女で違うのだ、そして更に「サブロー、サブローソ」と最初に小さい丸を作って、次にその手を拡げてみせる。[美味しい]の比較級がサブローソだと言ってるのだろう。
 これからも、言葉の壁を乗り越えてママのコミーダ[食事]を食べに来よう。ママは陽気で、実
によく笑う。あと声も大きい。
「ママ、パティ、コメール、ムーチャス・グラシアス、サブローソ!」
 僕は片言のスペイン語で感謝の気持ちを伝えて、二階の部屋に帰った。
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メキシコ旅情【純情編・7 贋ペソ?】

 カンクンには、ふたつの顔がある。華やかなリゾート・ホテル街の現代的な顔と、スペイン統治時代の町並みを残す、地方都市の顔だ。前者は「ゾナ・オテレラ」と呼ばれていて、英語で言えばホテル・ゾーンだ(スペイン語では、Hを発音しない)。メキシコ政府が外国人観光客と外貨獲得をねらって、10年ほど前から大規模な開発をおこなってきたという。長さ20q程度の首飾りみたいな形をした珊瑚礁を、外資系ホテルや高級レストラン、ショッピング・モールなどが埋め尽くしている。
 後者は珊瑚礁の北側の内陸にあり、セントロと呼ばれている。英語のセンター、つまり町の中心地区とか繁華街の意味だろう。そこから少し外れた住宅街に、エドベンの家はある。
 トニーも起きたし、セントロに行って買い物だ。その前に、まずはペソに両替しなきゃ。メキシコの銀行では、T/Cの両替が出来るのは午前中までだという話だった。どんなに混んでいても、1時になったら構わずに窓口を閉めてしまうらしい。
 午前の太陽が、コロニアル調の町並みに光を降り注ぐ。鮮やかな色に塗られた家々の樹木に、まだ微かに朝の匂いが漂っている。良い気分だ。幹線道路に出て、広々とした歩道を歩く。空がゆったりと感じられるのは、建物が比較的低いせいだろう。背の高い街路樹が枝を拡げて、所々に木陰を揺らしている。時間がのんびりと流れていて、それがまた開放的な気分にさせる。
「足元に気を付けろよ。特に木の根元は。東京と違って、ここは飼い犬のふんを持って帰る人なん
ていないんだから」
 トニー独特のユーモアだ。こっちの犬はデカウンで、柔らかいから滑って転ぶだの手を着いた所にもあっただの、スニーカーの底に挟まったウンチで足跡スタンプを押しながら帰っただのと、相変わらずの調子で大笑いさせてくれる。
 彼が突然、真顔になって言った。
「今から道路を横切るけれど、先に行って合図するまで待っててくれよ」
 目の前の三叉路には、信号はおろか横断歩道もなかった。にしても大げさな言い方だな。
「横断歩道なんて、ほとんどないんだよ。車はブレーキなしで交差点を曲がってくる。ここで轢かれたら、車道にいたほうが悪いんだ。轢いた車は止まらないだろうし、警察もきちんと調べたりしないだろう。本当だよ!」
 僕は緊張した。(そこまで脅かさなくても良かろうに…)とも思ったけど、そういえばガイドブックにも確かに書いてあった。とはいえ、車通りの少ない、小さな町の道路をひょいっとまたぐだけなのに。しかし彼は、旅の初心者をビビらせて楽しむ人間ではなかった。日本での常識に囚われちゃいけない、歩行者優先なんて大間違いなのだ。

 さて銀行だ。両替の窓口は空いていたが、すぐに行列が出来てしまった。この係員は仕事が嫌で溜まらない様子で、手際が悪いというか結構なマイペース振りだ。僕がお金を数えてレシートと照合していると、トニーが早く窓口を空けろと言う。のろのろしていると窓口の人がコーヒーを飲みに行ってしまって、後のお客さんが待たされるからと言うのだ。それが本当かどうかは別としても(ありそうな話だ)と思った。サービス業という自覚がないのか、異様に腰が高い。でも考えようによっては、こんな気楽な働き方でも成り立つのだから見習っても良いような気もする。
 メキシコの通貨は、ペソという。日本では、どこに行っても両替できなかった。ここでは逆で、円の両替が出来ないようだ(といっても日本円は帰りの電車賃程度しか残ってないけど)。日本で両替してきたUSドルとドル建てT/Cを使い切ったらすべて終わりだ、それだけは旅の中で唯一はっきりしている事だった。
 無駄遣い防止のため、僕は今20ドルを136ペソに両替した。計算はレート通りで合っているのだが、別の疑念が頭から離れなかった。
(資料に載っていた見本と、全然ちがう…)
 メキシコに来る前、僕は旅行センターという場所で情報収集をして、ペソ紙幣とコインのカラー図版を手に入れていた。資料には「三年前('93年)に千分の一デノミが施行された」とあって、旧通貨と新通貨の実寸コピーが載っていたのだ。その図版と見比べても、僕の受け取った金はまったく別物だった。というかコインなんて、ゲームセンターのメダルみたく手が込んでいてウソ臭いし。
 これが贋物だったら笑い事じゃないぜ、だって20ドルぽっちでも僕には限りある貴重な財産だ。トニーに確認すると「本物だ」と言われたけど、それじゃ資料は何だったの? これ使って警察沙汰になったりしないよね…。

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メキシコ旅情【純情編・8 スペール・メルカド】

 両替したのでスーパー・マーケットに向かう。人通りも、行き交う車も増えてきた。
 信号機も多く見かけるようになり、ちょっと変わった横断歩道が目に付くようになってきた。それは歩道の高さに合わせてあって、車道から見ればスロープ状の盛り上がりに遮られているのだ。信号は無いけれど、歩行者が渡ろうとするだけで必ず停まる。というか、強引に突っ切ろうとする車は宙に浮くだろうな。
 しかし誰かが渡り始めると反対車線もキッチリ停まる、そんな律儀な光景は日本にいても滅多に見られない。あの決死のJウォークを思い返すと変な気分だが、車道は車で横断歩道は歩行者という義務と権利は分かりやすい。それがルールってもんだ。

 スペール・メルカド[スーパー・マーケット]は銭湯みたいに天井が高く、広々した感じが良い。とはいえ、どうしてこんなに高くしたのかね? もう一フロア、こしらえようとしないのが却って不思議。あるいは非アジア的。
 とりあえず、日用雑貨とお菓子を買う。例のウソくさいコインが使えて胸を撫で下ろす間もなく、僕が買ったばかりの品物を袋に入れる少女が…。おいおいっ! 慌てて袋ごと奪い返すと、トニーが背中越しに僕を呼び止めて言った。
「チップ、チップ!」
 ん? なんだ、そういうコトだったのか。僕は5センタボ硬貨を出して、少女の手のひらに乗せた。百分の五ペソだ。制服の少女は、小さい声で「グラシアス」と言った。僕は彼女に「勘違いして、ごめんよ」と謝りたかったのだが、そんな上等な会話など出来るはずがない。同じ言葉を返すのが精一杯だった。
「アメリカの子供たちは家の手伝いとか庭の芝刈りをするけれど、ここではあんなふうにして小遣いを稼ぐのさ」
 なるほどねー。トニーには、恥ずかしい誤解も見透かされていたようだ。
 スーパーの出口と入り口は、別々に分かれている。出口のカウンターで番号札と引き換えに、入店時に預けていた荷物を受け取った。レジの少女達よりも大人びた女の子ふたりが、せっせと奥の棚から荷物を出して来る。クロークの中は冷房がきいていないのか、じっとりと汗をかいて、疲れている様子だった。女の子とお客さんの列の間には無言のやりとりが続いていて、二人は互いに励ましあって黙々と立ち働いている。
 番号札を出して、僕は荷物を受け取るときに「ムーチャス・グラシアス」と声をかけてみた。ふと一瞬、その子は足を止めた。そして僕と目が合うと、クスッと笑った。
 店の外では、白いシャツと黒い半ズボンの少年が手際よくショッピング・カートを片付けている。エドベンも、少年時代をこうして過ごしたのだそうだ。

 26才のエドベンは、今は空港で働いている。彼は僕より英語が上手で、トニーより日本語も上手だ。スペイン語を含めた三カ国語の総合平均だったら、3人の中で間違いなく一番だろう。
 エドウィン・フェルナンデス・グチエロス、というのがエドベンの名前だ。スペインの血が濃い父親の姓が前で、先住マヤ人の流れを汲むママの姓が後だ。仮にエドベンの子供が生まれると、父方の苗字を継いでゆく事になる。
 僕はてっきり、マヤ人とその文化は半世紀も前に根絶やしにされたと思い込んでいのに、パティとママはマヤ語を話せるのだった。最初に会った時、二人からマヤ語で挨拶されてビックリさせられた。そしてママは、自分達がマヤの血を受け継いでいることを誇らしげに話してくれたのだった。
 彼女はまた、メキシコ北部の人々に好ましからぬ印象を持っている様子だった。それは多分、向こうのほうとは習慣や気質が大きく違うせいだろう。あるいは、侵略者であるスペイン系の人に対する不快感がわだかまっているのか。ここに来るまで考えたこともなかったのだが、メキシコの人種は白人系とインディオ系に大別されるようだ。
 そういえば、ソンブレロをかぶって口ひげを生やしたセニョールを一度も見ていない。
 ひょっとしたら、そんな人間はもうどこにもいないのかな? 日本にショーグンもサムライも存在しないように…。

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メキシコ旅情【純情編・9 みんな踊ろう】

 昼食時だからか、住宅街は人影がなく静かだ。
 トニーとセントロから戻ってくる途中、エドベンの家の近所にある公園で子供が遊んでいた。といっても、柵も遊具もない小さな緑地だ。すでに顔見知りだったらしく、トニーは大声で駆け寄って来た連中に僕の事を紹介してくれた。子供達はみんな元気で、僕らを取り巻き一斉に名乗りを上げてくる。こちとら一つ覚えの挨拶文を暗唱した後は、もう何を訊かれても笑うしかない。まったく、誰かに会うたびスペイン語のシャワーを浴びるおもいだ。
 中には運動靴を履いている子もいたが、裸足のほうが目についた。白く照り返すコンクリートの歩道に、陽に焼けた棒のような脚がくっきりと浮き上がって見える。タチアナ、カロリナ、ビクトール、ルルー……。それからそれから、まぁいいや。男の子は、12才ぐらいのビクトールだけだ。女の子たちは見た目で6歳から15歳、ちっちゃい子からおっきい子まで一緒になって遊んでいるのだ。
 年長のタチアナは体格的に高校生でもおかしくないのに、連中のお守り役というより仕切り役だった。はちきれそうなショートパンツとブラウスから伸びる手足が、白っぽくけばだっている。カロリナは、ビクトールとおなじか、少し下だろう。ルルーは整った顔立ちのせいで、小柄な体つきよりも大人っぽく見える。彼女ら以外にも5人位いたが、他の子はトニーとは面識がない様子だった。
 トニーが子供達の誘いに乗って、公園の中へ入って行く。それ自体は構わないんだけど、僕としては買い物袋を置いてこないと落ち着かなかった。もし(子供にありがちな「頂戴あそび」が始まってしまったら…)と考えちゃうと、僕はまだ上手く応対する自信がなかった。自分が納得できるような、子供との向き合い方を身に着けてないし。図に乗って他人の物を取りあげて気を引こうとする、その手の子供気質は苦手なんだよなぁー。そうならない事を祈りながら、神社の鳥居をおもわせる大きな白い門を潜った。
 緑の中に延びた白いコンクリの道は、芝草を丸く刈り取ったような広場に続いていた。円に沿ってベンチがあり、背もたれは深みのある濃い桃色をしている。垂れ下がった枝に付いた小さな木の実は、ベンチとおんなじコロニアル・ピンクだ。草木のグリーンにのぞく青空と、白い小路と大きな鳥居が爽やかなコントラストを生んでいる。
 子ども達はベンチにすとん、と腰をおろした。僕ら二人も、それに従う。
 円の向こう正面に座ったタチアナが、お姉さん顔で一同を見回して「それじゃあ、何して遊ぼうか」という様なことを言ったようだ。各自タチアナに意見を言って、彼女が頷いたりしながら意見をまとめている。やがて歓声が上がり、笑いながら皆で歌い出した。
「ダンス大会だよ。」
 トニーの説明によると、輪の中心で一人が踊って、順に次の踊り手を指名していく遊びらしい。手拍子も加わって盛り上がっているけれど、それは踊るというよりリズムをとっている程度だ。ごにょごにょと、照れくさそうに動いて終わると拍手喝采、次を指名すればまた大騒ぎ。なんだか、おかしいなぁ。
 金髪を短く刈り込んだマッチョ指向のビクトールは、さすがに抵抗があったのか腰を上げるのを渋った。それでも彼は顔をまっかっかにしながら、おどけたボディビルダーみたいな捨て身のダンスを披露して男の意地を見せた。彼に比べるとタチアナは、決して上手じゃなかったが自信たっぷりに踊ってみせた。まるで年下の少女達に(これがオトナの女のダンスよ!)と見せつけんばかりの表情で、彼女のプライドを傷つけない様に笑いをこらえるのは大変だった。
 女の子達は皆、物怖じしないがシャイだ。指名されるとすぐに立って踊り始めるものの、とっても恥ずかしそうにモジモジと体を揺すってみせるだけなのだった。その仕草の奥ゆかしさに、うっかり僕は(子煩悩なパパ)っぽい顔になって傍観していた。まさか自分が指名されるなんて、思ってもみなかったから。
 一人だけスカートをはいてた女の子が、誰を指そうか迷っていた時、タチアナが小声で僕の名前を囁いた。そりゃないぜ、セニョリータ! みんな一気に大盛り上がりで(なぜかビクトールが異様に興奮していて)面食らってしまった。どうやら踊らなければ格好がつかない状況だ。
 トニーも面白がって僕のお尻を押しやがるし、とりあえず輪の中心に進み出たのは良いけど一体何をどう踊りゃ良いんだ? そこでトニーがタチアナに向かって何やら話しかけ、それがいいと決まったらしい。みんな手拍子で唄い始め、分かっていないのは僕だけだ。
「おい、マカレナを知らないのか?」と、トニー。
 それはなんなんだ、メキシコ民謡?
「アメリカでも大統領が踊るくらい流行っているのに!」
 マカレナ…何それ?!
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メキシコ旅情【純情編・10 スペール・メルカドpart2】

 またセントロまで来た。今度は女性二人と一緒だ。
 マカレナ軍団から解放された僕らが昼飯を食べに戻ったところに、グラシエラも帰宅して誘ってくれたのだ。
 トニーは「行かない」と言ってから、僕に向かって「行っといで! 彼女達は君に来て欲しいんだからねーぇ」と付け足した。どういう意味だ?
「何言ってんだ、分かるだろう。モテモテじゃないか、さっきから。公園では子供達の人気者だったし、帰ってきたらママが『お昼ごはん食べるか』、女の子は『一緒に行こうよ』って具合にさ」
「トニー、彼女は僕ら二人を誘ったんだぜ?」
 冗談だから気にすることはない、行っておいでとトニーは言った。彼はこれから、スペイン語の勉強をするつもりなのだ。
 グラシエラは、仕事が休みの日は英語学校に通っている。ビアネイはかなり話せるのだが、スペイン語調の英語発音なので聞き取りづらかった。でもトニーは、彼女たちに訊き返した事がない。それは彼がアメリカ人だからなのか、それとも英語教師の力量なのか判らないが。そもそも僕の英語力はトニーだから通じる程度だし、僕自身もまた日本語訛りがあるようで度々グラシエラとビアネイから訊き返されていた。

 スペールメルカドはスーパーマーケットを指すスペイン語で、店の名前ではなかった。さっきトニーと行った所とは違うけど、店先で手荷物を預ける点は同じだ。きっとメキシコのスーパーじゃ、これが当たり前なんだろう。
 ビアネイとグラシエラの後ろに付いて、青果コーナーから見て歩く。やはり棚に並んでいるのは、ほとんどが見慣れない顔ぶれ。
「これ、何だか知ってる?」グラシエラが訊いてきた。
「ネクタリンだよね、桃みたいな味のする」
 すると彼女たちは「ハポン(日本のこと。おおむねJの発音はHになる)にもあるの?」と、少し驚いた様子だった。輸入しているのかもね。
 丸っこい緑色の絵にTUNAと書かれたヨーグルトを見つけて「ツナって、これマグロ味?」と訊ねてみると、二人は笑いながら「ツナ、じゃないよ。チュナ」と言って僕を青果コーナーへ連れ戻し、ピンポン玉より小さい球状のサボテンを摘み上げた。
 これは甘いフルーツで、うちわ状の葉を持つ品種は野菜としてソテーするのだとか。確かに、野菜の棚に表皮をむかれたグローブらしきものを見たけれど…。この店では〈ビックリ食文化体験〉の連続だった。
 チルドコーナーに並べられていた銀のパレットで、ケーキのような生菓子が切り売りされていた。グラシエラが、パレットの隅を指ですくいとって味見する。
「ンー、サブローサ!」と言って彼女は、僕にも(味見してごらん)と勧めてくれた。ちょっと行儀が悪い気もしたが、彼女の真似してペロリ。一見、それはチョコレートケーキのようだったのだが…。
「うわ、まずっ。」
 思わず日本語で叫び、顔を歪めて後ずさった。恐縮ながら激マズですぜ!? カレーのルーに似た粉っぽいスパイスで、漢方薬の味が口に残っていた。グラシエラとビアネイ、二人して大笑い。別に騙されたんじゃなくて、それはメキシコ料理の最高傑作と評されるモーレ・ソースという代物だったのだ(後になって判ったんだけど)。しかしメキシコ人との味覚の差が、これほど異なっているとは!
 試飲コーナーでもらった「オチャタ」とかいうジュースも、正直言ってまずかった。お米で作った甘ったるい飲み物で、甘酒に似ていて飲めないこともなかったが。
 これからも、ママの作るごはんを美味しく味わうことが出来るだろうか? 一抹の不安を覚えた。

 店内の一角に、いかにもメキシカンな格好をした人達が。壁のポスターには「メキシカン・フェスタ」と書かれていて、彼らは特売コーナーの販売員だった。グラシエラとビアネイが麦藁帽子のソンブレロを借りてくれて、スーパーの中で記念撮影。
 意外な事に、ここカンクンでは僕が思い描いていた(メキシカンらしき人)を一度も見かけなかった。派手なソンブレロとか、カラフルなポンチョは土産物屋に飾られているだけだ。僕は(メキシコらしく)と思って不精ひげ&ぼさぼさ髪で日本を発ったのに、そいつは外国人がチョンマゲ結って来日する位、とんだ勘違いでしかなかったらしい。同じメキシコでも、この辺はマヤ・インディオの文化圏だから? 男達の髪は短かく整えられ、誰もヒゲを生やしていなかった。
「メキシコ・シティとか、北のほうにはそんなイメージ通りの人もいるよ」
 でもみんなが皆、そんな格好はしてない。ビアネイとグラシエラに、そう教わった。そういえばトニーも昨日、エドベンの車のなかで言ってたな。
「どうして急にヒゲを生やしたの? そういうのは、あまり好まれないよ」って。
 ママたちや、彼女達ふたりも僕を受け入れてくれているみたいだし、会えばみんなニコニコしてくれる。まさか僕のボサ髪とまだらヒゲが「メキシカンを意識してました」なんて言える訳ないが、そうと知ったらどんな顔をするだろう?
 悪意のかけらもないとはいえ。
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メキシコ旅情【純情編・11 ダンス・パーティ】

 2度目の買い物から帰ってから、家の周りをインライン・スケートで滑った。
 住宅街の道路は滅多に車が来ないので遠慮なく滑れる。家の周りの景色に、夕暮れ色の陽が差し始めていた。風を感じて気持ちいい。
 ジョアンナ(パティの娘)とディエゴ(ロレーナの息子)、もちろんトニーも一緒だ。あと、彼が密かに「ベイビー・ベイブ」と呼んでいる女の子も。つまり滑り慣れてない子供達の補助役だ、一日の疲れが出てきたので先に上がる。
 もう夜だ…。というより(やっと昼が終わった!)って感じだ、一日が長過ぎる。
 ベイビー・ベイブの家は近所じゃないらしく、どうやらトニーが送って行ったようだ。僕が部屋でポストカード書きをして、MTVを観ながら眠りかけてたら彼が戻ってきた。
「おいおい! まだ寝るなよー、これからダンス大会だぜ」
 なぁ、今日はこの辺にしておこうぜ?! 寝不足気味だし、来た早々から飛ばしすぎだよ。
「何言ってるの、まだ9時前だよ。それにもうすぐ女の子がいっぱい来るんだからさぁ」
 ちょっと待ってよー! この部屋に? 今から?! この狭い部屋で大会って、出来れば他でやってくんないかしら。

 やがてドアが叩かれて、隣のグラシエラとビアネイが来た。
 なぁ−んだ!! って思うのは失礼だろうけど、期待を裏切られたな。それから二人やって来て、女性は全員で四人になった。もはや僕の寝床を広げる場所は、ない。
 金髪をショートカットにしたティミーは、廊下のお向かいさんだった。頑丈な木の扉の、表通りに面した部屋に住んでる。もう一人はティミーかグラシエラの友人で、たまたま遊びに来てたらしい。トニーが女性達に午前中の一件を話したせいで、それじゃあ早速マカレナを踊ろうよ! てな流れに。
 ティミーは踊ることが苦手なのか、表情も動きもこわばっていてぎこちなかった。他の女性はすぐに踊り始めたが、振り付けが各自でバラバラじゃん(昼間の子供達もそうだったな)。トニーいわく「幾つかのバージョンがある」のだそうだけど…? 三人の女性は楽しそうに笑いながら、狭っ苦しい部屋の隙間を動き回っていた。
 グラシエラは白い歯と黒い大きな瞳が印象的で、腰を振るような場面では照れ臭そうに踊っていた。対照的にビアネイは、昼間と同じ女性とは思えないセクシー・ダンサーに早変わり。恍惚とした表情と、全身で楽しんでいる感じのグラマラスなダンスには生まれつきのようなセンスがある。それにしても…の迫力に僕はタジタジ。
 ダンス・パーティというほど派手々々しいもんじゃなく、とてもアットホームな印象の集いだった。なんといってもトニ−のおかげで、出逢ったばかりの人達に居心地の悪さを感じる事もなかったし。僕が言葉を話せなくても、彼はみんなと仲良くなって楽しく過ごせるように気を配ってくれていた。あるいは最新のネタにされていただけ、かもしれないけど。
 普段の小さな楽しみ、そんなふうに更けてゆく夜の気配は心地よかった。いい加減、踊り疲れてお開きになった頃には10時を回っていた筈だ。ティミーと友人は帰り、トニーと僕は隣の部屋に行ってビアネイ&グラシエラとお喋り。僕はスーパーで買ってきた果物のビールを振る舞い、グラシエラの買ったスイカを分けてもらった。それは小振りな俵形をしていたが、色も味も日本の夏そのままだった。
 今夜は忘れずにスペイン語会話のテキストとノートを持って来たので、時折メモを取りながら言葉の意味やスペルを教えてもらう。それでも会話は途切れるどころか更に盛り上がり、タコス・チップの大袋も空っぽになってしまった。
 トニーはコーラを飲み干すと、「ちょっと遅くなっちゃたネ。ブエナス・ノーチェス、アミーゴ」と腰を上げた。確かにラウンド・アバウト・ミッドナイト、よい頃合だ。僕も缶ビールを手にしたまま「ブエナス・ノーチェス、ムーチャス・グラシアス」と、彼女たち二人に言った。
「アスタ・マニャーナ[また明日]」
 二人が応える声を背中に聞きながら、トニーは「マニャーナ!」と言って自分の部屋に入った。僕は一服しに、階段を上って屋上へ。
 星空を見上げるようにして缶ビールを飲む。メキシコの夜空は、期待してたほどには星は見えなかった。無論、それは東京の比じゃないが。ちなみに、ビールはスペイン語でサルベッサという。味の違いは解らないけど、まだ冷えていてうまかった。スペリオールという、この辺りでよく飲まれている銘柄らしい。
 タバコの煙が、ぬるい夜風にたゆたって流れてゆく。
 トニーが部屋から呼んでいる。ビーチサンダルの裏でタバコを消し、ポケット灰皿に押し込む。彼が眠る前に、歯を磨いておこう。さぁて今夜はハンモックにしようか、どうしようか…。簡易ベッドの寝心地よりは、ましかな。
 いつの間にか、星空のまんなかに小さなちぎれ雲が浮かんでいた。やけに白っぽくて、逆に穴があいてるみたいだった。
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